第2282話 未知の素材 ――達成――
エンテシア家の本邸にある書庫に収められていた情報をきっかけとしてレインガルドのメンテナンスエリアにて見つかった『天使の子供達』の女の子。
そんな女の子であったがしかし、一旦は現在の技術の拙さもあり目覚めさせるのは後のした方が良いとなり、女の子は眠ったカプセルごとマクスウェルへと搬送されることとなる。そうして、搬送から数日。カプセルは公爵邸地下の研究所にある一角に繋がれていた。
「これで完了と」
「まーた随分と物々しい雰囲気だな」
「そりゃ、しょうがあるまいて。お主もカナタの力は知っておろう? それよりも下とはいえ、どの程度の力を有するかは本当に未知数じゃ。どうなるかわからなんだこともあり、この程度の設備は整えておった」
やって来たカイトの呆れるような一言に、ティナが一つ笑う。当然の話であるが、幾らティナが天才でその下に集まっているのもその分野のエリート達だからと言えど、一朝一夕に設備が整えられるわけではない。
なので数ヶ月前から準備をしておく必要があることも少なくなく、今回用意されていた部屋の設備の多さを鑑みると前もって準備されていると考えた方が良さそうだった。そして事実、そうであった。無論、カイトも把握はしていた。
「それは聞いてたがな……まさかここまで物々しい雰囲気になってるとはな」
「まぁのう……とはいえ、それも致し方がなし。今はこの子しかおらぬが、下手すると数十のカプセルがここで一時保存される可能性もあった。それを鑑みれば、この規模と設備は必要じゃろう」
「そうか……これで終わりじゃないもんな」
すっかりどこかで終わったような感をにじませてしまっていたが、実際にはこの女の子は始まりの一人に過ぎない。ここから何十人と見付かる可能性は無いではないのだ。そう考えれば、物々しい設備にも納得が出来た。
「うむ。まぁ、一つ見つかったがゆえに、ここから設備にも改修を加えるつもりじゃ。次お主が来た頃には随分すっきりとはなるじゃろうて。これはあくまで渡された理論だけで作り上げた物じゃからのう。実際のカプセルを見なんだでは最適化も難しい」
「そうか……まぁ、必要に応じて申請は出しておいてくれ。こちらで適度に処理しておく」
「頼む……ああ、そうじゃ。それで例の件であったな」
当たり前であるが、カイトは多忙だ。その彼がわざわざこちらに来たのだから何かしらの理由があって然るべきだろう。そして現状はティナも忙しい。来意は予め伝えていたので、ティナの側も準備は終わっていた。というわけで、彼女は机の上に置いていた封筒をカイトへと差し出した。
「これじゃ。この中に情報が入っておる」
「助かる……これで、随分と時間は掛かったが約束を果たせそうだ」
差し出された小型の情報記録媒体に、カイトは一つ頷いて胸を撫で下ろす。この中に入っているのは、カプセルに寝かされている女の子の情報だ。これを取りに来たのであった。
「うむ……これでひとまずは良かろうて。兎にも角にもこちらの準備を整えるには『天使の子供達』の発見は必要不可欠な事柄であったからのう」
「ああ……これでファルシュさんが遺した情報を手に入れる事ができる」
カイトが思い出していたのは、ヴァールハイトの遺言だ。そこには『振動石』と思しき物質の鉱脈を知っているという話が記載されており、それを教える対価として『天使の子供達』を探す様に依頼されたのが全てのきっかけだった。それを、カイトもティナも忘れていなかった。
「そうじゃのう……ああ。余も向かおう。そっちにどんな情報があるか、余も気になる」
「そうか……じゃ、とりあえずあっち向かうか」
ティナの言葉を受けて、カイトはひとまず彼女と共に公爵邸の通信室へと向かうことにする。そうして連絡を取る相手は、皇帝レオンハルトだ。そして彼の方にもカイトが今日この時間に連絡が入れる旨は通っており、すぐに取次が行われた。
「陛下」
『マクダウェル公。ご苦労であったな』
「ありがとうございます……ですが、全てはこれからです。これで懸念事項でした『振動石』の鉱脈の情報を手に入れることができるかと」
『ああ……それで、情報の方は?』
「こちらに」
『そうか……わかった。中央研究所の方には俺の方から話を通しておく。すぐに向かってくれ』
カイトの提示した封筒を見て、皇帝レオンハルトが一つ頷いた。そうして彼と更にいくつかの手配について話を交わした後、二人は急ぎ皇都の中央研究所へと向かうことになるのだった。
さて、更に数時間後。カイトとティナは飛空艇より遥かに速い自分達の飛空術を使い、急ぎで皇都の中央研究所へと移動していた。実際の所、『振動石』はカイト達にしても未知の物質だ。
少しでも早く手に入れて解析を行い、洗脳対策を組み上げる必要があった。そしてその研究は国を上げて行われているもので、この中央研究所にその中心となる研究室はあった。
「お待ちしておりました。陛下よりお話は伺っております」
「ああ……例の端末を貸して欲しい」
「はい。こちらへどうぞ」
カイトの要望に、研究者の一人が早速とばかりに案内を開始する。そうして通されたのは、先のオプロ遺跡の動乱でヴァールハイトが遺した情報から発見された小型の情報端末だ。
「これが、例の端末です」
「良し……ティナ」
「うむ」
カイトの指示を受けて、ティナは先に用意しておいた記録媒体を端末に接続する。そうして電源を立ち上げると、周囲の研究者達が静まり返る。
「これで行ける……のか?」
「さぁ……だが、今までは立ち上がりはしたもののそこで終わりだった」
静まり返った研究室の中で、研究者達が小声で話し合う。この端末はヴァールハイトが遺したもので、立ち上がりはするもののそこから先が進まない様に特殊な処理が施されていた。
ティナも中の情報を取り出せないかやってみたものの、特殊な処理が施されていて失敗が続くと中の情報が完全に抹消されてしまうシステムが組まれていたらしく、正規の方法で立ち上げるべきだろう、となったのだ。というわけで、固唾を飲んで見守る研究者達を横目に、カイトがティナへと問いかける。
「読み込みはどうだ?」
「上手くいっておるな……やはり推測通り、システムの立ち上げに関わる部分がごっそり削られておったようじゃ。その部分をカプセルのシステム立ち上げの処理部分で代用することで、立ち上げられる様になっておる様子じゃ」
「となると、これでなんとかいけそうか」
どうやら現状はなんとかなりそうな状況らしい。カイトはほっと胸を撫で下ろす。それにティナも同意した。
「そうじゃな。これで問題ないじゃろうて……良し。案の定、立ち上げの処理が出来たぞ」
「良し……これで次の行動に入れるか」
ぶぅん、という音とともに立ち上がった端末を覗き込み、カイトはわずかに気を引き締める。そうして立ち上がった端末の画面に、ヴァールハイトが映し出された。
『やぁ、カイトくん。おそらくこれを真っ先に見るのは君だろうね。なので初回起動時にのみ再生される様に、敢えて君に向けてメッセージを遺させて貰ったよ。おめでとう。そしてありがとう。依頼を達成してくれて……信じていたよ。君ならなんとかしてくれるだろう、ってね』
ぱちぱちぱち。手を叩きながら、ヴァールハイトはカイトに向けて笑顔で感謝を述べる。そうして、そんな彼が再度口を開く。
『さて……まぁ、いつもの私の流れなら、ここらで我が最愛の娘について聞いているんだろうけれども。君に任せているから問題はないだろう。それとも孫でもできちゃったかな? それはそれで色々と言いたいけれど……そんな冗談が言っていられるかもわからない。だから、手短に本題に入ろう』
いつもの調子で話を始めるかに思われたヴァールハイトであるが、どうやら彼も状況はわかっていたらしい。一転して真剣な顔に変わる。
『君の求めている情報だが、そちらについては地図を用意させて貰った。口頭で言っても、地図よこせ、となるだろうからね。こちらもパスワード付きのフォルダだから、下手に見られることは無いはずだ。パスワードはカナタにいつものパス、と言えば通じるよ』
「む……」
「ああ、それならわかってる。少しキーボード貸してくれ」
一瞬手を止めたティナに、カイトは手を伸ばしてキーボードに手を乗せる。それに、ティナがわずかにズレて入力しやすい様にしてくれつつ問いかけた。
「なぜお主知っておるんじゃ」
「前に雑談半分でカナタが話してたの覚えてた……お父様は基本お母様の名前をパスワードにしてたってな。つっても当時の文字で打ち込まないといけないから多分オレかカナタ、シャルじゃないと打ち込めないだろう……良し。これで……」
カイトの打ち込んだパスワードを認識し、端末がフォルダを開いて中身を表示させる。そうして映し出されたのは、いくつかの資料と一つの地図だった。そのうち、地図をティナは表示させる。
「良し……出たぞ」
「レガドに残されていた地図と同じ地図か。若干今と地形が違うが……」
「うむ。こちらであればすでに比較検証が出来ておるから、持ち帰って比較させれば良かろうて」
「それは頼む」
当時の地図と今の地図が若干異なっているのは以前にレガドから貰った地図で把握済みで、その際にすでに現代の地図に当てはめればどうなるかもわかっていた。なのでそれを下にして今の地図に変換することは可能だった。
「うむ。それについては急ぎ、手配を行おう。数日中にはできるはずじゃ」
「わかった……こちらは陛下にその旨を伝え、すぐに動ける様に手配する」
「そうせい……で、他の資料じゃが……ふむ……」
何があるんだろうか。ティナは地図と共に残されていた資料のいくつかを展開し精査する。そうして少しして、カイトへと要約してくれた。
「端的に言えば、この資料はヴァールハイトが各所で関わった非合法組織の情報じゃな。一部には発見されている遺跡の話もあった。また、それに伴うアクセス用のアカウントもあった。どの程度有効かはわからぬが、とも記されておったがのう」
「そこらは試してくれ、というわけか」
「じゃのう。如何せん捕らえられたことと大戦により情報が動かせぬ状況が続いておったことで、未確認の事柄が多くなってしまっておるようじゃ。ま、こっちはおまけという所かのう」
「そうか。なら、有り難くいただくことにしておこう」
ティナの言葉に、カイトはそれならそれで貰っておくかと判断する。どの程度使えるかは未知数だというのだ。ならばあまり過度な期待はせずに、使えれば儲けものと考えておくのであった。というわけで、そこらの情報を貰えるだけ貰っておいて二人は皇都の中央研究所を後にすることになるのだった。
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