第2303話 未知の素材 ――足跡――
『振動石』を求めてルナリア文明時代の非合法組織の地下施設へとやって来ていたカイト達。そんな彼らは地下施設の更に地下に設けられていた採掘場へと足を運ぶと、そこで『振動石』の鉱脈の発見に成功する。
そうして『振動石』発見とその特性の発覚、そしてそれを受けての今後の指針を決めた彼らは、恐らくどこかに設けられているだろうと推測された非合法組織の生存者達が作った脱出経路の確認を行う事になっていた。
というわけで見付かった脱出経路を通り、幾つかの山を突き抜けた所で待っていたのは、<<闇羅武者>>というランクSも上位に位置する魔物だった。そんな<<闇羅武者>>であるが、これはカナタにより内側から焼き尽くされる形で消滅していた。
「……ふぅ。流石に内側から焼き尽くされれば、大丈夫でしょう」
幾ら強固な鎧や妙な陣羽織を羽織っていようと、内側からの攻撃を防げるわけではない。いや、ランクSの中でも特に奇妙な魔物の中には自身の内側に放たれた攻撃を防げるような構造を持つ奴も居るが、少なくとも擬人系と言われる魔物達で持っているというのは誰も聞いた事がなかった。
そうして<<闇羅武者>>が跡形もなく焼き尽くされると同時に、その鎧の各所に突き刺さっていた剣の数々が地面に落下する。こちらは魔物ではなく、それと戦った者たちの残滓だ。<<闇羅武者>>の消滅から逃れられた様子だった。
というわけで、カナタの手に残ったのはかつて彼女が懇意にしたらしい女性傭兵の片手剣だった。それを、カナタは少しだけ神妙な面持ちで見る。
「……団長さん」
「っと。刃物は投げるなよ」
「もう刃物とも呼べないようなものだわ、それは」
ある意味数千年もの間野ざらしにされていたようなものだ。場所が場所なので完全に風化するのは避けられた様子であったが、それでも無事とは言い難い。確かに、刃物とは呼べないような切れ味だった。
そして自身に向けて放り投げられた意図を、カイトは理解していた。故に彼は呆れながらも、片手剣を受け取りその残留思念を受け取る事にした。が、そうして彼は目を見開く事になった。
「……どうやら、受け取る意味はなさそうだな」
「どういう事?」
「この持ち主の傭兵。どうやら生きてここから脱出してたみたいだ。こいつを胸に突き立てて地面に縫い付けて、そのまま脱出って所らしいな」
「倒しきれなかっただけ、というわけ?」
「そうらしい……まぁ、武器の練度を鑑みるに当人の力量はお前よりかなり下だろう。足止めが精一杯……武器に残る記録を読み解く限り、かなりの犠牲者は出たみたいだ。彼女も危なかったが……なんとか、という所か」
武器に残る数千年も昔の記録を読み取りながら、カイトは僅かな安堵を浮かべるカナタにあるがままを伝える。現代の冒険者達もそうだが、当時の傭兵もどうやら命あっての物種という風習があったらしい。
この片手剣は確かに愛用していた様子であったが、これを捨ててでも逃げる事にしたようだった。というわけで、カナタは一つ胸を撫で下ろす。
「そう……それは良かったわ」
「ああ……ま、それはそれとして。当時の貴重な資料にはなる。貰っておこう」
生きていたなら別に気にする必要はないか。そんな様子で笑ったカナタに、カイトは魔糸を使ってその他の落下した片手剣の数々を一纏めにして回収しておく。
一応見た限りは普通の片手剣だったが、専門家が見てわかる事もあるかもしれない。そちらに任せるつもりだった。というわけで、回収の後。一同は改めて探索を進める事にした。
『えーっと……とりあえず向かうべきはあっちでオケ?』
「なんだろう。見た限り、ここ以外に他に出られそうな場所は無いみたいだ」
異界化が解除された後。周囲を照らし出す苔の光で暫く周囲の探索を行っていた一同であるが、結論としては入った時に見えた穴以外に出入り口はない、という所に落ち着いていた。
そもそもあの<<闇羅武者>>を倒せなかった時点で、足止めをしながら大慌てで掘り進んだだろう事は想像に難くない。一直線しかなかったのだろう。そんな穴の先を見ながら、カイトは首を振る。
「……ダメだな。恐らくこの先で崩落してる可能性が高そうだ」
『それでも、行くしかないのね』
「無いんだよなぁ、これが」
先は暗く、外に繋がっている様子はない。ここから脱出した以上、大凡崩落が起きたとしか思えない状況だ。が、シャルロットの言う通り崩落している事を確かめる必要があった。
というわけで、彼女の言葉に肩を落としながらも、カイトは致し方がなしと先に進む事にする。すると、暫くして明らかな人工物が目に入った。
「これは……なんだ?」
『なんだか……列車の後ろみたい?』
「だな……ああ、やっぱりこの先で崩落が起きてるのか。ということは……これは半ば埋没してる、という所かな」
どうやら丁度この物体の半ばほどで崩落が起きているらしい。列車の後ろ側にも似た円筒状の物体がまるで土から生えているかの様であった。そんな奇妙な円筒の物体を見ながら、カナタが告げる。
「恐らく掘削機の後ろね。この扉を通って中に入って操縦するわけよ」
「なるほど……確かに言われてみれば地球で使われるトンネルなんかを掘る掘削機も似た様なものだったか」
大きさと良い、形状と良い。カイトはカナタの言葉に道理を見て納得する。というわけで、彼は一つティナへと報告を入れた。
「ティナ。掘削機の後部を発見した。そしてここでどうやら、崩落が起きたらしい」
『ふむ……中へは入れるか? 状況を詳しく見ておきたい』
「あいよ。やってみる」
幸い扉が破損しているということはなく、<<闇羅武者>>の追撃は逃れられた事が察せられた。なのでカイトは無事な扉の周辺を確認し、扉の開閉を司るコンソールを確認。いつもの遺跡探索の要領で扉に直接魔力を流し込んで、強引に開閉する。
「よし……中は……どうやら無事みたいだ」
『そうか……起動はできそうか?』
「さて……少し見てみないとなんともな」
ティナの問いかけに、カイトを先頭に一同は掘削機の中へと入る。そうして各所に備え付けられていたコンソールの各種を弄って、なんとか起動出来ないか試す事になった。
「……あ」
「立ち上がった」
適当にスイッチを押していた一同であるが、何がどうなったかは定かではないが唐突に掘削機が音を上げて起動する。そうして、掘削機内部が明かりに包まれる。
「ティナ。立ち上がった」
『みたいじゃのう……どうじゃ? なにか記録などは残っておらんか』
「どうかねぇ……」
ティナの要請を受けたカイトが、メインとなるコンソールを操ってなにか記録が残っていないか確認する。
「……あ、周囲の状況を確認するためのカメラがある……らしいな。っと、中にもカメラがあるのか。この記録が残っていそうだ」
『お、ラッキーじゃな。何が残っておる』
「ふむ……最後の記録を確認してみるか」
最後の記録を確認してみるカイトであるが、映し出されたのは延々と続く地中の映像だ。どうやら相当慌てていたのか、掘削機は立ち上げたまま逃げ出したらしい。
まぁ、その余裕もなかった事は察するに余りある。なのでカイトもその部分はスルーして、記録を巻き戻す。すると、暫くしてここから脱出したらしい者たちの映像が映し出された。
『おい、早くしろ! 後ろの奴らがもう持たないぞ!』
『やってるよ! この岩盤が硬すぎて、うまく掘れないんだ! 本来だったらきちんとソナーで岩盤とか避けないといけないんだぞ!』
『んなもん、わかってる! ぶっ壊れても良いから、とりあえず掘り進めろ! 兎に角ここから逃げないと、俺たちゃ終わりだ!』
わかろうものであるが、後ろからは<<闇羅武者>>と洗脳された者たちが大挙して押し寄せているのだ。掘削機を操っている者たちの鬼気迫る様子は声だけでもありありと理解できた。そうして暫くは怒声と悲鳴が響きながら、掘削機は掘り進んでいく。
『っと! 出れた! おい、外に着いたぞ!』
『よし! 俺は後ろの奴らを呼びに行く! 外に出たら、すぐに飛空艇を呼べ!』
『おう! えっと……よし! 右の出口から出られる!』
『外へ開通だ! 急いで来い!』
どうやら、非合法組織の生存者達は無事に外まで脱出する事が出来たらしい。中に残っていた者の大半が掘削機側面に設けられていた別の出入り口から外へと飛び出していく。
その一方、残った一人が後部の扉を開いて声を上げ、掘削機に乗り切らなかった人員へと声を掛けて脱出を促す。それを受けて後部の扉から生存者達が駆け込んで、先に外に出た者達に続いて進行方向右側の側面に設けられていた扉から外へと飛び出していく。と、そんな映像を見守る一同であるが、そこでふとカナタが笑みを浮かべた。
「あら……本当に生きてたのね」
「これが知り合いか?」
「ええ……少し老けた様子だけれど。彼女に間違いないわ」
カイトの問いかけに、カナタは笑いながら一人の壮年の女性が後ろに向けて魔銃を乱射しながら駆け込んでくるのを見る。どうやら二千年前は<<闇羅武者>>以外にも何体かの魔物が居たらしく、後部に取り付けられたカメラにはそれと戦いながら脱出を試みる非合法組織の戦士達の姿があった。
『よし! 私らで最後だ!』
『<<闇羅武者>>は!?』
『とりあえず地面に串刺しにしてやった! あれで暫くは大丈夫なはずだ! その間にずらかるよ!』
『よし! とりあえず奴以外は殲滅した! 俺達も逃げるぞ!』
どうやらひときわ<<闇羅武者>>が強かった様子で、それ以外は比較的強くはなかったらしい。ここに濃密な魔力が滞留する事になったのは、二千年もの間ここが封じられていた結果だ。なので当時のここの魔物はさほど強くはなかったらしく、<<闇羅武者>>以外はなんとかなった様子だった。が、そうして出ようとして、前がつっかえている事に気が付いて怒声が飛んだ。
『おい、さっさと出ろ! 後ろから何時<<闇羅武者>>が来てもおかしくないんだぞ!』
『後ろの電気、消しちまいな! 明かりを頼りにこちらに来られても困る!』
『お、おう! 大半の電源はカット! 後部ハッチ閉鎖! 電源を非常用に切り替える!』
カナタの旧知の女性傭兵の指示に、掘削の作業員が慌てて掘削機の電源をオフにして非常用の電源でのみ駆動させる。そうして全ての電源が落ちて後部ハッチが閉鎖され、彼女らも右側面のドアから外に出る。
『これは……』
『ひでぇ……なんだ、こりゃ……』
ここからは、ほぼほぼ音声だけだ。一応膝を屈する様子が映し出されていたので相当な出来事が起きていたのはわかったが、詳しくは彼らの言葉だけでしか察せられなかった。
『同士討ち……か。ちっ。やっぱこうなってたか』
『ああ……ちっ。とりあえず徒歩でなんとか逃げるしかなさそうだな』
『面倒だね……これだけの人員を連れて行くとなると、相当厄介だ』
膝を屈する非合法組織の構成員達に対して、女性傭兵を筆頭にした傭兵達はこれからどうするかを話し合っていた。どうやら彼女らは洗脳による同士討ちが始まった時点で飛空艇についても同様に同士討ちが起きているだろうと想像していたらしく、飛空艇の救助を頼もうとしていた構成員達が膝を屈するのに対して忌々しげに舌打ちするだけだった。
『……いや、あの一隻使えそうじゃないか?』
『アンテナを壊せば、なんとかなりそうか。やるか?』
『やるも何も無い……やらなきゃこの場の全員連れて徒歩で脱出だ。やるしかない』
どうやら、傭兵達は飛空艇の一隻を分捕ってここから脱出する事にしたようだ。僅かな希望を見出したのか、笑っていた。そうして彼らが飛び立っていき、それ以降は大した情報はなく映像はほぼほぼ終わったようなものとなるのだった。
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