第2274話 過去を求めて ――地下の地下――
エンテシア家の本邸で手に入れた『天使の子供達』の情報を基にして久方ぶりに訪れたレガド。その地下にある未踏破領域である精錬施設の探索を行う事になったカイト達であるが、まずはシャルロットの案内で施設全体の制御を行う制御室へと足を運んでいた。
そこで施設全体の情報を手に入れた一同は、ティナをそこに残してひとまずは施設全体の確認を行いながら『天使の子供達』に繋がる痕跡が無いか確認を行っていた。
「ふむ……」
「何かある? 団長さん」
「なーんにも無いといえばなんにも無い。設備機器はあるが……後は、途中で何かしらの事情で動きを止めたらしい整備用のゴーレムぐらいか」
カイトは足元に転がる整備用のゴーレムを足で突っついてみる。が、動きは見せず反応は梨の礫であった。とはいえ、それも宜なるかな。整備用のゴーレムのど真ん中には大きな鉄板が突き刺さっており、完全に内部を貫通している様子だった。
「どこから来たかはわからんが……おそらくどこかの設備か足場かがぶっ壊れてぶつかったんだろう。それか、衝撃でこのゴーレムが吹き飛ばされて叩きつけられて壊れたか……いや、それは無いか」
「壁にぶつかったならそこが割れるはずだから、という所かしら」
「そんな所だな。明らかに刺さったような感じだ……まぁ、こんな推測に意味は全く無いがな」
カナタの推測にカイトは一つ頷くと、動かない整備用のゴーレムを持ち上げる。大きさとしては一抱えという所で、完全に金属製なので重さもかなりのものであるが、魔術で身体能力を底上げしているカイト達にとっては紙くずも同然の重さであった。
「ティナ。こいつどうする?」
『うーむ……メンテナンスルームにも動きを止めておるゴーレムがいくつかあるとの事であったから、別に回収する必要は無いが……まぁ、粗大ごみとして出すにしても放置しておく必要もあるまい。とりあえず回収しておいてくれ』
「あいよ」
ティナの指示に従って、カイトは整備用のゴーレムを異空間に収納しておく。どうやら完全に破損して放置されて長いからかゴーレムという概念を失っている様子で、何ら抵抗も無く収納出来た。
「良し……」
『それで、そちらは何かありそうか? 他の所では一応精錬途中らしい素材やらが幾らか見つかっておるそうじゃが』
「こっちも似たようなもんだ……デカイ装置がいくつか、って所でな。途中になんか金属みたいなのがゴロゴロと転がってるし、地面にも落ちてる」
『デカイのは性能の関係じゃろうて。最下層では魔鋼鉄を精錬しておったそうじゃ。落下しておるのはその精錬途中の物が落ちたんじゃろう』
「サンプルとして回収しておくか?」
カイトは床に落下しているいくつかの金属の塊を見ながら、ティナへとどうするか問いかける。これが何なのかは全くカイトにはわからないが、必要なら回収する分には一切の問題はなかった。
『見た目、どんな感じじゃ?』
「んー……なんだか火で炙られてそのまま放り出された酸化鉄みたいな感じか。サイズは……15センチほどか。金属っぽくはあるが……なんだか少しボロいな」
『なら、一つ回収しておいてくれ。もしかするとそれが偶然にも良い塩梅で残っておる物なのやもしれん』
精錬がどのような行程を経て行われるのかはティナにもわからない。わからないが、その途中でこぼれ落ちた物である事だけはわかっている。ならば元来の素材より遥かに脆い状態になっている可能性は十分にありえて、それ故に壊れて試料としての価値を失わない様にしてほしかったようだ。というわけで、カイトはその黒い金属の塊も一つ回収しておく。
「良し。回収出来た」
『すまんの……で、何か扉やらは見つかったか?』
「いや、今の所は何も……カナタ。次はどこへ向かうんだ?」
「あっちね。あっちに、秘密ドックがあるわ」
カイトの問いかけに、カナタは地図を投影しながらそちら側を指差した。しかしこれに、カイトが首を傾げる。
「秘密ドック?」
『当然じゃが、精錬した素材は運び出さねばなるまい? それをあの小さな扉から出すのはなかなかに難しい。なので最下層の更に下に飛空艇をドッキングするための地下港のような物があってのう。そこを介して、物資のやり取りをしておったそうじゃ』
「なるほどね……じゃあ、そっちへ向かうか」
ティナからの補足説明に、カイトはひとまずそちらに向かう事にする。その道中で何か見付かれば良し。見付からずとも探索は出来る。そうして道中色々と確認しながら向かうわけであるが、やはり区画そのものが隠されている関係でイマイチ成果は上がらなかった。
「というか、今更なんだが……」
『なんじゃ、藪から棒に』
「普通に考えてこれだけの人数でここの調査って厳しくね?」
『そりゃわかっとる……が、その区画に大人数で乗り込んでいって何かがあったら大損じゃ。先遣隊として何があるか、と見ておらんとどうにもならんじゃろう』
カイトの指摘に、ティナも同意は示しながらも道理を口にする。今回、最初の突入時点で想定された最悪の場合の敵戦力はレインガルド地下遺跡最下層を守るゴーレムに加え、『天使の子供達』の軍団だ。
そこから生還するだけで良ければ<<無冠の部隊>>戦闘班を連れていけばどうにでもなる。が、周囲の設備に被害を与えないように戦いつつとなると、一気に話は異なる。大勢で乗り込んで戦線を広げるより、小勢で臨んで見付からない様にした方が良いと判断されたのであった。
「あー……そりゃそうか。ここだけに限れば、レガドの情報も当てにならんのか」
『秘匿区画じゃからのう。情報が偽装された上で保存されておる可能性は十分にあり得た』
「はぁ……まぁ、この様子だとひとまず戦闘は起こり得そうにないか。あくまでもここに限った話であれば、だがな」
『そうじゃのう……そこの区画までであれば、調査隊を送っても良かろうて』
「だろうな……反応は一切無し。ジャマーなんかの反応も同じく無し」
カイトは手のひらに魔術を使ってみて、何ら一切発動を邪魔する物がない事を改めて確認する。こういった秘密区画だと、魔術の発動を邪魔するような結界が展開されている事がある。しかしここにはそういった兆候は一切見受けられなかった。
「それは多分仕方がないわ。あそこらへんにある装置。お父様も使っていた装置なのだけど……調整が結構難しいそうよ。ジャマー類が展開されて調整が無駄になったら嫌でしょう」
「あれは……何する魔道具なんだ?」
おそらく何かしらの作業を行っていたが、邪神の出現に伴う緊急避難であわてて逃げ出したからだろう。調整用の装置がそのまま放置されていた。
「出力と波形の調整よ。でもこういった装置の出力調整をあんな小さな装置でする事はまずないから、おそらく波形の調整ね。私も魔力波形が変調をきたした際、あれでチューニングされた事があるわ」
「あんなので?」
「臨時よ臨時……今はもう変調をきたしてもコナタと二人で制御出来るから、必要無いわ」
あんなので人体の魔力波形を調整出来るのか。そんな訝しみを得たカイトに対して、カナタが笑って肩を竦める。あくまでも緊急事態だからやった事で、後に装置を解析したティナ曰く彼女もどうやったかさっぱりとの事であった。
「そうか……それはさておき、だ。あれを使って何か規定の波形にして装置を運用していた、というわけか」
『ふむ……興味深いのう。確かに魔力の波形の変化に伴う魔金属系素材の変容や変質はまだ未発達と言わざるを得ん分野じゃ。そこらの詳細な研究資料があるのなら、ぜひとも欲しい物じゃのう』
「ここにあると思うか?」
『ないじゃろうな。まぁ、とはいえ。おそらく調整していた波形のデータぐらいはあるじゃろう。そうせねば調整も何もあったものじゃないからのう』
無いだろうな、という様子で問いかけるカイトに、ティナもまた同意する。二人共、ここはあくまでも実験結果を用いて作られた精錬設備のみがあると思っていた。もし上の研究施設にあればここの事もわかっているはずだからだ。
「か……ああ、地下港前にたどり着いた」
「封じられている……様子も無いわね」
コンコン。カナタは港に通じているらしい作業用エレベータの扉を叩きながら、普通に動かせそうだと判断する。それを見ながら、カイトが周囲を見回す。
「作業用エレベータは良いが……コンソールは?」
「あそこね。どうやら下に移動しているみたいね」
「良し……ティナ。開けて大丈夫か?」
『というより、そうせねば先に進めんじゃろう』
「いや、罠とか何か無いか、って話なんだがね……」
『それこそやってみにゃわからんよ』
カイトのつぶやきに、ティナは笑いながら行動を促す。というわけで、カイトは試しにカナタの見付けたコンソールを使って作業用エレベータを呼び寄せる。そうして数分待つと、音も無く作業用エレベータが現れた。
「……広いな。作業用だから当然なんだろうが」
「でしょう」
とりあえず何かが待っているという事はなかったらしい。カイトとカナタはひとまず警戒しながらも、作業用エレベータに乗り込んだ。そうしてそれが動く事暫く。作業用エレベータは地下に設置されているというドックへとたどり着く。
「到着した……大凡数百メートル級の戦艦が接続出来そうだ」
『……』
「ティナ? ダメか。レガド……こっちも、か」
どうやらここの一角は通信が完全に遮断されているらしい。カイトの呼びかけに通信機が反応を示す事はなかった。と、そんな所でカナタがカイトへと告げる。
「団長さん。あれ……あそこの管制室に繋がる扉じゃないかしら。あそこなら、通じるんじゃない?」
「なるほど……確かにそれはあり得るな」
カイトはカナタの指摘に従って、ひとまず管制室と思しき区画の近くにあった扉へと移動する。そうして移動した先にあった扉を開くと、そこは上に続く階段と共に更に奥へ続く扉があった。それを見ながら、カナタが問いかける。
「どっちへ、先に行く?」
「とりあえず上に行こう。構造を考えると、おそらくこの階段の上が管制室だ」
ひとまずはティナ達と連絡を取る事が先決。カイトはそう告げると、曲がり角を曲がって階段を上がる。すると案の定、地下港が見えるガラス張りの一室にたどり着いた。そこにはマイクやセンサー類などの装置が置かれており、大凡発艦等を取り仕切っている様子が見て取れた。
「ふむ……こういう装置の場合……」
『下僕。聞こえて?』
「ん? シャルか。どうした?」
『貴方との通信が途絶えたから、私から繋げられないかやってみてくれ、ってティナが』
「あ、そっか。神使としての連絡なら阻害されていても繋がるのか」
シャルロットの言葉を聞いて、カイトは失念していた事を思い出す。基本的には普通の念話や通信機を介してのやり取りを行うので失念していたが、神使とそれが仕える神の間では特殊な繋がりが存在している。加護の程度にもよるがこれは大半の素材や結界に影響されずにやり取りを行う事ができ、最上位の加護を得ているカイトであればほぼほぼどんな状況でもやり取りを行えた。
『それで、どうなの?』
「ああ。地下の港にたどり着いた。今丁度管制室に似た区画にいてな。ここからそっちに通信が繋げられるか試そうとしていた所だ」
『わかったわ。なら、そう伝えておくわね』
「頼む。少し時間は掛かると思うが、無理なら無理で戻ると伝えておいてくれ」
カイトはシャルロットの申し出に一つ頷くと、改めてカナタと共にコンソールに向かう。そうして暫くあれでもないこれでもないと装置を弄って、なんとか立ち上げに成功した。
「これ……かしら」
「あ……良し。正解。ティナ、レガド。聞こえるか?」
『おぉ、繋がった……っと、モニターも繋げられておるな。どうやらそことここは繋がる様子じゃのう』
「まぁ、そこで精錬された物資を運び出すのにそっちとのやり取りは必須だろうからな」
ティナの言葉に、カイトは推測を口にする。そしてこちらの立ち上げと共に、レガドの側にもここの状況が把握出来る様になったらしい。
『カイト。聞こえていますか?』
「レガドか。ああ。聞こえている……そっちからこっちの状況は把握出来ているか?」
『ええ……ただどうやらそちらの区画を稼働しているのが非常電源になっている様子です。そこ以外の大半の設備がオフラインのままです。こちらからでは状況が掴めません』
「非常電源ね……魔導炉は全部完全に復旧してるだろう?」
『ええ。ですのでおそらく、何かしらの事情でそこの区画のブレーカーのような物が落ちてしまっているのだと思われます』
「ということは……まずやるべきなのは電源の復旧か。わかった。指示してくれ」
あり得る話だ。カイトはレガドの言葉に納得すると、改めて立ち上がる。そうして、彼はひとまず地下港の復旧を行うべく立ち上がるのだった。
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