第2271話 過去を求めて ――天使の痕跡――
ハイゼンベルグ公ジェイクの助言を受けて訪れたエンテシア家の本邸。そこの書庫で初代エンテシアの使い魔であるオイレより助力を受けてエンテシアの魔女達の資料とルナリア文明で確認された『天使の子供達』の資料を手に入れたカイトとティナ。
二人はシェロウとオイレが初代エンテシアの密命を受けていた事なぞつゆ知らず、再びマクスウェルへと帰還していた。そうして、二人の帰還から二日。二人はこの日も暇を見付けては資料の精査を行っていたわけであるが、カイトはカナタの協力を受けつつ、調査を行っていた。
「ふむ……そうね。一通り確認してみたのだけれど、おそらくこの天使は間違いなく『天使の子供達』でしょうね」
「やはり、そうか?」
「ええ……一応、こちらの付箋を貼り付けた資料は違う可能性が高いのだけれど。こちらはおそらく、天族の人でしょう」
カイトの確認を受けたカナタは、一度だけ付箋を貼り付けた資料の束を見る。やはり調査をしていく上で一番のボトルネックとなったのは、アウラ達天族を天使と言っていた可能性がある事だった。
実際、カナタの保有する因子の中には天族の因子も内包されており、彼女が本気になった場合に翼が生えるのもその影響の可能性が高いとの事だった。とまぁ、それはさておいて。カイトは彼女へと天族と判断された理由を問いかける。
「その理由は?」
「単純よ。その資料の中にある天使については、容姿が割と事細かに記されていたの。子供じゃないわ」
「なるほど……確か『天使の子供達』は子供限定だったか」
「ええ……戦災孤児を肉体改造し、洗脳や催眠術により精神を制御。戦術・戦略兵器へと仕立て上げたわけね」
『天使の子供達』と言う様に、『天使の子供達』にされた者は子供だけだ。この子供が選ばれた理由については当時のオプロ遺跡の所長やヴァールハイトでなければわからないが、子供達限定である事はわかっていた。
「相変わらず胸糞悪い話だが」
「それは言っても始まらないわ。兎にも角にも事実は事実として、大人ではない事は事実よ。である以上、そこに書かれている人物は『天使の子供達』でない」
「そうか……わかった。こうして見ると、思った以上に目撃情報が多いな」
「そりゃ、数が多いもの。そして守る為に戦う以上、守られた側は見ているでしょう。痕跡を完全に抹消する事なんて出来るわけもないわ」
今までは二千年以上も昔なので資料が無いのでわからなかっただけで、当時はそこそこ資料に残されていたらしい。中にははっきりと天族ではない、と書かれた資料もあった様子である。
「そうか……良し。となると、ここから更に居場所やいろいろな痕跡を見付けていく事になるわけだが……」
「それについては、気になる資料があったわね」
「あの一角に別に分けて置いた奴、か」
「ええ……まさか、一括で調整する施設があるなんて。いえ、当然なのかもしれないのだけれど」
おそらく初代エンテシアが『天使の子供達』の真実に気付いたのも、その施設を見付けたからなのだろうな。カイトはカナタに確認して貰う為に重要資料として別に分けた資料の束を見る。
「その一括して調整をする施設を見つけ出す事が肝要か」
「ええ……ただ厄介は厄介ね。私が見た限り、そこに関する資料は何もなかった」
「ふむ……一度オプロ遺跡に戻った方が良いのかもしれん、か」
調整の為に作られた施設に、オプロ遺跡というかオプロ遺跡の研究者が関わっていない道理はない。『天使の子供達』を作れるのはヴァールハイトだけで、それがわかっていたからこそオプロ遺跡の所長は大罪人と知りながら彼を監獄から出したのだ。
が、彼は調整には関わっていないだろう。どこに送られたか知らないから探してくれ、と言っている事が証拠だ。そして『天使の子供達』の『製造』を監視する区画があった事を考えると、調整程度なら出来る様になっていても不思議はなかった。
「そうね。一度オプロ遺跡のデータを洗ってみる必要があるでしょう。まぁ、それは貴方がするべき事とも思えないけれど」
「ま、そりゃな」
そもそもの話としてカイトは研究者ではない。データの精査を行う事が仕事ではなかった。というわけでカナタの指摘に同意したカイトは、マクダウェル公として調査を命ずる事を決める。
「とりあえず皇帝陛下に奏上して、データを貰って物資の搬送経路等を洗わせるか。おそらく何かしらが『天使の子供達』を暗喩している筈だ」
「まともに送れる荷物じゃないものね」
「流石にな」
『天使の子供達』は誰がどう考えても非合法かつ非人道的な存在だ。が、何かしらの方法で送る必要があった以上、そこには必ず痕跡が残っている筈だった。そこを見つけ出せば、必然一括で調整を行う施設が見付かる筈であった。というわけで、カイトはそれから暫くの間は調査結果を待つ事にするのだった。
さて、カイトが調査を命じてから更に数日。カイトとティナがエンテシア家の本邸から戻って丁度一週間後の事だ。
彼の申請を受けた皇帝レオンハルトは彼の要望に応じてデータを『無冠の部隊』及びマクダウェル家の研究施設へと移送。状況を鑑み皇国の中央研究所の研究者達と合同で総力を上げて解析に臨んでいた。というわけで、カイトの想定より早く第一次調査報告書を受け取れる事になっていた。
「まさか、皇都の中央研究所まで総動員してくれるとはな」
「しゃーないじゃろうて。状況から鑑みて、何時邪神共が復活してもおかしくない状況じゃ……ちらほら、邪教徒共が捕らえられておるからのう。皇国としても座視はしてられんのじゃろう」
第一次報告書の記録を見るカイトに、同じく第一次報告書が出たという事で来ていたティナが首を振る。先の神殿都市での一件で言われていたが、すでに邪神達の復活まで秒読みの段階だ。
総力戦を考えているカイト達に対抗するべくあちらも総戦力を整えている所だ。それもあと僅かという事があり、邪教徒達も準備に余念がない。必然として動きは活発となり、見付かる事も多くなっていたのである。
「こっちは何時でもどうぞ、状態にゃしてるがね」
「じゃから、じゃろう。なおさら向こうは完璧の状態にしてやってくる。こちらの兵力が侮れん事は承知しておるはずじゃ……こちらの総戦力をどこまで把握出来ておるかは、わからんがのう」
「そりゃそうさ……普通に考えりゃ、オレ以外にできっこない事をするんだからな」
にたりと笑うティナに、カイトもまたにたりと笑う。それはそうだろう。なにせ彼は地球とエネフィアの英雄を総動員するという裏技を切っているのだ。
しかも彼自身の奇特な縁から、基本あまりトップに立ちたがらない彼が今回ばかりは総大将として動く事を嬉々として受け入れた。生半可な戦力では相手にもならなかった。が、それでもカイト達としても今動かれるのは有り難くない。まだ、支度は完璧ではないからだ。
「ま、そりゃ良いさ。兎にも角にも、今こちらが欲しいのは最後の一手になる洗脳対策。最低でも通信網等に影響が出ない様にしないと、こっちの被害が馬鹿にならない」
「じゃな……で、第一次報告書じゃが……ふむ。考えてみれば道理の話が出てきおったか」
「確かに、と言われりゃ確かに、と言うしかないか」
第一次報告書の概要に書かれていた内容を見て、カイトもティナも思わず苦笑する。というのも、言われてみればあり得る、と言うしかなかったからだ。というわけで、カイトは通信機を起動させる。
「……レガド。聞こえているか?」
『はい。なんでしょう』
「これから報告書を一つそちらの送る。それについての意見を聞きたい」
『わかりました』
カイトの要望に応じて、レガドが一つ承諾を示す。そうして、レガドに向けてデータ化した第一次報告書を転送する。そしてそれが全て転送されたと同時に、レガドが告げた。
『これは……ふむ。興味深いお話です』
「ああ。確かにオレ達は今までお前の未踏破領域には人工的に魔金属を合成する施設があると思っていた。が、そうではないのではないか、もしくはそれだけではないのではないか、というのがオプロ遺跡の資料を再調査した研究者達の推測だ」
『はい……無くはない。それが、私の返答です』
第一次報告書の結論を踏まえ、レガドがはっきりとあり得るかもしれない、と明言する。
「無くはない、か」
『はい……そもそものお話ですが、私はあくまでも作られた存在。定められた法則に則って動くしかありません。調査するな、と記載された領域には調査出来ないし、わからない様に作られた部分については手の出し様がありません』
「そういう部分については、どの様にしておると思う?」
『サブの統括システムが管理しているか、オプロ遺跡の様に私とは別の統括システムが管理している可能性が高いかと』
ティナの問いかけに対して、レガドはあり得る可能性に言及する。これを受けて、カイトとティナは次の一手についてを考える。
「となるとやはり、レガドに調べて貰うのは厳しそうか」
「じゃろうな。そも、『天使の子供達』の事なぞ普通には知られたくないはずじゃ。それを考えれば、確かに色々と秘密にしている物の多いレガドに専用区画を設けるのはわからぬ話ではない。何より、遥か大空の上というのは見付かりにくい」
「ふむ……それを聞いて思ったんだが、レガド。お前の様に空中を移動する研究施設は無いのか?」
『それは……わかりかねます。少なくとも私が持ち得る情報の中には私以外の飛行型の巨大研究施設はありません』
カイトの問いかけに、レガドは僅かに困った様に首を振るような気配を見せる。これに、ティナが口を開いた。
「なるほど。確かにお主の考えている事はあり得るかもしれんか」
「ああ……レガドは巨大だ。であれば、取り回しの良いサイズの移動要塞的な何かを用意した可能性はあるんじゃないか、とな」
「……そうじゃな。その可能性はある。そも第一次報告書に記載されたレガドに運び込まれたのでは、という推論も飛空艇に関する記載と思しき内容があったから、という所じゃからのう。何より、カナタも移動基地のような物を持っておった。そこを鑑みれば、同じ様に考えたとて不思議はあるまいか」
ルナリア文明で飛空艇と言われ、研究者達がまず思い付いたのはレガドことレインガルドだ。あそこは秘密の研究施設と言われている為、あそこの未踏破領域に置いたのでは、と推測されたのである。
「ああ……まぁ、とりあえずレガドに行ってみるしかなさそうか」
「かのう……とりあえず、急ぎで予定を組み上げる。ウチの技術班やらも同行で良いな?」
「というより、冒険部の技術班を連れて行ってもな。今回は事の次第もある。冒険部より公爵家側で動くべき内容だろう」
「か……わかった。即座に手配に入ろう。お主はレオンハルト殿に奏上し、補佐の手配を行う様にしてくれ」
「あいよ」
ティナの指示に、カイトは一つ頷いて立ち上がる。そうして、二人はレガド行きの準備を行うべく行動を開始する事にするのだった。
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