第2318話 コンベンション ――フリーマーケット――
リデル領で開かれる各種の新製品のコンベンション。それに天桜学園として設営した研究施設に入れる設備を購入する参考にするべく、カイトはソラらを率いて参加していた。
というわけで飛空艇に乗ってリデル領リデルにやって来た一同は到着初日を翌日からのコンベンションに備えての打ち合わせに費やす事になる。
とはいえ、だ。流石に打ち合わせで一日終わるわけもなかったので昼以降は自由時間となり、各々好き勝手に動く事になっていた。そんな中でカイトはというと、ある意味身内だけで動いていた。
「いやー、フリマ見ておきたかったのよー」
「ここのフリマは来たなら一度見ておいて損はない所じゃ。というより、定期的に見て損は無い。掘り出し物はかなり多いからのう」
興味深げに周囲を見回す灯里に、ティナは周囲を注意深く見回していた。前者が本当に興味本位なのに対して、ティナは掘り出し物を探しているのであった。ではカイトはというと、ティナ側だった。
「ふむ……なにか掘り出し物があると良いんだが」
「こういう時、お主の目はかなり頼りになるから期待しておるぞ」
「あいあい」
ティナの言葉にカイトは一つ頷く。と、そんな事を話してふと灯里が口を開いた。
「そういやあんたの部屋にある掘り出し物ってこういう所から探してきてるの?」
「そうだなぁ……うん。こういう市場で見て回って、ってのは割と少なくない。勿論、全部が全部ってわけでもないが」
「後はオークションとか?」
「そうだな。実際、オークションが半分で残る半分がこういった掘り出し物市でって所か。こればっかりはめぐり合わせだ。運が良ければ一日に何個も見付かる事があるし、悪ければ一ヶ月何も見付からない事もある」
こればかりは掘り出し物である以上、割合として半分半分になってしまっているのは仕方がない事だろう。というより、それで半分埋められる彼がおかしいとも言えた。というわけで、割と『戦利品』を入手していたカイトに灯里が興味本位で問いかけた。
「なんかコツとかある?」
「そうだなぁ……基本、店員の話は聞くな」
「あらら……とんでもない事をのっけから言うのね」
「本当の掘り出し物ってのは店員自身がその物の価値をわかってない……まぁ、わかってたら掘り出し物なんて成り立たんけど」
「そりゃ確かに」
カイトの言葉に灯里は思わず納得する。掘り出し物、というのは大凡本来その価格では買えないような品だ。その価値を本当にわかっていればその価格で販売するはずで、そうしないとなると理由は二つ。一つは訳あり。理由があって安く売りたい場合だ。こちらは厄介事を引き寄せかねず、あまり有り難くない。この場合、その売人にとっては適正価格と言えるだろう。
そしてもう一つは、カイトの言う通り価値がわからないからこそ安値を付けてしまう事だ。ここで探すのはこの後者だった。
「古物商と転売ヤーの差と一緒だ。古物商は各地を巡って価値がわかっていない店主に代わって、価値がありだしそうな物を見付け、それを適正な価格で売る。商売をするには物の価値をわかるだけの目と知識が必要だ」
「まー、価値がわかってんなら本来はその値段で買い取りなさい、って話なんでしょうけどねー」
「それは培った腕の安売りで、それはそれで適正価格とは言い難い。ま、そこはどう捉えるかだからオレもあまり強くは言わんがね」
というより、実際にカイトも掘り出し物を探して出歩いている。なので古物商達をあまり悪し様には言えなかった。
「そうねー……それ故にって話なんでしょうが。で、掘り出し物はありそう?」
「わっかんね。そこばっかりは見て回らん事には。運が良ければ見付かる事もあるし、運が悪いと見付からない事もある」
「じゃあとりあえず見て回りますかー」
「そゆこと」
灯里の言葉に、カイトも二つ返事で同意する。兎にも角にも見て回らない事には始まらない。であれば、見て回るだけだった。そうして、それから暫くの間三人は自由気ままにフリーマーケットを見て回る事になるのだった。
さて三人がフリーマーケットを散策し始めておよそ二時間ほど。やはり人が集まればその分だけ様々な品物が集まるわけで、三人が興味を覚えるような品もちらほらと見受けられていた。
「ほぅ……これは……これはお主が拵えたものか?」
「はい。全部一から作りました」
「ふむ……」
例えばティナであれば、どうやら見習いらしい細工師が拵えたらしい装飾品――と言っても魔道具だが――に興味を覚えたようだ。そんな彼女が装飾品を見ながら、カイトへと問いかける。
「カイト。どう思う?」
「うん? どの意味での問いかけだ?」
「どっちでも良いよ。どっちでも良いからのう」
「ふむ……」
腕は悪くないだろう。ティナの問いかけにカイトは公爵としての顔で判断する。こういったフリーマーケットの利点の一つとしては、先に瞬に語っていた通り出店のしやすさがあるだろう。
なので本来は店を出せないような見習いでも露天商という形で販売が可能だ。その中には原石と言えるような職人も見付けられ、その面でティナは見ていた様子であった。そしてその面での問いかけにカイトも自身の判断を告げる。
「悪くはないな……まだ魔術の構築が甘いが」
「甘い……ですか?」
「ああ。例えばこの装飾品だが……」
「なるほど……」
「他にもこちらであれば、この部分を……」
やはり腕の良い職人に成り得る原石を見たからだろう。可能なアドバイスをカイトもティナもしてしまっていた。どうしても二人には為政者としての性質が存在する。故に良い人材になり得ると見ると、どうしても教育を施したくなる様子だった。
「ありがとうございました」
「いや、悪いな。良く考えたら店先で」
「いえ……こうやって見て頂いてご意見を頂くためにやってますんで」
カイトの謝罪に細工師の女の子が笑顔で頭を下げる。やはり彼女も細工師の見習いとしてカイト達の言葉に道理がある事がわかったからだろう。熱心にその話を聞いていた様子だった。というわけでそんな露天を離れた三人は少し離れた所で為政者としての話を行う事になる。
「確か来月の神殿都市のコンクールに出るって話だったな」
「うむ……それで一度腕試しで来たとの事じゃったのう」
「ちょっと覚えておくか……」
後は他の力量などとも比較する必要があるが、他と比較して悪くなければ支援するのも一つ良いだろう。カイトは今しがた見かけた女の子への支援の可否をそう判断する。そうして露天を離れ更に見て回ると、今度は灯里が興味を覚える物を見付けたようだ。
「あれ……これ……」
「なんかあったか?」
「ああ、これ……錬金術の調合で使う調合台です?」
「あ、はい! そうです。調合台の小さい奴ですね」
「そんなのあるんだ」
やはり錬金術師として腕が良いと言われ、自身も長所と理解していたからだろう。灯里としても錬金術師としての腕を伸ばす訓練はしており、錬金術に関連する物を偶然見付け興味を抱いたらしい。そんな彼女の問いかけに店番をしていた若い男が若干緊張気味に頷いた。
「ええ……あんまり使われないんですけどね。僕が使っていた物なんですが……ちょっと理由があって売りに」
「なんかあったんですか?」
「ええ。えーっと……実はようやく工房を構える事が出来る様になったんですが……先立つものが必要になって。それで少しでもその費用の足しになれば、と」
「ふーん……」
どうやらこの若い男も錬金術師だったらしい。工房というのは錬金術師としての工房で間違いないだろう。それ以外の品も大半が錬金術で使う物で、錬金術師向けの店と言ってよかった。とはいえ、それ故に灯里も錬金術師が実際に使っていた物という事で少し興味を持ったらしい。
「ティナちゃん。ちょっと聞いて良い?」
「良いぞ」
「幾つか見た事ない道具あるんだけど、解説お願い出来る?」
「うむ。そして大凡はどれが見た事がないかわかった」
流石は魔術であれば天才と言われ、錬金術の秘奥であるホムンクルス作成まで漕ぎ着けられているティナだろう。この店で並んでいる実験器具やその中で灯里が見た事がない物、その理由まで即座に看破したらしかった。というわけで、ここでは基本この二人が話をしてカイトは横で聞くに徹する。
「この器具はウチはあまり使われぬ道具じゃ。ほれ、この竹の様に幾層にも重なった筒状の構造……そして上が荒く下が細かい素材で敷き詰められた様子。何かに見えぬか?」
「なにか……あ、濾過?」
「そうじゃ。水の濾過に使う。が、マクダウェル領は水資源が豊富で、これで濾過しなくても良い」
「マクダウェル出身なんですか?」
「まぁ、ちょっと違うが……」
「へー……確かにそれなら、これは使いませんね」
やはり曲がりなりにも工房を構えられるほどの腕だからだろう。若い錬金術師もマクダウェル領では使われていない器具である事は把握していた様子だ。そして同じく錬金術師であった事から話もしやすかったのか、先程の緊張もかなりほぐれ灯里の現状などから必要な器具を教えてくれ、それを買う事になっていた。
「こんなのあるんだ」
「うむ。確かに珍しい道具ではあるので余も言われるまですっかり忘れておったが……あればあるで便利じゃ。まぁ、魔眼で代用出来る様になれば不要となるが……」
「それまでは使える、と……似合う?」
「似合うんじゃね、んぎゃ!」
灯里が買ったのは若い錬金術師が昔使っていたという特殊なメガネだ。錬金術の解析を行う際の補佐をしてくれる物だそうで、ティナの言う通り若い錬金術師もこれと同様の力を持つ魔眼を習得したので使わなくなった、との事だった。
ちなみに、一応サイズの確認で灯里が掛けてみたがカイトがおざなりな対応をしていたのでいつもの通り彼が首を締められていた。そんな二人に笑う若い錬金術師であるが、少し申し訳無さそうに問いかける。
「あはは……でも良いんですか? 売った僕が言うのもなんですけど、それ調整しないと使えないんですが……」
「ああ、大丈夫大丈夫。私そこらの伝手色々とあるから」
「うむ。それについては余も請け負おう」
「あ、安心してください……一応、これでもギルドマスターやってるんで……そこらの細工師とは伝手が……あ、あの、灯里さん。そろそろ離して……」
「褒めてくれるまでやだ」
「ぐぇ……似合ってます。とてもお似合いです……」
楽しんでるなー。じゃれ合うカイトと灯里に、横のティナはそう思う。とまぁ、そんなこんなをしながらも錬金術の解析を補助するメガネを買って若い錬金術師と別れたわけであるが、少し離れた所で灯里は感心した様に口を開く。
「本当になんでも売ってるのね」
「まぁな。今みたいに普通は買い取ってくれないような品をなんとか売ろうって腹でフリーマーケットで店を出している人は割といる。然るべき伝手を持ってるなら、普通に買うより格段に安上がりで済ませられる事もあるんだ」
「然るべき伝手ねぇ……」
本来は私は持ち得ないのでしょうけど。灯里はカイト達だからこそ平然と持っている伝手のありがたみを改めて再認識する。ちなみに、今回買ったメガネは定価で買おうとすると今の三倍程度の値段はしたらしい。
が、比較的長い期間使用している事や専門家による再調整が必要な事があり、若い錬金術師もその手間などを考えると半額は無理だろう、と定価の四割の値段設定にしたらしかった。後の一割は見習いらしい灯里の手助けになれば、と好意で値引いてくれていた。そんな灯里は一転して気を取り直す。
「でもこの調子だと本当に思いも寄らない掘り出し物が見付かりそう」
「ああ……本当にふと見た所で思いも寄らない掘り出し物が見付かる事はある。今のその眼鏡だって、再調整なんかが必要になるから中古は滅多に買えない。買えたのは幸運だったと言えるだろうな」
「ふーん……」
実際に見た事がなかった事は事実だけど。灯里はカイトの言葉にそんな物なのか、と専用のメガネケース――セットで一緒に売っていた――に入っているメガネを改めて見る。そんな彼女を横目に、カイトは更に店を物色し始める。
「ま、それは見るのは後にして、今はひとまず他の掘り出し物を探す事にしよう。他にも掘り出し物があるかもしれないからな」
「それもそうね」
カイトの言葉に道理を見て、灯里はメガネを異空間に仕舞って貰って再び店の物色に戻る。そうして、この日は時間の許す限り三人はフリーマーケットを見て回る事になるのだった。
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