表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第92章 コンベンション編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2384/3938

第2345話 コンベンション ――終わり――

 天桜学園で建設中の研究施設に導入するための機材の視察のため、リデル領リデルで行われていたコンベンションに参加する事になっていたカイト達。そんなコンベンションであるが、カイトは自身の視察は先二日の招待客向けに行われた物だけで良いかと判断するとその後は空いた時間を利用してリデル家へと訪れ、先代のリデル公と話を行っていた。

 そんな先代のリデル公との会話で知ったのは、彼女の夫がはるか昔に亡くなった事と、最期まで変わらない紳士であり続けた事。そしてカイトにも遺言としてメッセージがあるという事であった。

 というわけで遺言は後で聞くとして受け取るだけ受け取ったカイトは、付き合いであれば今代であるリデル公イリスより長い先代のリデル公と彼女の夫についての事で昔話に花を咲かせていた。

 が、それもそこそこでカイトは先代のリデル公に許可を取り、彼の墓へと酒を届けに向かっていたのであるが、その一方。ソラと瞬はというとカイト単独で訪れるのも、と偽装を兼ねてリデル家へとやって来ていた。そんな二人が何をしていたかというと、リデル公イリスとの歓談という所であった。


「良かったんですか? 俺達までご招待頂いても……」

「ええ……まぁ、今更といえば今更だし、考えるまでもない事ではあるのですが……当家とマクダウェル家は実は思う以上に関わりが強いのです。必然、母とマクダウェル公もまたよく話はしていました。あらぬ噂が立つくらいには」

「「あらぬ噂?」」


 ある意味ではいつもの事と言えばいつもの事なのであるが、どうやらソラも瞬もそこには思い至らなかったらしい。故にリデル公イリスは笑って告げる。


「私が、実はマクダウェル公の子であるという噂ですよ。実際、私が生まれたのはマクダウェル公がマクダウェル家を興した後だし……父の話を知る者がそう言っても仕方がないのでしょう」

「「え゛」」

「ふふ……まぁ、マクダウェル公の隠し子騒動なぞいつもの事よ。今回は一際大きいだけ。でもそうね……貴方達は聞いた事あるかしら。勇者カイトと時の皇女の悲恋」

「あー……演劇でそんなのがある、とは聞いた事が。当人は否定してましたけど」


 リデル公イリスの問いかけに対して、ソラはかなり昔に聞いた事がある事を口にする。実際、これについてはカイトも否定しており、おそらくウィルと一緒に居る事が多かったのでそんな噂が出たのだろうと推測を立てていた。なお、当然この演劇についてはソラも瞬も見た事はなかったし、興味もなかった。当人が否定していた事も大きかった。


「そうね。それについては殆ど創作……でも大本になるお話はあったのよ。それが、母ね」

「そう……なんですか?」

「ええ……母と父はかなり特殊な馴れ初めでね。おそらく……母は自身の境遇を何度か恨んだ事があるでしょう。決して、口にはしないでしょうけれど」


 おずおずと問いかける瞬に対して、リデル公イリスは僅かな苦笑を滲ませる。そうして、彼女は二人へと『透明な血』と呼ばれる特殊な血を持つ存在が居る事。それが父である事。それ故にか父が父として振る舞った事がなかった事を語っていく。


「決して、父が私を愛してなかったとは思わないわ。良い人だった。でも名前を呼んでくれたのは数回だけ……私が間違った事をした時だけね。いつも可愛らしいお嬢さん、というのが常だった。でもね、それは私の居ない所での母に対しても同じだった。父は母も私も等しく見ていたのよ」


 恐らく父は自身の立場を弁えていたのでしょうね。リデル公イリスはそう言って笑う。そこには母と同じく僅かな憐憫と多大な苦味が乗っていた。


「だから父と母が愛し合っていたかというと……少し疑問ね。父は母を愛していた。母も父を愛していた……だけど、母も父も夫婦愛ではなかったでしょう。敬愛と慈愛……いえ、忘れて頂戴な。他の人に話す事ではなかったわね」


 一体自分は何を話しているのだろうか。リデル公イリスはそう思う。母が暫く二人で話したい、と言った事からそんな事を思ってしまったのだろう。後に彼女は自身をそう推測する。が、今は首を振ってこの話題を切り上げる事にしたようだ。そんな彼女に、ソラも瞬も困惑気味に首を振るしか出来なかった。


「あ……大丈夫です」

「いえ……」

「ごめんなさいね。私も少し動揺してる……のかしらね」

「動揺?」

「先輩……」

「ふふ……」


 苦笑を滲ませたリデル公イリスの言葉を突っ込んだ瞬に対して、ソラが慌てて小さくジェスチャーでそれ以上は突っ込むな、と制止する。ここらやはり組織の長としての腕はソラの方が一枚上手だった。そんな二人にリデル公イリスも少しの気分転換になったようだ。笑って首を振った。


「良いわ。私が口にしたのだもの……本当に動揺してるわね、これは」

「す、すいません……」


 自身の失態を改めて認識し落ち着きを取り戻したリデル公イリスに対して、瞬が申し訳無さそうに謝罪する。そんな彼に、リデル公イリスはいつもの調子を取り戻して一応の念押しをしておく。


「ああ、そうだ。一応言っておきますが、私は本当にマクダウェル公の子ではないわ。そこは一応念の為ね」

「「あはは……」」


 間違えられたままではたまらない。そんな様子で少しだけ冗談混じりにリデル公イリスが笑ってはっきり明言する。これについてはカイトもリデル公イリスが自身の子でない事をはっきり明言するし、必要なら検査を受けても構わないと言っていた。そうして一つ笑いあった後に、リデル公イリスが気を取り直して口を開いた。


「まぁ、そういうわけだから少しだけお話に付き合って頂戴な。どうせなら、貴方達しか知らないマクダウェル公のお話も聞いてみたいものだし」


 リデル公イリスの言葉をきっかけとして、三人はカイトの話を開始する。そうして、古馴染み達が話を始めた一方で彼らもまた話を繰り広げる事になるのだった。




 さて先代と今代がそれぞれ話を交わしてから少し。特段やる事もなくなった事があり、カイト達は自由な時間を費やす傍ら商業エリアを回って冒険部や今後の自分達の活動に役立つ品々を見て次に備える事にしていた。とはいえ、それも終わると改めてホテルへと帰って手持ち無沙汰になっていた。なのでカイトは特にやる事もないため、夜景を見ながらグラスを傾けていた。


「ふぅ……」

「なんじゃ。夜景を見ながら酒とは。別段珍しくもないが、同時にその顔はなにか考えておる顔じゃな」

「うん? ああ……クラルテさんが亡くなられていた。当たり前、だがな」

「クラルテ……ああ、お主が何度か話しておったのう。憧れてる、とかなんとか言うておったか」


 カイトの言葉にティナは彼からグラスを受け取りながら、その心中を推し量る。とはいえ、今の横顔からカイトが抱えているのは悲しみや苦しみなどではなく、単なる懐かしみだと察する事は容易だった。


「ああ……何時だって優しく諭す様に……紳士の中の紳士ジェントル・オブ・ジェントル……あの人に会うたび、オレはダンディズムと紳士の違いを理解出来た……実は隠れて彼からエネフィアの礼儀作法を教えて貰っていたんだ」

「別に驚きはないのう。お主の習得の早さは眼を見張る物があった。誰もが隠れて練習しておったぐらいは察しておったよ。ウィルならば、相手まで察しておったじゃろうて」

「だろうな」


 今のカイトの貴族としての礼儀作法は十年に渡る練習と弛まぬ努力の結果手に入れられた物だ。故に誰もがどこかで練習してきたのだろうとは察しており、単にその相手が明らかになっただけだった。そうして穏やかな表情でカイトはただ無言でグラスを傾けるわけであるが、そこに今度はソラ達がやって来た。


「うん? 何だ。二人で飲んでんの?」

「ああ、ソラに先輩か……まぁな。ああ、そうだ。リデル公に失礼はなかったか?」

「……まぁ、なんとかという所か」

「そんな所っすね」


 カイトの問いかけに瞬は少しだけ視線を逸しながらも一つ頷き、ソラもまたそんな所と認め頷いた。


「そうか……飲むか? 度数の高い奴だが……ちびちび飲むには良い」

「美味しいのか?」

「さてな……酒とは肴の味で如何ようにも変わるものだ」


 瞬の問いかけにカイトは笑う。そんな彼に、瞬が問いかけた。


「お前はどうなんだ?」

「……うん。美味しくはないな。いや、それどころかこれは不味い部類に入るんじゃないか?」

「「は?」」

「やはりお主も美味しくないではないか」


 楽しげに美味しくないと明言するカイトにソラと瞬は仰天し、ティナはカイトと同じく楽しげに笑う。なお、そんな彼女はすでに別の酒に切り替えており、彼女が飲んでいたのはリデル領の地酒――勿論高級酒――だった。


「というか、それは安酒も良い所じゃろう。余も名前ぐらいは聞いた事があったが……まさかこんなホテルでお目にかかれるとは思わぬほどの安酒じゃぞ」

「自分でご用意致しました」

「そりゃそーじゃろ。そんな安酒をこのホテルが提供したとあっては末代までの恥になりかねん」

「だろうな。オレだって素直にまだあった事が驚きだ」


 今回カイト達が宿泊しているホテルであるが、決して安いホテルではない。当然だが今回カイトはリデル家が招待した側だ。なのでホテルも怪しまれない程度に良いホテルを用意している。そんなホテルでカイトが持ってきたような安酒を提供したとあっては、リデル家に怒られる可能性さえあった。


「ふぅ……が、今の気分だとこいつが一番良い。思い出に浸れる」

「思い出……な。一杯貰って良いか?」

「ああ……が、飲んで後悔はしないでくれよ」


 瞬の申し出に対して、カイトはグラスを滑らせて彼へと手渡す。


「ソラはどうする?」

「せっかくだから貰っとくよ」

「物好きだな」


 瞬の問いかけに対してのソラの返答に、カイトは笑ってグラスを彼にも手渡した。そうして二人は用意されていた氷をグラスへと落とすと、そこにとくとく、とかなり濃い琥珀色の液体を注ぐ。


「っと、ストップ。そのぐらいにしておけ」

「ロックはだめなのか? というか、まだ殆ど入れてないが」

「ロックはやめとけ……オレは昔一度やって後悔した。量も舐める程度にしておいた方が良い。流石に当時よりはまだ美味いが、それでもやっぱりやめとけ。さっき後悔した」


 瞬の問いかけに対して、カイトは笑って更に横に置かれていた小瓶を指差す。中身は炭酸水の様子だった。というわけで、カイトの助言に従ってソラも瞬もかなり薄めに割って薄い琥珀色となった酒を見る。


「……匂いは……ぐっ。割ってこれか。ウルカの地酒にも匹敵するんじゃないか……?」

「匹敵するだろうな。オレにこれを教えてくれた人もウルカの火酒と並ぶ燃えるようなお酒だ、と言っていたほどだ」

「「……」」


 ウルカの火酒に匹敵する。瞬もソラも相当度数が高いらしい酒を見ながら、自分達が言った手前少しだけ覚悟を決めて口に含む。すると一気に目の前が明転した。


「「ごふっ!」」

「なんだこれ!」

「からっ! いや、いたっ!」

「あはは……だろうな。度数が高く、味もあんまり……安酒だ。実際、値段も高くない」


 炭酸で割って尚上顎が痛む独特な辛味を持つ酒に顔を顰める二人に、カイトも再度一口口にして顔を顰める。先にも言っていたが、彼自身美味しいと思って飲んでいるわけではない。単に故人を思い出すのにちょうど良いだけだった。だから、彼は穏やかな顔で外を見る。


「……こいつはな。リデル公のお父君が好まれた酒だ。唯一な……リデル家の誰も知らないだろう。当人がこんなのを飲むから酒が好きになれないんだ、と仰るような不味い酒だ。うん、美味くはない。そして粗悪なバーボンばりに口の中が灼ける様に痛い……はぁ」


 その痛みさえ楽しむ様に、カイトは僅かに酒を舐める。そうして彼はしみじみと述べた。


「……それでも、三百年前のこれよりずっと美味い」

「これで……?」

「三百年前はどんなだったんだよ……」


 今でもあまり美味しくない。それこそソラであれば先の大陸会議での会食で飲んだ焔実酒(えんじつしゅ)ばりに辛いのに旨味もなく、ただただ口が痛いだけの酒に顔を顰めるばかりで、三百年前はどんなだったのだと不思議でならなかった。


「それに……これを飲んでた人は本当におしゃれだった。そうなりたいと思って飲んでみたが……うん。やっぱり不味いな。これで真似るのはやめた方が良いな」

『これを飲んだ時だけ、私はね。私がクラルテ(透明)ではなくてカロスだと思い出せるんだ』


 カロス。それが、リデル公イリスの父の本当の名だった。これを知るのは多分自分だけだろう。カイトは生涯を道具として使われた男の真実を思い出す。


「自分が誰か思い出す必要の無い奴には不要……そういう事でしょうかね」


 からん。カイトは氷を鳴らして最後の一杯を飲み干して、少し笑って夜闇に問いかける。何度も言うが、カイト自身美味しいと思って飲んでいたわけではない。そうして彼は過去に思いを馳せるのを終わらせて、リデル領の地酒に手を伸ばすのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ