第2270話 過去を求めて ――資料を手に――
エンテシアの魔女達の足跡を探すべくやって来たエンテシア家の本邸の地下にて出会ったオイレという初代エンテシアが創造した使い魔。その使い魔の助力を得て、カイトは『天使の子供達』の資料を。ティナは初代エンテシアが発見したというルナリア文明の転移術に関する遺跡の資料を手に入れるに至っていた。
そうしてそれぞれが資料を手にし書庫を後にする事になったのであるが、その道中。ふとティナがオイレへと問いかける。
「そういえばオイレ。お主、これからどうするのじゃ?」
『どう、とは?』
「いや、お主一応書庫の司書のような者なのじゃろう? であれば、今の所余以外が使う事が無いと思うんじゃが……」
『なるほど……確かに、それはそうじゃのう。とはいえ、実のところやる事が何もないというのは些か語弊がある』
何もやる事が無いのなら、自分の仕事を手伝って貰おうか。そんな魂胆が見えたオイレであるが、笑って一つ首を振った。これに、ティナは首を傾げながらも理解を示す。
「む? やる事があるなら別に良いが」
『うむ……実はのう。あの書庫はやはり収蔵されておる本の数は莫大。定期的に整理整頓はしておるんじゃが……何分、規模が規模である事もあって魔術に綻びが無いか確認が一通り終わったらまた一からやる事になるんじゃのう』
「なるほどのう……確かにそれはそうじゃのう」
今までは本邸そのものが封印されていたので綻び等は無い様に思えるが、実際にどうかは調べてみないとわからない。故にオイレはそれをこれから調べていく予定だそうで、ティナを手伝える余裕は無いと言って良かった。
「それならそれを頼む。余としても今手に入れた資料以外も必要になる時はあろう。そちらを調べるにあたり、力を借りる事もあろうからのう」
『うむ……っと、そうじゃ。そう言えばユスティーナ様。先に地図を見てふと思い出したんじゃが、大陸東部にあるエンテシア家の別の書庫はご存知かのう? 地図を見させて頂くに、婿殿の領地内である様子じゃったが』
「ウチの領内にある別の書庫……一つ思い当たるとすると、マルス帝国の歴史が記された書庫かのう」
『それじゃの』
どうやら以前に冒険部を筆頭にしたギルド同盟で調査に当たったエンテシア家の遺跡が、オイレの言う書庫だったらしい。というわけで、ティナが知っている様子である事を受けたオイレが問いかける。
『あちらにも、秘密にされておる領域があるんじゃが……そこの事は知っておるか?』
「秘密にされておる領域?」
一応、件の遺跡には皇国の調査隊が入っており、今もまだ調査を続行中だ。それはやはりマクダウェル領で発見された遺跡である事もあり、カイトには常に報告は上がっていた。そしてもちろん、ティナもまたその資料は確認していた。それ故に、彼女は首を傾げた。
「いや、何も聞いておらぬのう。一応、遺跡……書庫の調査は余らの所にも常に報告が入る様にしておるし、それによると何も見つかってはおらぬとの事じゃ。歴史的に価値のある資料以外は、じゃがのう」
『それはそうじゃろうて。このエンテシア家の本邸や地下の書庫にも言える事じゃが、エンテシア家が秘密にしている領域にはユスティーナ様がお持ちの杖か、同様に杖を以って作られた鍵を持たぬ限りは誰も入れぬ。先のお話ではユスティーナ様が杖を継承されたより書庫の発見は後との事じゃ。わからぬのが道理じゃ』
ティナの返答に対して、オイレははっきりと原因を明言する。そして今の所調査は近衛兵団が中心となっている事もあり、初代エンテシアの杖を手に入れた後のティナは入った事がなかった。
「ふむ……確かにそういえばこの杖を手に入れてから、何か調べたわけではないのう。そこの秘密の区画には何が隠されておるんじゃ?」
『あちらは物証という所かのう。立ち入られた事があるのであればわかっておろうが、あちらに蓄えられておるのはあくまでもエンテシア家が史家として記した書物のみ。まぁ、それでも一千年分かつ各地方の歴史や民話等も蓄えておるから、膨大な数になるがのう』
「それは聞いておるよ。総じて歴史と言って良い内容が収められておるんじゃろう?」
これは当たり前の話であるが、幾らなんでもエンテシア家が記した歴史に関する本だけであの遺跡の書庫が全て埋まる事はない。というわけで調べた結果、あの遺跡にはエンテシア家が記した以外にも各地の歴史を取り扱った資料やそれに関する学者達の考察等も収められていたとの事で、総じて歴史に関する内容の書物が収められていたそうである。
『うむ。無論、単に収蔵するだけでなくそれを編纂し纏める事もしておったんじゃが……まぁ、そこらは良かろう。それ以外にも、というわけじゃな』
「ふむ……まぁ、それは良い。それで、物証とはどういうわけじゃ?」
『そのままの意味じゃ。まぁ、早い話が証拠と言っても良いかもしれん』
「ふむ……証拠。つまり後世になりこの事件が確かに起きた、と証明出来る証拠か?」
『そう考えて大丈夫じゃ』
「なるほど……傍証となる品か」
歴史書に書かれているから、とそれ単体で確定した出来事と認められる事はない。他にも幾つもの資料を複合的に調査し、最終的な結論に達するのだ。なのであの遺跡の秘密の区画に収められているのは、その記された歴史の証拠となる品というわけなのであった。というわけで、そこらを理解したティナは一つ頷いた。
「ふむ。確かにそれがあるのは有り難い。後世の余らが一番面倒なのはその歴史が確かである、と証明する事じゃからのう」
『そう思われ、エンテシア家が物証を集めておった』
「そうか……わかった。また後でそちらも確保する事にするかのう」
せっかく歴代のエンテシア家の当主達が集めてくれていた歴史の証拠だ。有り難く有効活用させて貰って良いだろう。なお、ティナがエンテシア家を継承している事は皇国も把握している為、遺跡の秘密区画を開封出来る事を隠す必要はない。
『それが、良かろう』
「うむ……ああ、では書庫の管理は任せる。余の蓄えた資料をどうするかについても、追って考える……たーぶん管理を頼むじゃろうけどな」
『ふぉふぉ……楽しみにお待ちしております』
ティナの言葉に、オイレが楽しげに笑って頷いた。そうして、そんなオイレに見送られてカイトとティナは書庫を後にする事になるのだった。
カイトとティナが書庫を後にして、上層階にて一度資料の整理整頓を行っていた頃。シェロウがティナに断りを入れて、オイレの所へとやって来ていた。
『オイレ。少々、良いですか?』
『おぉ、シェロ。なんじゃ……まさか昔話でもしとうなったか?』
『あはは……それはそれで楽しいでしょうが。私にとって貴方との別れは高々数ヶ月前ですよ。昔話をしたいほど、月日は経過していない』
これは先にシェロウ自身も言っていたが、彼女はティナの母ユスティーツィアがティナの封印とほぼ同時期に封印している。そしてそれ以前は普通にティナと共にこのエンテシア家の本邸に来ていたので、彼女の主観的には数ヶ月しか経過していなかった。そしてそれはオイレもほぼ似た様なものだった。
『ま、そうじゃのう。儂の場合は十年程度は経過しておるが……それにしたって儂らが作られてから経過した年月を鑑みれば百分の一にも達せん。有ってないが如きの時間じゃ』
『あはは』
『ふぉふぉ……それで、どうした。何かユスティーナ様に頼まれたか?』
昔話をしたくて来たわけでないのなら、何か別の用事があってとしか考えられない。オイレはシェロウの性格をティナ以上に知っていればこそ、意味もなく来る事はないと理解していた。そんな彼の問いかけに、シェロウは僅かに真剣な顔をする。
『いえ……実はエンテシア様からのご命令です』
『ふむ……やはり、戻られておられたか。大凡、正体は隠されておいでじゃろうがのう』
『ええ……これはユスティーナ様もご存知ではありません。私も普段はエンテシア様と認識出来ぬ様にされておりますが。本邸に戻り、エンテシア様からの密命があった事を思い出したのです』
『相変わらずじゃのう。別にエンテシアと名乗られてもよかろうに』
シェロウの言葉に、オイレは少しだけ呆れる様に笑う。シェロウは初代エンテシアの事を知っている。彼女に創られたのだから当然だ。
が、それ故に彼女が仕掛けた仕掛けにより、彼女の許可がなければ彼女に出会っても彼女とわからない様にされていたのである。これはオイレもまた同様で、初代エンテシアが作り上げた使い魔達には総じてそんな仕掛けが施されているとの事であった。
『それで、何じゃ? 今更、エンテシア家に興味を持たれる方でも無いじゃろう。蓄積された魔術等に興味は持たれるじゃろうがな』
『はい……どうやら良からぬ事態に遭遇し、戻られた様子なのです』
『良からぬ事態……あの方の事じゃ。エンテシア家の関連で、で間違いあるまいな?』
この話の流れかつ、エンテシアの性格を鑑みれば彼女が戻ってくるほどとなれば自分の一族の関係しかあり得ない。オイレもまた少し真剣な目で、シェロウへと問いかける。これに、シェロウははっきりと頷いた。
『はい……異世界を放浪される中で、エンテシア様がとある痕跡を発見されたそうです。それが気になり、こちらに戻られたと』
『ふむ……して、その痕跡とは』
『エンテシアの魔女と思しき魔女が異世界に居た痕跡があった、と』
『むぅ? 別にその程度であれば特別気にされる事とは思えぬのう』
封じられていた数百年を除く一千年と数百年の歴史の中で、エンテシアの魔女の中に異世界に興味を見せた者が全く居なかったわけではない。一握りであるが異世界に興味を持った者は確かにおり、誰かが異世界へ向かう事が出来たとしても不思議はなかった。そしてそれは初代エンテシア自身もそうである以上わかろうものであり、特別気にする必要も無いと思われた。
『はい……単にそれだけであれば、エンテシア様も気にされなかったそうです。が……どうにもその世界で何か良くない事をされた様子でして、エンテシア様が後始末をされたそうです。被害のほどはさほど、だったご様子ですが……エンテシアの魔女が何か良からぬ事を企んでいるのであれば、見過ごせぬと』
『むぅ……』
苦い顔のシェロウの言葉に、オイレもまた苦い顔だ。こればかりは仕方がないが、エンテシアの魔女の全員が全員善人というわけではない。エンテシア家の二千年と少しの歴史上、罪人となった者はいる。魔女族の一族という関係で基本は魔術を研究し引きこもっているので多いわけではないが、確かに居るのだ。
『異世界にまで赴き、迷惑を掛けるとは。良くない事じゃのう』
『はい……それ故にエンテシア様は現在、その是非と痕跡を探すべくエネフィアに戻られたそうです』
『何時の誰か、等はわからぬと』
『はい……それで、ここからがエンテシア様のご命令となります』
事前知識の共有がなされた所で、シェロウは改めて本題に入る。そうして、彼女がエンテシアの密命を告げた。
『ユスティーナ様が本邸に入られてから彼女以外に書庫に入ったエンテシアの魔女を全て記録せよ。それが、ご命令です』
『なるほど……確かに、その何者かがエンテシアの魔女であればここに戻ってくる可能性は高い。そして表向きもユスティーナ様がエンテシアの魔女を探しておるから、で良かろう』
『エンテシア様もその様に偽装せよ、と』
『相わかった。まぁ、おそらく儂もお主も今暫くはエンテシア様に直接お伝えする事はできぬじゃろうが……確かに、承った』
シェロウから伝えられた初代エンテシアの密命に、オイレははっきりと承諾を示す。そうして、オイレに初代エンテシアの密命を伝えたシェロウは怪しまれぬ様にティナの所へと戻っていき、オイレもまた何時もの様に書庫の整理整頓に戻る事になるのだった。
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