第2289話 未知の素材 ――雪の中で――
『振動石』を求めてマクダウェル領北西部にあるとある雪山にやって来ていた冒険部。その探索も三日で山の半分を終わらせると、カイトは飛空艇を移動させて山の反対側へと移動。
魔術師達の作り上げた氷の台地を足掛かりとして再度飛空艇を着陸させると、改めて調査を再開することとなる。が、再開させた作業であるが、残念なことに再開初日は予定より早く降り出した雪を受けて早めに切り上げていた。そうして、一同が戻ってきて少し。冷えた身体を各々温めていた頃には、本格的な降雪と相成っていた。
「うおー……思ったより降ってるなー。ここらはいつもこんななのか?」
「ううん。いつもはここまで積もることは稀だよ。基本的にはこの時期だと若干歩きにくくなるかな、ぐらいかな」
「……なんか魔物の影響とかって……無いよな?」
ユリィの言葉にソラが思い出したのは、やはりカイトの『新緑の森』での一幕だ。そこでのことはソラも状況の把握のために聞いており、今回の異常気象とも思われる事態を受けて彼が気にしたのも無理はなかった。が、これにカイトは笑って首を振る。
「これは平常だ……ウチは広いし気候としても結構日本に似ててな。詳しくは気象予報士にでも聞いてくれ、としか言えんが……これぐらいは降り積もってくる。冬本番にもなると、魔族領の北限になるとまともには行動出来ん……いや、そもそも魔族領の北限は永久凍土もあるから並どころかランクS級冒険者でも滅多にゃ近寄らんがな」
「はー……やっぱここって日本じゃないなー……」
こういった物凄い量の降雪は日本の太平洋側にいれば珍しいといえば珍しい。基本は太平洋側で生活する天桜の面々にとって経験したことのない状況にも近かった。
まぁ、それを言ってしまえば異世界転移なぞ経験することもない事態なのでこちらでの大半の経験がそうだと言えるが、それももう数十ヶ月も経過している。目新しいことは少なくなってきており、久方ぶりのその事態だと言えただろう。
「ま、そうだな……鎧は乾かしてるか?」
「おう。流石に濡れた状態で不用意に着て明日とかになると、隙間で凍結しちまうからな。そこら、やっぱ鎧は面倒だと思うよ」
「しゃーない。その分防御力はピカイチだ」
「まな……でもやっぱ、常時防御状態でいれりゃとは思ったりする」
必然として重装備であるが故に、様々な部品が重鎧には使われている。なので乾かしたりするメンテナンスには他の防具以上にどうしても時間が必要になるのであった。一つでも怠れば、待ち受けるのは死なのだ。それを、ソラもわかっていた。単にそれだけれども、という話であった。
「そこは諦めろ」
「わかってる……にしても……この調子じゃ、こっからヤバくなりそうだな」
勢いを増していく雪を見ながら、ソラがわずかに顔をしかめる。一応、こうなることは予想して外の物資は飛空艇の周囲に残っていた人員で急いで積み込ませたので、凍結したり雪に埋もれて探さなくなる心配はない。他にも飛空艇には各種凍結防止の措置が施されているし、出立前にメンテナンスも行わせていた。魔力に関連した吹雪にでもならない限り、問題はなかった。
「ここから夜にかけては吹雪く。絶対に外には出るなよ……まぁ、出れないように措置はしてるがな」
「ロック掛けるのか?」
「掛けんと面倒だろ……一応、甲板から外に出れるようにはしてるが……その甲板もホタルが常時張ってる。基本は出れないものと考えて良い」
今回、ホタルには飛空艇のシステムとリンクさせて周囲の警戒に当たらせている。どうしても探索に人手を割きたかったので、彼女に頼んだのである。
「出る必要もなさそうだしなぁ……この吹雪だと、バカでも出ようとは思わないだろ。魔物も動かないんじゃないか?」
「それは魔物によりけりだ。こんな場だからこそ動くような魔物も居たりはする……魔物図鑑にも乗ってないような魔物が多いけどな」
「会ったことは?」
「ごぜーますな」
「だよな……」
相変わらず奇妙な体験ばかりしてるな。ソラは冗談めかして笑うカイトの返答に、若干真顔に近い顔で笑う。こんな経験を何度となくしているのだ。それは魔物図鑑にも乗らないような希少な魔物とも何十と出会っているのだろうとソラにも理解出来ていた。が、今回ばかりは話が違った。
「違う違う……ここからもっと北。魔族領の北部にある永久凍土に覆われている地帯の中でもごく一部に、かなり特殊な地帯があってな」
「特殊な地帯?」
「ああ……年がら年中吹雪く可能性がある場所だ。そこは如何せん魔力が関係して吹雪くような場所でな……エネフィアでも有数の魔境の一つだ。それでも、そこでしか取れないレアな素材を求めて立ち入る冒険者は後を絶たない」
首を傾げるソラに、カイトはその土地のことを告げる。これに、ソラは重ねて問いかけた。
「レアな素材……何があるんだ?」
「『超純水』……いや、これだと間違えやすいか。正確には『超魔純水』。完全に水属性でのみ構成された、一切混じりけのない完全な水だ。これは産出される場所がかなり限られているんだが、様々な実験の溶媒から『霊薬』や『エリクシル』の抽出に使ったりされる」
「ティナちゃん御用達にしてそうだな」
なにせ天才と言われるティナだ。そして研究開発に関しては容赦なく貴重な素材を使いまくる。この『超魔純水』も山のように使っていそうだった。これに、カイトもまた笑った。
「実際、御用達だ。まぁ、あいつの場合はそれを更に科学的に濾過した『完全なる水』ってのを使ってるが」
「なにそれ」
「あいつが独自に作ってる水。魔術的・科学的にも完全に不純物を無くしたっていうとんでも素材」
ソラの問いかけに対して、カイトは盛大に呆れるように首を振る。後の彼いわく、これを作る装置を作るために彼が相当な苦労を強いられたらしい。そしてそれを思い出したからか、カイトは一気に気怠げな雰囲気を醸し出した。
「まぁ、そりゃ良いわ。とりあえずお前も明日に備えて休んどけ。ああ、風呂にはしっかり入っとけよ。夜は冷えるぞ」
「お、おう。気を付けとく」
ここまで吹雪いているのだ。すでに外気温が氷点下である可能性は疑いなく、ここから真夜中になるともっと冷え込むことは明白だった。そうして、ソラもまたゆっくりと休むことにするのだった。
さて、カイト達が飛空艇を移動させて二日目。夕刻から降り積もっていた雪は翌朝になっても吹き荒んでいた。が、それも昼が近くなった頃にはかなり弱まっており、昼が過ぎた頃にはわずかに雲の隙間から太陽が見える程度には回復していた。というわけで冒険部の面々は急ぎ支度を整えて、昼からの調査に乗り出していた。
「ソラ。先輩……足元は大丈夫か?」
『俺の方は問題無いよ……若干動きにくいけど……そんなのここじゃ当たり前みたいなもんだからな』
『こちらも問題はない……まぁ、俺の場合は軽装備だからどちらかといえば寒いことの方が問題か』
「その分、先輩は洞窟に入ってもらってる。外より寒さはマシだ」
一応、瞬のような軽装備の者も中に防寒用の呪符を貼り付けたりして、凍傷や凍え死ぬようなことが無いように対策はしている。が、全身を完全に覆っている重鎧と動きやすいように各所が空いている軽鎧だ。どうしても隙間風のように冷気は入りこんでしまっていた。
「で、先輩。そっちはどうだ?」
『……やはり昨日の雪で出入り口の多くが完全に埋まってる。一度掘り出さないとどうにもなりそうにない』
「そうか……魔道具は持っていってるな? それを使ってくれ」
『ああ……』
カイトの指示に、瞬は持ってこさせていた道具の一つの設置作業に取り掛からせる。元々調査が一日二日で終わらないことは織り込み済みだ。なので天候が荒れる可能性は想定内で、洞窟が雪で埋まってしまう可能性も想定内だ。それに備えた装備もしっかり容易させていたのであった。
「さて……これで後は待つだけだが」
『待つだけで終われば、良かったんじゃがのう』
「やっぱり、そうなりますか」
『そうならぬ方がおかしかろう。天候が荒れた後は魔物が活性化する。これは世の常じゃ』
がっくりと肩を落としたカイトに、ティナは単なる道理として告げる。これに、カイトはため息を吐いた。
「はぁ……まぁ、しゃーないか。悪天候、と一言で言えば良いが、実際には悪天候ってのは属性の力が極端に固まることで起きることが多い。となると、その属性の魔力を吸収してる奴らは一気に動きを活発化させちまう」
『そういうことじゃな……で、群れの発見報告が二つ。デカブツの発見の報告が一つ……どれから聞きたい?』
「前者はおそらく『雪の狼』だろうが……後者は?」
『『巨大な雪男』じゃ』
「まーた厄介なのが……」
ティナから寄せられた報告に、カイトは再度盛大にため息を吐く。まだ『雪の狼』は群れで動くことが危険なだけなので冒険部でも対処は容易だが、『巨大な雪男』は流石にまだ雪に慣れていない冒険部では些か手に余る相手だった。となると、後はカイト達可能な者で対処に当たるしかほかなかった。
『どの順で片付けたい?』
「群れの位置は?」
『『巨大な雪男』はそこから三つ先の山の麓。近付けばすぐに見えよう。『雪の狼』は北と南にそれぞれ群れが一つずつじゃな。北は良いじゃろうが……南は些かまずかろう。風向きと余らが滞在しておった匂い等が残留しておるじゃろうからのう』
カイトの問いかけに、ティナは己の推測も含めて状況を報告する。現在の風向きは南向きに少し強い風が吹いており、ここで動いている冒険部の面々の匂いが嗅ぎつけられる可能性は無いではなかった。というわけで、そんな事態を予想したカイトは横のソレイユに告げる。
「ソレイユ。南側の群れを頼む」
「群れだけで良いの?」
「良い……あまりお前らの手を借りすぎるのも考えものだからな。デカブツと北はこちらでなんとかする……まぁ、デカブツなら逆にフロドの手を借りたい所だがな」
「必要ある?」
「無いな。単に普通に考えればって話なだけだ」
ソレイユの指摘に対して、カイトも笑って首を振る。少なくとも現状ではフロドの手を借りなければならないほどに困窮しているわけではない。そしてソレイユが戦闘に入れば必然、少しだけではあるが周囲への警戒は疎かになる。そこを防ぐ意味も含め、フロドにはこのままで居てもらう方が良かった。
「ユリィ」
「あいさ……とりあえず『雪の狼』?」
「いや、『巨大な雪男』だ。そっちはカナタらに遠距離から掃討して貰う。『巨大な雪男』は狙撃こそ出来ても、この山に囲まれた状態じゃ狙撃も何もあったものじゃないからな」
ユリィの問いかけを受けたカイトが、自分達のこれからの流れを説明する。そうして、カナタらの支度が行われるのを横目にカイトは『巨大な雪男』とやらの討伐に向かい、これから暫くの間は似た様な日々を過ごすことになるのだった。
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