第2341話 コンベンション ――昼――
天桜学園で建設中の研究施設に導入する機材の購入の参考にするべくリデル領リデル郊外で行われているコンベンションに参加する事にしていたカイト率いる冒険部の面々。
そんな中で機材の視察をティナらに任せたカイトは、ソラ、瞬の二人と共に冒険部専用で使用する事の出来る飛空艇を用立てるため飛空艇の視察を行っていた。というわけで同じく飛空艇の購買を考えているというイングヴェイを交えて様々な飛空艇の視察を行っていたわけであるが、一同はその中でも大型魔導鎧や大量の物資を搬送するためのコンテナを積み込める飛空艇、通称コンテナ艦のブースへと足を運んでいた。
「で、さっきも言った通りコンテナ艦のブースだが……とりあえずコンテナの共通規格を知っておく必要があるだろう。と、言っても流石に共通規格はわかるよな?」
「大型中型小型の三種だろ? 流石にそりゃわかってる。何年冒険者やってんだ、って話だ」
カイトの問いかけにイングヴェイは笑ってはっきり明言する。流石にコンテナは冒険者を何年もやっていれば見覚えるので、どれだけ覚えが悪い冒険者でも自然覚えるとの事であった。
「だな……で、一応お宅の所だと使うのは大型コンテナの輸送が可能なコンテナ艦だろう。後はマルチかダブルかシングルか、という所になるが……これについては色々とあるから各社のカタログでも見ながら話した方が早いだろう」
「ほーん……」
カイトの言葉にイングヴェイはそんなものか、と判断する。というわけで歩いていくわけであるが、そうなるとすぐに色々な形式がある事を理解できた。が、そんな呑気な様子の彼もコンテナ艦のブースを見て思わず半笑いになる事になった。
「……本当に多いな」
「だから言ったろ? カタログでも見ながら話した方が早いって。シングルだけでもアップ型にダウン型。ダウン型もアーム型と浮遊型と多種多様だ。アップ型は少ないがな」
「そ、そうか……まぁ、もし使うなら多分ダブル以上だ。シングルは飛ばしてくれ」
「だろうな」
話を聞く限り、イングヴェイ達は大型の魔物の捕縛を頻繁に受けるつもりはない。それでも受ける場合は大型魔導鎧を用立てる事になるだろうと思われ、そうなると片方には大型魔導鎧のコンテナ。もう片方に魔物を収容するコンテナを接続する事になるだろうと思っていた。
となると、イングヴェイ達の目的に合致するのはダブル以上で間違いないだろう。というわけで少し歩く事になるわけであるが、そこで今回のもう一つの目的のメーカにたどり着いた。そこで展示されていたのは広めの翼の上部にコンテナが二つ設けられる様に設計された特徴的な形状の飛空艇だった。
「なんか変わった形状の輸送艇だな」
「これは……ダブルのアップ型か。が……これは……」
「どした?」
なにかを考え込む様子のカイトに、ソラが不思議そうに問いかける。これにカイトは興味深げに口を開いた。
「ダブルのアップ型だが、かなり広めに翼が設計されている。それにこれは……すいません、少々良いですか?」
「どうされました?」
「ウィングの下に回って大丈夫ですか?」
「ええ、勿論です。ただ本日は13時半に飛翔の実演がありますので、それ以外となりますが」
カイトの問いかけに販売員は柔和な笑みで一つ頷く。これにカイトはそれなら、と一つ頷いた。
「14時に飛翔の実演と……その際、大型は?」
「……勿論、ご用意させて頂いております」
どうやらこの販売員はカイトがこの飛空艇の仕掛けに気付いたと理解したらしい。どこか訳知り顔という様子で彼の問いかけに答える。これに、カイトは礼を述べた。
「そうですか。ありがとうございます……んー……どうするかね」
「何だ。何か興味あったのか?」
「ああ……多分そっちはあまり興味を持たないだろうが……存外見ておいて損のない話になるかもしれん」
イングヴェイの問いかけに対して、カイトはコンテナ艦の全容を確認しながらメモをしたためて昼以降の予定を押さえておく。これに、イングヴェイは僅かに目を細める。
「社長、来そうか?」
「さて……どうだろうな。そこらはわからんが……来る可能性は無いではないかもな」
「ふむ……」
ってことは後でも良いか。イングヴェイはカイトの様子から策士としての顔でそう考える。そうして、そんな彼がカイトへと問いかける。
「どうする? ちょうど良い時間っちゃちょうど良い時間だろ。まだ少し早いっちゃ早いが……早めに飯の確保しておいても良いだろ」
「そうだなぁ……オレはそれで良いと思うが。先輩達もそれで良いか?」
「異論はない」
「俺も大丈夫っすね」
「おし……俺も一旦リディと話はしたかった。早めに上がっておくか」
冒険部側の合意を見て、イングヴェイが結論を下す。そうして、一同はちょうど昼が近かった事もあり14時に開始されるというソルテール家の飛空艇の実演の少し前に再集合する事にして、一度別行動とする事になったのだった。
さて、一旦昼が近いという事でイングヴェイと別行動になり昼食を摂ってからの再集合を決めた一同であるが、カイト達はカイト達で昼は集まってコンベンション会場に併設されているレストランにて昼食を摂っていた。しかしそれも殆ど食べ終わった頃には紅茶やコーヒー、ジュースなどを飲みながら雑談になっていた。
「ふぅ……ん、悪くないな」
「え、何? ってことは本気で買うつもりなの?」
「ん? ああ、飛空艇の話か。冒険部専用で欲しいからな。割と本気で考えてはいる」
灯里の驚いた問いかけにカイトは真剣に飛空艇の購入を考えている事を明言する。そうして、彼は先にイングヴェイが告げていた事を彼女へと告げた。
「本来、百人につき数十人を収容出来る飛空艇一隻ってのが基本だ。三百人規模になっているにも関わらず一隻しか飛空艇が無い、って現状がおかしかったんだ」
「そりゃ、まぁ……現状無理がある、っていうのは私も感覚的にはわかるけど。お金、大丈夫なの?」
「天桜の予算と冒険部の予算は別に設けているからな。必要なら用立てる事は吝かではない」
「その吝かではない、はどっちの意味? 正しい意味? 誤用?」
カイトの明言に灯里は一応の問いかけを行う。これに、カイトが肩を竦め答えた。
「正しい意味だ。ぶっちゃけ、事あるごとに飛空艇を何隻も借りるってのは費用の面から見ても若干非効率的かつ非経済的だ。それに合わせて予定も考えなきゃならないからな。自前で用意しておく事が出来るならそれに越した事はない。活動にも影響してくるしな」
「あ、そっか……確かに今だと一隻しかないから大規模な遠征だと一つしか出せないのね……」
カイトの言葉に灯里も道理を見て納得する。実際、今までも何度か予定のダブルブッキングがあり、飛空艇を仕方がなく借り受けた事はあった。
それ以外にも急に冒険部側で使う事になってしまい、天桜学園で使うためにレンタルが必要になって無駄な出費が嵩んでしまった事も一度や二度ではない。最低限もう一隻必要、というのは正しい話ではあった。
「そういう事だな……それ以外にもそれ以外にも冒険者の活動である以上は戦闘による破損は大いにありえ、そうなると予備機として一隻持っておかないと活動に甚大な影響も考えられる。一隻で賄っていた現状に難あり、となっても不思議はない」
「そうねぇ……そう考えるともう一隻持っとかないと、っていうのは正しいのかも……お金掛かるかもだけど」
「掛かるが、先に灯里さんが言った通り大規模な遠征隊が組めたり、という利点も大きい。出資に見合うだけのリターンはあるだろう」
カイトとしても費用が掛かる旨は頭が痛い所ではあったが、同時にこれが先行投資と言える事も理解していた。なので真剣に購入を検討している様子だった。というわけで、今までは必要なら買うか、程度で真面目に考えていなかった灯里もカイトと共に真剣に考える事にする。
「購入考えてるのは中型以上の輸送艇?」
「そうだな……まぁ、例によって例の如くヴィクトルの飛空艇がベストか、と考えている所だ」
「あー……」
ティナちゃんが色々とやりやすそうだもんねー。灯里はカイトの返答でそれを理解し、僅かに彼女に視線を向ける。先にも言われていたが、ヴィクトル商会の飛空艇の根幹技術はマクダウェル家と同じ技術が採用されている。これはあまりにも有名な話で、灯里も当然の様に把握していた。
「一応確認なんだけど、今買おうとしてるのって冒険部主体の物?」
「そうだな……天桜との共用は考えていない。というより、そうしたくないから予算もこっち独自に組む。天桜での稟議も発議もしない」
「言われても困るでしょうしね」
「まな」
確かに冒険部の正式名称は天桜学園冒険部という名になるわけであるが、すでに天桜学園の指揮系統から冒険部は独立していると見做せる状態だ。冒険部に関わる案件はもはや天桜学園の手には負えず、桜田校長ら天桜学園としての上層部も冒険部の事は冒険部で判断する様に許可を下していた。言われてもわからないからだ。
というわけで、今回の飛空艇も完全に冒険部専用で購入する物となり、予算編成なども一切を冒険部で執り行う事になる。一応の義務として報告はするが、相談はしないつもりだった。
「んー……となると、私も殆どわかんないか。じゃ、後お願い」
「あいあい……って、技術部総トップがそれで良いのか……」
「あんたに任せときゃ問題無いっしょ」
にしし、と灯里はいつもの姉貴分としての笑みで楽しげに笑う。そして実際、カイトに完全丸投げで問題のない案件だ。それに何より、彼女としてはそちらを考えるより別に考えねばならない事があった。
「ま、それはそれとして。こっちはこっちで実際に買う買わないで色々と話し合う必要がある物が多いのよ。何でもかんでも申請、ってわけにはいかないでしょ?」
「そりゃそうだ」
「でしょ? ってなると、飛空艇みたいな話はそっちに任せて、こっちはこっちで機材の申請に軸足を置かないと。飛空艇、乗る事はあっても主体的に使うわけじゃないし」
「確かにな」
そもそも今回のコンベンションに視察に来ているのだって、天桜学園で建設中の研究施設に導入する機材を見るためだ。そこをおろそかにしては何のために来たのかさっぱりだった。そして今回はあくまでも良いな、と思った物をリストアップするためだけに来ている。選定はここからだった。
「ま、それならそれでこっちでやっておくから、そっちは任せる。こっちにしても機材のスペックやら用途やら相談されても困るからな」
「でしょ? というわけで、餅は餅屋。こっちはこっちでやっとくわ」
「あいよ……ま、昼からは恐らく手隙になってくるだろうから、必要に応じてまた声を掛けてくれ」
「はーい」
カイトの言葉に灯里は軽い調子で答える。流石に飛空艇の視察も午後のソルテール家の一つで大凡が終わる見込みで、そうなればまたカイト達は別行動だ。無論、イングヴェイとも別行動となる。というわけで、改めて昼からの予定の再確認を行った後、一同は再びコンベンションの会場へと向かう事になるのだった。
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