第2272話 過去を求めて ――未踏破領域――
エンテシア家の本邸で偶然にも手に入れた『天使の子供達』の痕跡。それを受けて、カイト達は今まで難航していた『天使の子供達』の調査を一気に進める事になる。
というわけで一気に進展した調査の第一次報告書にあった記載からカイト達は幾つかの推論を立て、それらを調べる為にレガドにある未踏破領域の調査を決める事となっていた。
そうして、カイトがティナと共に動き出してから数日後。持ち前の動きの速さを利用したカイトは、ティナ率いる『無冠の部隊』技術班と共にレガドに向かっていた。そんな彼であったが、レガドことレインガルドに降り立って感じたのは感心であった。
「おー……随分ときれいになったもんだなー」
「そういや、お主オーバーホール後は見ておらんかったか」
「機会に恵まれなかったもんでな」
前に言われていたが、レインガルドは移動要塞としての機能を果たすべく『無冠の部隊』を筆頭にした技術者達により大規模な修繕・改修作業が行われていた。それそのものについてはカイトも報告書を受け取って把握していたわけであるが、その作業終了後に直に見るのははじめてだった。というわけで、そんな彼にティナが語る。
「色々と魔導砲等を取り付けた、というか壊れておった魔導砲を修繕し、現代の技術ではどうやっても規格が合わぬ物については取り外して新しい物を乗っけた。それに合わせ、魔導炉も一度完全停止して再調整を行っておる。出力については三百年前と比較して倍。安定性に関しては比較にならぬ。速度もそれに合わせ段違いに向上しておるな」
「移動要塞としての機能は十分、か」
「なんじゃ。微妙に呆れ顔じゃのう」
どこか苦笑にも似た笑みを浮かべたカイトに、ティナが首を傾げる。これに、カイトが指摘した。
「いや、移動要塞か、と思ってな……いや、今回は移動基地なのかもしれんが」
「ふむ? ああ、なるほど……確かに、今度は余らが移動要塞を作っておるわけじゃからのう。縁は異なもの味なもの、とは言うが……くく。確かに複雑な気分かもしれんな」
三百年前の連盟大戦時代。カイト達が幾つもの移動要塞を破壊した事は誰もが知る所だ。それをカイトもティナも思い出し、それにも関わらず今度は自分達が移動要塞を運用する事になった状況に微妙な面白さのような物を感じていたようだ。そうしてひとしきり笑った二人であったが、気を取り直す。
「ま、そりゃ良かろう。兎にも角にも今考えるべきはそこではない。今重要なのは、未踏破領域の事じゃ。どうやってそこを調査するか、じゃのう」
「まー、それについてはなんとかするしかないだろう。その為に、シャルもカナタも連れてきたからな」
やはりルナリア文明に関する事であれば、頼むべきはこの二人だろう。なのでカイトはシャルロットとカナタの二人に今回の調査への同行を要請しており、シャルロットは自身の文明の後始末。カナタは父の後始末という事で同行を了承していた。
そしてこの面子であれば戦闘力も十分だ。未踏破領域という何があるかわからない区画でもなんとか出来るだろう、と判断されていた。とはいえ、それだけでは不安なので、カイトは更に増援も手配していた。
「で、武蔵先生と旭姫様はどうされてるか、なんだが……」
「ここで待ち合わせなんじゃろう?」
「ああ。お参りでもして待っておれ、と言われていたからここで間違いないだろう」
ティナの問いかけに、カイトは『剣神社』の境内を眺めながら頷いた。レガドとなればやはり守り人である武蔵と旭姫の両名には声を掛ける必要があるだろう、と声を掛けておいたのだ。そしてこの二人もレガドの事ということで参加をする事になったのである。そういうわけなので待っていた二人であるが、やって来た武蔵と旭姫の横に、どういうわけか宗矩が一緒だった。
「うん?」
「おぉ、カイト。すまんな。少し宗矩殿と話し込んでしまったので遅れてしまった」
「いや、まぁ……それは構いませんが」
今回声を掛けたのはあくまでも武蔵と旭姫の二人だけだ。なので宗矩が来るとは思っておらず、カイトの困惑もむべなるかなであった。そんな彼に、宗矩が事情を説明する。
「冒険部の事で色々と鍛錬の場が無いか探していたのだ。その中で、ここの二階がそろそろ良いのでは、と思ってな」
「ふむ……まぁ、悪くはないですが、遠すぎませんか?」
「遠征と思えば悪くはない。それに、遺跡探索を今後も考えるのであれば、遺跡の中で鍛錬をするのは理に適っている」
「ふむ……確かに、それはそうですか……」
難易度が高い事が気になるといえば気になるが、レインガルド地下の遺跡は幾つかの難易度に分かれている。それを考えれば、確かに段階的に挑戦するのは悪くないだろう。とはいえ、それでも気になる点はあるので、カイトはティナへと問いかける。
「ティナ。オーバーホールで蒸気の発生についてはかなり抑制されたんだったな?」
「うむ。元々ボロボロになった事で起きておった事じゃからのう……そういえば、お主にあの迷宮の構造が修復された旨は伝えたか?」
「報告書は読んだ」
以前のオーバーホールの折り、色々とボロボロになっていた設備を可能な限り新調していた。その結果どうやら迷宮もかなり修復されたとの事であった。
「確かレガド曰く、迷宮の内部構造は外部の崩壊度合いに合わせて破損していたとの事だったか?」
「うむ。故に外部構造の修繕がされた事により、内部構造も修繕されたわけじゃ。で、入り口区画等も大きく変更しておるよ」
「ふむ……」
報告書にあった通りの内容を改めて口頭で説明されて、カイトはわずかに考える。そこに、宗矩が告げた。
「それもあり、一度私も行ってみようと思っている。そこで宮本殿に会いに行き、弟子を数名お借りする事になった」
「ま、あれらも儂の一門ゆえにな。弟弟子の調練にもなるし、何より修繕後の迷宮には挑んでおらん者も少なくない。儂にとっても渡りに船の申し出であったのよ」
宗矩の言葉を引き継いで、武蔵がその理由を告げる。どうやら実際に挑ませるにあたり、宗矩も無闇矢鱈とは思っていなかったようだ。というわけで、そこらの考えを聞いたカイトは一つ頭を下げた。
「わかりました。それでしたら、よろしくお願い致します」
「ああ……では、私はそちらに向かおう。公務、しっかりな」
「はい」
話は決まった、という事で早速迷宮の入り口へと向かっていった宗矩を見送って、カイトはその背に一つ頭を下げる。そうして彼が去っていった一方で、カイトは改めて武蔵や旭姫と話を交える。
「そういえば……旭姫様。宗矩殿とはお知り合いでしたか?」
「そも、毛利の姫であった私が宗矩殿を存じていないとでも?」
「愚問でしたか」
宗矩は徳川将軍家の剣術指南役にして、幕府の重臣の一人だ。毛利の姫であった旭姫が知っていても不思議はなかった。そしてそれ故の本来の姿というわけなのだろう。というわけで、そんな旭姫が告げる。
「さて……それで。未踏破領域へと赴くとの事でしたが」
「ええ……以前『天使の子供達』というお話はさせて頂きましたね?」
「ええ……むごい話です」
敗戦も必須という状況で致し方がないとはいえ、やはり子供を人体実験じみた行為で兵器に改造したというのは顔をしかめるのに十分だと言えた。カイトとて相手がヴァールハイトでなければ、その彼も好き好んでしたわけではないと知っていなければ、盛大に激怒していたのだ。旭姫が顔をしかめたのも、無理はなかった。それに、カイトも同意する。
「はい……ですが、なればこそ行かねばならないかと」
「同意しましょう……なればこそ、救えるのであれば救うべきです」
「はい」
旭姫の言葉に、カイトもまた一つ同意する。そしてそれは武蔵もまた同じだった。
「じゃのう……儂も子を持ち、子が犠牲になる世の嘆かわしさをようやく心底理解出来た。その時代に犠牲になった者を元の時代に戻してやる事は出来ぬが……せめて、この時代でばかりは心安らかに過ごせる様にしてやるべきじゃろう」
「それは、こちらで整えております」
「うむ……では、参るか。レガド」
『はい』
武蔵の要請を受けて、レガドが声を返す。そもそもレインガルド全域がレガドだったのだ。なので外にもレガドの使えるスピーカーのような物が残っていたらしく、会話を交わす事が出来たのである。そんな彼女に、武蔵が確認する。
「場所はここで良いんじゃな?」
『はい……そこから、製造工場に移動する事が出来ます』
「はぁ……まったくもって盲点じゃ。何百年も詣でておった神社に、まだ見ぬ領域への入り口があるとはのう」
『わからずとも無理はありません。そもそも入られたくない区画なので、入り口は普通とは別にしているのですよ。だから普通に入り口から入っても絶対にたどり着けない。こんな広大な敷地のある一点にのみある秘密区画への出入り口を見つけ出すなぞ、知っていなければ出来る事ではありませんよ』
武蔵からしてみれば、ここは妻の職場だ。なので毎日とまでは行かずとも週に何度かは来ていた。そこに入り口があったとは呆れるしかない、という塩梅の武蔵であるが、実はこれは偶然でもなんでもなかった。というわけで、それを察していたティナが確認する。
「偶然……ではなかろうな? ミトラはそもそもニムバス研究所の所長の子孫じゃという。そしてこの『剣神社』の神官の家系……所長がこの秘密区画の入り口を知らなかったとは思えぬ。であれば、ここを知った上で隠す為に神社を立てたのじゃろうて」
「あー……そういや、前にそんな話もしておったのう。であれば、必然か。気付かなんだ儂の不明は呆れるばかりじゃが」
もしかするともう少し建築学やそれに関連する魔術等も勉強しておくべきだったのかもしれない。武蔵はティナの言葉に納得をしながらも、そんな事を考える。とはいえ、いつまでもそんな話はしていられない。なのでカイトが告げる。
「レガド。開封作業についてはどうなっている?」
『シャルロット様の権限で可能です。そちらに問題は起きておりません。後もう少しで』
「っと」
後もう少しで終わります。レガドがそう言おうとしたと同時に、カイトの影を介してシャルロットとカナタの二人が現れる。シャルロットが居る事でカナタも一緒に移動出来たのだ。そして二人が現れると同時に、『剣神社』の境内のど真ん中に金属で出来た『転移門』が現れた。
「ふぅ……終わったわ。久しぶりすぎて、動かし方を忘れかけてたわ」
「お疲れ……製造区画には行った事があったんだったな?」
「ええ……といっても当然、戦時中には訪れてないけれど」
カイトの問いかけに、シャルロットは一つ首を振る。一応彼女もルナリア文明の重鎮の一人であった事もあり、レガド地下にあるという魔金属の人工的な生成を行う工場の事は知っていた。なのでここの研究所に協力した事もあった事もあり入る事が出来たのである。
「そうか……まぁ、ひとまず道案内は頼む。それで見た事のない区画があるのなら、そこの可能性は高そうか」
「というより、私が知っている最下層より更に下に区画があればそれが可能性としては高いでしょう。一応、最下層までは案内されているから」
カイトの言葉に、シャルロットが可能性を口にする。というわけで、一同は彼女の記憶を頼りにして、この数千年誰も訪れる事のなかった秘密の区画へと足を踏み入れる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




