第2301話 未知の素材 ――裏口――
邪神の使う洗脳に対抗する手段であると考えられている『振動石』を求め、かつてルナリア文明にてヴァールハイトが一時所属していた非合法組織の隠れ家へとやって来たカイト達。そんな彼らは『振動石』の特性により、一時的な作業の停滞を余儀なくされる。
というわけで、『振動石』の特性によりホタルが行動不能に陥って二日後。カイト達の使う魔道具への処置とホタル自身、カナタの『ドレス』への処置が終わった事もあり、改めて調査が再開される事になっていた。
「さて……ティナ。採掘エリア前に到着した」
『うむ……とりあえず今回はじゃが、通信は急場しのぎで対応する。無論、急場しのぎなので問題は色々とあるが……そこは我慢せい』
「いっそ、無しでも良いかもしれんがな」
カイトは自身の編み上げた魔糸を見て、僅かに苦笑する。どうしても念話にせよ何にせよ、非接触による情報のやり取りを行う方法だと『振動石』のジャミングの影響を受けてしまうらしい。となると、直接的な情報のやり取りを行うしかなかった。
というわけで、ティナは強引に通信機の中継機と各員を魔糸で接続し、通信の確保を行う事にしたのであった。探索可能範囲がかなり絞られてしまう事になるが、そこは中継機の増設で対処しつつ、致し方がないと諦めるしかなかった。
『阿呆抜かすでないわ。何が起きるかもわからん未踏の遺跡で連絡が取れぬなぞ、集団行動ではあってはならぬ事態じゃぞ』
「わかってる……それがオレ達で起きる意味もな」
ティナの苦言に対して、カイトは一つ頭を振る。これにティナもまた頷いた。
『じゃろうて。お主らはギルドでも最強格。そして世界として見れば、最強の名を有する男よ。それが通信が途絶するなぞ、世界中が警戒態勢に入っても不思議のない事態じゃ。必ず連絡が取れ、安全の担保が出来るとせねばならん』
「あいあい……ま、それはそれで。とりあえずどうするね」
『とりあえず今日は奥まで進んでくれ。どこかに別の出入り口が出来ておるのであれば、そこを確認せねばならん。変に要らぬ輩に入られても面倒じゃからのう』
「あいよ……じゃあ、とりあえず奥へ進むか」
となると気を付けるべきはこの濃密な魔力が漂う一帯を闊歩する魔物達か。カイトは腰に佩びる刀に手を乗せて、何時でも戦闘に入れるように準備だけはしておく。そうして、一同は注意を払いながら採掘エリアを奥へと進み続ける事になるのだった。
さて採掘エリアの奥へと進む事にしたカイト達であるが、その道程は普通の者たちであれば楽なものではなかった。なかったのだが、この場に居るのは普通ではない者たちだ。故に、相手が相手でもその道程はかなり余裕があるものだった。
「ふっ」
「団長さん。そろそろ一つ良い? ステルスキルは少し卑怯じゃないかしら」
「魔物相手にステルスキル卑怯も何も無いだろ。先手必勝見敵必殺。魔物を相手にする場合の鉄則だ」
神陰流の応用で気配を読んで採掘エリアを進むカイトであるが、暗闇の中だからこそ気配は読みやすいらしい。いつも以上に感覚が研ぎ澄まされており、敵が如何な方法でこちらに気付くよりも遥かに前に斬り殺していた。
「それに……それを言い始めれば一番卑怯なのは……」
『あら……文句ある?』
「文句は無いが、どこに居るかだけはわかるようにしてくれないかな……うっかり気配読み逃すと肝が冷える」
完全に闇に包まれるシャルロットの言葉に、カイトはがっくりと肩を落とす。この採掘エリアは完全に闇に覆われている。現在は最低限の電力だけで動いているのだから当然だ。
そして採掘エリアは崩落により動力線なども完全に途絶しており、再稼働の見込みは今の所立っていない。そんな中で闇に溶けているのだ。魔物どころか上級のランクS冒険者であれ見付けられないような隠形だった。
『それは良かった。下僕に気付かれないのであれば、これはまだ使い物になりそうね』
「あのね……」
『何をどう使おうと、私の勝手よ』
いたずらに使われなきゃそれで良いんだけどね。カイトは多分何かで使ってくるだろうな、と思いながらもシャルロットが生き生きとしているのでそれで良いか、と思う事にする。と、そんな彼女が大鎌を振るう。
『貴方に死を与えましょう』
『はーい。次も撃破完了ー』
「お前もそこに居るのか」
『そだよー』
カイトの言葉に闇の中に居るらしいユリィが笑う。昔はカイト以外の所にも頻繁に居たし、彼らの旅の最初期であればシャルロットの所に居る事も多かった。最終的に相棒と言われるようになっているだけで、こうやって別の所に居ても不思議はなかった。
「んー……にしてもやっぱりここらの魔物は強いな」
『強いけど……そんな様にはまーったく見えないねー』
「そりゃ、こちとら世界最強級の面子集めてるからなぁ……」
採掘エリアの基本的な魔物のランクはランクA。地表よりも遥かに上で、かなりの魔境と言って良い領域だ。少なくともアル達でさえ立ち入らせるべきじゃないし、カイトも安全の確保まではアルらには入らないように告げている。冒険部であれば何をか言わんやだ。
が、対するカイト達はランクSの魔物を片手間に倒せる面子なので、こうやって楽に仕留めて行けるのであった。というわけで、そんな様子を受けてティナが一つ思案する。
『ふぅむ……やはりそこらの掃討作戦を一度練らねばならんのう。軍でもあまりに危険過ぎる』
「そうだなぁ……流石に軍でもこの採掘エリアは危険過ぎる。まぁ、二千年魔力が蓄積し続けた結果、と考えれば無理もない事なんだと思うが……」
『どうしたもんかのう……かといって、早い内に採掘は行わねばならん。各国へサンプルを融通する事もせねばならんしのう』
「サンプルもそうだが、『振動石』に対する対策もせにゃならんだろう。変にこれをジャミング装置に使われても面倒だぞ?」
『それを言えば、余らが作ろうとしておるのもジャミング装置なんじゃがのう……』
カイトの指摘に対して、ティナが深い溜息を吐いて首を振る。そもそも『振動石』を求めているのは、邪神の使う洗脳に対抗するためだ。
それは言ってしまえばジャミングと言ってもよく、やろうとしている事と対策を両立せねばならないという非常に難しい舵取りが求められていた。そんなわけで眉の根をつける二人に、ユリィがひとまず現状としなければならない事を羅列する。
『まずやるべき事と言えば各国に向けて『振動石』のサンプルの提供。そこから各国で鉱脈を見付けて貰って……洗脳への対策装置の開発。そこから更に『振動石』を悪用された場合に備えて重要施設へのシールドって所?』
『そんな所じゃのう……あー……面倒じゃぞ、これから……』
「あー……やだやだ。だから新しい物質が見付かると面倒なんだ……」
『じゃのう……まぁ、研究者としての余はこれが何に使えるか考えると心が踊るんじゃが』
「お前は楽しそうで良いっすね」
先程の為政者としての視点から一転、研究者としての視点で見て楽しげに笑うティナに、カイトは為政者としてしか無いのでため息を吐いた。しかもこの先に待つのはまた自分が実験台になる未来だ。それが見えている彼にとって、バラ色の未来なぞ見えるわけもなかった。そんなのんびりとした話をしながら危険地帯を進み続ける事暫く。遂にヴァールハイトの遺した地図にも無い領域にたどり着く事になった。
「……ティナ。完全に地図にも無い道を見付けた。舗装はされていないが……人為的な穴だ」
『ふむ……マッピングしておるマップによると、そこが最深部のハズじゃが』
「違う、みたいだな」
僅かに眉間にシワを寄せるティナに、カイトは僅かに警戒しながら前を見る。そうして、彼はティナへと一つ提案する。
「ティナ……一度ソナーをやろうと思うが」
『構わん。今の所後ろの魔物は全て討伐しておる。そこまでの横道も潰しておるし、この短時間で魔物が湧く事は可能性として低い。よしんばあったとて、対応可能な面子と言える』
「よし……全員、少し警戒しとけよ」
別にこの面子に警戒も何もあったものではないだろうが。カイトは全員の力量をわかっているからこそ、この程度の軽い言葉に留めておく。そうして彼は腰に帯びていた刀を抜き放ち、地面に突き立てた。
「……はっ!」
気合一閃。カイトは刀を介して周囲に特殊な魔力の波を放つ。そうして、刀を中心として地面を伝って蒼い光が円形に広がっていき、周囲を僅かに照らし出した。それは一同の立つ天井まで達すると、そこでルナリア文明の非合法組織が張り巡らせた動力に反応し、動力線を照らし出す。
「……感無し。この先の穴には動力線は張り巡らされていない」
『ふむ……であれば、可能性として高いのはやはりそこから脱出したという所かのう』
「かね……」
先に言われていた事であるが、最終的に非合法組織の生き残りはこの採掘エリアの入り口付近を崩落させてここに立てこもった事まではわかっている。
が、自らで生き埋めになっただけで終わったとは思えず、どこからか脱出した可能性が考えられていた。導線が引かれていない事を考えると、ここがその脱出口である可能性は高かった。というわけで、カイトはティナへと一つ問いかける。
「どうする? 魔物は向こうから来てない様子だ……暫くは安全そうだ」
『ふむ……うむ。行って良いぞ。行ってわかる事もあろうからな』
カイトの提案に対して、ティナは少し考えた後にゴーサインを下す。それを受けて、一同は穴へと向かう事にした。と、その道中での事だ。シャルロットとカナタが壁を見ながら話をしていた。
「……女神様……貴女は採掘場とか見た事ある?」
『あまり見ないわ……ただでさえあの世が暗いのに、こっちで暗い地下に潜りたいわけがないじゃない。マスコミがバライティで扱っていたのを少し見た程度ね』
「そう……私も流石にあの世には行った事がないわね」
どうやら幾ら色々と非合法な組織に関わったカナタやヴァールハイトであれ、冥界には行った事がなかったらしい。が、逆にカナタは採掘場跡に作られた隠れ家などには行った事があるため、この穴の壁面から見える事があった。
「この壁面……採掘場の拡張を行う際に使われる大型の削岩機で作られたものね。この壁の不自然な模様……確か七型だったかしら。七型で掘削した壁面はこうなる、と聞いた事があるわ」
「ふむ……そうなるとここが崩れていないのは、掘削機が固めたからと考えて良さそうか」
「そうね……と言っても、流石にここまで保っているのは奇跡と言っても良いのでしょうけれど」
カイトの推測に、カナタも一つ頷いた。やはり二千年も一切の手入れがされずにそのままにされていたからか、壁や天井はかなり風化していた。それでも無事だったのはここが地下深くである事と、位置しているのが死火山である事。さらには僻地であるので度重なる戦乱からも逃れられていたからだろう。結果、この通りまだなんとか通れるだけの状態となっていたのである。
「そうか……にしても」
「居る……わね。ねぇ、団長さん。先約させて頂いても良いかしら」
「好きにしろ。誰もこだわりなんぞねぇよ」
舌なめずりでもしそうな様子のカナタの確認に対して、カイトは呆れるように了承を示す。やはり殆ど人工的に整えられていない状態の穴だ。魔力もそちらへと流れていったらしく、採掘エリアでもひときわ濃厚な魔力が感じられた。
そしてそれはつまり、先程よりより一層強い魔物が出る可能性があるという事であった。というわけで、カナタは更に強い魔物との遭遇に胸躍らせながら、先へと歩いていくのだった。
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