第2351話 神葬の森 ――支度――
飛空艇の購入に向けて大規模な遠征を行う事にしたカイト。そんな彼はソーニャに幾つかの依頼を見繕う様に頼んだわけであるが、彼女からの提示で山岳地で繁殖したという大量のゴブリン種の討伐依頼を請け負う事を決める。そうして依頼の受諾をユニオンへ申請すると共に彼は情報屋に依頼に裏が無いか確認する事にしたのであるが、その返答はすぐに返ってきていた。
『依頼人に裏はありませんわね。まぁ……依頼が出た理由はダーリンの想像した通りですが』
「そうか……このまま繁殖されても叶わんだろうしなぁ……」
『ええ。それに加えどうやら奴ら、竜種も配下に加えたようですわ。これは領主様はまだ確定していない情報、として出してはいなかったらしいですが』
「ちっ……すでに厄介になりつつあるか」
サリアからの情報に、カイトは一つ舌打ちする。高額の依頼の場合なにか裏がある事があるので彼はそれを警戒していたわけであるが、今回はそういうわけではなく自領地に甚大な被害が及ぶ可能性があったため、高額な報酬を出して討伐を依頼したようだ。
『ええ……俗に言うゴブリン・キングダム……厄介な状況に成りかねないと判断し、そう判断される前に討伐を掛ける事にしたようです』
「もうそうなってる様に思えるがね……竜種を配下にした、というのは条件の一つだったと思うんだが」
『意地でもそうは言いたくないのでしょう……被害が甚大になってくれば、話は別になってくるでしょうが』
「まぁ、そうだろうな」
やれやれ。そんな具合でカイトはため息を吐いて首を振る。ゴブリン・キングダムというのは俗称で、ゴブリン達が大量繁殖した結果まるで王国を築いているかの様に見える事から名付けられた状況だ。
普通はこうなる前に討伐するのであるが、何かしらの状況が重なって討伐出来なかった場合やあまりに僻地過ぎて発見が遅れた場合、こうなる事があるらしかった。
「今の被害はどの程度だ? 大規模討伐を依頼している時点で、被害は出ているんだろう?」
『推定ですが数十人と。無論、これは死傷者に加えそれ以外の行方不明者も含めなので、全員が全員捕らえられている女性というわけではないでしょうが……』
「それでも多いな……それでまだ隠せているのが驚きだ」
『まだ被害は近隣を通りかかった冒険者や噂を掴んでいないような行商人に留まっていたそうですわね……ただ、それも少し前までの話。どうやらついに近隣の村にまで目撃情報が及んだそうです。まだ未確認情報として軍が確認に動いている段階ですが……ほぼ確定でしょう』
「流石に事ここに至っては、なりふり構わずになるか」
どうやらゴブリン・キングダムの完成まで幾許の猶予も無いらしい。そうなると周辺住民の避難などが必要になってしまうため、高額な報酬を掛けてでも被害を抑えたいというわけなのだろう。
「近隣の村に目撃情報が出始めれば、村が襲われるのも時間の問題だ。大規模な討伐部隊が必要だろう」
『ええ……それ故にユニオンへ依頼を、と。ただ場所と規模、状況からギルドによる救出作戦を含めた討伐作戦を依頼したい、となった様子ですわね』
「妥当……いや、正しい判断だ。これが領主によっちゃ山をぶっ飛ばして全滅させろ、とか言うんだがね」
『その意見は出たには出たそうですが……最終的に領主様が却下。救えるのなら救ってやってくれ、と多少報酬に色を付けてでも救わせる事にしたようです』
「なるほど……逃げられなくしてから、依頼の難易度を上げるつもりか」
それなりには良心的な領主らしい。カイトはサリアの言葉に僅かに笑う。これで冷酷――もしくは悪意ある――な領主の場合は何も知らされず、増額も応じずで報酬が見合わないと不満を述べる冒険者達との間で揉め事になる事が多かった。が、逆に依頼受諾後に状況が変わったので、と増額を含めた話をされれば冒険者達も妥協出来た。それが喩え最初からわかっていても、だ。
「だが解せん。なぜわざわざ後追いでそんな事をさせる? そんな領主なら最初から……いや、そうか。そうだな。おおっぴらにしたくはないか」
『そういう事なのでしょう。打算と妥協の結果、ゴブリン・キングダムが出来つつあるという体でギルドを雇い、依頼から受諾の間で被害が出た事を伝える事で情報の封鎖を考えた様子ですわね。依頼に含まれない限り、知られる事はありませんから』
「か……冒険者達もゴブリン・キングダムの話を聞いた時点でその想定はしている。が、想定しているのと事実と語られるのは話が違う……そういう所か」
『ですわね』
カイトの推測にサリアもまた同意して頷いた。そしてそういう事であれば、カイトとしても受諾しても良いかと判断する。
「そうか……ありがとう。報酬に色が付けられるのなら、受けても良い依頼だろう」
『危険、ではありませんこと?』
「冒険者の討伐依頼、掃討任務で危険でない依頼はないさ。野営地の設営が若干難ありになるが……まぁ、それを含めた上で動くさ」
笑うサリアの指摘に対して、カイトは一つ首を振って明言する。最初からわかっていれば、必要な装備などもわかろうものだ。ならそれを装備に含めさせるだけだったし、今回は現状が功を奏した。
「それに今回は助かった。ウェポンパックを装備に入れようとしていたからな」
『らしいですわね。ソラさんが購入を検討している、と』
「ああ……それに加えてアルとリィルにも持ち込ませれば良いだろう。あ、ゴブリン・キングダムの掃討任務に参加した事があるか聞いておかないと……」
『ああ、アルフォンスさんなら、おありですわよ。軍の報告書にもありましたので』
「そうか」
なら注意点などはわかっているだろう。カイトはサリアからの情報に取り立てて注意する必要はない、と判断する。そうして、彼はその後も少しサリアから今回の依頼の裏などを確認し、ギルドホームへと戻る事にするのだった。
さて依頼の裏取りが出来た事で受諾の意向を固めたカイトはギルドホームへと戻るわけであるが、戻って早々に依頼の受諾の意向をソーニャへと伝達する。
「ソーニャ。さっきの依頼だが、受諾で頼む。裏も取れた。大凡の状況もな」
「わかりました……では、申請を行います。今回の依頼はユニオンの審査が必要となりますので、申請が通るまで数日必要となります。ご了承ください」
「わかっている……出立は依頼の受諾許可が出てから二週間後で設定。人数規模は五十人……ぐらいで大丈夫だろう」
「若干多いですが……飛空艇はどうしますか?」
「一隻、チャーターする。桜! 大規模遠征の依頼の申請が通り次第、飛空艇のチャーターの手配を進めてくれ! 中型一隻で頼む!」
「わかりました!」
カイトの指示に、桜が一つ頷いてそれをメモに書き留める。今回は状況が状況なので重装備での攻略になる可能性が高く、必要となる装備も多い。必然人員の収容も限られてしまうため、二隻必要と判断したようだ。
「よし……先輩! ちょっとこっち来てくれ!」
「ん? ああ……なんだ?」
「今回受諾予定の依頼の概要を詰めておきたい。一応、すでに依頼書は回覧を回していたと思うが……」
「ああ……大凡は察したが」
「聞いた事、あるか?」
カイトは僅かに険しい顔で、僅かにしかめっ面の瞬へと問いかける。エネフィア最大ギルドである<<暁>>の一員として活動したのだ。噂ぐらいは聞いていても不思議はなかった。
「ああ……ゴブリン・キングダムだろう? まだ被害が出ていないと良いんだが……」
「……期待を裏切るようで悪いが、そうは問屋がおろさない。というより、ゴブリン・キングダムが出来つつある、という時点で被害は発生している」
「そうか……」
カイトの指摘に瞬は更にしかめっ面を深め、ただ現実を受け入れるのみに留める。というわけで彼もただ現実を現実として受け入れると、改めて問いかける。
「それで用事は?」
「ああ……早い話がユニオンとの連絡役を頼む。今回の依頼、ユニオンからの救助隊を含めたいからな」
「そうだな……確かに、そういう救助要請に関してはウチはキツイか」
「ああ。救出までは出来ても、そこから先はオレ達がやる事じゃないだろう。ユニオンにも救助部隊があるから、そちらに任せる方が最善と判断した」
救援部隊を用意しており、更には医療班も用意している冒険部であるが、それはあくまでも冒険部専属の医療班だ。確かに長期の治療も可能ではあるが、それはあくまでも冒険部のギルドメンバーだ。長期の治療が必要になるならユニオンに任せるのが最適だった。そしてそれはウルカで盗賊に攫われた女性達を見てきた瞬もわかっていた。
「か……わかった。ウルカで手配のやり方は教わった。あっちは……な」
「だろう。だから頼んだ。悪いが、救助部隊との日程の調整や人員の手配は任せる」
「ああ……ん? お前はどうするんだ?」
「こっから半月ほどは出立まで掛かるだろう? その間に一度エルフ達の国に行こうと思う」
ほぼほぼ桜と瞬に仕事を割り振った事に疑問を持ったらしい瞬の問いかけに、カイトはこれから半月ほどの予定を語る。そもそもアイナディスにも遠征の予定を決めてから、としていた。
今回はどうやっても最速で半月先だ。ユニオンなどとの調整次第では更に伸びる可能性もあった。調査に一週間ほどだとしても十分に間に合えた。
「確か……『神葬の森』の再調査だったか?」
「ああ。未踏破領域が見つかったらしい。オレに調査の依頼があった……で、ソラの神剣の修復に神気を吸収させたくてな。ソラも連れて行く」
「まだ直らないのか?」
「二千年野ざらしにされた神剣だ。刀身が大丈夫になっても、神気がだめだ。特に封印のくびきになっていたせいで、上手く調律も出来ていない。年単位で調律していくしかないだろう」
「色々と大変だな、神剣は……」
瞬はソラの耳のイヤリングに収められている<<偉大なる太陽>>に視線を向ける。やはり神剣だ。取り扱いは人一倍注意が必要らしく、ソラもその点は非常に苦労しているらしかった。そんな彼に視線を向け、カイトは少しだけ身を乗り出して声のトーンを落とす。
「そりゃ、大変だ。しかも<<偉大なる太陽>>は本来、神使が使うべき代物だ。それをご厚意で使わせて貰っているが……まぁ、ここだけの話だが。お互いに気を遣っているが故にそれが悪く出てしまっている」
「どういう事だ?」
「神使が使うべきものだ、というのは道理とかから言う事ではなくてな。本来神使を介して神剣は神の力を融通されているんだ」
「それが無いから神気が蓄積されない、と」
「そういうことだな」
自身の言葉の意味を理解した瞬の言葉に、カイトは小さくため息を吐いて頷いた。
「<<偉大なる太陽>>は最上位の神器だ。使用には神の補佐は必須なんだ。そもそも<<偉大なる太陽>>に限らず、神器とは本当の力の開放に神の力が必須だしな」
「大変だな、本当に……」
「ああ……が、シャムロック殿が気を回されて神使としての重責を担わないで良い様に、と神使にしなかった。まぁ……若すぎる、というのが理由だしその判断は妥当だがな」
神器の力を使いこなすに必要な様々な条件を聞いてしかめっ面の瞬に、カイトもまた少し苦い顔を浮かべる。ここらは彼自身が三百年前の旅路で実感した事ではあるし、当時生きていた神使達から教わった事でもあった。と、そんなカイトの言葉に瞬がふと吹き出す。
「若すぎる、か……」
「うん?」
「いや、コーチの事を思い出した……コーチならお前らの年齢で俺はすでに戦場で暴れまわってたがね、とか言って笑いそうだとな」
「……あいつは生き急いだからな。が、だからこそシャムロック殿もしなかったんだ」
「生き急がない様に、なのか?」
「そういう事だ」
やはり神。色々と考えているのだろう。瞬は数えるほどしか見た事のない太陽神の考えにそう思う。そんなシャムロックの考えを語ったカイトであるが、彼は気を取り直す。
「ま、そりゃ良いわ。兎にも角にもそう判断された以上、こっちで出来る限りのフォローはせんとならん。というわけで、という事だな」
「そうか……わかった。すぐに戻るんだろう? なら、こちらで後はやっておく」
「頼む」
瞬の応諾にカイトは一つ頭を下げる。そうして彼は遠征については桜と瞬に用意を任せる事にして、自身はソラと共に『神葬の森』調査のための準備を急ぐ事にするのだった。
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