第2279話 過去を求めて ――発見――
『天使の子供達』の情報を求めてきたレインガルドにて、いくつかの情報を手に入れたカイト達。そんな彼らはその一つであるゴーレムのメンテナンス用カプセルにまぎれて『天使の子供達』が運び込まれたのではないか、という推測を立てると、いくつかの情報を下にレインガルド外郭にあるメンテナンス用エリアに運び込まれたカプセルが怪しいという推論を立て行動に入っていた。
そうしてたどり着いたメンテナンス用のエリアの前では情報にない鍵が取り付けられており、不用意に『天使の子供達』を交戦状態にしてしまう可能性を鑑みカイトは一旦ティナによる解錠を待つことになっていた。というわけで、ティナによる遠隔での解錠を待つことおよそ一時間と少し。なんとか解錠できる状態になっていた。
『良し。これでなんとかじゃな』
「お前にしちゃえらく時間が掛かったな」
『流石に余も古代魔術てんこ盛りかつ高度な魔術てんこ盛りの鍵の解錠を一足飛びにやれるわけでもない。やりたいわけでもないしのう』
ラナリア文明の魔術は現代の魔術と若干体系的には異なっている。そして系統であればティナも現代魔術に所属しているため、別文明の魔術であることもあって慎重な解錠を行っていたようだ。まぁ、それでも彼女でなければ本来は高位の魔術師でも一日二日掛けてもおかしくない難易度で、カナタはカイトとは逆の意味で驚いていた。
「いえ……私からすればこれを一時間や二時間で解錠してしまう方が驚きよ。当時、オプロ遺跡にこの鍵の製作者の一人が居たのだけど……ニヤニヤしながら一週間あっても解錠出来ないね、とかほざいてたわ」
『流石にそこまでは掛からぬよ』
「まぁ、確かにそれは盛りすぎとは思ったけれど……それでも、一日二日は掛かっても不思議はないでしょう」
『そこは、余は天才じゃからのう』
カナタの呆れとも称賛とも取れる言葉に、ティナはどこか満足気に胸を張る。実際、この使われている鍵にはいくつもの革新的な仕掛けがあった、とのことではあった。が、それでもあっさり解錠出来たのにはそれなりの理由があった。
「単にお前が何度か見たことがあったってだけだろ……オレが言ったのは何度目かの解錠なのに時間が掛かってたことに対して、だ」
『まぁの……とはいえ、この鍵は前にも言うたがかなり画期的な仕掛けがいくつも施されておってのう。余も急ぎでなければ一時間は掛けたい』
「あら……存外あの男、口だけじゃなかったのね」
『それは認めてやっても良いじゃろうな。画期的な仕掛けも本当に画期的で、一度解錠に失敗すると最初からやり直しになるような仕掛けもある。故にどこかで凡ミス等をせぬ様に慎重にやらねばならんかったり、といやらしい仕掛けがたくさん設けられておるな』
「そこは、あの男らしいかしら」
ティナの言葉に、カナタは開発者の一人のことを思い出して笑う。とはいえ、そんな鍵により封じられていたのだ。相当に厳重な何かが封じられている可能性は高そうだった。
「そこはそれとして、だ……ティナ。終わったんだな?」
『うむ。これで中には入れよう……が、十分に注意せいよ』
「わかってる……流石にカナタほどは想定したくないがな」
「嬉しいわね」
自身の方を上に見て警戒をしているカイトに、カナタが笑う。そうして、そんな二人は一度気を引き締めると扉を開ける。
「……これ、は」
「あら……愛らしいわね」
「お前もほぼほぼ同年代に見えるがね。ティナ……天使を見付けた」
息を呑んだカイトであったが、その後カナタの言葉に肩の力を抜いてティナへと報告を入れる。部屋の中にあったのは、三つのカプセルだった。
『天使のう……目標発見、で良いか?』
「ああ……年齢はミドルティーン……いや、ハイティーン程度……か? 小柄かつ顔立ちが幼いからそう見えるだけかもしれん」
『数は?』
「天使は一人。カプセルは三つ」
カイトは見たままを答える。これに、ティナが問いかける。
『残り二つは?』
「横二つはゴーレム……か? 多分な。小天使とでも名付けるか?」
『まぁ、それで良かろう。では、小天使と情報に登録しておくぞ』
「いや、冗談だったんだが……カナタ。風でホコリを吹き飛ばす。少し離れてくれ」
「ええ」
二千年以上、ここで放置されていたのだ。ホコリがかなり積もっており、細部まで確認するためにはある程度ホコリを飛ばしてやる必要があった。というわけで、カイトの巻き起こした風でホコリが壁の端っこへと集められ、それとは対照的にカプセルはキレイになった。
「ふむ……横のカプセルはやはりゴーレムか。ただ、意匠としては天使に近い」
『おそらくサポートする物という所かのう。所詮小勢。多勢には敵うまい……むぅ? 変じゃのう』
「どうした?」
元々声音には何かしらの変な様子があったが、ここに来てふと呟いたティナにカイトは僅かな警戒を露わにしながら問いかける。これに、ティナが少し慌て気味に首を振った。
『ああ、いや……すまん。通信に妙なハウリングが生じておってのう』
「ハウリング? 何かトラップに引っ掛かったか?」
僅かな警戒を見せながら、カイトはティナへと問いかける。ここはレガドにさえ情報が隠匿されていた場所だ。誰も知らないトラップが仕掛けられていても不思議はなかった。
『いや、そうではない。これは……うむ。信号が二重に返ってきていることで起きている現象じゃな。こういうことは起こらぬ様に中継機はセッティングしておるが、そちらのトラブルかと思うたんじゃが……』
「中継機の問題じゃない、と」
『うむ。と言っても、おそらくじゃがな』
遠隔で中継機の調整を行いながら、ティナは一つ首を振る。そうして何が起きているか見守ることになるわけであるが、暫くしてティナが結論を下す。
『うむ。やはりこれは信号が二重になっておるからではないな。中継機からの信号とお主らの通信機からの直接の信号がこちらに返ってきておる』
「ということはつまり?」
『お主らの居る場所は外じゃ。遺跡から出ておる。境目はおそらく、先の通路じゃろうな』
「外?」
カイトはティナの言葉に、後ろを振り返って扉を見る。どうやら気付かぬ内に外に出ていたらしい。とはいえ、これは単に事実を述べられただけだ。故にカイトはその理由が気になったようだ。
「だが、なぜ外なんだ?」
「おそらく、ここから出撃するためでしょうね。後は……遺跡のシステムに巻き込まれない様に、かしら。何が起きるかわからないもの」
「ああ、なるほど……確かに『天使の子供達』は未知の存在。何が起きても不思議じゃないか」
カナタの推論に、カイトは一つ頷いて納得を示す。先程まで二人が居たレインガルドの迷宮には24時時点で中の状態を下に戻すという仕掛けが施されている。それがどれほど高度な技術なのかはわからないが、それが『天使の子供達』にどのような影響を与えるかはわからない。外に出しておこう、という判断はわからないではなかった。
「……そうだ。それならここから外に出られる出入り口みたいなものはあるのか? ここから出撃するんだろう?」
『む……そうじゃのう。カナタの推測が正しければ、ここから出ることは不可能ではあるまい。レガド。何かわからぬか?』
『少し調べてみます』
『頼む……ああ、そうじゃ。普通に調べても無理じゃろう。調べるのなら、エネルギーの流路から確認せよ。おそらく普通には見付けられまいて』
『わかりました』
ティナの助言を受けて、レガドが魔導炉から蜘蛛の巣よりも遥かに分岐して各所に送られるエネルギーの流路の確認を開始する。とはいえ、それもどこからどう送られているかわからないような話だ。相当な時間が掛かることとなった。
「……ふぁー……」
『……検索完了。見付かりました』
「ふぁ……っと。あったのか?」
『ええ……かなりの分岐の先に』
このレインガルドは巨大な施設だ。故に流路も無数と言って良いほどに分岐しており、その末端も末端にたどり着くとなるとレガドでも相当な時間が掛かってしまっていた。が、カナタの推測通り見付かったらしく、彼女がカイトへと告げる。
『扉から正反対の壁際に隔壁がある様子です。また、流路から確認するとその更に先に部屋が一つあり、更にその先に少しの通路があって外に通じている様子です』
「この壁か……カナタ。何かわからないか? お前も一応『天使の子供達』だろ?」
「どうかしら……反応してくれると良いのだけれど」
カイトの求めを受けて、コナタと入れ替わって掃除をしていたカナタが再び意識を彼女に戻して壁に近づく。すると、唐突にかこっという音が小さく響いた。
「あら? 何か……聞こえた?」
「みたいだな……ここら辺……か」
どうやらあまりに小さな音かつ動きも見えなかったことで、掃除中のコナタも気を抜いていたカイトも気付かなかったらしい。意識を集中すると聞こえた音を受けて、カイトが音の鳴った近くを確認する。すると、壁の一角に僅かな切れ目があることに気が付いた。
「これは……なんだ? よっと……っ、硬いな……んっ……」
どうやら蓋らしい物が上に上がろうとして、しかし何かが引っ掛かったことで正常に動かなかったらしい。カイトはわずかに見える切れ目に小型のナイフを突っ込んで強引に蓋を持ち上げる。
「よしっ! 開いた」
「スイッチ?」
「みたいだな」
自らの肩越しに覗き込んだカナタの言葉に、カイトもまた同意する。開いた蓋の下にあったのは、カナタの言う通りスイッチだ。と言っても押し込むようなスイッチではなく、手を乗せて反応するようなタイプらしい。しかしそれにカイトが手を乗せてみても、何ら反応は示さなかった。
「……ダメだな。カナタ」
「はい……まぁ、そうでしょうね」
カイトが無理で続いてカナタが手をかざすと、まるで自然と隔壁が開いた。どうやら『天使の子供達』に反応して扉が開く様になっていたらしい。
カナタがでしょうね、と言ったのはこのスイッチの隠された蓋が自身が近づいたことで反応していたことから、推測したのであった。とまぁ、それはさておき。そうして開いた隔壁の先には、いくつもの武器が収蔵されていた。
「ここは武器庫か?」
「ドレスルーム、と言ってあげて頂戴な」
「あー……お前にとっちゃそうだろうな」
元々『天使の子供達』とはカナタをモデルとして作られている物だ。なので彼女と同じく魔導鎧に似たドレスという形でいくつも用意されており、ここはその更衣室といった所であった。
「……ティナ。外へ出られるルートは確保した。どうする?」
『どうする? 何がじゃ?』
「起こしてやるか否か、という所だ」
『わかりきったことを聞くでないわ。起こさぬに決まっておろう。何が起きるかまだ未知数じゃからのう……とはいえ、そこの場所は掴めた。余もそちらへ向かおう』
外に出られたことにより、どうやらティナの側からもこちらの正確な居場所が掴めたらしい。遠隔で色々とやるより、と考えたようだ。というわけで、カイトとカナタの二人はティナが来るのを待つことにするのだった。
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