第2317話 コンベンション ――リデル領――
転移術の情報の入手を受けて天桜学園として設営する事になった研究施設。それに設置するための設備を見るべくリデル領で開かれるコンベンションに参加する事になっていたカイト達であるが、彼らは出立に伴う書類仕事を終わらせるとマクダウェル領とリデル領を往来する飛空艇でリデル領へと向かう事となる。そうして朝一番に出発した飛空艇はおよそ一日の時間を掛けて、リデル領へと到着していた。
「ここがリデル領か」
「なんってか……やっぱ凄い活気っすね」
「商売人が多いからな。日本で言えば大阪とかが近いかもしれん。品物が集まれば人が集まり、人が集まればそこに商売が生まれる。物の道理だな」
飛空艇の着陸の指示を待つ間、三人はリデル領を飛空艇の甲板から眺めていた。が、見てわかるほどの活気に溢れており、それに圧倒されていた様子だった。と、そんな三人の眼下で一番目を引いたのは、やはりこれだった。
「あれ……朝市か?」
「そうだな。リデル領では朝市も盛んだ。あっちは……オレの記憶の通りだったらフリーマーケットが常設されているエリアだったか」
「フリーマーケットが常設されてるのか?」
カイトの言葉に瞬が驚いた様に目を丸くする。確かにマクスウェルでもバザーやフリーマーケットが催される事はあるが、区画としてそれ専用に設けられて常設されているまではいかなかった。これに、カイトは頷いた。
「三百年前の記憶の通りだったらな……あの一角での売買を行う場合は手続きはかなり簡略化されていて、誰でも売買が可能になっていたはずだ」
「盗品とか粗悪品とかは大丈夫なのか?」
「粗悪品はもうそれはそれとして売られている可能性があるから横に置くが……盗品は流石に対処してるさ。手続きを簡略化されている以上、そこはしっかりそうでない事を店側にしっかり宣誓させている」
「どうやって」
やはり簡略化された手続きで気になったのは、この盗品などが販売されないかどうかだ。なので簡略化しながらも対応しているというリデル領に瞬は首を傾げて問いかける。これに、カイトが笑う。
「簡易のギアスだ。この日からこの日まで私はこの場で商売を行いますが、持ち込む品はすべて盗品ではありませんと自分で宣誓させる。これの宣誓を拒否した時点で盗品と自分で言っているようなものだ」
「なるほど……魔術がある世界ならではのやり方か」
ギアスというのは自身の行動に制約を仕掛けるものだ。なのでこれを使って宣誓している以上は盗品でない事は確定だし、宣誓を拒めば販売出来ない。場合によってはその場で即座に取り調べだ。悪い事は出来ない様になっていた。というわけで、感心した様子の瞬にカイトも頷く。
「そういうこと。実際、この仕組を知らなくて他領地で盗んだ盗品をここに持ち込んで売ろうとして宣誓の段階で悪あがき。盗品である事が発覚、というのは年に何回かは起きる事らしい」
「当人が盗品と知らない場合はどうなるんだ?」
「その場合はしゃーない。嘘を見抜けても嘘じゃなければ対応のしようがないからな」
ソラの問いかけにカイトは困った様に笑う。対応出来るのはあくまでも故意で盗品を売る事までだ。それが盗品であるかどうかまでは、見切れる事ではなかった。と、そんな事を言うカイトに対して、ソラがふと思った事を口にした。
「でも今更なんだけどさ……それならいっそ全部の店舗でやらせりゃ良いんじゃね? そうすりゃ詐欺だのなんだの防止出来るだろ?」
「できれば、やりたい所ではあるんだが……流石に正式な店舗を開くとなると簡易じゃなくて正式な『契約書』を作って使う必要がある。そうなると手続きが馬鹿にならないほどに面倒になるんだ。他にも代替わりなんかが発生した時も手続きがあまりに煩雑化してしまうから、誰もやりたくないんだ」
「そ、それはそうだろうけど……そこは客のためを考えるべきじゃないか……?」
この場合中心に立つのは客であるべきではないのだろうか。ソラはそう思うが故に、運営者側からの視点で語るカイトに思わずたたらを踏む。が、これは客のためという側面もあった。
「それはそうだが……じゃあ有事の際にそれに縛られて動けなくなるとそれはそれで客への不利益だ。例えば先代が急死したり急病で立てなくなったりした時、客に手続きで動けないので一ヶ月休みます、なんて言えると思うか? 仮で動けるならいっそ無いでも問題無いしな」
「そんな掛かるのか?」
「簡易じゃないギアスを甘く見過ぎだ。『契約書』は作成は変更となると一ヶ月以上掛かる事もザラだ。それぐらい、厳重なんだ。勿論、管理も厳重になる。管理の手間やらを勘案すると、『契約書』は安々と使えん」
「うわー……」
確かにそうなってくると今度は客側も困るな。ソラは自分が『契約書』を甘く見積もっている事を認識し、やらない方が良いだろうと思う。そして彼の理解に、カイトも頷いた。
「そういう事だな。やられていないならやられていない理由がある、ってわけだ」
「そか……」
「理解してくれたなら何より。とりあえず話をあっちのフリマに戻そうか」
「「……」」
カイトの言葉に、ソラも瞬も改めてフリーマーケットが開かれているらしい一角を見る。そうして見えたのは、本当に商人らしくない一般の人達が開いているだろう様子だった。
「本当に一般の人が商売してる、って感じっすね」
「ああ……というか、冒険者も居るんじゃないか?」
「居るな。旅で手に入れた物を自分の手で販売して、ってのは割と多い。半分……とまではいかなくても、三割程度は冒険者だろう」
フリーマーケットを一望して見えた様子を口にした瞬に、カイトは一つ頷いた。そうして、そんな彼が告げる。
「意外な掘り出し物も割と手に入るから、時間があるなら一度行ってみるのも良いだろう」
「時間があれば、か……あるんだろうか」
「さてなぁ……こればっかりはコンベンション次第という所でしかない。オレにもわからんさ」
瞬のつぶやきに、カイトは笑って首を振る。基本的にコンベンションがどうなるかは実際に参加してみないとわからない。現状参加企業はわかっているが、基本的にこのコンベンションでは事前にどういう製品が出るかの概要は語られていても詳細は語られない。なので予想外に興味を引く商品がある事は少なくなく、それが多ければ時間を目一杯使っても足りなくなる可能性だってあった。と、そんな二人にソラが町外れを見ながら告げた。
「で……あれがそのコンベンションの会場と……でかっ」
「でかいさ。飛空艇やらも紹介されるからな」
「なる……というか、あの見えてるのって大型魔導鎧の足とかじゃね……?」
「新型だろうな」
「んなのまで出るのかよ……」
以前収穫祭の折りにマクスウェルで開かれていた展覧会では流石にこういった大型魔導鎧などはなく、ソラも驚いて良いやら呆れて良いやらと困惑気味だった。そんな彼らを乗せた飛空艇は緩やかに降下していき、一同をリデル領リデルへと迎え入れるのだった。
さてリデル領の首都とも言えるリデルへとやって来たカイト達であるが、到着一日目は万が一移動の最中になにかが起きた場合に備える予備日となっていた。
というわけで基本は休みで良いわけであるが、やれる事が無いかと言うとそういうわけでもない。そして当然、遊びに来ているわけでもないのだ。なので空いた時間を利用してコンベンションの全体図を確認していた。
「これが、コンベンション会場の全体図だ」
「「「……」」」
あれ、思った以上に広い。今までほぼ全員がコンベンションの資料を本として見ていたため、全体図が描かれた資料は見ていなかったらしい。相当な広さがある事に今更ながら驚きを得ていた。
とはいえ、それはカイトもわからなくもないし、同時に理由がわかっていれば仕方がない側面もあった。そしてその仕方がない側面を、ティナが述べる。
「そう驚く必要もあるまい。今回のコンベンションでは飛空艇から大型まで様々な物が揃う。飛空艇を紹介しようとすれば最低でもキロ単位の広さは必要じゃ。無論、会場側もそれがわかっておるから移動用の足も用意しておるから安心せい」
「さーすがに飛空艇は買えないけどねー」
「予算が足りぬからのう……何より、求めておるのはそれでもない」
灯里の相槌にティナもまた頷いた。今回の目的はあくまでも研究施設のための機材だ。なのでカイトもまた一つ頷いて、一応口にしておく。
「そうだな……まぁ、そっち方面で必要ならそれはこっちで見る。予算じゃなくて用途の関係で技術班として買うべきものでもないからな」
「ま、そうじゃな。飛空艇を技術班として用立てるというのは余も寡聞にして聞いた事がない。こちらはこちらで見るべきものを見る事にしよう」
「そうしてくれ……で、そういうわけだから基本的に技術班は赤で覆われた一角。こちらは青で覆われた一角を確認していく事になるだろう」
ティナの相槌に頷いたカイトは、予め準備しておいた見取り図に色分けを行う。流石にこれだけの広さを一組で見るにはあまりに時間が足りないし、研究班で必要な設備の事はカイト達にはわからず、実働部隊であるカイト達で必要な事はティナら技術班ではわからない。
なので共に見て回る意味はほぼ無いため、基本は別れて行動する事になっていた。というわけで色分けされた見取り図を見て、瞬が意外感を滲ませる。
「飛空艇は……まぁ、さっきの話でわかったが。大型魔導鎧も一応こっちで見るのか? いや、使うのが俺達だろう、と言われればそれまでだが……というか、買えるのか?」
「買えなくはない」
「そうなのか」
どこか困り顔のカイトの返答に瞬は再度意外感を滲ませる。が、今度の顔は驚きも多分に含まれている様子だった。なお、勿論買えなくはない、であって買って良いではないのは要注意だ。あくまでも買えるだけの予算は組めるが、という程度である。
「買えなくはないだが、実際には維持管理などを考えれば買う意味はない。あれを買うとなると維持管理にも金が掛かる。買って何をしたいか、を明確にしておかないと高い買い物になるだけだ」
「確かに……買った所で何に使うか、と言われてもわからんか」
「そういう事だ。それならいっそ飛空艇を買った方が遥かに良い。使う用途が明確だし、実際飛空艇はあっても腐らん。今でも一隻だと足りないという事はあるからな」
今まで冒険部では複数の飛空艇が必要な場合や戦闘がかなりの確率で考えられる場合、飛空艇を借り受けて使用している。が、これはやはり費用が掛かる事になり、飛空艇の使用頻度や規模を考えればもう一隻保有しておいても悪くはなかった。
「そうか……飛空艇は見ておいてもよいか……」
「ああ……飛空艇もメーカによって様々だ。そこらを知っておくのも一つ勉強になるだろう。それについては好きにしておくと良い」
「わかった」
すでに飛空艇の歴史も黎明期となっており、飛空艇開発は各地で盛んに行われている。なので今からが特徴的な飛空艇が出始める頃合いであり、今回のコンベンションでも各種特徴的な飛空艇が見受けられるだろう、とカイトは予測していた。そういった新型や特殊な飛空艇を見ておくのは今後の勉強になる、と進めていたようだ。
「さて……まぁ、それ以外については必要に応じて見る事になるわけだが、先に言っていた通り今回の会場は非常に広い。なので会場内部で短距離の通信機を使っても良いとなっているから、適時通信機は使え。但し、外には信号は送れない様になっているのでそこにだけは注意する様に」
「結界か?」
「ああ……と言っても、前二日だけだけどな。後二日は一般開放だから情報の露呈をそこまで気にしなくて良いから、外とつながっても問題無い」
ソラの問いかけにカイトは一つ頷く。というより、そうしないと必要に応じて買えるかどうかがわからない。確かに予算は技術班に与えているが、最終的な裁量はカイトにある。
なので基本はその場で技術班の裁量で買えるわけではなかった。というわけで、それからも暫く明日からのコンベンションに備えての打ち合わせを行う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




