第2328話 コンベンション ――相談――
リデル領リデル郊外で行われていたコンベンション。天桜学園に建設中の研究施設へ導入する研究機材の購入の参考にするべくそれに参加していたカイト率いる冒険部であるが、研究機材の視察はティナ・灯里率いる技術班に任せてカイト以下ソラと瞬の三人は会場外に設けられていた各種魔導鎧のコンベンションに参加する事にしていた。
というわけで、ウェポンパックの説明を行ってソラと瞬の二人と別れたカイトは、魔導鎧に外付けで戦力強化を図る外殻と呼ばれる装備や中型魔導鎧の確認を終えると研究機材の視察でこちらには来れないティナと話し合いを行いながら大型魔導鎧が展示されている最も広い区画へ足を運んでいた。
「ふむ……やはりこの一帯は軍の関係者が多いな」
『ま、しゃーない。どうしても大型にせよ魔導機にせよ運用費が高くなる。その分性能も保証されておるのはおるが……のう。どうしても費用の面から考えれば購買層は軍が中心とならざるを得まいて』
「個人で買うには高いのはもうどうしようもないか」
ティナの言葉に同意しつつも、カイトは僅かな苦味を顔に出す。こればかりは物の道理と言うしかなかったので、諦めるしかなかった。とはいえ、それについては最初からわかりきっていた事でもある。なので気を取り直した彼はまずは戦闘向けの魔導鎧を確認する事にした。
「武装はかなり豊富……だな。ランチャー型やガトリング型……手持ちだけでも数十種類か。例年の倍ぐらいはありそうか」
『昨今は色々と面倒も増えてきておるからのう。各社力は入れておろう』
「確かになぁ……」
大陸間会議で<<死魔将>>達が本格的な復活を果たしたのが、もう十数カ月も前の事だ。そこから開発が本格化したり加速したりしただろう事を考えれば、今のこの種類の多さは納得が出来るものであった。というわけで、これらすべてをじっくり見ていると時間なぞあっという間になくなる。なのでカイトはティナに一つ問いかけた。
「なにか見ておくものはあるか?」
『そうじゃなぁ……レーダ関係は一度見ておいて欲しい。何にせよ恐らくウチが作る物が一番高性能じゃろう。が、高性能故に高くなる事は否めん。安上がりで済ませられる物があれば、それを少し確認しておいて欲しい』
「使い捨てられる物……ではないが、そういう物か」
『そういう事じゃな』
魔導機もそうであったが、基本マクダウェル家は一品物や高性能かつ高品質の物を作る事に長けている。これは数多くの職人と言われる領域の技術者を抱えているからであるが、それ故にこそ費用も高くなる傾向があった。無論高性能は利点であるわけであるが、そうなると修理なども面倒になる。ある程度潰しが利く物を、というティナの要望はわからなくもないものではなかった。
「まぁ、ここらは良いわ。一応カタログスペック程度は見ておく、という感じで……そっちはどうだ?」
『こっちはまぁ、そこそこという所じゃな……最終的な今日の結論はまた後で、という所じゃが……中間報告ぐらいはしとくかのう』
基本、ティナとしては自身の研究で使うような設備はこのコンベンションには存在しない。というより、彼女に限らず<<無冠の部隊>>技術班が使う設備はほぼすべて自前で用意しているものばかりだ。
それを作れるだけの技術力と費用が用意出来るが故のやり方であるが、それ故に彼女はどこかのメーカ製の設備では満足出来ないし、何より彼女ほどの天才の技術力に対応出来る設備なぞ設計から作り込まれたワンオフだけだ。自身は使わないから、とフラットな目線で見ていた様子である。
『まず今日の分じゃが……予め言っておった通り、主には属性魔術の研究に使う設備が主じゃ。その他、基礎研究に用いられる物が多い』
「錬金術や時空間魔術などの通常以外の魔術は明日だったな」
『うむ。ま、余らもメインは明日じゃな。転移術の研究開発に必要なのは空間系じゃからのう』
カイトの言葉に頷いたティナは、改めて転移術の研究に必要な技術について言及する。というわけでこれについては明日になるのであるが、それ以外にも研究開発は行わせる予定だ。なので今日の分から参加していた、というわけであった。というわけで、彼女は更に続ける。
『で、今日の分じゃが……まぁ、いつも通りといえばいつも通りかのう。ある程度有名メーカの物は押さえたが、そうスペックアップがされたわけでもない。これなら各社のカタログ持って帰って見ても良いかもしれん。お主の横の繋がりを使えば、そこらの営業に話を付ける事も容易かろうて』
「まぁ……出来るは出来るな。有名なメーカならウチの北町やビル街に営業所や支社を置いている所は少なくないし、税金の関係で本社も多いからな」
伊達にエネフィア最大の都市たるマクダウェル領マクスウェルを本拠地としているわけではない。しかもカイト当人がすでに辣腕として知られ、横の繋がりにはクズハら、果ては皇帝レオンハルトまで居る。
彼と知り合っておこうという思う営業はかなり多く、飛び込み営業だって後を絶たない。こちらから声を掛ければすぐに動く、という営業はかなり多いだろう事は容易に想像出来た。
『じゃろうのう……ウチの名を出したら顔色を変えた企業は少のうなかったぞ。お主の名を出した者もちらほらおる』
「割と話はしてるからな……まぁ、そこらについてはどうでも良いわ。基本は明日の空間系の設備を主眼として見て欲しいからな。そっちの属性系の魔術の研究機材に関してはカタログ持って帰って後で選ぶ、というのでも良い」
『わかっておるよ。各社共にアポの一つでも取れれば、もしくはここで縁を持っておければ、という程度でしか考えておらぬ。コンベンションはあくまで展示会。そこまでがっついては大きな魚を逃す事になりかねんからのう』
カイトの言葉に同意しつつ、ティナは肩を竦める。ここらについてはカイトより彼女の方が馴染みが深いのだ。言われなくとも、という所であった。そしてそれ故にカイトは笑う。
「あはは……ま、とりあえず。中間報告はわかった。何か良いのがあったり、オレが見ておくべきと思えば言ってくれ。別にこっちは見ないといけないわけでもない……エンテシアの魔女が買うような物があるかは、わからんがな」
『くく……ま、そこはそれじゃて。なにせ余は魔女。エンテシアの魔女じゃ。設備は買うではなく作る物じゃな』
カイトの言葉にティナは笑う。基本、ティナのみならず魔女族は研究機材を買うという事をしない。買えるような性能で満足しないからだ。なので<<無冠の部隊>>の事があろうがなかろうが、結局彼女は市販品の研究機材には興味はないのであった。というわけで、カイトもまた再度笑う。
「あはは……ま、お前の分については資材側で申請してくれ。お前と灯里さんに関しちゃオレが別枠で設ける。お前らの才能を潰す方が損だからな」
『うむー』
これは立場上というか組織である関係上仕方がない事であるが、ティナと灯里も研究室を一つ用立てる事になっている。彼女らの場合冒険部という組織の上層部にも位置するため研究施設に控える事はないが、それでも研究室を用意する必要がある。
そうである以上は研究のための設備も要するわけであるが、この二人は市販品の設備では対応出来ない研究を行う側だ。なので特例的――といっても密かにであるが――に設備を作成させる事にしていた。というわけで、そこらに再度の念押しが出来た事でティナが上機嫌に頷いていた。そうしてそこらの合意を得た後、カイトは改めて問いかける。
「で、それはともかくとして……結局の所どうだ? なにか面白い用途ができそうな物はあったか?」
『そうじゃのう……<<螺旋呪文>>の研究に使えそうな物が幾つかあった、という所かのう』
「<<螺旋呪文>>……確か論文はもう上げたんだったな?」
『かなり前の話じゃがのう』
<<螺旋呪文>>。それはティナが地球の技術を応用する事で発見された、二つの異なる技術を螺旋構造の様に展開する事で通常とは異なる性質を示す現象の事だ。
まだティナ以外で実用段階には至っていない――そのティナとてまだ研究途中だ――ものの、理論提唱がされている以上は対応可能な可能性がある設備が出ていても不思議はなかった。というわけで、そこらについてはティナから報告を受けて把握しているカイトが僅かに思考を巡らせる。
「ふむ……買う必要はあるか?」
『<<螺旋呪文>>に対応しておる機材のう……どうしたもんかのう』
「まぁ、お前が必要とは思わんよ。そもそもお前は第一人者で、理論の提唱を行った発見者。機材も一切をお前が主導して作ってるからな……それとは別にウチとして研究を行う必要があるか、という所だ」
『わかっておるよ……だから、悩ましい問題なんじゃろうに』
カイトの問いかけに対して、ティナは少しだけ悩ましい様子で顔を顰める。実際、<<螺旋呪文>>の有益性であれば彼女が一番理解している。なので研究を行う意味も意義もある事を知っているが、冒険部にとってそれが有益かどうかはまた判断が別だった。というわけで、暫くして彼女が口を開く。
『まぁ、有って損はない。二つの魔術を組み合わせる事の出来る<<螺旋呪文>>は攻撃力の増大に対しては非常に有益じゃ。難易度は高いがのう……しかし何よりの問題点はどういう魔術をどう組み合わせる事により、どんな反応が起きるかがやってみねばわからぬ事じゃ。まだ例が足りぬので、どうしても推測も難しい』
「今後を考えれば用立てておいて損はない、か」
『そういう所じゃのう……必要か、と問われれば首を傾げるが、有益か、と問われれば有益じゃ』
「難しい話だな……」
冒険部は冒険者ギルドだ。なので攻撃力の増強は冒険部にとって有益である事は事実だ。特に規模に反して高ランクの層が薄い事がネックになっている冒険部にとって、戦力の増強に繋がる<<螺旋呪文>>は有益だと言える。なので組織としての面から悩みを見せるティナにカイトもまた僅かに顔を顰めてどうするかを考える。
「有って損はないが……」
『いささか高価過ぎる気もせんでもない』
「うーん……ティナ。一応値段とスペックだけ控えておいてくれ。後で確認しよう」
『あいわかった。性能もピンきり。一応対応はしてるよ、というものからがっつりそれ主眼で開発されておるものまで様々ある。一通り見繕っておこう』
「頼んだ」
あるならあるで損はない。それがカイトとティナの結論だった。というわけで、<<螺旋呪文>>に対応可能な機材を購入するか否かは値段との交渉次第、という所になったようだ。というわけで、そこについては改めてティナが精査しカイトに報告する事となり、再び二人はそれぞれの視察に戻る事にするのだった。
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