第2269話 過去を求めて ――過去の記録――
エンテシアの魔女達の情報を求めてやって来ていたエンテシア家の本邸。そこの地下にある書庫にて初代エンテシアの創造したオイレというフクロウ型の使い魔と出会ったカイトとティナであったが、そこでエンテシアの魔女達の情報を記した家系図を見ながら情報を手に入れる事になる。
そうして一通りのリストアップが終わった所で帰る事になる直前。ふとしたティナの問いかけをきっかけとして、二人は初代エンテシアがかつて存在していたルナリア文明の秘密研究所の一つである異世界からの召喚の研究を行っていた研究所を知っているという情報を手に入れる事になっていた。
「なんじゃと? であれば、初代様は実際に研究所にも立ち入られたという事か?」
『らしいのう……そこから、一時異世界……地球? なる星への転移を目標として転移術の開発をされておったのを、覚えておる』
「なんと……まさか地球か」
確かにエネフィアと地球が存在する世界は世界的な距離としてかなり近い事が前々から言われている。なので初代エンテシアが地球への転移を考えていたとて不思議はなかった。が、地球だ。妙な縁を感じずにはいられなかった。これに、オイレが問いかける。
『どうされた?』
「ああ、すまぬ。そういえば先の話では出さぬじゃが……こやつは、その地球人じゃ」
『なんと。そんな偶然が』
「うむ……それで余も一時地球に逗留しておったし、まぁ、色々とあって地球への転移術を研究中でのう。あ、余らは普通に出来るぞ。色々と別の事情でのう」
『ふむ……色々とありそうですのう』
現状、オイレにはここに来た理由とその目的は語っていた。が、それ以外の詳しい話は時間の制約もあり全ては語っていない。どうせまたここに来る事は確定なのだ。全部を一度に語る必要もないだろう、と今必要な情報だけ語っていたのである。
「うむ。色々とあるんじゃ……が、それは追々として。もしやすると地球にも初代様の痕跡があるのかもしれんのう」
『流石に厳しくはないかのう』
「いや、実は初代様がおそらく地球に行かれた頃から居る人物がこやつを大層気に入られていらっしゃる様子でのう。一角の人物である事は明白じゃし、色々と特殊な人物でもある。初代様が興味を持たれていても不思議はない」
「ふむ……確かに先生であれば、会っていても不思議はないか。先生の場合、特異性から異世界の……地球やエネフィア以外の魔術も知ってるしな……さらに言うと、世界のシステムの深淵にも詳しい。話していても不思議はないか」
ティナの言葉に、カイトもまた一つ同意する。先生。それは言うまでもなくギルガメッシュだ。今までは会った事があるなぞ想定も想像もしていなかったのでカイトもティナも聞いた事はなかったが、世界中のありとあらゆる王様と会ったし、世界の深淵に触れた彼であれば初代エンテシアが興味を持っても不思議はない。
『なんと……そうであるのなら、確かにあり得るやもしれん。まぁ、全ては推測に過ぎぬが』
「うむ……カイト。一度聞いて貰う事は出来るか?」
「ああ。まぁ、だからなんだ、という感じではあるが……」
おそらく初代エンテシアが地球を訪れていたとて、それは地球時間で数千年も昔の話だろう。であれば、その足跡を辿った所でなんなのだ、という所ではあった。が、興味はあったので調べる事にしたようだ。というわけで、少し脱線はしたものの二人はこの話を要調査と結論付けると、改めて本題に戻る。
「助かる……まぁ、それは良いか。本題でも無いしのう。それでなぜ歯切れが悪い」
そもそも初代エンテシアの足跡の話になったのは、異世界への転移術に関する資料が無いか、という問いかけに対してオイレが歯切れが悪かったからだ。というわけで、改めての問いかけにオイレがため息を吐いた。
『実は、なのじゃが……その回収した資料。調査が出来ぬのじゃ』
「何? なぜじゃ」
『それが、のう……エンテシア様がこの資料は自分が整理するので触るな、と儂に命じられておってのう。あとになりそのままとされた事が思い出したんじゃが……故に何ら一切触れておらぬのじゃ。何が書かれており、何が目的の資料なのかさえわからぬ。そこから持ってこられた、というのはエンテシア様が仰られておったので正確じゃろうが』
「「あ、あらら……」」
どうやら初代エンテシアその人が調査を禁じていた為、資料はそのままになってしまっていたらしい。そして当然、オイレもシェロウも使い魔。主人かつ創造主であった初代エンテシアの命令は歴代の当主達の権限より優先される為、歴代の当主達に言われてもどうしようもなかった。
と言っても、そもそも歴代の当主達もその資料の存在さえ知らなかった――世界間転移術に興味がなかった事も大きい――のであるが。とはいえ、そんな資料が重要な二人は思わずたたらを踏むも、すぐに気を取り直す。
「それ、どこにあるんじゃ? まとめたり精査であれば余がやろう」
『それがのう……エンテシア様がやられる、という事で場所等は教えられぬ様になっておる』
「あらら……完全に忘れられて旅立たれたわけじゃな」
『そうじゃのう……まぁ、もしやすると持っていかれた可能性もあるが……そこはわからぬ。もし儂ら使い魔が触れてはならぬ資料の場合、エンテシア様は儂らに教えておらぬ場所に資料を保管していらっしゃられた。そこは場所さえわからぬのじゃ。精査が終われば儂の所に持ってこられた筈じゃから、大凡忘れてらっしゃったのじゃろう』
「むぅ……」
これが自分でやりたかったからか、それとも後世に残すべきではない資料と思ったからかは定かではないが、オイレ達使い魔も知らないのであれば探しようがない。後はエンテシア家の本邸を家探しするぐらいしか無いだろうが、相手は天才と名高い初代エンテシア。かなり困難を極める事は想像に難くない。とはいえ、これで諦めるしかないか、と言われるとそうではない為、ティナは別の切り口を持ち出した。
「であれば、その召喚術の秘密研究室の場所等の手がかりは無いか? ここの資料が当てにならぬのであれば、そちらを調べた方が良かろう」
『ふむ……確かにそうじゃのう。さて、何か仰られていらっしゃったか』
ティナの問いかけに、オイレは少し目を閉じて自分の本体に接続。数千年も昔の情報を再生し、検査していく。そうして、暫く。オイレが口を開く。
『……ふむ。あの資料が今もあるかは儂にもわからぬが……もしエンテシア様が持ち出されていらっしゃらねば、かつてエンテシア様がルナリア文明の遺跡を探すべく漁られていた資料が残っておるはずじゃ』
「そっちは残っておるのか」
『うむ……とはいえ、あの資料をどの様にして読み解き、そして答えを導き出されたかは儂にもわからぬ。あの資料以外にも様々な調査を行って、いつの間にか研究所を見付けられたからのう』
「構わんよ。逆説的に言えば、それらの資料を読み解いていけば、答えを導き出せるわけじゃからのう」
ふわりと浮かび上がったオイレに続いて、一同もまた再度の移動を開始する。そうして向かった先は、中央から少し離れた一角だった。
『ここらに、ルナリア文明の資料がある。ここら一帯はその中でもルナリア文明の崩壊に関わる資料がまとめられており、エンテシア様も崩壊の全てのきっかけとなった召喚術の研究に関する資料はここに置かれていらっしゃった』
「ふむ……」
オイレの言葉を聞いて、カイトが適当に一つの資料を手にしてみる。幸い彼はシャルロットの知識を付与されている為、ルナリア文明の文字は一切の欠落無く原文で読む事が出来た。
「これは……ルナリア文明時代の手記……か。研究者の……」
「何が書かれてある?」
「……これは……多分、『天使の子供達』の話だ」
「何?」
僅かに眉を顰めるカイトの言葉に、ティナが慌てて資料を覗き込む。それに、カイトは今見ていた一文を指し示す。
「ここだ……天使を見た。天使達はまたたく間に敵を殲滅し、どこかへと去っていった」
「人々は天使を神の御使いと讃え……ふむ。確かにこれは……『天使の子供達』の事やもしれんな」
記載されている内容を見る限り、この記述がカナタをモデルとして作られた『天使の子供達』達の事で間違いなさそうだった。
「ああ……ふむ……オイレ。これを持って帰って大丈夫か?」
『構わぬが……探しているのは異世界への転移に関する事ではないのか?』
「ああ。が……少し理由があって、この資料に記載されている『天使』について調べているんだ。もう少し精査する必要がありそうだ……ああ、そうだ。何か『天使』に関する記載は無いか?」
『ふむ……』
カイトの問いかけを受けて、オイレは再度目を閉じて本体に接続する。そうして、古い記憶を思い出した。
『ふむ。確かに、儂の記憶の中にはエンテシア様が『天使』について調べていらっしゃる姿が幾つかあった。が……ふむ……ある時旅から戻られるや唐突に、これはこれ以上調べるべきではないでしょう、と言われてそれ以上探られなくなられた。あの時は唐突じゃったから、事細かに覚えておったよ』
「ふむ……」
「おそらく、そうなのじゃろうて」
カイトの視線での問いかけに、ティナもまた一つ頷いて同意を示す。唐突に調べるべきではない、と言っている所を見ると、おそらく初代エンテシアもまた『天使の子供達』の真実に気付いたのだろう。これに、オイレが問いかける。
『何か、ご存知か?』
「……その研究の指導者的地位におったものと遭遇し、研究の詳細を知った。調べぬ方が良い、と言うのもわかる。当人が、研究資料は破棄したと言うほどじゃからのう」
『左様か……ではなぜ、お調べされると?』
「その当人から、その天使達を探して欲しい、そして可能なら保護して欲しい、と頼まれてるんだ。が、何分二千年以上も前の事だから、情報が無くてな」
ティナの返答に対して疑問を呈したオイレに対して、今度はカイトが答えを述べる。道義的側面からも、皇国としても今後の戦いを睨んでヴァールハイトが保有している『振動石』の鉱脈の情報が欲しい。戦いが近づいている以上、一刻も早く『天使の子供達』の子供達を見付けなければならなかった。
『ふむ……であれば、しばし待たれよ』
「うん?」
オイレの返答に、カイトとティナは一度首を傾げる。そうして待つこと数分。気付けば大量のフクロウ型の使い魔が飛来してきた。
「なんだ、ありゃ……」
『全て、儂と同じ分体じゃ。資料を集めたり用意したりする時に使うんじゃよ』
「お、おぉ……」
数十体は居るだろうフクロウ型の使い魔を見ながら、カイトは呆気にとられた様に頷いた。そうして呆気にとられるカイトの前へと、あっという間に『天使の子供達』に関連すると思しき資料が積み上げられる。
『これが、それに関連する資料じゃ。そしてその横の山が、ユスティーナ様のご依頼の異世界からの召喚術に関する資料と』
「おぉ、それはすまぬな。暫く持ち出して構わんのか?」
『構わんが……ああ、そうじゃ。一応の規則を告げておくべきじゃな』
その他の分体を本体に帰還させながら、オイレはティナの返答に何かを思い出した様に翼を叩く。そうして、彼が規則とやらを告げた。
『基本的にここの資料はエンテシア様以外は持ち込まれた方以外が持ち出す事は出来ぬ。外に持ち出せるのは時間制限が設けられた影となる』
「その影の期限は?」
『二週間じゃ。正確には二週間後の0時じゃな。それを過ぎると、自動的に影は消える』
「資料が失われぬ様にする為、かのう……まぁ、それがこの書庫の規約であれば、従うしかあるまいて」
ティナとしてもここの資料が失われるのは避けたいようだ。オイレの語る規約に素直に従う事にしたらしい。そうして、カイトとティナはそれぞれの資料を受け取り、書庫を後にする事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




