第2332話 コンベンション ――中間報告――
天桜学園で建設中の研究施設に導入するための機材購入の参考にするべく、リデル領リデル郊外で行われる事になったコンベンションに参加していたカイト率いる冒険部。
そんな彼らはカイト達実働部隊を率いる者たちとティナ・灯里ら技術班を率いる者たちの二手に別れて行動する事にする。というわけで、外に出て魔導鎧のブースを視察していたカイトは時にティナからの指示を受けて動きながら、色々と見たい物を確認していた。
そんな中、ソラが再会したイングヴェイと通信を介してやり取りを行い、翌日の午前の予定を決めるとその後は何事もなく一日目を終わらせていた。そうして、ホテルへ戻って少し。ひとまず彼は上層部の面子だけを集めて中間報告を行っていた。
「という感じじゃのう……ま、悪くはない、機材がちらほらという所か」
「ふむ……リストは?」
「これじゃのう……色々とやれる物は多い。それこそ魔術に関する研究から、地球の化け学に使えるような機材まで様々じゃ」
カイトの要望を受けて自分達が確保してきたリストを彼へと手渡したティナが、更に幾らかの情報を補足する。
「ふむ……まぁ、属性魔術については基本は基礎研究中心か」
「そりゃそうじゃ。属性魔術の応用研究はもはや精霊学やらになってくるから、ウチじゃ手は出せまい」
「そういえば精霊学とか属性魔術の応用研究って結構聞くけど、やっぱ難しいの? いや、応用なんだから難しいのは当然なんでしょうけども」
カイトの総括に口を挟んだティナに、灯里がふとした疑問を問いかける。これに、ティナは一つ頷いた。
「そうじゃなぁ……難しいといえば難しい」
「なんか言葉濁すわね」
「そうじゃのう……これは若干例が悪いという所があるんじゃが……」
灯里の指摘に対して、ティナは少しだけ困った様に笑う。そうして、どう説明したものかと悩んだ彼女が少しして口を開いた。
「精霊学であれば各属性の小精霊……そういやお主ら小精霊、というか精霊学は聞いた事あるか?」
「……すまん。俺は無い。ソラは?」
「あー……俺は少しだけお師匠さんから聞いた事が。ただ詳しくは……お師匠さんもそんなのが居る、ぐらいしか教えてくれなかったですし……」
ふと思い立ったティナの問いかけを受けた瞬であるが、どうやら彼は小精霊を聞いた事がなかったらしい。その彼の問いかけを受けたソラもまた殆ど知らないに等しい状態だったようだ。というわけで、そんな二人にカイトが教える。
「各属性の小精霊はいわば大精霊達の子機みたいなものだ。なので小精霊は正確には分霊や分け御霊というのが正解なんだが……それ故に各属性に対してかなりの権限を有する。精霊魔術はそういった小精霊と契約を交わす事で、自分より高度な領域での魔術行使を可能とする魔術だな。精霊学ではこの小精霊との契約や更に上の魔術行使についての研究を行う」
「なるほど……」
「へー……」
カイトの解説にそんな魔術があるのか、と瞬とソラは感心した様に頷いた。と、そんな彼にふとソラが気が付いた。
「あれ……? それなんか契約者と似てね? 契約者って確か大精霊達と契約して、力を貸してもらうってものだよな?」
「お、良い所に気が付いたな。そうだ。これは感覚的には契約者と同じ、と捉えても良いだろう。謂わば契約者の小規模版、もしくは試練などの手間を省いて得られる力もかなり制限した廉価版と捉えて良い」
「「へー……」」
ということはつまり、カイトの劣化版みたいなものになるという事かな。ソラも瞬もカイトの言葉をそう理解する。とはいえ、それ故に難易度としては高度な魔術になるのだろうとも理解した。というわけで、ソラがそれを問いかける。
「でも契約するって事はやっぱ難しいんだよな?」
「そうだな。規模こそ小規模なものだが、あくまでも最終的な契約相手はこの世界そのものだ。かなりの制限が掛けられているが、困難である事に間違いはない。なので基礎研究ではなく、応用研究に当てはめられるわけだな」
「そーいう……」
「ま、そういう事じゃな。で、大精霊様と契約を果たしておるコヤツはその分野では権威となるわけじゃ。まさしく、精霊学の極地である大精霊様との契約者じゃからのう」
ソラと瞬の納得を見て一つ頷いたティナが、改めてカイトが精霊学において権威と言われる理由を告げる。とまぁ、そういうわけで精霊学の基礎を語ったわけであるが、それを経てティナは話を進めた。
「それはともかくとして。精霊学はそれ故に難しいわけじゃ。で、この研究を行おうとすると小精霊を顕現させられる場を作らねばならないんじゃが……それに機材が必要というわけじゃな」
「まぁ……」
「それはわかるよ」
瞬とソラは顔を見合わせて、それぐらいは理解できると頷いた。それに、ティナは更に話を進める。
「じゃろうな……ま、そこから先はどれだけ精霊魔術に適性があるか、という所になって来る。どうしても魔術とは属人的な部分が多いのは仕方がない話じゃ。故に、なのじゃが……」
「あー……そういう。とどのつまり、精霊魔術は特に属人的な要素が強いのね。そりゃそっか。眷属、って言うぐらいなんだもの」
「そういう事じゃの。当然大精霊様の眷属である種族はその属性に対して他種族より強い影響力を行使可能じゃ。エルフ達が精霊魔術に長けておるのも、そういう事じゃな。ま、あやつらの場合はそれに加え魔術そのものに対する適性も高いが故に、他の属性の小精霊との契約も比較的上手い。応用しておるわけじゃのう」
灯里の理解に対して、ティナは一つ頷いてそう締めくくる。そうして精霊学に関する話を繰り広げた彼女は、改めて機材の話に入る。
「とまぁ、そういうわけで精霊学は些か例が悪いわけじゃが、他にも応用研究に属する物の中にはこういった種族がどうしても影響しておる学問分野は少なくない。そういった所はどうしたものか、という所じゃのう」
「うーん……実際、ウチも今エルフ達が居ないわけじゃないから買っておいても損はないかもしれないけどなぁ……どうしたもんか」
ティナの提示に対して、カイトもまたどうするか考える。どうしても一部の研究については十分な成果を上げるには属人的なスキルが多すぎて、良い設備を買った所で無駄になりかねないのだ。そこらも加味して導入を考える必要があった。と、そんな二人に灯里が提案した。
「ある程度なら買っといたらそれを目的に人が来てくれる事もあるんじゃないの?」
「それも、そうなんだが……」
「それをどの程度にするか、というのが難点じゃのう。ある程度はそれで良いじゃろうが……流石にすべては無理じゃ。となると、どれが余らにとって有益かを考える必要があろうて」
「なるほど……そうねぇ……」
ティナの問題提起に灯里も二人と同じ様に眉の根を付けて考える。というわけで、そういった問題を考えるためにも灯里は一度確認を行った。
「一応確認なんだけど……基礎研究はそういった属人的な部分って無いのよね?」
「そうじゃな。基礎研究はそういった種族的な要素があまり絡む事のない分野じゃ。なのでどの種族も大凡は同じ様な適性を持っておる、と言って良い。無論、眷属らがその属性に対して適性を有する事に変わりはないのでそこはそれじゃが」
「となると、現状はそっち中心の方が良い……かなぁ……」
ティナの言葉に灯里は基礎研究中心で良いのかも、と考える。そこに、カイトはリストアップされた機材のリストとその概要を見ながら一つ頷いた。
「確かに基礎研究で使う機材の方が安いっちゃ安いからそっち中心でも良いかもしれんなぁ……」
「あ、そこ……あんたらしいっちゃあんたらしいけど」
「そりゃそうだろ。必要な金は出すが、必要もない金は出せんて」
「それもそうだけどさー……その割には私らにはぽんっと出したわよね」
「そりゃ、ティナと灯里さんに青天井は利益が出る事がある程度わかってるからな。そこらは実績に基づいた判断だ」
灯里の指摘にカイトは笑いながらもはっきりとそう明言する。灯里については縮退炉はそうだし、今冒険部が使っている、そしてエネフィアで主流になりつつあるヘッドセット型を中心とした装着型の通信機はすべて彼女の協力が根幹にある。その他錬金術と重力技術に関してはエネフィアでもかなり高度な領域にあるため、マクダウェル家として出資する事が可能だった。と、そんな彼に向けてティナが口を挟んだ。
「それは良いわ。とりあえず機材をどうするか、じゃが……費用の側面を鑑みれば明日の分を見てからでも良いじゃろうて。今はとりあえずリストアップされた物をどうするか、じゃ」
「だな……ふむ。ティナ、一応応用研究はある程度やろうとは思う。どの研究が良いと思う?」
「そうじゃのう……まぁ、まず妥当は精霊学じゃ」
「意外」
ティナの提示に対して、灯里が僅かに目を見開く。先に瞬らに語っていた様に、精霊学は属人的なスキルが大きく影響してくる分野の一つだ。基本人間が中心である冒険部では主眼とするべきではないのでは、と灯里は思っていたらしい。そしてこれはカイトも同意する所であった。
「だな……何か理由はあるのか?」
「そうじゃのう……釈迦に説法じゃが精霊魔術は使いこなせれば戦闘に補助に、と汎用性の高い技術である事は良いな?」
「そりゃな。精霊達に頼めば何でも出来る、ってのが精霊魔術最大の利点だし。まぁ、どこまで出来るか、は契約の範囲に応じてになるから要研究だが」
「うむ……で、今後地球への帰還を考えた際、精霊魔術は利用出来る可能性は高い。転移術は高度な空間の認識が必要になるが、その際に属性の影響は避けられるものではないからのう」
カイトの理解に一つ頷いたティナであるが、それ故にと理由を語る。そうして語られた理由に、カイトも一つ頷いた。
「なるほど……確かにそれを考えれば精霊学の研究はしておいて損はない分野か……」
「うむ。というわけで、精霊学は妥当な分野と言えよう。しかもマクダウェル領は精霊学が特に盛んに研究されておる。技術交流や情報収集も容易という点も、候補の一つとして最適と言える」
「ふむ……わかった。では精霊学は候補の一つとして良いだろう。他には?」
元々カイトの影響もありマクダウェル家では精霊学が盛んだというのはカイトもわかっている。なのでティナの指摘に納得した彼は更に他の候補を問いかける。これに、ティナはリストを見ながら少し考える。
「そうじゃのう……後は飛空術の研究はしておいても良いやもしれん。今後を考え、という所じゃが」
「飛空術ねぇ……」
「苦い顔ね」
「飛空術は最終的には個々人で習得するものだから、あまり研究という面ではしたくない所がある。無論、飛空術の魔術を更に洗練して使いやすく、を考えればする意味もあるだろうが……」
自身の顔を見た灯里の指摘に、カイトはその苦い顔の理由を語る。確かに飛空術の習得に関してはソラや瞬にも推奨している彼であるが、それ故にこそ研究開発という意味ではあまり推し進めたくない様子だった。そしてこれにティナも一つの道理を見ていたため、特段気にする事なく頷いた。
「まぁ、そうかもしれんのう。十年先を見据えれば、あまり役に立つ分野ではあるまい……となると後は……ああ、そうじゃのう。魔道具の研究開発はして良いかのう」
「あー……そっちは確かにな。冒険者としての活動をするなら、未来永劫魔道具はつきまとう。自前で用立てる事が出来るのは強みか」
ティナの提案にカイトはこれは冒険部の活動にとって必須と判断したようだ。これに、ティナも頷いた。
「じゃろうて。となると、これについても幾つか分野を分けて研究させた方が良いじゃろう」
「ふむ……そうだな。よし。これについては複数の研究室を設置する事で良い。そちらについての手配はお前に任せる」
「良かろう」
カイトの指示にティナは一つ快諾を示す。そうして、この後も暫くは研究施設に対する話し合いが行われる事になり、一日は終わりを迎える事になるのだった。
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