第2292話 未知の素材 ――地下施設――
『振動石』を求めてマクダウェル領北西部の雪山にて調査活動を行っていたカイト率いる冒険部一同。そんな彼らは瞬のふとした発見をきっかけとして、遂にルナリア文明時代の非合法組織の隠れ家への入り口を発見するに至っていた。
そうして、入り口を発見して明けて翌日。資材の搬送を前日の間に終わらせた一同は、その後の時間で少し長めの休息を取ると共に二つに分けていた部隊を再編成。隠れ家探索の部隊へと切り替えていた。そして隠れ家が発見されたこともあり、カイトも今回はカナタらを率いてそちらに組み込まれていた。
「さて……総員、通信機のチェックを行え。ここから先は二千年前とはいえ非合法組織の隠れ家だ。侵入者対策のトラップは仕掛けられているだろうと思われる。動力炉復旧に伴い、その罠も再始動することが考えられる。万が一、身動きが取れなくなった時のことを考えて行動しろ」
カイトは自身の通信機のチェックを含める意味合いで、通信機を使って冒険部全員に通信機の再チェックを促す。そうして各自が自身の持つヘッドセット型通信機のチェックを行う傍らで、カイトは通信機を使って外のティナとやり取りをしていた。
「ティナ。こちらの支度はもうすぐ整う。そちらはどうだ?」
『こっちももうさほど時間は掛かるまい……カイト。一応、今回の作戦目標のおさらいじゃ。まず最優先事項は『振動石』の鉱脈の確認。ヴァールハイトの言によれば、施設最下層の採掘エリアの外れに見付かった、とのことであった』
「覚えてる……それでその次に動力炉の復旧……が、採掘エリア次第じゃ先に動力炉の復旧を目指すことになりそう、というのがお前の言葉だったな」
『うむ』
カイトの確認に、ティナは一つはっきりと頷いた。ここらの話は昨日の内に再確認を行っており、カイトもティナもあくまでも潜入前の最終確認という程度でしかなかった。というわけで、そんな二人が更に確認を重ねる。
『で、お主らにはまず第一段階として司令室の確保を行ってもらう。何をするにしてもそこを押さえねば万が一なにかがあった時に困るからのう』
「わかった……良し。通信機の中継機は問題無い。怖いのは……まぁ、破壊されている可能性だが」
『その時はその時考えるまでじゃ』
首を振るカイトの言葉に、ティナもまたため息を吐きながらも適時対応する事を口にする。それに、カイトもまた同意した。
「そうだな……動力炉が安定しない、もしくは起動しない場合はそっちに任せるが……装置は大丈夫なんだな?」
『携帯型の魔導炉を持ってきた。後は動力を絞れば、それで十分のはずじゃ。完璧な復旧は軍に行わせるので気にする必要はない』
今回のカイト達の仕事は、あくまでも軍の本隊が実際の採掘に取り掛かる前に『振動石』の有無の確認を行うことだ。
なので動力炉の復旧もその有無を確認することが出来る程度でよく、最悪は復旧させないでも問題はない。が、軍の本隊が来た際に困ることになるのである程度の復旧は行っておこう、というのがカイト達の考えであった。
「そうだったな……通信機の調子はどうだ?」
『問題なさそうじゃのう。ふむ……』
「なにか気になることがあるのか?」
唐突に僅かに興味深い様子を見せたティナに、カイトが訝しんで問いかける。これに、ティナが謝罪した。
『ああ、いやすまぬ。昨日持ち帰って貰った偽装の検査結果を確認しておったんじゃが……』
「地下の研究所に送ったあれか?」
『うむ。転移術で密かに送った奴じゃな。オプロ遺跡のように特殊な素材を使っておるかと心配したんじゃが、そういうことはなさそうじゃ。普通に通信も出来そうじゃな』
ティナが危惧していたのは、オプロ遺跡のように特殊な物質を使って地面一面を覆われて通信や調査が出来なくされてしまうことだ。一応その可能性を鑑みて通信機の中継機を幾つも持ってきていたが、それだって数に限りがある。遮断されないのなら遮断されない方が良いに決まっていた。
「そうか……それなら安心だ」
『うむ……では、準備が完了次第そちらの調査を開始してくれ。こちらでデータ化した地図を使って現在位置は特定しておこう』
「あいよ……まぁ、オレの方はカナタが居るから道案内には困らんがな」
ヴァールハイトがここに居た以上、そこには基本的にはコナタとカナタが一緒に居たと考えて良い。なので彼女らも一時この隠れ家には滞在しており、ある程度の道はわかっていたのである。
なお、そう言ってもやはり彼女は娘に過ぎない。流石に『振動石』の鉱脈の場所、ひいては採掘エリアには興味がなかったこともあり立ち入ったことはないとのことだ。
なので案内が可能なのはあくまでも居住エリア――あるらしい――までとのことである。と、そんなことを話すカイトの所に、ソラが報告を入れる。
「カイト。残留組、準備全部オッケーだ」
「俺の方も問題ない。全員行ける」
「良し……じゃあ、残留組はこのままここで待機して、先行する部隊が万が一が起きた場合に備えてくれ。調査班は気を付けて進むように。幸い、情報提供により地図が手に入っている。それを常に確認することを忘れないようにしてくれ」
「「「了解」」」
カイトの指示に、冒険部一同が応諾を示す。そうして、カイト達はソラら残留組を残して隠れ家へと入っていく。とはいえ、今回は幸いにして地図が手に入った状態での探索になるので、部隊は幾つかに分かれての行動になっていた。というわけで、カイトは隠れ家に入って早々に部隊を分ける。
「……ここからは、各部隊に別れての別行動になる。第一部隊の第一目標は魔導炉の修繕。起動に失敗した場合は即座に本部に連絡を入れて、技術班の到着を待て。また、その場合は必要に応じて技術班の指揮下に加わるように」
「わかった……良し。第一部隊、俺について来い」
カイトの指示を受けて、瞬が最も大人数となる第一部隊を率いて行動を開始する。彼の所ではこの後に必要に応じてティナの指示に従って動くことがあるため、最も人数を配置していた。
そうしてカイトは更に幾つかに分けた部隊にそれぞれ指示を送っていき、残ったのはルナリア文明に縁ある自分達だけとなっていた。
「さて……カナタ。司令部は立ち入った事はあるのか?」
「何回か、お父様と一緒に。護衛としてね」
「良し……じゃあ、さっさと制圧しちまうか」
「楽しめると良いのだけど」
カイトの軽い言葉に、カナタがわずかに舌なめずりする。カイト達が最初に目指すのは、この施設全体の統括を行っている司令室とでも言うべき所だ。そこさえ確保してしまえば警備システム等の無効化も出来るので、安全の確保を行うためにも最優先で制圧するべき、と判断されたのである。
というわけで、カイトはカナタに案内されて地下へと進んでいく。と、その道中での事だ。ユリィがふとシャルロットに問いかけた。
「珍しいの?」
「ええ……何度か非合法組織の拠点への襲撃にも立ち会ったけれど……それでもほとんど記憶にないわね。特にこんな完全に埋没している地下施設へはあまり立ち入らなかったわ」
どうやらシャルロットは自分が属した文明でありながら、あまり知らない構造に興味を抱いていたらしい。もしくは、どこか妙な感慨を抱いていたのかもしれなかった。と、そんな彼女にカナタが問いかける。
「あら……それだったらもし世が世なら私女神様と戦っていたかもしれなかったのね」
「そうね……貴方のお父様がもっと外道鬼畜の類だったなら、その未来もあったのでしょうね」
少なくともヴァールハイトの娘への愛情だけは本物だった。それはシャルロットも認める所であり、そしてそれ故にこそ彼女はカナタと戦う事はなかった。
「私としては、残念なのかしらね」
「さぁ……それは貴方が判断しなさい」
カナタのどこか冗談めかした言葉に、シャルロットは微笑んでそう告げるだけだ。そしてそんな雑談を繰り広げながら進むこと暫く。厳重にロックされた扉の前へとたどり着いた。が、ロックされている扉はボロボロに崩壊しており、明らかになにかの事件があった事が察せられた。そんな光景を見ながら、ユリィはわずかに真剣な顔で問いかける。
「……どう見る?」
「どう見る……も何も無いだろう。外側からではなく内側から破壊された扉。そしてこの傷跡。司令室側から通路側に広がっている……明らかに内部から破壊された形で間違いないだろう」
「当時はよくあった光景よ。通信網を乗っ取られた時点で多くの施設がこうなったわ……そこから中で洗脳された奴を殺して施設が奪われるのを阻止出来たか、同じように洗脳されて施設全体が大混乱。ここみたいに誰も居なくなるか……そのどちらかよ」
傷跡などから内側から破壊されたのだろうと推測したカイトに、シャルロットは当時は神話での大戦初期の話を口にする。とはいえ、そのおかげという所もあって扉を解錠する手間は省けてくれた。
「そう……じゃあ、何も起きなさそうね」
「起きない、でしょう。こんな有様だもの」
どこか沈痛な目で、シャルロットは司令室へと続く通路を見る。そこは本当に死屍累々という有様で、至る所に白骨化した死体が転がっていた。弔われもせず、長い間ここに放置されていたからだろう。かなりボロボロの状態だった。それを見て、シャルロットがカイトへと手を向ける。
「下僕……大鎌を」
「あいよ」
「……せめて、その眠りぐらいは安らかにしてあげましょう」
カイトから返却された大鎌を媒体として、死神としての権能をシャルロットが行使する。そうして大鎌の刃から白銀の光が溢れ出して、通路全体を覆い尽くす。それで、白骨死体は全て消え去った。
「……待たせたわね」
「いや、有り難い。歩きにくくて仕方がなかった」
シャルロットの謝罪に、カイトは一つ笑って首を振る。流石に彼らも幾ら相手が非合法組織の構成員だからといえど、白骨化した死体を踏みつけるのは気分が悪い。
なので歩きは白骨死体を避けて歩くしかなく、ここから先のまさしく埋め尽くさんばかりだった白骨死体はどうするか悩んでいた所だった。とはいえ、それもなくなった今、普通に歩いていくだけである。
「良し……ティナ。司令室に到達した」
『うむ……どうじゃ? やはり想定通りか?』
「いや……思ったより悪くない。戦闘の影響か完璧に無事とは言わんが……修繕不可と言えるほどの破壊は起きてない」
『ふむ……そっちのパターンじゃったか』
カイトからの報告に、ティナはわずかに苦い顔でため息を吐く。ここでカイト達が想定していたパターンは二種類。彼女が高確率と踏んでいた完全に崩壊し修復不可能になっていたパターンと、今回のようにさほど破壊されていないパターンだ。
「だろうな……おそらくここまでたどり着けなかったんだろう。通信機を介して洗脳が起きていると考えれば、普通はここを制圧して通信機を破壊する。その後は、オプロ遺跡のように施設の修繕を行う事になるだろうが……ここは破棄された。それを鑑みれば、結論なぞ見えていた」
『じゃのう……まぁ、そのおかげでこちらはそれを流用出来るじゃろうて。カイト。持っていった装置を接続し、こちらからの操作が可能な状況にしておいてくれ。こちらは魔導炉の点火に合わせ、そちらを操作出来るかやってみよう』
「あいよ……さて、じゃあやるか」
ティナの指示に、カイトは持ってきておいた遠隔の信号を送受信する装置を床に置く。通信機の規格そのものはルナリア文明の規格から逸脱しておらず、レガドからの情報提供がある今なら普通に繋ぐ事が可能だった。そうしてカイトはティナが魔導炉の確認を行う間に、通信機の調整と接続を行う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




