第2286話 未知の素材 ――雪の中で――
ヴァールハイトから『天使の子供達』の発見の報酬として手に入れた『振動石』の鉱脈の情報を得て、マクダウェル領北西部にあるとある雪山へとやって来たカイト率いる冒険部。半日を探索に備えての準備期間として費やした一同は、到着の翌日から二手に分かれて活動を開始する。
そんな中、カイトはそのどちらにも所属しない独立した部隊としての行動を行うべく、シャルロットやカナタらと共に艦橋にて待機していた。そうして、ソラらが探索を開始しておよそ三時間。昼になり一旦それぞれの形で休憩を開始した一同を横目に、カイトはティナから現状の報告を受けていた。
「という感じかのう。現状、あんまり成果は上がっとらん」
「ま、そりゃそうでしょうよ、としか思わんな」
「そりゃそうじゃのう。幾ら冒険者と言うても雪山で数キロ先に移動するにはかなりの時間を要する。飛空術が使えれば、という所じゃがな」
言うまでもないことであるが、この僻地も僻地の雪山にはこの一年ほどんど誰も訪れておらず、積雪が見られる様になってから訪れたのは冒険部が初だろう。
なので降り積もっている雪は一切踏み均されておらず、新雪の状態だ。足場は非常に悪く、瞬らも思うように進めていない。まぁ、それがわかっているからそれに慣れてもらうべく、今回の遠征を組んだのだ。カイトとティナからしてみれば何を今更という話であった。というわけで、上空を飛んでいたアル達を思い出し、カイトは一つため息を吐いた。
「飛空術か……上層部や出来そうな奴には覚えさせておいた方が良いかもしれんか」
「そうじゃのう……あれは難しいは難しいが、使えりゃ便利じゃ。まぁ、使える相手には使えぬとものすっごい不利になってしまうがのう」
「それな」
ティナの指摘にカイトは楽しげに笑う。現実は試合の様にルールが定められているわけではない。なので出来る奴は偉いのであって、出来ない奴はそいつが悪いとなってしまう。今後を考えるのなら飛空術は学んでおいて損はないというか、ランクA以上にもなってくると基本は出来ると考えた方が良い。
アル達もランクAに到達するにあたり、本腰を入れて覚えた。そろそろランクAも見えてきた瞬やソラ、魔術も併用する桜らは覚えておいて損はなさそうであった。
「そうじゃのう……ま、それは良かろう。今話すことでも無し」
「それもそうか……現状の報告を続けてくれ」
「うむ……それで洞窟の探索を行う部隊じゃが、これについては当初の予定通りまずは近場の探索から行わせておる。先に言うた通り、雪に手間取って動けておらんからのう」
「当然の判断か……まだ一つも終わってないか?」
「いや、いくつかは終わったが……見付かったのは冬眠中の熊程度じゃのう」
カイトの問いかけに、ティナは一つ笑って肩を竦める。これについては、魔物でなかったのは幸いという所だった。なのでカイトもまた笑う。
「そりゃ、冬眠中の熊さんには悪い事をしちまった。起こしちゃいないだろうな?」
「しっかり魔術で寝てもらったそうじゃ。これで春までぐっすりじゃな」
基本的によほど好戦的な魔物でない限り、冬眠中の動物達を襲うことはないらしい。これがどういう理屈なのかはまだ未解明だが、そういうわけなので寝てもらうことになっていたのであった。
「そうか……ま、それについてはそれで良いだろう。他には?」
「外側の調査隊もやっぱり手間取っておるのう。まー、そう言うてもソラは幸いトリンがおるからのう。思うより進めない、とあれが言うてくれておったおかげで、さほど困りはせんようじゃな」
「ま、彼の場合は実際にゃ数十年冒険者として動いてたからな」
トリンは言うまでもなくブロンザイトと共に数十年の月日を旅をして過ごしていたのだ。こういった雪山での経験も積んでおり、特にソラのような重武装の冒険者が満足に動けないことはわかりきった話だった。なのでソラにもそれを伝えており、ソラもそれを織り込んで行動していたようだ。まぁ、それでも新雪は彼の思う以上だった節はあり、後に思った以上だったと愚痴る彼の姿があった。
「さて……で、オレの方はというと」
「うむ。仕事じゃ……ソレイユより報告が入っておる。北西十キロの所にヤバい魔物じゃそうじゃ」
「まぁ、居るか。一体二体は」
「僻地じゃからのう」
基本的な話として、エネフィアで街が作られるための前提にして最大の条件は周囲の魔物が強いかどうか、という所がある。幾ら飛空艇があるからと言っても物資の輸送は基本は陸路だ。
そして魔物が強ければ陸路は使えない。魔物の平均ランクがランクCというのが、大凡街を作るための大前提――冒険者の平均と一致させないと護衛の確保が困難になるため――だった。であれば、ここはそれ以上の魔物が出ておかしくはなかった。
「わかった。行ってくる」
「頼む。おそらく、一度や二度では終わるまいて」
「だよなぁ……はぁ。ま、先に飯だ飯。せっかく温かい飯食えるんだから、さっさと食っちまおう」
「そうじゃな。温かいごはんは温かい間に食べてしまうに限る」
カイトの言葉にティナは一つ頷いて、自身も箸をすすめる。そうして、二人は昼食を摂って少しの休息を挟んだ後、午後の作業に進むことになるのだった。
さて、昼食を経て午後。カイトは昼の間の話を受けて、単身飛空術にて移動。現在冒険部が調査を行っているエリアから北西に十キロの所に向かっていた。
『にぃー。支援出来るけど支援要るー?』
「まぁ、幸いここらなら誰の目にもつかん。必要になったら言うよ」
『りょうかーい……うぅ、さむい……ユリィー。ちょっと通してー』
やはり動かない分、ソレイユ達は寒いか。カイトは通信機を介して聞こえるソレイユの声に、わずかに笑みを浮かべる。動かないと寒いのはどれだけ高位の冒険者でも一緒だった。
まぁ、そういうわけなので甲板にテントを設けているが、視界が遮られるので有事に備えて外は見える特殊なテントを設置していた。
「さて……そろそろのハズなんだが」
『もう一キロぐらい北に移動しちゃってるよー』
「あいよ……少し速度を上げるか」
ソレイユからの情報に、カイトは少しだけ加速して一キロを移動する。そうして眼下に広がる光景が完全な銀世界となって暫く。彼は魔物を見過ごさない様に、速度を緩めた。
「これで大体一キロだと思うんだが……見当たらないな」
『にぃ……そのまま聞いて。相手、にぃに気付いた』
「ほぅ……」
別に隠れて移動したつもりはなかったが、殺意等は隠して移動していた。油断しているのであれば先手を取ることは可能だと思っていたのだが、それでも相手は気付いたという。これが偶然か必然か、気になる所だった。
「偶然か?」
『ううん。多分、周囲一キロに入った時点で気付く様になってるんだと思う。右前の雪。ちょっとだけおかしいのわかる?』
「……あれ、か」
カイトは敢えて動きを見せぬ様に、視線だけでソレイユの案内に従って右前を見る。すると彼の鋭敏化した感覚と拡大した視覚が、わずかに煌めく緑色のなにかを捉えた。
「相変わらず思うんだが、あれを見えるお前らの感覚は相変わらずエグいな」
『最初から見てただけだよ。それまでは姿を出してたし』
「それでも、今もお前見えてるんだろう? そして、やろうと思えば狙撃も可能だ」
『まぁねー』
どこか得意げに、カイトの称賛にソレイユが胸を張る。目の大きさはおよそ十数センチ程度。これを、十キロ以上先からソレイユは見ているのである。相変わらず凄まじい視力であった。
『どうする? こっちからおびき出しちゃう?』
「先手はくれてやる……返り討ちにしてやる」
『りょうかーい』
カイトの返答に、ソレイユは手出し無用と判断する。そうして、カイトは地上に下りるとその場に留まって肩の力を抜く。様相としては一休み、という所だろう。
(魔物が隠れる場合、理由は二つ……交戦を避けるためか、先手を取るため。こいつは……かなり好戦的な雰囲気を出してやがる。明らかに先手を取るつもりだな。助かった。こいつが南下してきて調査エリアに入っていたら、被害を被ることになる所だったか)
やはりソレイユ達を連れてきて良かった。カイトは地球のどんな高性能なレーダーよりも遥かに高度な目を持つ二人の性能のありがたみを改めて噛みしめる。なお、北をソレイユが担当し、南はフロドが担当しているので別にフロドがサボっているわけではない。
(さて……どうする?)
カイトは肩の力を抜いて隙を見せながら、新雪の下に身を潜め機を伺う魔物の動きを待ち構える。そうして、彼の耳がわずかに蠢くなにかの物音を捉えた。
『ギャァアアアアアア!』
「はっ!」
三メートルほどの白い羽毛に覆われた魔物が新雪を吹き飛ばして現れると同時。カイトが刀を抜き放ってそちらを振り向いて迎撃する。そうして、魔物の爪とカイトの刀が激突。轟音が鳴り響いて、降り積もった雪が舞い上がった。
「はっ!」
魔物の爪を食い止めたカイトが、両手で持っていた刀を左手一つに持ち替えて空いた左手で魔物の腹を打ち据える。が、直撃したはずのその打撃はふかふかの羽毛に吸収されてほとんどダメージもなく吹き飛ばすだけに留まった。
「『暴れうさぎ』か。打撃はしくったな」
ずざざざっ、と新雪を吹き飛ばしながら急制動を仕掛ける魔物を見て、カイトはその魔物の名を看破する。魔物のランクはA上位。アル達なら激闘となるだろう魔物だった。そしてうさぎと形容される脚力を利用して、『暴れうさぎ』は急制動の反動さえ利用してカイトへと猛烈なタックルを仕掛ける。
その勢いたるや音速の壁を軽々とぶち破って、カイトへと肉薄する。無論、ランクAの魔物だ。単なるタックルではなく、魔力を潤沢に纏わせたタックルだった。これに、カイトは刀を消して腰を落とす。
「ふぅ……はぁー……」
目を閉じて呼吸を整え、総身に気を循環させる。そうして『暴れうさぎ』のタックルがあと僅かな所にまで肉薄した瞬間、彼がかっと目を見開いた。
「はっ!」
がしゃん。そんな轟音が鳴り響いて、『暴れうさぎ』のもはや鉄塊が如き魔力とカイトの拳が激突する。そうして、一瞬の後。カイトの拳が硬質化した『暴れうさぎ』の魔力を打ち砕き、その突進を食い止める。
が、これはあくまでも『暴れうさぎ』の魔力だ。本体には一切のダメージは与えられていない。故に自身の動きを止められた『暴れうさぎ』が即座に立ち上がり、諸手を挙げてカイトへと襲いかかる。
「ふぅ……」
まるで覆いかぶさる様に襲いかかる『暴れうさぎ』に向けて、カイトは再度腰を落として呼吸を整える。そうして、半身を引いて炎を纏わせた右の拳を突き出してその胴を打ち据えた。
「はっ」
どごん、という音が鳴り響いて『暴れうさぎ』の胴体に打撃が叩き込まれる。が、先にカイトも言っていたが『暴れうさぎ』には打撃は効果が薄い。故にダメージはほとんどなく、今回もまた大きく吹き飛ばされただけだった。しかしそこに、カイトは一気に追撃を仕掛ける。
「はっ! はっ! はっ!」
炎を纏わせた拳を以って、カイトが一打一打確かめる様にしっかりと腰を落とした連撃を叩き込んでいく。その一撃一撃が『暴れうさぎ』の白い毛を焼いていき、遂にはその肌を露わにする。そうして為すすべもなくカイトの連撃に晒された『暴れうさぎ』がわずかに浮かび上がり、そこでカイトは一つ深呼吸をする。
「こぉー……」
再度呼吸を整え意識を集中し。更に目を鋭敏にして、『暴れうさぎ』の体内の魔力の流れを見極めてコアを見つけ出す。
「……<<致命の一撃>>」
だんっ。だんっ。二つのまるで何かが打ち据えられるような小さな音が鳴り響いて、カイトが深く息を吐く。そうして、どぉんという音が鳴って地面に『暴れうさぎ』が倒れ込んだ。
「ふぅ……少しは身体が温まったかな」
『そのためにわざわざ打撃でやったの?』
「あったりまえよ。じゃなきゃ一撃で終わっちまうだろ?」
ソレイユの問いかけに、カイトは楽しげに笑う。そもそも拳を最も苦手とする彼が拳で戦っている時点でおかしい。単に苦手だからこそ一番動くことになるので、これで身体を温めていたというだけであった。そうして、『暴れうさぎ』を撃破した彼は素材の剥ぎ取りを行って後始末を済ませて、拠点へと戻ることにするのだった。
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