第2277話 過去を求めて ――痕跡――
『天使の子供達』の情報を求めてレインガルドへやって来ていたカイト達。そんな彼らであったが、当初は手がかり無しに思われたもののふとした事をきっかけとして『天使の子供達』用に調整されたメンテナンス用のカプセルを探す事で痕跡を探る事になる。というわけで、ティナが調査を開始した一方でカイトは地下港から精錬施設に戻っていた。
「で、戻ってきたは良いんだが。見付かりそうか?」
「難しい話じゃのう。これが困った話で当時のニムバス研究所の所長がどこまで『天使の子供達』について知っておったか、という所で隠蔽の度合いが異なってきおるんじゃが……」
「んー……そういえばそこで一点気になったんだが、当時の所長は確か死んでたよな?」
ティナの言葉に、カイトはふとした疑問を呈する。ルナリア文明や古代ラエリア文明の崩壊の全ての発端はここで起きた召喚術がきっかけだ。それそのものが成功したのか失敗したのかはもはやわからないが、そこで地球より何かしらの神が召喚され研究に参加していた研究者は軒並み死亡していることが確認されている。そして所長は操られたというのが、レガドからの情報のハズだった。
「おお、それか。すまんすまん。それなんじゃが、以前の大陸間会議の後に情報の洗い出しを行ってのう。そこで一つわかったことがあるんじゃ」
「わかったこと?」
「うむ。これは至極当然の話じゃったんじゃが、所長がおらぬ様になったとてそれで終わりというわけではあるまい? 後任の所長がおったのよ。ここでの所長はその後の所長じゃな。とどのつまり、戦中ここの所長を勤めた者というわけじゃ」
「あ、なるほど……」
確かに言われてみれば尤もだ。邪神召喚による影響でこのレインガルドは多大な被害を負ったものの、施設そのものはまだ動かせていた。そしてその施設もかなり重要な物があり、当時のルナリア文明の上層部としても捨て置くことはしなかったのだろう。
「うむ。それで調べてみると、当時の所長の妻……ミトラ殿の先祖が所長に収まったんじゃ」
「妻も研究者だったのか?」
「うむ……これは道理じゃが、常に移動するレインガルドに通信も出来ずに発見するなぞ困難を極める。当時の情勢として、ここに新しく研究員を送り込むことも難しかったんじゃろうな」
先にシャルロットが言及していたが、ルナリア文明はエンデ・ニル召喚から二年でほぼほぼ崩壊したと言い切れる状態になっていたという。となると、当時の者たちからすればあっという間に他の施設も乗っ取られるなり崩壊したと見て間違いはなく、確かにその余裕はなさそうであった。
「なるほどね。それで先代の所長の妻がスライドした、と」
「うむ。幸い早々に邪神が去ったことで洗脳等の影響も限定的となり、他より被害が出なかった様子じゃのう。で、その後はその所長の妻を中心として擬似的なアーコロジーとして再建。今に至るというわけじゃ」
『彼女の専門は農学系でしたので、アーコロジーを建造するのはさほど苦労しなかった様子です。他にも召喚術に関係がさほど無い研究者達の多くは生き延びていましたので、生き延びることは可能だったのです。特に水の浄化を研究していた研究者達と彼女の生存が、アーコロジー化に多大な貢献を果たしました』
ティナの説明を引き継いで、レガドが補足説明を入れる。そしてそういうわけで戦いが終わった後もアーコロジー化したことでここを離れる意味がなくなった。更には外が完全に崩壊状態となっていたこともあり、より住みやすいこちらへの定住を決めた者も多かったそうである。
「そうか……それはわかった。とはいえ、そうなると今度はその後任の所長がどこまで『天使の子供達』について知っていたか、か」
「それなんじゃが……おそらく知るまいな。専門分野を鑑みても、ここで行われていた幾らかの極秘研究には携わっておるまい。まぁ、夫が夫じゃから完全に知らぬということもなかろうが……戦中に研究が開始された『天使の子供達』計画は知らぬじゃろうて」
「そうなりそうか……一応聞いておくんだが、その後任の所長はここや地下のハンガーは知ってたのか?」
高確率で知らないだろう。そんな推測を立てたティナに、カイトは精錬施設等を知っていたか問いかける。それ如何でどの程度彼女がわかっていたかが変わってくる。これに、レガドが答えた。
『この地下については存じておりました。と言っても、来られたのは数度。監視カメラのログによると、戦中も一応何度か地下のハンガーへ立ち入られております』
「何をしにだ?」
『詳しくは情報が破損していたのでわかりませんが……飛空艇を出迎えに向かわれていた様子です。物資の積み下ろしと積込みに立ち会われていたのが確認されています。積み込まれた物資はここで精錬された魔金属各種です』
「ふむ……この精錬施設は何時まで動いていたんだ?」
『戦後まで動いていました……が、大半は素材が切れたことで自動停止しています』
「なるほど……となると、輸送艇が来た際に政府の伝令等が来たあたりか……」
当時はすでに通信網が寸断されている状態だ。なので情報の伝達は全て紙面や口頭でしか出来ず、使者が来ても不思議はない。その使者が見えたということで地下港へ行った可能性は十分にあり得た。そこを想像し、カイトは一つ問いかける。
「飛空艇が来た際には常に立ち会っていたのか?」
『いえ。飛空艇到着後、暫くして来たこともあれば来なかったことも少なくありません』
「おそらく、お主の想像通り使者が来たという連絡を受けてじゃろう。それ以外は逐一自身で立ち会う必要なぞ無いからのう」
「か……ということは立ち会っていない積み込み時に運び込まれた可能性はあるか」
『かと』
「じゃのう」
カイトの言葉に、ティナとレガドが揃って同意する。というわけで今はその物資の搬入のログを調べている所だそうであった。そうして、カイトはひとまずその結果を待つことになるのだった。
さてカイトとカナタが精錬施設に戻ってきてからおよそ二時間。二人は手持ち無沙汰であったこともあり情報の精査に協力していたのであるが、その甲斐もありある程度の成果が得られることになっていた。
「うむ。これで良かろう。レガド。後の情報の精査は追って頼む」
『かしこまりました』
流石におよそ十年の情報を全て精査することは一日二日では難しい。なので現時点では飛空艇の発着が行われた場面のみを抽出して確認し、気になる情報を取り出していた。というわけでリストアップした物資のリストとその搬送先をメモしたメモに、ティナは目を落とす。
「さて……この中にあたりがあれば良いんじゃがのう」
「無いと、情報そのものが完全に偽られてしまっていることになるな」
「それもあり得るから辛い」
カイトの指摘に、ティナはため息混じりに首を振った。やはり相手は『天使の子供達』という非人道的な存在だ。飛空艇の発着の情報等も偽られ、運び込まれたことそのものが隠されてしまっている可能性はあった。
それもレガドが無事ならわかったかもしれないが、当時の彼女はシステムダウンによりサブのシステムが代行していた。どうにでも偽ることが出来た。というわけでそこに頭を痛めたティナであったが、一転して気を取り直す。
「まぁ、それは良い。ひとまず現状でわかっている情報を下地として、今もそのメンテナンスポッドがあるかどうかを調べた方が良かろう。レガド。前にも聞いたが、各所にあるゴーレムのメンテナンス用のエリアは入れるんじゃな?」
『ええ。おかしな話ですが、メンテナンス用のゴーレム達のメンテナンスは最終的には人力になりますので……』
「それはしゃーない。メンテナンス用ゴーレムのメンテナンス用ゴーレムのメンテナンス用ゴーレム……なぞやっとると延々ループするだけじゃ。費用対効果を考えればどこかしらで人の手は必要になる」
少し楽しげなレガドに、ティナは物の道理を説く。そしてそういうわけなので、メンテナンス用のゴーレム達のメンテナンスや破損が激しいゴーレムは当時の研究者達の手で修理することが可能になっていたらしく、そういった区画が設けられていたらしい。
それについてはレガドからの情報提供でティナや<<無冠の部隊>>技術班も立ち入っており把握していたが、全てに立ち入ったわけではないらしかった。
『はい』
「うむ……では、カイト」
「あいよ。行動開始だな」
皆まで言うな。自身も精査に参加していたこともあり、カイトも大凡の流れが掴めていた。なのでティナの言葉に彼は椅子から立ち上がる。これに、ティナもまた頷いた。
「うむ……今回追ってもらいたいのは、この搬送先がわからぬメンテナンス用カプセルじゃな。数は三。日時としては神話大戦後期で、『天使の子供達』計画が始動して暫くの頃合いでもある。可能性としては十分にあり得ると言って良かろう」
ティナはそう言うと、モニターに当時の搬送状況を映し出す。そこには丁度人が入れるぐらいのメンテナンス用のカプセルがいくつも運び込まれる様子が映し出されていた。これに、カナタが指摘する。
「三つ以上ある様子だけれど?」
「うむ。この内幾らかは普通にメンテナンス用のエリアに運び込まれておる……が、ここで気になったのはこのメンテナンス用のカプセルの形状が数個異なっておってのう。しっかり見るとわかるんじゃが……」
「型式の差とかじゃないかしら」
「それも十分にあり得るが……まぁ、ひとまずの手がかりとしては良かろう」
カナタの指摘に、ティナは困り顔で笑って首を振る。全て推測に過ぎないといえば推測に過ぎないが、手がかりが無いのも事実だ。一つ一つ手探りでやっていくしかなかった。そんな彼女はカナタの指摘に首を振ると、改めて話の軌道修正を行った。
「それで、話を戻そう。この後、このメンテナンス用のカプセルは幾らかに分けて各所に運び込まれた。この内、先に話した三つ以外は大凡どこに運ばれたかは掴めておるんじゃが……この三つだけはどうにも行き先がわからんかった」
『無論、これについては情報が破損している可能性はあり得ます。その点はご了承ください』
ティナの言葉を更にレガドが補足し、謝罪する。これについてはなにせ二千年以上も昔の情報だ。ある程度残っているだけでも有り難いのであって、完璧に残っているなぞ期待する方がおかしいだろう。というわけで、カイトもそこまで期待はしていなかった。
「構わんさ。そこらの情報が残っていたのなら、今頃調査も終わってるだろうからな」
「うむ……まぁ、とりあえずは実際に行ってみて確認するしかあるまい。一応、同日の搬送ルートを幾らか洗い出し、運び込まれたと思われるエリアを大凡は割り出せておる。まずはそこに向かってくれ」
「あいよ……で、どこなんだ?」
カイトとしても行動することに異論はない。なので彼は行き先を問いかける。これに、ティナは今度はレインガルドの地図を呼び出させた。
「ここじゃ。第二層の外郭に一番近いメンテナンスエリアじゃ」
「わかった……カナタ」
「ええ」
カイトの要請を受けて、カナタもまた立ち上がる。そうして二人は精錬施設を後にして、改めて上層階へと戻ることにするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




