第2344話 コンベンション ――先代――
天桜学園に建設中の研究施設へ導入するための機材の参考にするべく、リデル領リデル郊外で行われていたコンベンションに参加していたカイト率いる冒険部一同。そんな中、カイトは一通り冒険部で必要となる物資の視察を終えると、その後は適当に出歩いて色々な物を見繕っていた。
とはいえ、それも二日目を終えて三日目からは一般参加も可能な三日目四日目となったわけであるが、この頃になるとほどんど見るべき物もなく、カイトは空いた時間を利用してリデル家へと訪れていた。
「久しぶりですね、マクダウェル公」
「ああ……あっははは。まさかオレが帰るまでに隠居しているとはな。オレを除けば長寿の当主なら歴代最年少だったかと思うんだが……先代やご隠居というべきか、それとも前と同じくリデル公と呼ばせて貰うべきかな?」
先代のリデル公の挨拶に、カイトは懐かしさを滲ませて彼女へと挨拶を交わす。先代のリデル公なのであるが、これは当然カイトと面識がある。
そもそも現リデル公であるリデル公イリスの生誕パーティに参加した、とはカイト自身も明言していたし、リデル公イリスもそう聞いている。である以上、当然だが先代のリデル公とは知り合いなのである。なのでせっかく近くに寄った事もあり、挨拶をしておこうと思ったのである。
「もうご隠居で構いませんよ。貴方は本当に変わらないわね」
「オレにとっては貴女達とのやり取りはたった三年前だ。それも地球のな。変わるわけがない……地球で三年でもエネフィアで考えれば一年も経っていないんだ。今でも、思い出そうとすれば思い出せる」
「それは羨ましいわ……私なんて最近はもう立つのが辛いもの」
「老いさらばえた、様には見えないがな。というよりまだまだ十分だろう」
先代のリデル公の言葉に対して、カイトは笑って首を振る。さてこの先代のリデル公であるが、現リデル公イリスとの関係はというと母娘にあたる。別にリデル家は常に女性が公爵となるわけではないのだが、偶然ここは二代続けて女性が就任していた。
その姿はリデル公イリスを四十代にしたような妙齢の女性で、姉妹と言われても素直に納得出来る容姿だ。が、同時に明確に年上ではあったので、母娘と言えばそれはそれで納得も出来た。
とはいえ、リデル公イリスより上品さがあり、年を経た分だけの貴族としての威厳のような物も感じられた。というわけで、先代のリデル公はカイトの言葉に笑って礼を述べた。
「ありがとう。でも本当にもう年は年よ。お世辞は抜きにしてね」
「……そうか。それもまた時の流れという所なのだろう」
穏やかな表情でただ事実をあるがままに告げられた言葉に、カイトもこれ以上の世辞は不要だろうとその言葉に同意する。事実、彼が知っていた先代のリデル公の姿は下手をすると今のリデル公イリスよりかなり若い様子さえあった。年老いた、というのは事実なのである。
「そういうものね……でもまぁ、私はイリスに跡目を譲り、それで良かったのでしょう。私が表立ってしまっていれば引き際を見誤ってしまいかねなかったものね。流石にロートルは二人も要らないわ」
「が、だからこそ有益な立場という物もある」
「そうね。そう……だから、今度は私が最大限サポートしましょう。何の補助もなく重責を担う事の辛さは、他の誰でもない私が一番よく理解していますから」
カイトの言葉に先代のリデル公は一つ頷いた。実のところ、彼女の更に先代。現リデル公であるリデル公イリスから見れば二代前になる先々代リデル公は連盟大戦により死去していた。
なので先代のリデル公の公爵の就任はかなり若くしての物であり、一時は存続さえ危ぶまれたのである。その苦労を知っていればこそ、彼女は早々に跡目を譲れた事をよく考えていた。
「そうか……それなら心強い。三百年前の戦争で誰もが補給線の維持の重要性は身に沁みているはずだ。その維持の重責を担うのはリデル家で間違いないからな」
「そこは、任せて頂戴な。昔みたいに勇者様の手を借りるような醜態は晒さないわ」
「別に、手を貸したつもりはないがな」
三百年前とは違い自信を滲ませる先代のリデル公に対して、カイトは一つ笑う。そうして、彼は更に続けた。
「それに仕方がなくはあったろう。三百年前は補給線の維持も何も、補給線の始点が壊滅状態だった……農耕地という始点がな。そこをなんとかしただけだ。後は輸送はヴィクトルと各国の貴族達がやってくれた」
「それでも、本来はそこも含めてなんとかしなければならなかったのは私……貴方が整えた物をただ運んだだけ。その運ぶだけすら満足に出来なかったのが、当時の私。あれから三百年……現場で培った力を見せてあげましょう」
「あっはははは……それはやはり頼もしいな。くく……」
「どうかして?」
楽しげに笑うカイトに、先代のリデル公が首を傾げる。しかしそれに、カイトは何も答えなかった。
「いや、なんでも無い。敢えて言うのなら、全ては気の持ちようだという所か。当たり前だが」
「はぁ……相変わらずマクダウェル公は時としてわけのわからない事を言い出すわね」
「オレらしいだろう?」
何がなんだかさっぱりな様子の先代のリデル公に、カイトは笑って問いかける。これに彼女はため息混じりにしかし楽しげに頷いた。
「そうね。いつもはっきり言え、と思うわ」
「あははは……ずばりと言う性格は相変わらずか。イリスに引き継がれていなくて少し寂しかったんだが……口はまだまだ達者で助かるね」
「こんなの、貴方ぐらいにしか言わないわ……たった五人の同格。その中で年が近い貴方ぐらいしか」
「……一応言うが、三百年前の時点でオレとあんたは結構年離れてたよな? 種族的に見ても人間年齢換算すればオレより年上だったはずだし……」
流石にサバを読みすぎだ。まぁ、実際には種族差を含めれば共に同じぐらいの年代と見做して良いのだが、事実は事実として年の差は大きい。故に半眼で指摘したカイトに、先代のリデル公も少しだけ半眼で反論する。
「誤差よ誤差。相変わらず可愛くないわね」
「うっせぇよ」
やはり古馴染み同士、社交辞令的やり取りが終われば肩の力を抜いた話も出来たようだ。先代のリデル公にせよカイトにせよ、最初はあったどこか他人行儀な応対がかなり鳴りを潜めていた。
これが、三百年前に繰り広げられていたカイトと先代のリデル公の会話というわけなのだろう。とはいえ、変わらぬ物もあれば、変わる物もある。故にカイトが少しだけ目を細め、ため息を吐いた。その視線の先には、かなり古ぼけた一人の老紳士の絵画が掛けられていた。
「クラルテさん……もう会えないだろうとは思っていたが。彼が居ないと思うと、少し寂しいな」
「良い人だったわ、最期まで。夫と呼んで良かったのかは、未だにわからないのだけれど」
「良い方だった。それは事実だ……それしか知れなかったのが悔やまれる。そうだ……」
「?」
なにかを思い出したらしいカイトが異空間へと手を突っ込んでなにかを探す。そうして少しして、日本語のラベルが書かれた桐の箱が取り出された。
「もしご存命だったなら、一緒に飲みましょうと言おうと思っていた酒だ。後で、墓に備えたい」
先程までの和やかな様子から一転して、カイトが桐箱の中身である酒瓶を一つ机に置く。彼が地球で手に入れた中でもかなり上等な酒の一つで、桐箱に入れられているほどの酒だった。そんな酒の意味が理解出来ぬほどではなく、故に先代のリデル公は一つ礼を告げる。
「ありがとう。あの人も……喜ぶかしら」
「さて……それはわからない。帰るという話をした際、是非私でも飲める酒を持って来てくれと頼まれた。格好を付けただけなのかもしれないがな……もしくは、もう間に合わないとわかっていたから言っただけか」
くすくすくす。カイトと先代のリデル公は随分と昔に亡くなったというリデル公イリスの父親について笑い合う。どうやらこのリデル公イリスの父は酒に強くなかったらしい。
らしいのだが、カイトが地球に帰る事を聞いてそんな事を言ったようだ。そうしてそんな彼を思い浮かべながら、カイトは穏やかな顔ではっきりと明言する。
「どちらにせよ、オレへの気遣いを頂けていた事だけは事実だろう」
「そうね……そこは事実でしょう。でも貴方は本当に相変わらず律儀ね。あの人が長くないだろう事なんて、帰るよりもっと前からわかっていたでしょうに」
「わかっていたさ……だがそれでも、約束した以上は持って帰るさ」
二人は再度、老紳士の絵画へと視線を向ける。その中には先代のリデル公の若かりし頃の姿もあるのであるが、その姿は親子ほど年が離れていた。
間違いなく並べば夫婦ではなく親子や、下手をすれば祖父と孫とさえ思われかねなかった。だからこそ、先にも先代のリデル公は夫と呼んで良かったのかわからない、と口にしたのである。と、そんな彼の言葉に先代のリデル公が一つ頷いた。
「そう……ああ、そうだ。私もあの人との約束を果たさないと」
「うん?」
「これを。あの人の遺言が入った遺言書……みたいなものかしら。これは貴方に向けた物ね」
先代のリデル公が取り出したのは、カイトが教国でルクスの弟から受け取ったと同じ情報記録用の媒体だ。そして貴方に向けた物という事は他にも何人かに向けた物があり、というわけなのだろうと推測された。
「そうか……また後で聞かせて貰うよ……相変わらず、彼らしい品の良い品だ。この品の良さは憧れだった」
「本人は何も出来ないお飾りだからね、と笑っていたのだけれど」
カイトの言葉に先代のリデル公は懐かしげに笑う。が、これにカイトは首を振った。
「確かにな……でも違うさ。ただ、時代が悪かったというだけだ。今なら、あの人は十分に貴族だったと言えるだろう」
「あの時代は戦えないと意味のない時代よ。時代の求めに応じられない時点で、お飾りは仕方がないわ」
「辛辣だな」
「貴族として、長くなったもの。あの人と一緒に居た時間が霞むくらいには」
僅かな苦笑を滲ませたカイトに、先代のリデル公は笑う。色々と現実を見ればこそ、彼女は自身の夫が単なるお飾りであった事を正確に理解していた。故にそこにはどこか憐憫もあった。そんな彼女に、カイトが問いかける。
「もう何年だ? 彼が亡くなられてから」
「二百と……もう数十年ね」
「もうそんな、か……」
「そうね。改めて数えればもうそんな」
もう思い出さなくなる日の方が多くなった。先代のリデル公はもはや忘却の彼方に消えた夫の事を思い出す。
「もう命日ぐらいしか彼の事は思い出さなくなったわ。あの子に至っては命日を覚えているかどうか」
「そんな幼少に亡くなられたのか」
「ええ……二十歳……にもならなかったわ。それが望まれた、と言えばそれまでなのだけれど」
驚きを露わにしたカイトの言葉に、先代のリデル公は僅かに苦笑を浮かべた。そうして彼女は時代と貴族のあれこれに翻弄された自身の夫に対して僅かな憐憫を口にした。
「歴史に名を残す事は求められず、特殊な血と膨大な魔力を保有するが故にただ優秀な血統を紡ぐ事だけを望まれた哀れな人……」
「特殊な血、か」
「『透明な血』の持ち主。自らの種族としての特性をほぼ残さず、ただ相手の血統を限りなく純粋に近い形で次の世代へ残す特殊な血……私みたいな特殊な状況の貴族にあてがわれる血を紡ぐだけの相手」
どこか遠い顔で目を細めるカイトに、先代のリデル公は改めて自身の夫だった老紳士の特殊性を口にする。何も望まれず、ただ相手と子供を成す事だけを望まれる存在。
戦争中などの特殊な状況で『有効利用』される特殊な存在だった。そんな彼なので本来は結婚なぞあり得なかったが、相手が先代のリデル公という事で特例的に結婚という形となったのである。
「多分、私は妻としては見られていなかったでしょうね。それだけは事実」
「その胸中だけはオレ達にはわからんよ……ただ、オレは彼が尊敬に足る紳士だったと思うだけだ」
「それはそうね。あの人は常に紳士だった。朝起きても、昼に微睡んでも、夜寝る時さえ。だから、ね。妻としては思われなかったと、今ならわかるわ」
「厄介だな、貴族も」
「そうね……気付かないで良い事ばかり気付いてしまう」
苦笑いを浮かべるカイトに先代のリデル公もまた彼と同じ顔で笑う。公爵という高位の貴族なのだ。人の機微はわかった。だからこそ、先代のリデル公は自身が妻と思われた事がなかったと理解していたのである。とはいえ、だからこそわかっていた事も一つあった。
「でもそれでも、少なくとも貴方との話す一時だけは嬉しそうだった事は覚えているわ。貴方だけよ。彼が自分から話してくれたのは。イリスの事さえ殆ど話さなかったのに」
「それは……イリスには黙っておいてくれ」
「さて、どうかしらね」
カイトの言葉に先代のリデル公は楽しげに笑う。そうして、それから少しの間二人は先代のリデル公の夫の話に花を咲かせ、しばしの歓談を持つ事になるのだった。
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