第2336話 コンベンション ――飛空艇――
天桜学園で設営中の研究施設に導入する機材の購入の参考にするべく訪れていたリデル領リデル郊外で行われていたコンベンションに参加していたカイト率いる冒険部一同。
そこでカイトは機材の視察をティナ・灯里率いる技術班に任せると、自分はソラ・瞬の二人に飛空艇購入の助言を受けたい、というイングヴェイと共に冒険部に専用で運用する飛空艇の視察へと向かっていた。そうしてイングヴェイから合流について三十分の延期を受け入れると、カイト達三人は余った時間で近くに設けられていた備品のブースを見ていた。
「備品は色々とあるんだな」
「備品は各種メーカ見れた方が良いからな。関係の深いメーカや委託されたメーカの品は置いてくれている」
「ふむ……本当に水源一つとっても色々なメーカがあるな……」
カイトとソラの会話を横に、瞬は各種メーカの種類の多さに驚きを得ていた。と、その中に彼に馴染みの深いメーカの品があったようだ。これは、と興味を覗かせる。
「これは……サンドラ製か。懐かしいな」
「サンドラ?」
「ああ……ウルカだとよく聞いた名だ。これがウルカの飛空艇にあったのを覚えている……何が変わったんだろうか……」
ここに置かれているという事は新製品なんだろう。瞬はウルカで見た魔道具の新型らしい物を興味深げに観察する。そんな彼に、ソラが問いかけた。
「サンドラ……ウルカだと有名なメーカなんすか?」
「いや、サンドラはメーカじゃなくて都市の名だそうだ。詳しくは知らんが……かなり有名な都市で魔術都市『サンドラ』と言われているらしい。ウルカの北にある砂漠にある遺跡。あれは古代サンドラ文明の遺跡なんじゃないか、という学説があるそうでな。バーンタインさんがそんな事を言っていたんだ」
「へー……」
瞬の説明にソラはそんな都市があるのか、と感心した様に頷いた。これに、カイトが更に少しだけ小声で補足する。
「まぁ……一応少しだけ言っておくと、ウルカじゃサンドラの名はあまり出さない方が良い。嫌いな人は本当に徹底的に嫌いだからな」
「そうなのか?」
「ああ……ウルカ王国は古代サンドラの流れを汲んでいると考えている者が居て、拒絶反応を示す者も居るんだ」
「そうなのか……バーンタインさんは何も言ってなかったが。というか、<<暁>>だと普通にサンドラ製を使っていたぞ?」
カイトからの説明にウルカに居ながらも聞いた事がなかった瞬が驚きを露わにする。が、これには理由があり、その理由をカイトは創設者たるバランタインから聞いていた。
「古代サンドラ文明と今の魔術都市『サンドラ』は違う、と捉えている奴は気にしていない。<<暁>>はその流れがある。おっさんがそうだったからな」
「何があったんだ?」
「古代サンドラだと魔術の才覚の有無で優劣が決められていたらしい。だからまぁ、そのなんだ……魔術への適性が低い者を奴隷にしたりするのも横行していたそうでな」
少しだけ苦い顔で告げたカイトに、瞬もソラもなるほど、と納得する。そうして、カイトが更に続けた。
「今の『サンドラ』も魔術都市と言うぐらいだから優れた魔術師は多いが……魔術が使えないからと非国民のような扱いはされない。出世に有利、ぐらいはあるらしいが。そこは都市の方向性という所だろう」
「どうしてその古代サンドラは滅んだんだ?」
「魔術が盛んだったから、とらしい。邪神の洗脳をモロに受けた、というのが主流な学説だ」
「あー……通信網も整備されてたから、か。高度な魔術文明だった事が仇となったわけか」
カイトから語られた学説にソラはなるほどと納得する。実際、ウルカ北の砂漠で見付かっているという魔道具の数々は非常に高度な物もあるという事だ。それを考えれば必然、通信機も非常に発達していた可能性が高く、というわけであった。
「そういうことだな。で、その時の特権階級の一部がウルカを興したのでは、というのが『サンドラ』嫌いの者たちの主張だ」
「実際の所は?」
「さぁな。ウルカ王国初期の資料は散逸しちまってて詳しくはわからん。初代が優れた魔術師だった事から傍証としては整ってるが、決定打に欠けるという所だ。まぁ、ウルカ北の遺跡が奪還されれば調査も進むだろうが、という所だろう」
あくまでもカイトが語っているのは学説や論文の話だ。その時代を生きていたわけではない彼が詳しい所を知っているわけがなく、故に彼は肩を竦めそう締めくくるだけであった。
「とはいえ、その流れを汲んでいるサンドラ製の魔道具は高性能で知られている。高級品だな……購入の選択肢には入れて良いだろう。冶金技術が優れているわけじゃないから飛空艇そのものは作ってないから、ヴィクトルのブースに入れて貰っているんだろう。ヴィクトルとしてもサンドラ製品に適応可能なのは強みと言えるからな」
「そうか……ふむ……」
やはりウルカで慣れ親しんだからだろう。瞬はサンドラ製品が気になっているらしい。というわけで彼はサンドラ製品のカタログを貰っておく。そうして暫くの間一同は飛空艇に載せる備品を見ていく事にするのだった。
さて三人が備品を確認して二十数分。幾つかのメーカについて確認すると、改めてイングヴェイと合流する事にしていた。が、その合流も予定より数分遅れていた。とはいえ、その理由はイングヴェイが遅れたからであった。
「悪い悪い。いやー、やっぱ一生モンの購入だから熱入っちまってな」
「せっかく同期させたんだから連絡してくれよ……」
「悪い悪い」
ソラの苦言にイングヴェイは少し恥ずかしげながらも軽い感じで謝罪する。とはいえ、彼も悪いとは思っているらしく、少し急ぎ足で話題転換を図った。
「で、次はどこだ? まさかヴィクトル一社で終わりってわけじゃないだろ?」
「次はそうだな……確か備品は良いんだよな?」
「備品の類はリディの奴が見るからな。俺は良い」
「そうか……となると、次は大空重工とかが良いかもしれん」
「大空……大空。スカイ・インダストリーか。八大の一つ、<<天駆ける大鳳>>御用達の飛空艇メーカ。有名メーカだな」
どうやらイングヴェイも予めある程度は事前知識は仕入れてきていたらしい。有名メーカは名前程度は把握している様子だった。
「ああ。ここは攻撃的な飛空艇を多く製造・開発しているこれまた老舗メーカだ。輸送艇にも他のメーカより豊富な武装を搭載している、もしくは搭載可能にしている攻撃的な設計が売りだ。これもまた冒険者向きかつ、超長距離航行を考えた設計がされている」
「確かに、ある程度飛空艇でフォロー出来るならそれに越した事はないか」
長距離を移動する中で魔物に遭遇しない可能性はゼロに等しい。である以上、飛空艇はある程度戦闘は想定して運用するのが基本だ。なので戦闘をどの程度人員で負担するかは考えねばならないのであった。なので武装は二の次にしてもあるに越したことはないのであった。
「そういう事だ。大空の物は輸送艇の中でも戦艦や巡洋艦に近い設計がされている。その分、積載量は低いが……」
「そこだな……まぁ、ぶっちゃけウチだと輸送艇の積載量をフルで活用する事は考えてないからなぁ……」
「だろうな。だからここをオススメさせて貰った」
イングヴェイの言葉にカイトはだからこそ、と改めて告げる。イングヴェイ達の主活動は狩り。狩猟が主だ。カイト達の様に遺跡探索に必要な機材を積み込む必要はない。
大きくても大型の魔物を捕獲する程度だったが、そのような依頼の場合は飛空艇下部に外付けする専用のケージや専用の輸送艇を必要とする事が多い。自分達の拠点も兼ねる飛空艇にそこまでの積載量を求める必要はなかった。
「納得だ……じゃあ、そっちだな」
カイトから聞かされた助言に納得したイングヴェイは、地図を見て大空重工のブースを目指す事にする。というわけで、十数分歩いて一同は大空重工のブースにたどり着いた。
「へー……やっぱメーカによって飛空艇も結構違ってくるんだな」
「そりゃ、設計者が異なるからな。デザインも少し違っている」
「へー……確かになんていうか……ちょっと鋭角的だな」
「攻撃性能を高める設計になっているからな」
ソラの言葉にカイトは大空重工の飛空艇を見る。
「鋭角的なデザインは速度を最大限まで上げつつ、正面からの戦闘において攻撃をなるべく受けない様にする設計だ。また、最大船速に到達するまでの加速度も非常に高い」
「短所は?」
「まず値段は高い。まぁ、ここもヴィクトルと同じく高級メーカの一つと言えるだろう」
「んなこったろうと思ったよ」
性能と値段はトレード・オフだ。イングヴェイはそんな所だろうと思い、苦笑いを浮かべていた。というわけで、そんな彼にカイトは更に短所を告げる。
「後は先に述べた積載量の少なさがある。他にも他社製品との互換性は若干低めとなっている。そこから拡張性も低いな。攻撃面・防御面は良いんだがな……まぁ、あまり拡張は考えず用途は絞っている、という場合には良いだろう」
「ふむ……居住性は?」
「居住性はヴィクトルと並んで高い方に位置している。飛空艇の第二層に居住空間が設けられているのが大空重工の飛空艇の常だから、船底に攻撃を受けて私物が散乱、なんて事は起きない。恐らくこの新型もそうだろう」
「そりゃ良いな。船底に穴が空いて私物が落下した、なんて時々聞く話だ」
カイトの情報にイングヴェイは笑う。戦闘を考える以上、穴が空く事も想定しなければならない事態だ。なのでこういった事態はそれなりには起きていた様子で、居住空間がどこに設けられているか、というのを見るのは拠点として利用する場合の必須事項の一つだった。
「だな……それはそれとしても、内装としては中津国ならではのこだわりも用意されている。基本マクダウェル領と中津国の飛空艇は居住性が高いのは有名だ。単なる移動のみならず、ある程度の癒やしの空間を設けられるのは強みと言えるだろう」
「あー……あったら良いかもなぁ……」
どうしてもイングヴェイ達は主活動が主活動だ。自然に溶け込むために野生児さながらの生活をする事も少なくない。ふとした時に嫌気が差し、文化的な生活をしたくなる時があるらしい。
そんな時に拠点に何かしらの癒やしの空間がある、というのは彼らには見過ごせない利点と言えたようだ。今までに無いどこか陶酔の滲んだ顔色が見え隠れしていた。というわけで、興味を見せた彼が提案する。
「一回見ておいて良いか? 話聞いてたらちょっと見たくなった」
「どうぞ……何分後集合にする? それとも一緒の方が良いか?」
「今回は……二隻だけか。別に別行動する必要もなさそうだな」
「そうか……じゃあ、行くか」
イングヴェイの提案にカイトが一つ了承を示す。そうして、カイト達は今度は連れ立って大空重工の飛空艇の視察を開始する事にするのだった。
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