第2312話 コンベンション ――魔導書――
リデル家主催のコンベンションに参加する事に端を発して流れの研究者のために一部研究施設の開放を決めたカイト。そんな彼はそれもあって『リーナイト』へと訪れ、ユニオンが発行する会報を利用してそれを広く知らしめる事にする。そうして、バルフレア・レヴィのユニオン最高幹部達との話し合いを終わらせたカイトは灯里と共に『転移門』を使ってマクスウェルへと帰還していた。
「はぁ……やっぱり私必要なかった気が」
「そりゃ結果論だし、必要がなかったかと言われりゃなかっただろうが……最終的に分冊版の発刊が決まったのは灯里さんの一言がきっかけだ。意味がなかったか、と言われりゃ話は違うだろう」
結局問題なく会報に研究施設の紹介を乗せる事が決まった事を受けて呟いた灯里に対して、カイトはあくまでも結果論である事、決して意味がないわけではなかった事を語る。と、そんな彼であったがやはり気が抜けたのか大きく伸びをする。
「んー……向こうで襲撃が起きてた所為で案外早く帰れたな」
「そういえば……確か行く前はたーぶん夜までは帰れないかなー、とか言ってたわね」
「なにせ冒険者達の集まりに夜行くわけだからな。飲みに参加しないと話にならない可能性は十分にあった」
灯里の言葉にカイトはその予定であった事を語る。とはいえ、彼としても一応マクスウェルはまだ昼日中である事もあって、飲まないで良いなら飲まないつもりだった。特に今は仕事中。必要が無いなら飲まない程度の分別はあった。単に必要なので飲むだけ、という所なのである。
「そういえば結局の所、どのぐらい時間が掛かりそうなの?」
「ん? ああ、会報か……次回分で告知してそこから分冊に分けさせる事になるから三ヶ月という所か。実際に効果が得られるのは更にもう少し先、という所だろう」
「ちょうど施設が本稼働始めた頃に、ってわけか」
「そういうこと」
灯里の総括にカイトは一つ頷いた。どうにせよまだ冒険部の研究施設も完成はしていない。そもそもの話として、今回のコンベンションだってその研究施設に入れる装置を見て回るつもりだ。今出された所で困るのは困るのであった。というわけで冒険部ギルドホームに戻る事にする二人であるが、その道中でふと灯里が思い出した。
「そういえば……カイト。一つ聞いておきたいんだけど良いー?」
「んぁ? なんだ?」
「ウチの資料室あんじゃん。あれの封印の間って入る場合あんたに申請要るのよね?」
「まぁ……封印の間だからな」
封印の間。そういうは良いがとどのつまり単に閲覧には申請が必要な書物を入れている場所だ。早い話力を持つ魔導書が収められている書庫とでも言えば良いだろう。
魔導書はそれ単体が力を持つ事が多く、普通の本と同じ扱いでは困る。そのすべてが一品物である事も多く、普通の書物とは比較にならないぐらいに高価で貴重だ。しかも、下手に扱うと魔導書側が反撃に出たりもして周囲に被害が及ぶ事もある。
そういった事から閲覧には申請を必要とさせ、カイト――正確には上層部――が発行する専用の鍵が無ければ入れない様にしていたのである。とはいえ、この理由を含めて灯里はしっかり把握しており、カイトも今更これに疑問はなかった。が、だからこそここでの問いかけには首を傾げていた。
「でも、それがどうした? 申請が必要ってのは灯里さんも十分にわかってるだろ? 何度もしてるからな」
「そりゃ、教師が率先してルール違反なんてやれないわよ……一応あそこにある本って持ち出し禁止で合ってる?」
「ああ……魔導書だから魔導書側が選んだなら問題無いけどな」
灯里の問いかけに対して、カイトはあくまでも条件付きである事をはっきりと明言する。魔導書側が選ぶ、というのは実際にそのままの意味だ。魔導書は魔術を記した書であるため、時に意思を持つ事がある。
下手にそれを邪魔すると面倒になる事をカイトはわかっていたため、魔導書に主人と認められた場合や必要であると判断された場合に限って、持ち出しは可能としていた。無論、その場合はティナによる査定は必要としていた。
「そうよね……いや、別に選ばれたとかじゃないんだけど、最近どうにも気になる本があんのよ」
「気になる本?」
「そ。なんか目に付くっていうか……なんかわかんない?」
「んー……どうだろ。割と聞くのは呼ばれてる、って場合なんだが……」
魔術師としての才能云々はさておいて、少なくとも錬金術師としての灯里の腕前は天才級と言われている。なので彼女が目に付く、となると呼ばれている可能性は否定出来なかった。
「呼ばれてる、ねぇ……一度見てもらって良い? 流石に書庫に入る度になーんか気味が悪いっていうか……それで時間食うのも嫌だし。ちょうどあんたかティナちゃんに相談しとこー、って思ってた所だったのよ」
「まぁ、そうだな。変に共鳴とかしてても面倒か。あんたになにかがあったら面倒じゃ済まんしなぁ……」
自身とは関係は持っていないが、カイトにとって灯里は大切な家族だ。それに変な影響があると困るので、カイトとしても灯里になにか悪影響を与える魔導書があると困る。なので先んじて手を打っておこう、と思ったらしい。
「よし。そうと決まればさっさと終わらせるか。灯里さん。今から時間は」
「モーマンタイ。時間空いてるわ」
「おけー」
カイト自身もここ暫くはコンベンションの用意に勤しむ事になるので、どこかで急に予定を入れられる様にある程度の時間は空けていた。灯里も似た様なもので、ちょうど今日はその空いた時間がある日らしかった。
というわけで、二人は一度そのままそれぞれの執務室へと移動。何か急場の用事が無いか確認し、合流する事にした。と、戻った執務室では予定より遥かに早い帰還に桜が目を丸くする。
「ただいまー」
「あれ……おかえりなさい。早かったですね」
「まぁ、色々とあってな。話はついたんだが、ちょっとまたすぐに資料室に行く事になった」
「資料室……ですか?」
「ああ……ちょっと灯里さんが資料室で気になる物がある、とかなんとかで一回見ておこうとな」
首を傾げる桜に、カイトは大凡の状況を説明する。そしてこういった事は魔導書の管理を行うと月に数回は起きる事で、その度カイトやティナ、その他冒険部所属の魔術師達が動いているので珍しい事ではなかった。が、それ故にこそ桜が一つ提起する。
「またですか……一度なにか考えた方が良いかもしれないですね。あまり書庫が何度も立ち入り禁止になっても困りますし……」
「んー……そうなんだがなぁ……魔導書は魔導書側が主人を選ぶから、下手に封印を強固にしてしまうとその選定の邪魔になる。主人側に力量さえ備われば魔導書に選ばれる事はメリットが大きいから、下手に封印を強固にしてしまうってのも考えものだ」
「あー……それもそうですね……」
カイトの指摘に、桜もそれはそうかと納得する。どうしてもこういう事態では資料室全体を封じて対応しなければならない事が多く、こういった事案が報告されるたびに資料室やそれに隣接する書庫が封じられる事になって作業の手が止まるのだ。
なんとかしなければ、とは思うがカイトの言う事も事実なので安易に封印を強固にする事も出来ないのであった。というわけで少し考える桜であったが、一つ彼女がカイトへと提案する。
「……カイトくん。一つ提案なのですが……」
「ん?」
「別に書庫を設ける事とかはどうでしょうか。今のまま同じ所に封印の間みたいに設けておくのも防犯上どうか、と思いますし……」
「んー……確かになぁ……実際、防犯の観点から考えても同じところで一括管理もなかなか考えものか……」
確かに桜の言う事は尤もかもしれない。カイトは彼女の提案に少し考える。これは桜が思い付いたというより実は公爵邸ではそうされており、地下の研究室とは別の所に魔導書や魔術に関する書物ばかりを収めた書庫があった。それを桜も把握しており、そうすべきでは、という提案は至極尤もなのであった。
「わかった。一度それで検討してみよう……ティナは?」
「ティナちゃんなら……あれ? 居ない……」
どうやら今しがたまでティナは執務室に居たらしい。気付けばいなくなっていた事に桜が小首をかしげる。実際、カイトも帰ってきた時には居たと思ったのだが、気付けば姿が見えなくなっていたのである。と、そんな所に唐突に声が響いた。
「ここにおるよー」
「何やってんだ?」
「いや、たまさか時間が出来たので暇じゃったから机に仕掛けた魔術の再調整やっとった」
カイトの問いかけに、ティナが机の下からぴょこっと顔を覗かせる。彼女は仕事上どうしても魔導書を筆頭にした魔術関連の品々を扱う事が多く、どうしてもここで一時的な保管をする事も少なくない。なので机には彼女自身が仕掛けた封印などがあり、定期的に調整を行っていた。
「ふーん……ああ、それなら話は聞いてたか?」
「うむ。大凡は聞いとった……灯里殿の封印の間の件と、封印の間の移設の件じゃな」
「ああ。前者は早急。後者は要検討という所か」
「そうじゃのう。確かに言う通りなにか事あるごとに資料室全体を封じておるのは非効率的とは思うておった。新たにそれ専用で書庫を設けるのは良いじゃろう」
そもそもの話として、公爵邸地下に魔導書などを専用で収める書庫を作る様に提言したのはティナその人だ。なので別に書庫を設けるという話は彼女からしてみれば当然と言える事で、彼女としても同意しかなかったようだ。
「そうか……わかった。じゃあ、次回の会議でそれを稟議しよう」
「それで良かろう。候補地などの選定はこちらでやろうか?」
「頼む。そこは流石にお前の専門分野だ。オレはその指示に従うだけだ」
ティナの問いかけに対して、カイトはそれはそれで進ませる事にする。そもそも天才魔王と言われる彼女にとって魔導書の管理は常日頃からしている事だ。何が最適でどうすれば良いか、というのは彼女に聞けば良いし、彼女に聞かないという択はカイトにはない。彼女に任せるだけであった。というわけで、そこらの話を手早く終わらせたカイトはついで早急に対処する話に話題を戻す。
「で、灯里さんの対処は何時頃可能だ?」
「そうじゃのう……今しがた調整を開始したばかりじゃから、安定するまで一時間は欲しい。一時間後で良いか?」
「それで良い。灯里さんにもそう伝えておこう」
確かに急いで対応しなければならないといえば対応しなければならないが、別に灯里もこれからすぐに資料室に行くわけではない。が、職務上資料室には割と頻繁に足を運ぶため、早い内にやっておきたいのもまた事実だ。今日中という所であった。
というわけで、カイトはティナからの返答を受けて第二執務室に居る灯里に一時間後の集合を伝えて、自身もそれまでの間空いた時間で書類仕事を終わらせる事にするのだった。
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