第2314話 コンベンション ――偽りの書――
錬金術の研究のため、冒険部の封印の間に収められている天桜学園で使われていた化学の教科書を閲覧していた灯里。そんな彼女が封印の間で感じていた奇妙な感覚の調査を行うべく封印の間にやって来ていたカイトとティナであったが、そんな二人は封印の間にて灯里を主人と選んだらしい<<偽りの書>>という魔導書を見つけ出す。
そうして、灯里の手に<<偽りの書>>が渡って暫く。灯里はさっと<<偽りの書>>の流し読みを行っていた。その傍らでカイトとティナはそれを見守っていたのであるが、カイトはそこでふとした疑問を得ていた。
「なぁ……そういえば<<偽りの書>>ってウチで買ったっけ? というか、アルトタスの魔導書って買えるもんだったか?」
「買えるものか、と問われりゃオークションに時たまに出ておるので買えるは買えるぞ……買っとらんがな」
基本的に魔導書の購買に関してはティナに任せている。なのでカイトが知らないのも無理はなかったのだが、どうやらティナも冒険部として購入したわけではなかったらしい。カイトの問いかけに楽しげに笑っていた。そんな様子に、カイトも納得した様に頷いた。
「だよな……なら、なんでここに」
「来たのよ、あちらからのう。近場であった、というのも事実じゃろうが」
「来た、か」
「うむ。お主も知っておろうが、時たまに魔導書は向こう側が主人を求めて勝手にやって来る事がある。魔導書の本能……とでも言えば良いかのう」
どこか苦い顔のカイトに、ティナは魔導書の性質について口にする。そしてこれは魔術に比較的長く触れていると経験する出来事ではあったため、カイトも何度かは聞いた事があった。
「まぁ……そういう性質はあるといえばあるな」
「うむ……どうしても魔導書とて書。本であり、本とは他者に知識を伝えるために存在しておる。なのでその存在理由に従い、自身を読め、そして理解出来るだけの主人を求めるのよな」
「<<偽りの書>>は確かに、その性質を持っていてもおかしくはない書物だが……」
「うむ。ま、<<偽りの書>>は錬金術の書としては上位に位置する魔導書よ。出会えたのは幸運と言って過言ではあるまい」
ティナは予期せぬ出会いに相変わらず上機嫌に笑っていた。そんな彼女に、カイトは一つ問いかける。
「そういえば……アルトタスは名は聞いた事があったが、詳しい年代とかは知らん。歴史に名を残した人物とはわかるが……何時でどんな人物だ?」
「ま、お主はそうじゃろうな。が、錬金術師であれば知っておくべき人物の一人と言ってよかろう」
もしこれがリルの様に相当有名な人物であれば、カイトも知っていて不思議はない。というわけで名前は聞いた事があっても詳しくは知らないカイトの問いかけに、ティナは少しだけあらましを語ってくれた。
「アルトタスは今より一千年ほど前のマルス帝国末期の錬金術師じゃな。早い話現代錬金術の基礎を固めた人物と言って良い。ほれ、カリオストロがおるじゃろ?」
「どっちのだ? 自称二代目カリオストロなら知り合いだが、初代のペテン師と言われた方なら知らんぞ」
「初代よ。初代カリオストロの師がアルトタスじゃ」
「そういえば……確かに我が一族の師父アルトタスと言ってたなぁ……」
ティナの指摘を聞いて、カイトはそういえばと地球の知り合いについて思い出す。カイトがペテン師と言った方のカリオストロは十八世紀後半の人物で、山師ともペテン師とも言われる人物だ。
この彼の子孫を自称する――本当かどうかは不明――錬金術師とカイトは知り合いらしく、その二代目がアルトタスの名を出していた事を思い出したのである。が、これにカイトは顔を顰める。
「だが、あれは地球の話だぞ?」
「いや、どうやらこのアルトタスと<<偽りの書>>のアルトタスは同一人物らしいのう。あやつの持っておった魔導書を見たが、アルトタスの文体と同じ構文で書かれておった。また、暗号と思われた文章は単に此方側の文字じゃった」
「へー……ということは、なにかの要因で地球に渡った感じか……」
前々から言われていた事であるが、地球とエネフィアでは物や人の移動がごくたまに起きていた。それこそ天桜学園とてその一つだ。なのでこれは同名の人物というわけではなく、同一人物という事らしかった。というわけで、そんな出来事に感心した様子のカイトにティナは話を続ける。
「ま、そりゃさておき。アルトタスはおよそ一千年ほど前の人物で、現代錬金術の基礎を固めた人物よ。一応伝え聞く範囲であれば、ホムンクルス作成まで到達し得た人物じゃ」
「なるほど……錬金術師としては最後まで極めた人物、というわけか」
「うむ……まぁ、更にその果て。『賢者の石』の作成を目指そうとはしていたそうじゃが……そこまで至ったかは何も残されておらん」
どうやら錬金術師としては優れた人物と言えるらしい。その書を手に入れられたというのはかなり良い事だろう。というわけで、ティナはアルトタスについての背景を語った後にその論評する。
「まぁ、基礎を固めたというぐらいじゃからその指南は確かなもので、稀に見る指導者としても単独の錬金術師としても優れた人物と言えよう。そして指南もしておった様子じゃから、教本や魔導書が多い稀な魔術師でもあった。このアルトタスが作成した教本の数冊を余も持っておるが、間違いなく良書じゃ。<<偽りの書>>も名に反して良書じゃろう。読んだ事はないので詳しくはわからぬが」
「良縁、と考えて良いか?」
「良縁も良縁。今後灯里殿が錬金術師として大成するのであれば、これ以上ない良縁じゃ。間違いなく後世の歴史にこの出会いが転機であったと語られても不思議でない良縁じゃ」
どうやらこれもあり、ティナは一際上機嫌だったらしい。カイトへとはっきりと<<偽りの書>>との出会いが良縁であると明言する。これに、カイトは一つ胸をなでおろす。
「そうか……それなら良いんだが」
「うむ……まぁ、そのすべてを解き明かすにはまだ暫く……そうじゃな。五年十年の月日は必要じゃろう。<<偽りの書>>の厚み。現状の灯里殿の手腕を鑑みて、という所じゃが」
「そうか……まぁ、そこは灯里さん次第という所か」
「そういう事じゃな」
カイトの問いかけに、ティナははっきりと頷いた。と、そうこうしている間にある程度の時間が経過したらしい。<<偽りの書>>を流し読みをしていた灯里が顔を上げる。が、その顔はやはり困り顔だった。
「うーん……だーめ。ほっとんどわかんない」
「そりゃ、仕方がない。<<偽りの書>>は今の灯里殿では手に余る書じゃ。完璧に読み解くにはまだまだ時間が必要じゃろうて」
「そっかー……で、これどうするの?」
先程までの話はカイトとティナが灯里の邪魔にならない様に小声で繰り広げていた。なので灯里は話の流れやアルトタスについては知らず、<<偽りの書>>をどうすれば良いかもわからなかった。というわけで、そんな彼女にカイトが告げる。
「その<<偽りの書>>はそのまま灯里さんが持っておいてくれ。各種の手続きはこちらでやっておく」
「そか……ありがと」
「おうおう……さて、それならこれでもう終わりかね」
幸いな事に今回はなにか悪影響があるわけではなく、主人を求めてやって来ていた<<偽りの書>>が灯里を見出したというだけに過ぎなかった。
なので本来は封印の間の封印も必要がなかった様子だが、それは結果論だ。なので資料室を閉じている事に違いはなく、原因究明がなし得たのなら早急に開放するべきだった。というわけで肩の力を抜いたカイトの確認にティナも一つ頷いた。
「そうじゃな。ま、今回はラッキーと捉えてよかろう」
「よっしゃ……じゃあ、さっさと資料室の開放の手配しちまうか……ああ、それと灯里さん。資料室の件で一つ相談があるから、このまま第一の方に来てくれ」
「あいよー」
せっかく時間が空いたのなら、とカイトはこのまま封印の間を地下へ移送する話を詰める事にしたらしい。基本資料室を使うのは灯里とティナ率いる冒険部技術班だ。
なのでこちらに話を通すのは自然な流れだったし、やるなら早い方が良い。というわけで、今日はこの後残っていた上層部の面々や灯里を交えて封印の間移設の話を行う事にして、一日が終わる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




