第2352話 神葬の森 ――出発――
飛空艇購入に向けて大規模な遠征を決めたカイトは、ソーニャとの相談の上でゴブリン・キングダムというゴブリン種の大量繁殖を根絶する依頼の受諾を第一案とするとサリアからの情報を入手する。
そうしてその依頼に裏がほぼ無いと言える状態だと理解した彼は受諾を決めると、ソーニャへとそれを申告。依頼の受諾に向けて動いていた。
とはいえ、その支度を瞬と桜の両名に任せた彼はソラと共に『神葬の森』というハイ・エルフ達の治める異空間の奥深くにある領域の調査へと赴くべく急ぎ支度を進めていた。
「なんか……すっげー場違い」
「しゃーない。諦めろ」
『神葬の森』の調査依頼は一応ユニオンを介して出された依頼であるが、そのパーティメンバーを見てソラは思わず頬を引き攣らせていた。
当然だろう。なにせ今回は依頼人がカイトの正体を知るスーリオンという事もありパーティリーダーは本来のカイト名義、パーティメンバーに名を連ねるのもアイナディスを筆頭に三百年前のエース達という有様だ。
そこに協力者名義ではあるが自身の名が連ねられていれば、そうもなる。ちなみに、協力者は彼以外にもティナの名もあり、殊更場違い感が強かった。
「ま、冥界……とまではいかんがそれ相応にヤバい可能性もある場所だ。最悪は大乱戦もあり得る。腕利きは揃えた」
「そこに名を連ねる場違い感やべー……」
なにせパーティメンバーのランクは平均というよりもランクEXかランクSしか居ないのだ。間違いなくエネフィア最高クラスのパーティだった。冒険者なら夢のような光景だろうと、ソラには場違い感しかなかった。
「でも今回はお前がパーティリーダーなんだな」
「元老院にゃそっちが受けが良いからな」
「アイナディスさんのが良いと思うけど。ハイ・エルフだろ?」
「アイナは確かにハイ・エルフの王族に名を連ねるが、王族より大精霊の契約者が上に置かれる。序列を重んずるエルフ達らしい判断、と言えるだろう」
ソラの問いかけに頷きながらも、カイトは自身がパーティリーダーである理由を語る。特にカイトの場合全ての大精霊と契約を結んでいる事や本来女王であるクズハを保護している立場である事もあり、殊更上に置かれる事が多かった。というわけで、そこらを聞いたソラは特に興味もなさそうに報告を行った。
「ふーん……とりあえず俺の用意は終わってるよ。飛翔機ユニットの調整もティナちゃんがしてくれたし」
「それなら良い。明日の昼には出るぞ」
「マジ? 早くね? 大丈夫なのか?」
「そもそも予定そのものが遅れてるんだよ。遠征隊の予定も遅らせられん……まぁ、一応話があった時点で用意は進めてたから、オレ個人を除けば用意は殆ど終わってる。今回は公爵家側で動けるから、食料なども最速で動けるしな」
今回のカイト達の任務はあくまでも事前調査という所に近い。というより、本気で完全解明を目指すのであれば年単位が必要になるし、今以上に大規模な派遣が必要になる。エルフ達も『神葬の森』一つにかまけていられる状況ではない以上、それは避けた。
というわけで、まず危険性が無いかどうかを判断するに留め、落ち着いた頃合いで本格的な調査隊を送ろうとなっているとの事であった。その時にカイトの力が必要なら別途依頼する、との事だし状況如何ではカイトを介してシャムロック達にも支援が欲しい、との話も出ていた。
「そっか……わかった。今日中に全部の用意は終わらせておくよ」
「そうしてくれ……こっちも今から大忙しだ」
「だよな」
いくらカイトでもそこまで完璧な手際の良さは出せないか。ソラは決まってから今までの時間を鑑みて、カイトも忙しいだろうと察していた。というわけで、二人は大急ぎで出立の用意を行うことにするのだった。
さて明けて翌日。カイトは今回の調査隊に含まれるメンバーを確認していたのであるが、これはいつも通りにしかならなかった。
「うーん……なんといういつも通り感」
「そりゃ、こんな依頼になるといつもの面子になっちゃうからねー」
いつもの面子。端的に言えばカイトを筆頭にアイナディスやソレイユ、ティナらという所だ。そしていつもの面子の筆頭株とも言えるユリィも勿論一緒である。と、そんなある意味見慣れた面子の中の一人。ソレイユが挙手する。
「はい、にぃ! 質問!」
「はい、どうぞ」
「にぃにぃが見当たらないんだけど、ねぇねが居るからサボり?」
カイトの促しを受けたソレイユが、周囲を見回しながら兄のフロドの姿を探す。これにカイトは首を振った。
「ああ、いや。確かに参加するが、あいつには外周部で万が一に備えて貰う。別に移動だ」
「あれ? でもそういうのっていつもなら私じゃない?」
「今回は最悪は邪神とかの神々が出て来るからな。抑えるなら連射より一撃がデカイ方が良いだろ」
「あー……神様強いもんねー」
そんな呑気に強いだけで良いのかよ。ソラはソレイユの呑気な発言に内心でそう思う。ちなみに、ソレイユは並の神様より強いので呑気で良かった。そして並どころか最強クラスだろうと片手間で潰せるカイトもまた呑気なものだった。
「まーな……で、ソレイユだと逃げやすいからな。オレも担いで逃げやすいし」
「最悪は私が後ろでぐるぐる巻にするだけだしねー」
「腕だけは気をつけてねー」
「らじゃー」
やはり弓兵。弓を引けねば矢は放てない。なのでソレイユの注意にユリィは軽く敬礼で応ずる。とまぁそれはさておき。ここは圧倒的強者であるが故の呑気さを見せる一同であるが、逆説的に言えばこの面子を揃えねばならないほどの危険性も内在されているという事でもあった。というわけで、カイトはしっかりとソラへと釘を刺す。
「ソラ……再度になるが、お前はとりあえず敵が来たら逃げろ。いくらランクA級になってようとこの面子じゃ足手まといだ」
「はっきり言うなぁ……」
「事実にしかならんよ」
それはそうだけども。ソラはオブラートに包む事なくはっきり告げられた言葉に肩を落とす。が、カイトの言う通りこれが純然たる事実だし、カイトはそれ以上に慣れて欲しい物があった。
「それに、お前に今回戦闘は期待してない。お前が今回学ぶべきは飛翔機の扱いの習得と飛空への順応だ。更に先の飛空術へと到達しようと思えば、まずは飛ぶ事に慣れない事にはどうにもならないからな」
「わかってる……これ、アル達も使ってた奴なんだよな?」
「ああ。飛空術練習用の魔道具だな。時間があればそれを使って飛空術の練習をしておけ」
「おー……」
カイトの言葉にソラはどこか感慨深げに僅かに目を見開く。そんな彼の手にはネックレス型の魔道具が一つあり、メモリが四つ付いていた。
これは先にカイトがコンベンションで話していた飛空術の四系統を短時間だが使える様になるもので、飛空術の適性を調べるのに使うものだった。飛翔機で飛空に対しての慣れを得させて、飛空術にすんなり移行出来る様にしようという判断だった。
「なんかこうやって飛空術の練習って話聞くと一気にファンタジーって感じしてくるよなー……」
「まぁなぁ……と、それはともかく。基本戦闘時の退避にはその飛翔機使え。それの慣れも必要だから、あくまでもそっちは時間があったらだな」
一応先にソラも飛翔機は使った事があると言っていたが、あくまでも練習として使った事がある程度だ。飛翔機を使っての空中戦闘は行った事はない。一応飛べるが、その程度であった。
「わかった」
ソラはカイトの言葉に頷くと、ネックレスを首から吊り下げる。というわけで、彼の指示を終えたカイトは他の支度の状況を確認する。
「ティナ。飛空艇の調整は?」
「そっちは問題ない。今回はエルアランへ向かうわけじゃが……飛空艇でエルアランに入れるのは少ないからのう。一旦そっちに向かってからじゃな」
「所要時間は?」
「一時間ほどで到着出来る。領内じゃしな」
カイトの問いかけにオートパイロットシステムの調整を行うティナが計器を見ながらカイトへと報告する。飛空艇でエルフ達が領有する異空間に入れる場所がマクダウェル領にあるのは偶然ではなく、クズハが居るからだ。なお、当人は今回エルアランに行くので遠慮しておきます、と残留するつもりらしかった。
「そうか……アイナ。申請の類はお前にまかせて良いな?」
「ええ、おまかせください……貴方が出たら逆に時間が掛かりそうですしね」
「あはは……笑えんな」
一つ笑ったカイトであったが、楽しげなアイナディスの言葉に肩を落とす。と、そんな彼にそういえば、とソラが問いかけた。
「そういや、この飛空艇って公爵家のなのか? ウチのじゃないのは確定だけどさ」
「ああ。こいつは高速戦闘艇だな」
「艦種としては巡洋艦に近い。人数が人数じゃから駆逐艦程度でも良かったが……今回は若干大規模な戦闘もあり得るかと思うて、いろいろな装備を乗せたからのう。キャパをちょいと大きい物にした」
やはり今回は『神葬の森』の調査として、カイト達も用意は抜かり無い様子だった。というわけで、この場には居ないホタルや一葉達が格納庫で装備の調整を行っていたし、万が一に備えて魔導機も収容しているらしかった。
そしてそういうわけなので現在ティナの横でアイギスが飛空艇の調整を手伝っており、基本的には彼女が飛空艇の全制御を行う事になっていた。最低限の人員で運用しようとした場合、彼女の補佐は欠かせなかった。
「ま、そういうわけだから一人一部屋個室はある。好きな部屋を使え」
「あ、野営地とか置かないのか?」
「基本はこの飛空艇をベースとして使う。野営地も設営し難い場所といえば場所だからな」
どうしてもソラだけは土壇場で許可が出た形だ。なので今回の調査の進め方は彼一人把握していない点は少なくなく、それについてはカイトも適時説明していくつもりだった。
「どんな場所なんだ?」
「森のど真ん中……と言えば良いだろう。ああ、一応念の為だがエルアラン全体が森ってわけではなくて、草原やら湿原、川や湖もある。今回行くのが森、というだけだな」
「へー……王都とかには寄らないのか?」
「行きは寄らん。時間も惜しいしな……帰りは寄るかもだが、それも時間次第だな」
今回、カイト達が使える時間は限られている。というより、事前調査だ。そこまでガッツリとした調査はやるつもりがなく、一週間という区切りを設けていた。そこで魔物のランク――出るならだが――や環境等調査をする上で必要な要素をある程度見極めて、本格的な調査隊の出番というわけであった。そんな彼の言葉に、ソラは一つ頷いた。
「うっし。わかった」
「ああ……ま、後は出発まで適当に待っておけ。あ……流石に飛空術の練習は室内でやるなよ?」
「わかってるって」
やっべ、やりかけた。カイトの注意にソラは内心で若干冷や汗を掻きながら頷いた。というわけで、そんなこんなで少しだけ呑気な雰囲気に包まれながら、一同を乗せた飛空艇はエルアランを目指して出発する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




