第2302話 未知の素材 ――闇の中に佇む者――
ヴァールハイトから提供された情報により『振動石』を求めてルナリア文明の非合法組織の地下施設へとやって来たカイト達。そんな彼らは冒険部の面々に上層階の制圧を任せると、地下の採掘エリアへと足を伸ばしていた。
というわけで、『振動石』の鉱脈の場所から更に奥。かつてこの地下施設にて働いていた者たちが脱出に使ったらしい脱出経路を通って、もう一つの出入り口を探して進んでいた。が、その最中。一同は誰ともなく足を止める事になっていた。
『下僕……わかって?』
「ああ……流石にこれは……並じゃなさそうだな」
シャルロットの問いかけに、カイトは僅かな苦笑を浮かべる。そうして、彼がカナタへと問いかける。
「カナタ……お準備の方は?」
「何時でも」
カイトの問いかけに、カナタは僅かに舌なめずりする。何があったかは定かではないが、どうやらこの道は一直線に外に続いているわけではないらしかった。
元々外が見えないので一直線ではないか崩落しているか、雪で閉ざされているかのどれかだとは思われていたが、どうやら一直線ではないらしい。妙な気配が前方から漂っていた。そんな気配を真正面から受け止めながら、カナタが告げる。
「団長さん。舞台を整えてくださるかしら。踊ろうにも舞台が貧相だと十分に踊れないわ」
「オーライ。ウチの新人女優のために最高の舞台を整えてやろう」
流石にこの急造された通路は何時崩落しても不思議はない。軍には補修作業を行わせるように手配するつもりだが、その間に崩落しても不思議はないのだ。
カナタやこの先に待ち受ける魔物を相手に本気で戦うと、あっという間に崩落しかねなかった。というわけで、一同は僅かに警戒しながら暗闇の中を歩いていく。すると、先から僅かな明かりが見えるようになった。
「明るくなってきたわね」
『魔力に反応して発光する苔が生えているのね……かなり遠いみたいだけれど』
「山一つ二つ分ぐらいは貫通してそうだな」
相当遠くに見えるほのかな輝きに、一同はこの先になにかがある事を察する。そうして気付けば一同の姿がはっきり見えるほどの輝きの中を歩く事になる。そして行き着く先には一つの大空洞があり、その中央には。
「……こいつが、ここを守っているという事かしら」
「そこそこ、ヤバそうなレベルだな」
カナタの小声に、カイトもまた小声で応ずる。大空洞の中央に居たのは、幻想的な煌めきに照らされた一体の魔物。薄い闇の陣羽織に似た羽織を羽織る二メートルほどの鎧武者だった。
が、まるで戦いの後かのように鎧には剣――と言っても折れた物も幾つかあるが――が幾つか突き刺さっており、それが禍々しさを引き立たせていたと同時にこれが魔物である事を如実に知らしめていた。
『<<闇羅武者>>……擬人系の最上位の一体。中津国以外で見るのはじめてかも』
「ランクSも良い所の化け物だな。オレも中津国と日本以外で見たのははじめてかもしれん……恐らく二千年前から生きてるな」
ユリィの言葉に、カイトもどこか驚きを滲ませながら同意する。擬人系、というのは人に擬態する事で冒険者達の油断を誘う事から、冒険者達の間で便宜的に言われている通称だ。
確かにこの<<闇羅武者>>も暗闇や遠目であれば、なにかの激闘の後の漆黒の鎧武者の姿をしている戦士と思っても無理はないだろう。
「二千年……ここを、かつての人達も通ったというわけかしら」
「全滅……かは定かではないな」
カイトは恐らくこの大空洞までたどり着き、そして<<闇羅武者>>に気付いて何人かでの決死の足止めを行い、その間に向こう側に通路を作ろうとしたらしい。
丁度反対側に、これまた穴が出来ていた。これが成功し外に出れたか失敗したかは、今はまだわからない。行ってみるしかなく、しかしそのためには<<闇羅武者>>と戦わねばならなかった。というわけで、カナタが問いかける。
「団長さん……舞台の準備は整って?」
「何時でも。お前の合図に合わせて、あいつにお誂えの舞台を用意してやる」
「楽しみ」
カイトの返答に、カナタは笑う。そうして、彼女が一つ頷いた。
「お願い」
「オーライ」
カナタの求めを受けて、カイトが周囲を異界化させる。そうして生まれたのは、月夜が映えるすすき野だった。
「あら……雅ね」
「だろう? こんな和風な舞台は嫌いかな?」
「まさか……私も半分は中津国人。血が騒ぐわ。さぁ、始めましょう」
カイトの言葉を受けて、カナタがゆっくりと前に足を踏み出す。そしてそれとほぼ同時に、<<闇羅武者>>もゆっくりとその眼窩に青白い炎を宿した。
が、その次の瞬間。そのどちらもそのゆっくりとした初動に反して、まるで消えたかに思える速度で肉薄して金属の激突する激音が鳴り響く。
「ふっ」
激突の直後。刀と刀のぶつかり合いを一瞬で終わらせたカナタが、その真横を流れるような動きで通り抜ける。そうして一瞬にして背後に回り込んだわけであるが、唐突に漆黒の陣羽織がはためいて背後に回り込んだ彼女を襲う。
「っ」
この陣羽織に触れたくない。カナタは戦士としての本能から、この陣羽織が単に見せかけだけの陣羽織でない事を察したのだ。そうして、はためいた陣羽織が急加速。遥かまですすきを大きく切り払う。
それを、カナタは背後に倒れ込むようにして回避。ふわりと宙を回っている内に通り過ぎた斬撃を正面に見て、彼女の方が『ドレス』の機構を展開。羽衣を展開する。
「はっ」
まるで無重力のようにその場で滞空したカナタであるが、彼女はそのまま身を捩り<<闇羅武者>>の足に向けて足払いを仕掛ける。それに対して、<<闇羅武者>>はまるで鎧には思えぬ軽やかな跳躍で距離を取る。
「さほど通用はしないでしょうけれど……貰って頂戴な」
足払いの直後に地面に着地したカナタであるが、羽衣を操って裾で掴んだ魔銃を手にして<<闇羅武者>>に向けて乱射する。これに<<闇羅武者>>は空中で剣戟を放ち、その全てを切り裂いた。そうして着地した<<闇羅武者>>に、魔弾で牽制を行っていたカナタが再度刀に持ち替えて肉薄する。
「はっ! っ」
一瞬で<<闇羅武者>>へと肉薄したカナタであるが、彼女の斬撃は<<闇羅武者>>の漆黒の陣羽織により受け止められ食い止められる。そうして僅かに瞠目したカナタへ、<<闇羅武者>>は横薙ぎに薙ぎ払った。
「はぁあああああああ!」
放たれる斬撃に、カナタは若干苦い顔で大声を上げてその圧で<<闇羅武者>>を吹き飛ばして強引に距離を取らせる。そうして距離を取らせた所で、カナタは深くため息を吐いた。
「はぁ……あまり今のは好きじゃないのだけど。お上品じゃないもの」
背に腹は代えられない。カナタは戦士なればこそ、選り好みはしなかった。が、やりたくなかった、というのはありありと見て取れており、追撃を仕掛けなかったのもそれ故だった。とはいえ、だからこそ彼女は気を取り直す。
「でも……それならそれでしっかり代償は支払って頂くわね」
カナタはガガガガガッ、と地面に刀を突き立てて強引な急減速を行う<<闇羅武者>>を見据え、カナタはティナが拵えたライフル型の魔銃を手にする。
ライフル型、と言ってもこれは明らかに地面に寝そべって撃つものだろう対物ライフル型の魔銃であった。それをカナタは腰だめに構えると、容赦なく引き金を引く。
「……ふっ!」
強制的に腰だめの状態から引き金を引かれて、カナタが僅かに後ろへと滑る。が、その分威力は折り紙付きで、発射された魔弾は一直線に<<闇羅武者>>へと飛翔し、急停止を仕掛けようとしていたその胴体へと激突。勢いを殺していた<<闇羅武者>>を更に押し込んでいく。
そうして<<闇羅武者>>を押し込みながら、激突した魔弾は螺旋を描きながらゆっくりと<<闇羅武者>>の鎧を穿つべく埋没していくように見えたものの、その周囲を漆黒の陣羽織が包んだかと思うと強引にその軌道を変えて明後日の方角へと弾き飛ばした。
「あら……器用だこと。でも何回出来るかしら」
明後日の方角へと飛んでいった魔弾を見ながら、カナタは対物ライフル型の魔銃の照準を再度<<闇羅武者>>へ合わせる。この程度でくたばってくれるとは一切思っていない。
なのですでに第二射第三射の準備は整っており、後は引き金を引くだけだった。そして、カナタは一切の容赦なく引き金を引く。が、今度はカナタは一切ズレ動かなかった。身体が初撃で反動に慣れたのだ。そうして、今度は無数の魔弾が<<闇羅武者>>へと肉薄していく。
「さて……モードチェンジ」
どうやら、今度の一撃は今までと同様の腰だめの状態では撃てないらしい。カナタがそういうや対物ライフルの胴体から二つの脚が伸びて地面に固定出来るようになる。そしてカナタもそれに従って、地面に寝そべってスコープを覗き込んだ。
「……」
一瞬、カナタは自分を青白い炎が見据えるのを見る。そうして視線が交わったかに見えた直後。<<闇羅武者>>の陣羽織がはためいて飛来する無数の魔弾を切り裂いていく。
が、これは全て想定の範囲内。故にカナタは漆黒の陣羽織が漆黒の斬撃を飛ばすのを見ながら、最後の一射を放つべく引き金を引いた。
「っ」
ごぅん。まるで何かに吸い寄せられるかのような異音と共に、カナタの魔銃から極大のレーザが放たれる。それは一直線に<<闇羅武者>>へと肉薄していくが、それに<<闇羅武者>>はやはり漆黒の陣羽織をはためかせた。
「……」
さて、どうなるかしら。スコープを覗き込み、引き金を引き絞る間は放たれるという光線を見守りながらカナタは<<闇羅武者>>の次の一手を観察する。
この程度でくたばってくれるとは、やはり思っていない。が、どうなるかは見ておきたい所であった。そうして、そんな彼女の見守る前で一直線に肉薄した極太のレーザは漆黒の陣羽織に誘導され、その軌道を逸して明後日の方角へと飛んでいく。
「あら……っと」
これはおそらく来るだろうな。カナタはその威力の大半を陣羽織で受け流してみせた<<闇羅武者>>を見て、即座に対物ライフル型の魔銃を消失させてその場から飛び跳ねる。そうして、その直後にはレーザが終わらぬ内から動き出していた<<闇羅武者>>がカナタの居た場所を薙ぎ払った。
「ふぅ……あら。出し惜しみはしないのね」
空中を舞いながら、カナタは一息ついて<<闇羅武者>>の陣羽織から放たれる漆黒の斬撃を軽やかに回避していく。その姿はまさしく天女の様であり、幻想的な光景に非常に似つかわしいものだった。そんな彼女であるが、<<闇羅武者>>に突き刺さる剣の一つを見て僅かに顔を顰める。
「貴女も、ここを通ったのね」
カナタが見るのは、見覚えがありしかしボロボロになった片手剣。<<闇羅武者>>の胸に突き刺さる一本だ。それは、先にカイトが確認した部屋の主が愛用した片手剣だった。それが、<<闇羅武者>>へと突き刺さっていた意味は一つしかなかった。
「良いわ。貴女が倒せなかったこいつを、私が倒しましょう」
前はまだ食い下がれるだけの力を持っていた女性傭兵を思い出しながら、カナタは天女の羽衣を輝かせる。そうして、軽やかな動きで舞っていた彼女が漆黒の斬撃の追撃を躱しながら急降下。<<闇羅武者>>を見上げる様に着地した。
「はっ!」
着地と同時に、カナタは先より遥かに速い速度で地面を蹴って逆袈裟懸けに<<闇羅武者>>の胴体を斬り倒す。が、この斬撃は<<闇羅武者>>の陣羽織に阻まれ、先程同様に本体には通用しない。
「借りるわね。返せないけれど」
食い止められた刀から手を離し、カナタは胸に突き刺さる女性傭兵の片手剣の柄を握る。そうしてそれを基点として魔力を解き放つと、<<闇羅武者>>は内側から解き放たれる魔力の炎に内側から焼かれ、跡形もなく消滅する事になるのだった。
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