第2288話 未知の素材 ――探索中――
『振動石』を求めマクダウェル領北西部にやってきて三日。片側の調査を終えて反対側の調査を開始することになったカイト達であったが、そんな一同は飛空艇が着陸させられるスペースがなかったため仕方がなく魔術によって氷の台地を生み出してその場へと飛空艇を着陸させる。
そうして着陸させた後、カイトは今までの疲労の蓄積と大規模魔術の行使による負担を鑑みてその日を休日として、更に翌日の午前は調査に赴くためのルートの確保等の準備に費やすことになる。
というわけで、明けて反対側へと移動して翌日の午後。改めて調査は再開していたわけであるが、カイトはこの日もこの日で待機だった。そんな彼が何をしていたかというと、甲板で全域の監督を行うという何時もの作業であった。
『見付からないもんだなぁ……』
「早々に見つかりゃ苦労はせん。ただでさえ雪も積もってるしな」
『雪なかったらさっさと見付かったのかな?』
「それは無いだろうなぁ……無くても見付かりにくいようにはしてたはずだからな」
ソラのふとした問いかけに、カイトも笑いながら改めて事実を明言する。が、これにソラがいたずらっぽく問いかけた。
『でも探索は楽になるだろ?』
「そりゃな……が、絶対にやるなよ? 寝てる子を起こすことになるからな」
『わかってるって……こんな広大な敷地の全部の雪を吹き飛ばすなんて、どんなバカみたいな魔力がありゃ出来るやら』
カイトの念押しに対して、ソラは楽しげに笑いながらもそんな益体もないことを考える。彼の言う通り、この全ての雪を吹き飛ばすとなるとカイトら超級と言われる者たちしか出来ることではない。
それぐらいの魔力が必要なのだ。そしてそれだけの莫大な魔力が一度に放たれるのである。冬眠しているだろう魔物達も目を覚ますこと請け合いだった。というわけで、そんなわかりきった話を口にしたソラに、カイトもまた冗談っぽく返す。
「バカみたいな魔力で悪かったな」
『あはは……ま、そりゃそれとして……マジなんも見付かんねぇわ』
「想像以上に雪が降り積もっていたからな……さらに言うと、天候もあまり良くない」
『……だな』
カイトの言葉に、ソラもまた上を向いて頷いた。見上げた空は灰色の雲で覆われており、一荒れしそうな雰囲気であった。
「少し早めに切り上げた方が良いだろう。そこまでひどい吹雪にはならないだろうが……おそらく今晩は荒れる」
『天気予告じゃなくてまだ予報か?』
「冒険者としての勘だ……予告はまだやってないさ」
ソラの確認に対して、カイトは一つ笑う。彼が本気で調べようと思えば、大精霊達に聞くことも出来るのだ。明日どころか明後日ぐらいまで――流石にそれ以降になると各所の魔力の影響が色濃く出てしまい大精霊達でも予測が困難らしい――なら正確に予告が可能だった。
『そうか……わかった。今日はいつもより一時間ほど早めに切り上げる』
「そうしろ。特に今日は最初に道を拵えた。その疲労は無視して良いもんじゃない」
『そういや、これじゃまた道が埋まりそうだな……せっかく整えたのに』
「たしかにな……良し。ちょっとこっちでなんとかしよう。そっちはそっちの作業を引き続き頼む」
『なんか考えあんの?』
「それはティナとこれから考える」
『そ、そか』
カイトの返答に、ソラは思わずたたらを踏む。とはいえ、カイトとしてもソラの指摘は納得の出来るものであると判断出来た。なので彼はソラとの通話を早々に終わらせると、甲板を後にして一度中へと戻ることにする。そうして艦橋にて計器とにらめっこしながら次の一手を考えていたティナに、カイトは現状を伝える。
「というわけだ……なんとかするべきと思ってな」
「なるほどのう。それで一度戻って来おったわけか……ふむ。そうじゃのう」
カイトの問題提起を受けたティナが、少しだけ考え始める。そうして暫く。彼女は結論を下した。
「まぁ、これは改めて言うまでもないことであるが、当然雪を溶かすことは出来ぬな」
「路面凍結の恐れがあるからな」
「うむ。が、やはり雪が積もって道が見えなくなったり、動きが遅くなるのは避けたい事態じゃ。というわけで……まぁ、一つ考えた。それをやるには少し必要な物がある。それをお主には取ってきてもらう」
やはりこれについては当初想定されていたことではない。なのでティナもこんな事もあろうかと、とばかりに魔道具を出すことは出来なかったようだ。というわけで、今から作ることにした様子であった。というわけで、カイトとしては拒む理由がなかったのでそれに応ずる。
「あいよ……何を取ってくれば良い?」
「単に木をまるごと一本持ってきてくれれば良い。それなりには量が必要なので、備蓄から持ってくるではなく一本新たに取ってきた方が良いじゃろうて」
カイトの問いかけに、ティナは周囲の状況を表した地図を提示する。残念ながら周囲には手頃な木は生えておらず、少し遠くまで出る必要がありそうだった。それをティナもまた明言した。
「見てわかる通り、この近辺にはあまり木は無い。あるのも取るべきではなかろうて……行くのであれば、少し南下したこのあたりじゃろう」
「『新緑の森』付近か」
「ここなら間伐しておる木が一本ぐらい手に入ろう?」
「なるほどね」
間伐とは森林等で行われる木の間引きのことだ。なので木を切っており、そこで出来た木材は例えば地球と同じ様に紙の原料としていたり、割り箸の原料として使っていた。
が、それでも全てを使い切ることは難しいらしく例えば焼いて燃料として再利用したり、と様々な用途が考えられていた。なので一本ぐらい貰うことは出来るらしく、時と場合に寄っては逆に貰ってくれと言われることもあるのであった。
「じゃあ、行ってくる。そっちの支度にはどれだけ時間が掛かる?」
「まぁ、こっちはホタルやらにも手を借りるので、さほど時間は要しまい。まずソラらの帰還には間に合えるから、その点は安心じゃろう」
「わかった。じゃあ、こっちもなるはやの方が良いか」
ティナからの情報に、カイトは立ち上がって急ぎで支度を整える。
「アル。一度整えた道の維持に使う素材を取りに南の『新緑の森』付近にまで移動する。その間、なにかトラブルがあったらお前らで対応しておいてくれ」
『了解……時間かかりそう?』
「そうでもない。木を一本貰ってくるってぐらいだ」
『ということは……ああ、あそこか。わかった。上からだと緑色の屋根が目印だから、少し見付かりにくいと思うよ』
「了解……助かった」
アルからの情報に、カイトは一つ頷いた。そうして彼は甲板に戻ってフロドとソレイユらに出ることを告げると、そのまま飛空術を使って『新緑の森』へと移動することにするのだった。
さてカイトが『新緑の森』へと向かってからおよそ一時間ほど。それぐらいの時間で、カイトが飛空艇へと戻ってきた。が、その頃には予定よりかなり早い段階で小さめだが雪がちらほらと降り出しており、ここから荒れていくだろうことが察せられた。というわけで、彼は少し足早に作業場に居るティナの所へと向かうことにする。
「ティナ。外が若干降り始めた。作業を急げるか?」
「む。もうか」
「ああ」
「わかった……では、ちょっと余も本気で取り掛かるかのう」
本格的に降り出したら、せっかく整った道が埋まってしまう。そうなれば今の手は使えない。というわけで、ティナはカイトの持ってきた木材を受け取ると、それを机に置いて杖を構える。
「良し……ホタル。半分頼むぞ」
「了解」
木材を更にいくつもの筒状に切り分け、ティナはその半分をホタルへと移動させる。そうして残る半数を自身の側へと移動させると、それへと無数のペンを取り出して刻印を刻んでいく。その間に、彼女はざっとカイトへと解説を行ってくれた。
「まぁ、端的に言えば困るのは路面が凍結してしまうことじゃ。なら、凍結するだけの水分を奪えば良い今回やっておるのは、上半分に雪の溶解を促す刻印。下半分は溶解し発生した水を吸収し路面の凍結を防ぐ物じゃな」
「吸収した水はどこへ行くんだ?」
「適時、外へと放出される。まぁ、早い話が積もった雪は溶かし路面凍結をせぬ様にするというだけの話じゃ。それを更に発展させたのがこれ、というわけじゃな。即席の魔道具じゃが……暫くであれば問題なかろう。使い終わったら放置でも良い様にしておるから、回収の必要性も無いぞ」
カイトの質問を受けたティナが、製作中の魔道具の概要を説明する。そうしてそんな説明を行っている数分の間に、彼女とホタルはそれぞれの受け持ち分を全て終わらせた。
「これで良いじゃろう。ホタルの方も問題はない」
「っと……え。もしかしてこれ全部オレ一人で設置するのか?」
「手が足りぬからのう……とはいえ、そう難しい話ではあるまい。それに、今からでは人員の手配等をしておっては時間が逆に足りぬ様になる可能性は高かろう」
驚いた様子のカイトに対して、ティナは一つ鼻で笑う。とはいえ、ティナの言う通りカイトはさほど難しいわけではなかった。そして彼女の言葉に道理を見たカイトは、改めて彼女に問いかける。
「わかった。それもそうだしな……で、どうすれば良い?」
「うむ。単に魔糸で地面に直接突き立てれば良い。先の様に氷を破砕せぬ様に注意しながら魔道具を埋め込むわけではないので、本当に地面に突き立てるだけで良いぞ」
「なんだ。本当に簡易の設置型か」
「そうじゃな……まぁ、余も時間が無い状況で簡易型以外は作りとうないわ」
カイトのどこか拍子抜けしたような言葉に対して、ティナは呆れる様に肩を竦める。やはり難易度に応じて作成難易度と時間が異なるのは全てに共通する事象らしい。
幾ら天才と言われるティナだろうと、短時間となると簡単に出来るものでなんとかするしかなかった。そんな彼女から木製の魔道具を受け取ると、カイトは再度外に出る。とはいえ、今度は甲板からではなく、冒険部の人員が部隊として出入りする物資搬送用の後部ハッチからだった。
「うっと……流石に出たり入ったりだから、少し身体に負担がでかいな……えっと……」
若干先程に比べて強まった雪を魔術で生み出した風で払いながら、カイトは一度周囲を見回してソラ達が朝一番から整えた道を探す。そしてそれはすぐに見付かった。そうして、彼は見付かった道の手前まで雪をかき分け歩いていく。
「ここだな……ティナ。間隔は適当で良いのか?」
『んなわけあるまい……お主、ゴーグルしておるな?』
「この雪の中でゴーグル無しは厳しいんでな」
ティナの問いかけに、カイトは目に装着していたバイク用のゴーグルを軽く叩く。といっても情報を表示させる機能は現在オフとしており、単なる目を守る保護具としての役割しかなかった。
『起動せい。そちらに情報を送ろう』
「あいよ……ああ、来たか。じゃあ、これに従って突き立てていく」
『うむ……ああ、カイト。今ソラから連絡じゃ。若干雪が強まってきたので予定より少し早めて良いか、とのことじゃ』
「そうする様に指示を頼む。予想より少し風の流れが早い。帰りで怪我しちゃたまったもんじゃない」
ティナの問いかけに答えながら、カイトは改めてゴーグルに表示される情報を確認する。そうして、彼はソラ達が戻ってくるまでに作業を終えて、ソラ達はカイトが整えた道を通って安全に戻ることに成功するのだった。
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