第2308話 コンベンション ――研究者達――
リデル公イリスの要請と皇国の思惑。更に冒険部で設営中の研究施設の事などもあり、カイトはリデル領で開かれるコンベンションに参加する事になっていた。
というわけで翌週に迫ったコンベンションに参加するべく準備に勤しんでいたカイトであるが、そんな彼はコンベンションの前に色々な事をする必要があった。
「と言う感じ……でしょうか」
「わかった。はぁ……悪いな、桜」
「いえ……」
カイトの謝罪に対して、桜が困り顔で笑う。何があったか。それを彼がため息混じりに口にする。
「灯里さんも灯里さんでほっておくと延々報告しないからなぁ……そこら、煌士は優秀だった」
「そうなんですか?」
「ああ。流石は麒麟児と言われる事もあって、報連相はしっかり出来ていた。報告で遅滞は一度も無いと聞いてるよ。そこらができない奴は案外多くてなぁ……」
「へー……でもなんか不思議な気分と言えば不思議な気分です」
煌士というのは桜の弟で、灯里の同僚といえる少年だ。彼はアメリカの大学院を飛び級で卒業しており、研究者としてすでに働くと共に、義務教育の関係でカイトの妹である浬と共に高校――カイト達の転移前は中学生だったが月日が流れ高校に進学した――に通っていた。
「あはは……はぁ。とはいえ、研究施設の箱だけあっても中身が無いと意味がない。とりあえず技術班は半分をあちらに移設する。その手配を引き続き頼む」
「はい……そういえば噂程度に耳にしたんですが、研究所の設備を借りたい場合は借りられるのか、と魔術師の方が言われている事がある、との事ですが……どうしましょう」
「研究所を借りたい……か。ふむ……」
桜からの話に、カイトは少しだけ考える。そうして、彼は考えながら少しだけ桜にエネフィアの話を語り始める。
「実はエネフィアでは流れの研究者というのは割と居てな。ある貴族の所で研究室を構え、年単位で研究を行う事はあるんだ」
「パトロン形式……という所ですか?」
「そう考えて貰って構わん。マクダウェル領じゃあまり一般的じゃないんだがな」
「そうなんですか?」
そういえば聞いた事がないな。そういう様子の桜であるが、彼女自身が困っていた理由もこれに起因する。そしてマクダウェル領で一般的ではない理由は至極当然といえば当然だった。
「ああ……マクダウェル領だと研究施設がかなり充実しているから、ウチや企業に所属した方が遥かに動きやすい。信用度も勿論、そっちの方が高いからな。各地との連携や国からの支援も含め、手厚く受けられる。だから流れでやるよりウチで雇われた方が良いんだ」
「なるほど……確かにマクダウェル領は研究開発が盛んですものね」
「ああ……伊達に学問関連であればエネフィア随一じゃない。しかも神殿都市があるおかげで、資料も豊富に整っている……が、逆に流れの研究者が一番やり難い場所でもあるんだ」
どこか困った様に、カイトは桜の言葉に笑う。こればかりは定住しやすくした結果と言えば、その結果だった。というわけで、カイトがそれを教えてくれた。
「定住しやすい、ってことはどうしてもそこでコミュニティが出来てしまう。そしてマクダウェル領は定住出来る様にしている……それそのものについては三百年前の情勢的に仕方がない事ではあったんだが……」
三百年前はどこもかしこも崩壊状態で、貴族達もパトロンになれるような余裕は一切なかった。それどころか食料にさえ事欠く事が多く、支援なぞ出来るわけもない。
なのでカイトがまず行ったのは土壌の改善と共に定住出来る土地を作る事で、そこから派生して住民達の生活向上を考えて研究者達を広く集めた。結果、今に繋がり研究者達がやりやすい環境が出来上がっていたが、それ故に流れが過ごしにくい環境だった。それを理解した桜が答えを口にする。
「コミュニティが出来るとどうしても排他的な環境がある程度は生まれてしまう、と」
「そういう事なんだ……それ以外にも自前で優秀な研究者が集められるから、基本流れが雇える場所が無い。必要が無いんだ」
「なるほど……では、どうしますか?」
「それなんだよなぁ……んー……でもなぁ……いや、だがなぁ……」
どうやらカイトにとってかなり悩ましい問題だったらしい。何を考えているかは定かではないが、彼はかなり長い時間指で机や頭をトントンと叩いて考えている様子だった。そうして、暫くの後。彼は一つの結論を下す。
「桜。現状研究施設の研究室に空きがどの程度発生する見込みで、今後どの程度埋まる見込みか出しておいてくれるか?」
「埋まる見込み……ですか」
「ああ……どの程度の分野の研究を行う予定にしているか、というのを確認してくれ。それ一つにつき一つ研究室を割り当てる予定ではあるんだが……不必要な割当を行うつもりはない。今までは余裕はかなりあるだろう、と思って確認を後回しにしていたが、確認したい」
「ということは……流れの研究者を受け入れると考えて?」
「ああ」
自身の思惑を読んだ桜の問いかけに、カイトは一つはっきりと頷いた。そうして、彼は告げる。
「実際、流れの研究者で腕が良い研究者は居る。マクダウェル領近郊で活動したい、ってのもな。それに各地の技術を彼らは知っている。ウチに無い技術を持ち込んでくれる可能性がある」
「わかりました……何時までに?」
「別に急ぎじゃない……そうだな。今月中……いや、急ぎの仕事があるなら来月末でも良い。まだ設備が完全に整っているわけでもないし、これに伴って一つ考えが浮かんだ。それで少しバルフレアの所へ行こうと思うから、それからでも十分に間に合う」
「バルフレアさんの……ですか?」
バルフレアというと言うまでもなくユニオンマスターのバルフレアだろう。なぜそれと冒険部の研究施設に流れの研究者を雇い入れるのに関係があるのか。桜は流れが見えず僅かに困惑している様子だった。
そしてこれは仕方がない話で、カイトがバルフレアとユニオンの上層部に位置する者として話し合っている事だったからだ。しかも本格化しているわけではなくこういうのはどうだろうか、程度に話している話だった。二人以外誰も知らないのである。
「ああ……実はバルフレアとこの流れの研究者の事を少し話をしててな。意外と優秀な研究者は多いな、って程度だったんだが……」
カイトが思い出すのは、カナタとコナタの父で優れた研究者ながらもマッド・サイエンティストと言われたヴァールハイトだ。彼こそがこの流れの研究者の一例と言えて、そこからバルフレアとも流れの研究者について話をしていたのであった。
「流れの研究者達がもう少し情報を手に入れやすくするべきじゃないか、と話してたんだ。今まではなにかしないとなー、で終わってたんだが……改めて本格的に考えて、一つバルフレアに提案って所でな」
「はぁ……とはいえ、それなら今から?」
「ああ。ユニオンに動いてもらう事になるから、早い内のが良い」
「ユ、ユニオンに……」
相変わらずこういったフットワークの軽さとやると決めた時の規模の大きさは凄まじいものだ。桜は利益になるならユニオンさえ動かしてみせるカイトの手腕と規模に呆れ返るしかなかった。というわけで、カイトはそうと決まればと即座に支度に取り掛かった。
「さてと……そうと決まればなんだが。桜、さっきの今で悪いんだが、灯里さんを借りる。バルフレアの所に灯里さん連れてく」
「灯里さんを、ですね。わかりました」
「ああ……まぁ、今回は元々話してた事で提案というだけだから夜には戻る」
「夜にはなるんですね」
「今の時間だと向こうは夜だからな……駆けつけ三杯に付き合ってやらんと話はさせてくれん」
こればかりは時差を考えれば仕方がない話だったし、そういう冒険者の生態は他の誰でもなくカイト自身が一番良くわかっていた。なので彼は困り顔ながらも、そういうものだからこそと楽しげだった。というわけで、カイトは椿に問いかける。
「椿。オレの記憶が確かだと、今日は午後は何もなかったな?」
「はい。コンベンションの準備で書類仕事の予定ですが」
「その程度なら後でどうにでもなる……部屋に送っておいてくれ」
「かしこまりました」
部屋に送っておいてくれ。それはとどのつまり、分身で一気に終わらせるという事だった。そして椿としてもカイトが仕事をしてくれる分には一切の問題はなく、その手配をしておくだけであった。
「よし……じゃあ、後は報告をほっぽりだしてたバカにちょっと頑張ってもらうかね」
「あはは」
「あはは……じゃ、ちょっと行ってくる」
「はい」
笑う桜に自身も笑い、カイトは窓から飛び出して灯里が居る公爵邸地下の研究室へと向かう事にする。そうして彼はいつも通り研究にのめり込んで風呂に入る事も忘れていたティナを引っ張り出し風呂に入らせる。
「とりあえずお前は風呂上がるまで出て来るな!」
『むー。後少しと言うたのにー』
「てめぇのそれはガキと一緒だ! てか、灯里さん連れてこいつったのにほっぽりだしてんじゃねぇ!」
『それは悪いと思うておる。研究結果が予想より少し早く出たんでのう。会議にも少し時間があるか、と思って読んだら時間が……な?』
「はぁ……まぁ、良いよ。が、後で桜には詫びしとけ」
『うむー』
そもそもこうなる事は良くある事で、カイトとしてもそれがわかっていたのでどうにかなる体制は整えさせている。なのでカイトはこういうだけなのであったが、そこでティナが彼の背へ告げる。
『っと……ちょっと待った』
「あ?」
『いや、余が遅れた事については一切の言い訳はせぬが、灯里を呼ばなんだには少し理由があってのう』
「うん?」
どこか僅かな慈愛を滲ませるティナに、カイトは眉間のシワを解いて首をかしげる。これに、ティナが教えてくれた。
『何、気持ちよさげに寝ておるからのう。起こすのも可愛そうか、とギリギリまで寝かせてやろうと思うてしもうた。寝ておったのは灯里殿の失態じゃが、それを起こさなんだのは余の失態よ。あまり目くじらを立ててやるな、とな』
「……あいよ。まぁ、ねぼすけになった事については怒るけどな」
『その程度にしてやれ』
先程までの剣幕はどこへやら、カイトはティナの言葉に柔らかな顔で笑うだけだ。そうして笑った彼であるが、灯里の研究室へ行くと案の定ソファで彼女は横になって眠っており、上には軽めの毛布が掛けられていた。
「……少し無理し過ぎだ、バカ姉……まぁ……オレも言えた義理じゃないんだろうが」
恐らく誰もが一番精力的に動いているのはカイトだ、というだろう。が、それ故にこそカイトは自身が無理をするせいで灯里が無理をしたのだとわかったらしい。
「どうしたもんかね……」
起こすのが正しいんだろうが。カイトはそう思いながらも、どうするか僅かに悩む。やはり身内にはひときわ甘いと言われる彼だ。その中でも特に灯里には甘かった。と、そんな彼が悩んでいるとどうやら扉が開いた事で外の冷気が入り込んだ事により、灯里が目を覚ましたようだ。
「ん……はれ?」
「よーう。お疲れ。良く眠れたか?」
「かいと……? はれ? え!? 嘘!? もうこんな時間!? あれ!? 目覚まし!?」
どうやら灯里は一応目覚ましは付けていたらしい。大慌てで周囲を見回して時計――時間を確認したのは壁掛け時計――を探していた。
「目覚ましならそこ」
「うぁああああああ!? 会議は!? ごめん!? 遅れた!?」
「もう終わったよ……後で桜には詫びを言っとく様にな」
「ごめん! ほんとーに、ごめん! いや、謝って許される事じゃないんだけど!」
一応言うが、灯里とて大人だ。なので自身がした失態は素直に悪いと思って謝れる人物だ。というわけで、暫くの間彼女はカイトと桜に謝罪を繰り広げる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




