第2346話 コンベンション ――遺言――
天桜学園に建設中の研究施設に導入する機材の購入の検討を行うためにリデル領リデル郊外で行われていたコンベンションに参加していたカイト率いる冒険部。
そこでカイトは前二日の招待客向けの展示の視察を行ったわけであるが、後二日の展示会については視察は不要だろうと判断し、彼はその後はリデル領リデル内で様々な品を見て回る事に費やしていた。
そうして時間を潰す中で彼はリデル家を訪れ先代のリデル公と話をしたわけであるが、その夜になりその夫であった紳士の事を思い出しながら酒を飲んでいた。
とはいえ、それも数時間でソラや瞬、灯里がやって来てとしているとだんだん騒がしくなり、結局はいつもの通りカイトが統率を掛けて明日に影響の出ない範囲でお開きとなっていた。
というわけで、明けて翌日。四日目になりティナらが再度視察に出かけている間にカイトは明日の出立の用意をしながら、残留の椿らと連絡を取って会議の準備を確認していた。
「そうか……今日で一応こっちは終わりだ。コンベンションにしてもつつがなく進んでいるから、問題はないだろう。とりあえず戻ってからすぐに会議を行う必要があるが……」
『承知しております。そのためにもまずはリスト化と情報の集約が必要と』
「そういう事だな」
今日でコンベンションが終了というのは事実だ。が、だからといってすぐに会議を行えるわけではない。当然だが会議の資料を作る必要はあるし、それ以外にも予定の調整も必須だ。しかもこの予定の調整は天桜学園側との予定の調整になるため、冒険部の一存で日程を決める事は出来なかった。
「兎にも角にも学園側に予定の確認をしておいてくれ。後はリストについては戻り次第すぐに行わせる。すまんが、そちらの手伝いを頼む」
『かしこまりました……それでは御主人様の方に問題は』
「とりあえずは無い……まぁ、完全に無いかと言われればそうでもないが……問題はない。こっちでなんとか出来る範囲だし、それより灯里さんとかの資料を一日も早く整えて貰う方が肝要だ」
カイトは椿の問いかけに一つ首を振る。そもそも彼が視察した飛空艇は予定になかったものだ。なのでそれの予算などについてはどうするか、をこれから話し合う必要があった。とはいえ、こちらは冒険部側だけで良い話だ。そこまで本気で悩む必要はなかったので、椿には灯里らの手伝いを頼んだのである。
『かしこまりました。では、準備を進めておきます』
「頼む。前二日については送った通りだ」
『かしこまりました』
カイトの指示に椿は一つ頭を下げて了承を示す。ひとまず前二日の招待客向けで行われていた分の情報はユニオンを介して冒険部に送っており、これをベースに椿には作業をしてもらう事になっていた。
といってもやはり彼女はコンベンションに参加していないため、出来る所をという程度であった。というわけで彼女に指示を出した後、カイトはついで冒険部側で特別問題はないか確認。ひとまず問題無いという事で通信を終わらせてホテルの自室に戻る。
「さて……えーっと……チェックアウト時間は明日の10時と……荷物も纏めてるし、買った物の梱包も大丈夫……」
一応明日土壇場になって慌てなくて良い様に帰り支度を確認しておくか。そんな感じでカイトは荷物の確認を行う事にする。というわけで一通り問題無い事を確認した後、カイトは椅子に深く腰掛けて昨日受け取ったクラルテからのメッセージを手に取った。
「……」
『……やぁ、カイトくん。これを聞いているという事は私はもうすでに居ないのだろう。当然かな。私は別に長寿というわけでもないからね』
穏やかで柔和な声が、記録用の魔道具の起動と共にカイトの耳に響く。『透明な血』という特殊な体質を持つがゆえか、それともそもそも種族がそうだったのかはわからないが、クラルテは普通の人間と同じ程度の寿命しかなかったらしい。
その上で先代のリデル公との婚姻時にはすでに老齢に差し掛かるような年齢で、子を成すにも魔術を必要としたほど――不必要に子を成され権力を手にされる事を防ぐ意味合いも強かった――だった。
だからこそ、カイトは彼とはもう二度と会えない事がわかっていたのである。無論、それは相手も同じだったらしく、このメッセージは他の遺言が作られるよりはるか昔に用意されていたそうであった。
『まず、君にどうしても詫びておきたい事があったんだ。イリアの事、申し訳なかったね。君にも負担を強いてしまった。君の精神に負担が掛かって不調になった事は聞いていた……だけどどうしても、事の性質上表立っては何も言えなかったからね。誰にも聞かれないこの場を借りて、謝罪させて欲しい』
「……」
謝る事じゃないでしょうに。カイトは耳に当てていた魔道具を一時停止して、クラルテの言葉に深くため息を吐いた。イリア、というのは先代のリデル公の事だ。なので彼女が公爵であった時の呼び名はリデル公イリアという名だった。とはいえ、だからこそ彼らしい、とカイトは再度のため息と共に小さく呟いた。
「はぁ……貴方らしい、のかもしれませんね……いや、もう何を言っても詮無きことか……」
クラルテらしいメッセージであるものの、だからこそカイトはただただ彼に対して憐憫を抱く。そうならざるを得なかったのか、それとも本当に最初からそうだったのか。それはわからないが、そうであったのならいたましい事だとカイトは感じたようだ。とはいえ、それ故に一度置いた魔道具を彼は首を振って再起動させる。
『それでこれは君に頼める事ではないと思うんだけど……可能であれば、私の可愛いお嬢さんの面倒を見て上げて欲しい。君が戻る頃にはもう大人になっていると思う』
どうやらこの可愛いお嬢さん、というのはリデル公イリスの事らしい。カイトは話の流れからそう理解する。先に彼女も述べていたが、基本クラルテは彼女の事をお嬢さんと呼んでいたという。間違いないだろう。
そうして、その後も幾つかのリデル公イリスの事やイリアの事などに関する話が述べられる事になるのであるが、それについては大半が謝罪や後事を託す内容で殆どが彼個人の話ではなく、あくまでも公人としての立場から話される物ばかりであった。が、それも終わり言葉も少しだけ途切れた所で、少しだけ恥ずかしげにクラルテが口を開く気配があった。
『はぁ……うん。これで一通りクラルテとしての話は良いかな。最後に一つだけ、許されるのならカロスとして話をさせて欲しい』
「……」
僅かに、カイトが目を見開く。常に紳士であり道具であったクラルテが最後の最後に本当の自分としてメッセージを遺してくれていた事が驚きでならなかったのだ。とはいえ、それ故にこそカイトは少しだけ手に力が入る。そんな彼は、クラルテの最後の言葉を耳にする。
『ゼーゼマンさんは覚えているかな。密かに二人で訪れた酒場のマスターさんだよ』
覚えている。カイトは脳裏をよぎった壮年の男性の事を思い出す。そんな彼がゼーゼマンなる人物を思い出せた頃合いを見計らって、クラルテが話を進めた。
『密かに彼にネックレスを預けてね。あのネックレスだ……リデル中央銀行の貸し金庫に収めて貰った』
あのネックレス。カイトはクラルテの言葉で恐らくどのネックレスなのかを察していた。それは一つの古ぼけたネックレスで、クラルテが唯一私物だと明言したものだった。
『申し訳ないんだけど、それを私の故郷に送り届けて欲しい。君の言っていた冒険者への依頼……という所なのだろうか。何も報酬とかは渡せないのだけれど……良ければ友人としての頼みとして、聞いてくれると嬉しく思う、多分、君が戻った頃合いにはもう封鎖も解除されているはずだから……』
「……そうか。確かクラルテさんの故郷は……」
戦争で封鎖され、誰も立ち入れなくなってしまったんだったか。カイトはクラルテの言葉でなぜ自分に頼んだのか、という所を理解する。そもそもこんな話なら別にカイトにしなくても良い。
かといって彼の立場上、そして性質上リデル家の力は借りにくい。リデル公イリスにもイリアにも気を遣わせる事になる。なのでカイトに頼んだのだろう。
『貸し金庫の番号は017。マスターさんに許可を頂いて、クラルテ・ゼーゼマンの名で登録している。契約は私が死んだ年から三百年で結んでいる……多分、大丈夫だとは思うけれど。もし間に合わなくても気にしなくて良いよ。後、出した後の貸し金庫については好きに使ってくれ』
「三百年……彼が亡くなったのがオレが去ってから……どれぐらいかしっかり聞いておくべきだったか。いや、どうにせよ大丈夫か……」
カイトは一瞬クラルテが死んで経過した時間を計算し、そもそも三百年経過していない事に気付いて一つ頷く。なお、長寿の種が少なくないエネフィアでは数百年単位で貸し金庫を契約する事は少なくなく、全額前払という事も少なくないらしかった。
他にも封印措置が行える金庫など様々な物があったが、今回はあくまでも普通の金庫との事であった。というわけで、そこから貸し金庫を開ける場合どうする様に伝えていたか、などの情報を受け取ってカイトは時計を確認する。
「……まだ銀行は営業時間内だな。手続きなどで一時間」
クラルテが預けた貸し金庫はリデル家が母体となる銀行が並行して行っている貸し金庫のサービスだ。なのでリデル家からほど遠くはなく、今から向かっても十分に問題ない距離だった。手続きを含めても十分に間に合うだろうと考えられた。なのでカイトは今の内に取りに行く事にしたようだ。
「メモだけ、残しておくか」
元々カイトは今日一日ホテルに留まると伝えている。戻りの便の確保やその他手続きなどを進めるためだ。なので出る以上、メモや言伝を残しておくべきだった。というわけで、カイトは誰かが戻ってきた場合に備えてメッセージを残すとクラルテの遺品を取りに銀行へと向かう事にするのだった。
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