第2266話 過去を求めて ――書庫――
エンテシアの魔女達の情報を求めてかつてエンテシア家の本邸にやって来ていたカイトとティナ。そんな本邸でティナは記憶を封じられる前の自分の記憶に導かれ、自身が幼少期にはリルに教えを受けていた事を知る事になる。
そうしてたどり着いた『学習部屋』の思い出に浸らせるべく一度エンテシア家の本邸を出ていたカイトは、外に出て適当に時間を潰していた。別に帰還の予定を告げる意味もないし、ここからどれだけ時間が掛かるかわからない事実は変わらない。告げても意味がないのだ。無論、それはティナもわかっている。
「さてと……」
まぁ、外に出たからとカイトに興味がある事はあまりない。なので本当に適当に本でも読みながら時間を潰すだけである。というわけで、虚空に腰掛け本を読んで時間を潰せたかと思った彼は立ち上がると改めて『学習部屋』へと向かう。
「む? えらく長かったのう」
「色々とついでだからやってただけだ。で、もう良いか?」
「構わんよ。別に何時でも来れるしのう」
カイトの問いかけに、ティナはどこか恥ずかしげに笑う。色々と動いていた様子があったので、おそらく彼女も時間を有効活用していたのだろう。というわけで、そんな彼女がシェロウへと問いかける。
「で、それはともかくとして。ここは今更言うまでもなくエンテシア家の邸宅であろう?」
『今更、ですが……仰っしゃりたい事はわかっております。書庫でしょう?』
「当たり前よ。余は魔女。魔女が魔女の家に来て何を求めるか。言うまでもなく、魔導書の類であろう」
「いや、目的忘れんなよ」
そもそもここに来た理由はエンテシアの魔女達の現状を掴む手がかりの一つでもないか、と調べる為だ。一応カイトも彼女に去来する気持ちを鑑みて若干の横道は許容していたが、明らかに外れた物は許容出来るわけがなかった。が、これにティナは道理を告げる。
「なんでじゃ。書庫は重要じゃぞ。エンテシアの魔女は余と同じく魔女の一族よ。であれば必ず魔導書は重要な資料として何かしらの痕跡が残っておる可能性は非常に……ひじょーに高いぞ」
「む……確かに……」
言われてみればそうかもしれない。ティナの言葉に一筋の道理を見て、カイトも一瞬だけ考える。そうして彼は結局それを承諾する。
「……か。良し。とりあえず書庫へ案内してくれ」
『かしこまりました。では、こちらへ』
カイト達の要請を受けて、シェロウが部屋を後にして移動を開始する。それに従って移動する事、暫く。エントランスに戻ってくる事になった。
「む? 書庫は一階なのか?」
『いえ……さらに下です』
「ふむ……見た所、地下に続く階段なぞ無い様子であるが」
『ええ……やはり、ユスティーナ様も魔女ですね』
ティナの反応にシェロウは楽しげに笑う。そして彼女は階段の側面に向かって歩いていき、影へと消える。すると、暫くしてがこんっ、と何かが動くような音がした。
『存外、魔術を使った仕掛けを使わねば誰も仕掛けには気付かぬものです。特に、こういう邸宅ではね』
「……なるほど」
階段の影から現れたシェロウの言葉に、ティナは僅かに呆気にとられながらも納得した様に頷いた。ここはエンテシア家の本邸。エンテシアの魔女達が最も魔術を張り巡らせ防備を整えている場所だろう。
故に大抵の闖入者はこの本邸で魔術をなるべく使わない様に動く。何に反応してカウンターが発動するかわからないからだ。となると目視で探すしかないが、そういう場合はわかっていないとどうにもならない事は多かった。
「どこにあったんじゃ?」
『階段の下……丁度このあたりです』
「ふむ……押し込む……わけではなさそうじゃな」
『ええ。単に手探りでは見付けられません……使い魔を……それも私の様に小さな使い魔を使ってはじめてわかるような場所です。普通にやるなら相当時間を掛けないとわからないでしょう』
どうやら隠し扉を開く為のスイッチは普通に探しては中々見つからない場所かつ、手が届きにくいかなり下の方にあったらしい。これに、ティナは呆れた様に納得を示す。
「なるほど。そこまで下であれば、余もわからぬ。で、当然ここで使い魔なぞ普通は使うまい」
『もちろんです……そしてこれももちろん、使い魔に対するカウンターも仕掛けられております。そこから除外されるのは、エンテシアの血を継ぐ者のみ。無論、隠し扉を見付けられたとて、それ以降も幾重にも渡るカウンターが仕掛けられております』
「ま、それは当然じゃろう」
隠し扉を隠しているのはあくまでも非魔術というだけで、それ以降はしっかり魔術による防衛網が仕掛けられているのだろう。ティナは隠し扉の開放と同時に幾重にも展開された防衛の術式を見て笑う。どれもこれもがかなり高度な魔術であった。そしてそれはカイトにも見ればわかった。故に、彼が問いかける。
「これ、オレ大丈夫か?」
「まぁ、余が当主の杖を持っているが故にコントロール出来るのう。どうやら地下の書庫は当主の杖か……なにかはわからぬが、それに準ずる何かの鍵を持たねばまともには入れぬようじゃ」
「当然か」
「書庫じゃからのう。魔女族の邸宅の書庫なぞ、下手すると金庫より重要視される物じゃて」
魔女達はどのような金銀財宝より、自分達の研究に役立つ素材や魔導書こそを重要視する。であれば、一番警備が厳重なのが書庫であっても不思議はなかった。というわけで、そんな書庫へ続く地下への階段を二人は下りる事にする。が、その道中、ティナは只々呆れ返っていた。
「ふむ……これ、多分余もまっとうに攻略するなら数日は必要かもしれんのう」
「となると、かなり面倒な仕掛けばかりか」
「面倒じゃぞ。次元断裂、次元転移、空間移動……まー、何でもござれじゃな。同じ効果でも違う術式でやっておるのも……いや、これ全部違う術式じゃな。解除はもうめんどいことこの上ないぞ」
「さいですか……」
一人では入らない様にしよう。カイトはそう胸に誓う。というわけで、そのまま下に歩いていく二人であったが、暫く下った所で目的の書庫へとたどり着いた。
「……おぉう」
「こりゃ……余の書庫より蔵書数が多いのう」
「というか、前に見つかったエンテシア家の遺跡以上に多くないか?」
「おそらくあちらはあくまでも歴史書や史書等の歴史的に価値のある資料が大半。とどのつまり史家としての役目に沿ったもの。こちらは、それ以外エンテシア家として所蔵しておるんじゃろうな」
とどのつまりここにある資料は全てエンテシア家の魔女達が半ば趣味で集めた、私人としての書物なのだろう。カイトはティナの推測に半ば呆れ返る。
「かも、しれんが……多すぎんか?」
「まぁ、歴代およそ一千年と少し。歴代の当主達がとりあえず気に入った書物を蓄え続けたんじゃろうな……余を見れば妥当と思わんか?」
「とっても思うな」
ティナもまた図書館が出来るぐらいには書物を蓄えこんでいる。地球では国立国会図書館の一割ほどの本――流石に漫画や国外の図書等も含むので全てが全て魔導書や専門書等ではない――を所有していたりもする。その彼女の血筋を考えれば、必然これもむべなるかなと思えた。
「にしても……これ、ガチで国会図書館並はありそうだぞ。数万……いや、数十万……数千万はありそうか……?」
「普通の人であれば、一生掛かっても読み尽くせまい。余らが普通の人でなくて良かったのう」
「オレは時間があっても全部は読みたくねぇよ……」
流石にこれは読みたくない。一千年掛けて収蔵されてきた蔵書の数に、カイトは思わずげんなりとした様子を見せる。一応殺されない限りは不老不死とも言える彼であるが、それでもここまでの本を一冊一冊読みたくはなかった。とはいえ、ここまでの蔵書数だ。必然、一つ気になる事があった。
「まぁ、そりゃ良いわ。ここまであるとなると、一つ気になるんだが……司書とかは居ないのか?」
「ふむ……そうじゃのう。流石に余もここから一冊の本を探し出すのは不可能に近い。歴代の当主達も不可能じゃろう。何があるかさえ、わからぬのではないか?」
『ええ。流石に歴代の当主達もここに蔵書されている本の全てを調べ尽くす事は出来ませんでした。必要に応じて取りに来て、という感じでしたか』
ティナの問いかけに、シェロウもまたはっきりと誰もがこの本全てを理解出来ているわけではない、と明言する。
『とはいえ、それ故にこそ司書が用意されております。こちらへ『受付』へ参りましょう』
どうやらここには普通の図書館と同じく受付なるものがあるらしい。そう言ったシェロウの後ろに続いて、二人は更に歩いていく。そうして近くにあった階段を使い更に下に下りると、そこには確かに受付らしきカウンターがあった。そこに居たのは、一匹のフクロウ型の使い魔であった。
『……おや、これは懐かしい。シェロウではないか』
『ええ、オイレ。お久しぶりです。と言っても、私は数ヶ月という感覚しかありませんが』
『うむ……それにそっちは……もしや、ユスティーナ様か? ユスティーツィア様によく似ておる』
オイレと呼ばれたフクロウ型の使い魔は目を見開き、ティナを見る。が、そこには好々爺にも見える笑みが浮かんでおり、優しげな様相であった。そうしてそんなオイレが、ティナへと告げる。
『これは申し遅れたな……儂はオイレ。エンテシア様より、この書庫の管理を任されている』
「ふむ……分体の様子じゃが」
『ふぉふぉ……やはり当主の座を継ぐだけの事はあり、儂を即座に見破るか。うむ。儂はこの書庫の隠し部屋に設けられた情報記録装置を母体としておるんじゃよ』
「別にこの程度を褒められても嬉しゅうないわ。明らかに、お主の体躯に収めるにはこの書庫は大きすぎる。それを素のまま受け入れれば、逆に阿呆としか言えまいて」
『ふぉふぉ』
ティナの苦言にも似た言葉に、オイレは楽しげに笑う。なお、分体とは使い魔の本体から分かたれて動く使い魔の使い魔とでも言うべきものだ。自立型の監視用の使い魔等が複数の監視用の使い魔を放ち各地を監視する事に使われたりするもので、一体の使い魔で各所を効率的に見張れたりするので高位の魔術師が拠点を防衛する為に使う事が多かった。
「まぁ、それはそれとしてじゃ。一つ聞きたい事がある」
『なんなりと』
「他のエンテシアの魔女の情報を知りたい。ここに余以前に最後に立ち入ったのは誰じゃ」
『最後に……であれば、お母君のユスティーツィア様じゃのう。御身がいつかここに来る事を儂に告げ、合わせ自身が一時的な死を迎える事。ここを封じる事も告げられた』
「そうか……」
ということは、やはりここに来た所で情報は得られそうにないか。ティナは若干の落胆を見せる。が、これにオイレが問いかける。
『ふむ……エンテシアの魔女を探しているとのこと。何か、あったか?』
「余の又従姉妹になるフィオルンなる者から、一族の現状を知っておくべきじゃと話を受けてのう。それで、今一族の者を探しておる所じゃ」
『ふむ……すまぬが、儂に状況を説明してはくれんか。状況如何では、力になる事も可能じゃろうて』
「そうじゃのう。お主もシェロウと同じく数百年封じられておった。今後、余の力にもなってもらわねばならん」
となると、現状を伝えておかねば話にならない。そう考えたティナは、一度オイレへと現状を説明することにするのだった。
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