第2335話 コンベンション ――飛空艇――
天桜学園で設営している研究施設に導入するための機材の視察をするべくリデル領リデル郊外で行われていたコンベンションに参加したカイト率いる冒険部。彼らは技術班と実働部隊を率いる面々で二つに別れ、機材の視察を技術班が、その他冒険部で使う品をカイト、ソラ、瞬の三名が見る事にしてそれぞれ視察を行っていた。
そんな中カイトは飛空艇の購入に関して意見を聞きたい、という『猟師達の戦場』ギルドマスターのイングヴェイの申し出を受けて、彼やソラ達と共に飛空艇の視察を行っていた。
というわけで一緒に行動していたのであるが、一旦自分達の用途に合わせたオプションを見たい、とイングヴェイが別行動を取った後。カイト達は改めて冒険部で使う別の飛空艇の視察を行っていた。そんな彼らであるが、今は大型の輸送艇の中に居た。
「乗れるんだな」
「当たり前だろ、乗り物なんだから」
若干の驚きを滲ませる瞬に、カイトが思わずと言った具合で吹き出した。これに瞬がきょとん、と首を傾げる。
「そうなのか?」
「まぁ、仕方がないか……地球でも自動車の試乗はさせて貰えるだろ? それと同じで、乗り物である以上は乗ってみてどうか、内装はどうか、というのは重要な点だ」
「なるほど……確かにそう言われてみればそうか……だがそれなら動かせても……ああ、そうか。それなら店に来い、という話か」
「そういう事だな。各種メーカの販売代理店に言えば異空間の中で試運転させて貰う事も可能だ。今はあくまでも内装を見て良いですよ、というだけだ」
自分で言って自分で気が付いた瞬に、カイトは一つ頷いてそう告げる。が、これに瞬が再度びっくりした様子で問いかける。
「異空間?」
「乗り逃げされたら困るからじゃないっすかね」
「そういう事。飛空艇乗り逃げされたら追い付けるのはかなり高位の冒険者じゃないと無理だからな。昔は、そういう依頼もあったらしいが……バルフレアに聞いた話だと、もうここ何年もメーカ側からそんな依頼は聞いてないそうだ」
「確かに……そういう依頼は聞かないな」
思えば飛空艇を乗っ取られたから取り返してくれ、という依頼は聞いた事がない。瞬は笑うカイトの言葉にそれなりには長くなった自分の経歴を鑑みて納得する。
「だがよく異空間を展開させるような魔道具だか人員だかを手配出来るな。相当高額なんじゃないか?」
「いやー……多分それでも飛空艇の値段から考えりゃ安いんじゃないっすか? 台数考えりゃそれなりに元は取れるんじゃないかと」
「む……どうなんだ?」
確かにソラの言う事は尤もかもしれない。瞬はカイトへと問いかける。これに、カイトは笑って頷いた。
「そういうわけだな。なんで基本は教習所と同じく機能に制限が掛けられた状態での試乗か、異空間になるわけだ」
「へー……」
「ま、そういうわけだから最終的には店に行って試乗させて貰う事にはなるだろう。その場合は先輩やソラにも試乗は頼むから、覚えておいてくれ」
「わかった」
「おけ」
カイトの言葉に瞬もソラも即座に同意する。基本的にこの二人が飛空艇を使って遠征に出た場合に飛空艇の操縦を行うのはこの二人である事も多い。そういった事からもこの二人が飛空艇の試乗をするのは妥当な判断だった。というわけで、実際に使うかもとなると二人の視察もまた身が入る。
「ふむ……内線のシステムが若干異なるな」
「そっすね……でも俺達ならこっちのが使いやすいかも……」
「確かにな……」
ヴィクトル商会の製品は現在冒険部で主流となっている製品でもあったため、技術に共通点は多かった。なので使い勝手にしても触ってみれば現在の輸送艇――ヴァルタード帝国製――に比べて使いやすいと感じる点は多かったようだ。
「あ……先輩。これ、多分俺らが使ってる通信機と常時ってか艦内だとどこでもリンク出来ますね。しかもかなり簡単に」
「何……標準で可能なのか……ん、新機能か」
「みたいっすね……」
「ヘッドセット型の通信機が出てきてから新しく標準搭載される事になったシステムだ」
「「なるほど……」」
カイトの補足説明にソラも瞬もなるほど、と納得する。現在エネフィアで主流になりつつあるヘッドセット型などの小型の通信機はカイト達がこちらに来てから開発された製品だ。
持たなくて良いという携帯性が非常に優れている事から特に軍や冒険者では爆発的なヒットをしているわけであるが、それを見越してこの通信機の開発とほぼ同時に飛空艇にリンクさせる機能も開発させていたのである。そしてそういうわけなので現在冒険部で運用されている輸送艇にはない新機能だった。と、そんな新機能の話に瞬がふと気が付いて首を傾げる。
「ん? 標準搭載?」
「ああ……今後、このヘッドセット型や身に付けられるタイプの小型通信機の需要は急速に伸びるとヴィクトルは想定している。なんでそれを見越して、現段階からこいつとリンクさせられる様にしているわけだ」
「そうか……」
確かに現在の飛空艇の多くは内部で情報のやり取りをしようとすると艦内放送や冒険部の輸送艇の様に別口で通信機能を設ける必要があった。が、それもやはり連絡可能な範囲は限定的だし、費用も嵩む。すでにある通信機と接続して、という事が出来るのであれば誰もがそちらを選ぶだろうと考えられていた。というわけでそこらを聞いて、ソラもそういえば、と思い出した。
「そういや俺達結構普通に短距離通信でやり取りしてるけど、それって結構珍しい機能なんだろ?」
「ああ……オレ達の通信機の短距離通信は飛空艇や竜車などに中継機を設置する事で可能にしている。その機能を飛空艇に持たせた、と考えれば良いだろう」
「そか……まぁ、俺達だと特に必要か……無くなると困るもんな」
「だろうな。飛空艇を運用する上でなにか作業をしながら連携が可能というのは重要な点だ」
ソラの納得にカイトもまた頷く。そもそも別口で通信が可能な様にしたのは必要だからだ。敢えてこの機能を無しにして運用する必要性は無いし、標準で設けられているのならそれはそれで有り難かった。というわけで一通り確認した所で、三人は結論を下す。
「……やはり第一案はヴィクトルのこれか」
「っすね……というか、ウチで使ってる機能とかウチで使いたい機能とかかなり沢山ありましたね」
「ああ……」
なにか作為的な物は感じられるが、それはそれとしても自分達の用途に合致している。瞬もソラもここまで自分達の用途に合致した形で使えるのなら確かにこれは購入を考えて良いだろう、と考えたようだ。そんな二人に、カイトは笑う。
「そうなるだろう。そもそもヴィクトルの製品はまぁ……なんだ。ウチで使ってて不満が出たような箇所をフィードバックしてるんだ。オプションで改修はその都度やってたが、それを標準搭載させたわけだ」
「「へ?」」
少しだけ小声でどこか恥ずかしげなカイトの言葉に、瞬もソラも目を丸くする。そんな事初めて聞いた。二人の顔がそれを何より物語っていた。
「この通信機はそうだ、ってのは二人も知ってるだろ? それ以外にも飛空艇はオレとティナが最初期から開発に携わっているから、実は帰還して早々の段階で改善点はちまちまと出してたんだ。そこに、ウチで出た不満点をフィードバックしてた」
「そ、それで……」
「ど、道理で……」
ソラも瞬もそれなら自分達の用途に合致する形で開発されていた新製品に頬を引き攣らせながらも納得する。とはいえ、こういった不満点というのは得てして誰もが共通している物だ。そして冒険部以外にもモニターは居る。そういった意見を集約しているため、問題はなかった。
「だ、だがよくこんな短期間で出来るものだな」
「そりゃ、ヴィクトルの製品はティナが基礎の設計者だし、今ウチが使ってるオプションはティナ作だからな」
「「へ?」」
「あれ? 言ってなかったか? 例えばあの短距離通信の中継機、基本はティナが作ってるものだぞ? 一応、ヴィクトルの製品とは言ってるがな。ほかも大抵そんなもんだ」
目を丸くしたソラと瞬に、カイトが逆に小首を傾げて問いかける。とはいえ、これまた二人の顔でカイトも言っていなかった事を理解した。
「普通に考えればこの通信機とか出たばかりのものだろ? そんなのの規格に合致した物なんてすぐに出せるわけがない。ってわけで、ティナが作ったのをヴィクトル製品と偽ってるだけだ。どっちも基本設計はあいつだからな。規格の統一は容易い。で、ヴィクトルはそれの量産型を製品化って流れだ。設計者同じだから存外気付かれないもんだ」
「流石というかなんというか……」
「天才は伊達じゃない、か……」
天才魔王にして現在でさえその技術の全てが解明されていないと言われるティナだと言われれば納得するしかないわけであるが、それでもそれを改めて認識すれば呆れるしかなかった。
「ま、それはそれとして。そういうわけだからウチが買うとしたら基本はヴィクトル製品で良い……ティナも弄りやすいからな」
「そか……」
「そうか……」
いじる事は前提なのか。おそらくこの様子だと自分達の知らない機能がまだまだあるだろう冒険部の飛空艇を考えて、二人は少しだけ遠い目でカイトの言葉に頷いた。なお、カイトがここまであっけらかんなのはすでに慣れているからだ。これが普通ではない、という認識がなかったのである。というわけで、それを再認識した二人は少しして気を取り直す。
「ま、まぁそれはそれとして……とりあえず第一案はこれで良いか。ソラも良いか?」
「うっす。まぁ、欲を言えば小型艇も欲しいっすけど……」
「それは確かにそうだが……まぁ、それは言っても詮無きことだろう」
ソラの要望に対して、瞬は少しだけ苦笑して同意する。やはり二人としても取り回しの良い小型艇があれば、と思わなくもないらしい。そんな二人に、カイトが告げる。
「小型艇は現状は欲しければ個人で用立ててくれ。流石にそこまでの費用は出せん。使い勝手も用途も小型艇は異なるからな」
「ですよねー……こっちに補助金とか出ない?」
「状況次第、か。ま、今の所は状況は見えないな」
ソラの問いかけにカイトは笑って首を振る。先のウェポンパックはやはり冒険者の活動にだって利用出来るものだ。なので購入は補助金を出しても良いかな、となるわけであるが飛空艇は話は異なった。とはいえ、それはソラもわかっていたので特に気にした様子はなかった。
「そか……で、ガワはこれで良いとして、中身どうすっか、っすね」
「だな……カイト。備品の類を見たいんだが」
「そうだな……そっちになると外にあるから、外に移動するか」
二人の要望にカイトは元々ヴィクトル商会製を考えていたので、特に異論もなく外に出て備品を見る事にする。というわけで外に出た頃には先にイングヴェイが待っていた。
「よぉ」
「終わりか?」
「いや、悪いがもうちょっと時間貰えるか?」
「うん?」
どこか済まなそうな様子で、イングヴェイがカイト達三人へと会釈程度に小さく頭を下げる。
「いや、途中リディの奴から連絡が入っちまって、一度そっちで話しちまってな。もう三十分だけ時間くれ」
「「「あー……」」」
これはうっかりしていた。カイト達三人共、イングヴェイとの通信機の同期をしていなかった事を思い出す。というわけで一同は一旦通信機で何時でも連絡を取れる様にして、改めて三十分後に合流する事にするのだった。
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