第2265話 過去を求めて ――本邸――
ハイゼンベルグ公ジェイクの推測により向かう事になったエンテシア家の本邸。それについて歴代のエンテシア家の当主達に仕えたシェロウから情報を得たカイトとティナであるが、そんな二人は一度予定の調整を行い日を改めてエンテシア家の本邸へと向かう事にする。
というわけで、二人がシェロウから本邸の情報を聞いて数日。ティナがシェロウから移動用の魔術を教わり、彼女の予定も空けられた事で実際に向かう事になっていた。
「さて……それでいざ行かん、というわけであるが。此度は余とお主だけか」
「ユリィの奴は如何せん忙しいからなぁ……」
前にクシポスに向かった際には同行していたユリィであるが、今回はどうしても魔導学園の統率があり参加は出来なかった。まぁ、流石に冒険者ユニオンの総会等があってそちらに参加していたし、それ以外にも瞬の一件等でクー・フーリンの案内をしていたり最近は空ける事も少なくなかった。ここらで一度しっかりと仕事をしておこう、とここ暫くはみっちり詰めているのであった。
「ま、それはそれで仕方があるまい。ぶっちゃければ余もお主も忙しいといえば忙しいからのう」
「こればっかりはな」
カイトはそもそもマクダウェル公カイトなので公爵としての仕事もある。ティナはティナで研究者としての研究も抱えている。なのでどちらも忙しいといえば、忙しかった。
なので全員が似たりよったりではあったが、カイトの場合は公爵としての場合は補佐官が多い事やクズハやアウラが代行として存在しているし、ティナの場合は研究開発という事で待ちが少なくない。空けようと思えば、予定は比較的空けられたのであった。
「そうじゃのう……さて、シェロウ」
『はい、ユスティーナ様。ご出発ですか?』
「うむ……それで本番となるのであるが、その前に一度しっかりとおさらいをしておきたい」
一応ティナも魔術を学ぶには学んだが、実際に使ってみたわけではない。勇んで進む意味もないからだ。というわけで、今回が初使用という事もあり一度しっかり確認しておく事にしたようだ。そんな彼女の要請に、シェロウが一つ頷いた。
『かしこまりました』
「うむ……まず位置の把握。これは地脈を通じ、であったな?」
『はい』
「良し……で、『転移門』の組み上げ方じゃが……これは大精霊様からのお力をお借りして、で良いな?」
『はい……お父上様が移動されていたのは、わざわざお力をお借りしなくても移動出来るからですね』
ティナの再確認にシェロウは一つ頷いて、補足の説明を入れる。というわけで、イクスフォスが移動出来たのは彼の特異性に起因するものだったから、との事であった。
というわけで、それを受けてティナもまたそちらの力を使って今後は移動するつもりらしい。が、あれはあくまでも一人用。今の彼女では他者も一緒に移動させる事は難しかった。なので今回はまっとうな方法で移動する事にしていた。していたのであるが、ここにカイトが口を挟む。
「ん? それならオレも大精霊達の力を使えば行けるのか?」
『原理的には、空間の外にまでは到達出来ましょう。空間の中に入るのには、時の当主の許可が要りますが。そこは異空間ゆえに、という所でしょう』
「なるほどね……大精霊達の力もそこまで万全というか万能ではないというか……」
ぶっちゃければ行けるんだろうが。カイトはここは言わぬが花と言わない事にしておく。とはいえ、長年の付き合いから、それを悟っていた者が居る。ティナである。
「あー……言わぬが花とばかりの顔をしとるが。たーぶんそやつの場合は普通に行けるぞ」
『まさか。かよう巫山戯た能力、如何にカイト様でも不可能でしょう』
「……と、言っとるが」
「……出来るよ」
『なんと……これでも数千年生きた使い魔なのですが。まさかエンテシア様さえ不可能と思われた事さえ可能とは』
どこか諦める様に認めたカイトの態度に、シェロウはその言葉が真実であると理解したようだ。そしてそれ故にこそ驚きを隠せなかった。というわけで、カイトが種明かしをする。
「オレの契約している大精霊……根源四精霊とでも言おうか。そいつらの権能には空間と次元に作用する者も居る。それなら、封印や結界を飛び越えての侵入も不可能じゃない」
この世全てを形作る根源の四属性。時間・空間・精神・物質。その四つを、カイトは根源の四つと言い表したらしい。これに、ティナが盛大に呆れ返る。
「ほとほとチートも良い所じゃのう、お主……使わぬのは温情か傲慢か」
「ルール違反だからだ」
「それを、傲慢と言っておるのよ」
カイトの返答に、ティナが呆れる様に笑う。これを傲慢と言うか、それともあくまでも対等の土台に立ってくれている彼の温情と言うか。それは判断しかねる所であった。とはいえ、そんなカイトにティナは先とは違う色合いで笑う。
「ま、それでも使わぬと意地を張るわけではないあたり、お主も大人ではあろうか」
「うるせぇよ……使わず負けるぐらいなら、使って勝つさ。それぐらいには、抱えているものが多い」
絶対に負けられない戦いに負けた後に待つ悲劇を、カイトは知っている。故に、彼は絶対に負けられない戦いでチートだルール違反だと言われる札を切る事に躊躇いはなかった。
「それがわかっておるなら良いよ……本気で使いたくないなら、誰にも明かさぬからのう」
「まぁな……ま、それはそれとして、だ。どうする? オレはそっちで行くか?」
「別にやけっぱちにならんでも良かろう」
どこか投げやりなカイトに、ティナは肩を竦める。別にそんな為にこの話を出させたわけではない。というわけで、ティナはさっさと『転移門』を組み上げる。
「出来たぞ」
「あいよ……じゃあ、お先にどうぞ」
「ま、一応は余の家であるがゆえな」
どこか恭しく一礼したカイトに、ティナが『転移門』を通る。それを見届けて、カイトもまた彼女の背に続いた。そうしてたどり着いたのは、どこか『魔女達の庭』にも似た邸宅だった。
「……なんというか。叔母上の家に似ておるのう」
『ユスティエル様の家を見た事はありませんが……おそらく似ているのはご実家を懐かしまれての事でしょう』
「かのう……もしくは、一時逗留した余を気遣っての事やもしれんが」
そこは当人にでも聞かねばわからない事か。ティナはシェロウの言葉にそう思う。というわけで、ティナは若干慣れた足取りで庭園を歩いていく。そんな中を歩きながら、ティナは感心を隠せなかった。
「ふむ……凄いのう。カイトのあの邸宅も凄いといえばすごかったが。ここもここで凄い」
『で、ありましょう。こここそ、エンテシア家の本邸。初代エンテシア様も過ごされた邸宅となります故』
「ふむ……あの邸宅の維持を行う使い魔は、初代様の作か?」
『あれらは違います』
「なるほど……あれほどの自立型の使い魔を作れるだけの者たちが、エンテシアの当主達というわけか」
『もう一人のカイト』の拠点が様々な文明の未知の技術の宝庫であるのなら、ここは一つの道を極めた者たちの技術の宝庫。ティナはまるで自分とカイトを表したかのようなそれぞれの邸宅に、僅かに楽しげだった。そうしてそんな庭園を横目に、二人はシェロウに導かれる様にエンテシア家の本邸へとたどり着いた。
「……」
『見覚え、ありますでしょう?』
「……妙な気分じゃのう。実感としては、見た事が無いような感じじゃが……はっきり見た事があると思う」
微笑む様に問いかけるシェロウに、ティナがどこか神妙な顔で問いかける。
「なんというか……のう。幼少期のかすれた記憶の場所を大人になり訪れ、こんな所にあったか、と自身の成長やらを実感しておる感じじゃ」
「まんまじゃねぇか」
「言うではない。余自身、月並みな言葉じゃとは思うわ」
カイトのツッコミに笑うティナは、気を取り直して扉を開く。すると、彼女がいつか見たという光景が広がっていた。
「あぁ……」
ここだ。ティナはかつて自身の奥底に潜った時に見た光景のままの光景を見て、僅かに目を見開く。そうして、彼女は一瞬だけ過去を幻視する。
『ここが、エンテシアの……お母さんの家よ』
『ここが……?』
その後、どんな会話を繰り広げたのだろうか。ティナはもはや詳しく思い出せぬほどに色褪せた光景を、遠くから見る。そうして、数分。ただ沈黙が周囲を満たす。
「……妙なもんじゃのう。そんな記憶なぞ無いはずなのに、ここに余は手を引かれ立っておった」
『そのとおりです……こうすれば、より思い出すのではありませんか?』
「っと……」
急に自身に飛び掛かったシェロウを、ティナが抱きかかえる。そうしてまるで人形の様にシェロウが抱きかかえられ、笑う。
『あの時、貴方様はこの様にして立っていらっしゃいました』
「……うむ。余の記憶の中でも、その通りじゃ……その後は……こちらへ歩んでいったようじゃな」
シェロウの言葉に同意しながら、ティナはかつての母に手を引かれる様に二階へと続く階段を上っていく。そうして、ただ記憶に導かれるままシェロウを抱きかかえるティナは歩いていく。
「……ここ、じゃな。っ」
再度、ティナの中の記憶がフラッシュバックする。そうして見たのは、この部屋の中で自分を待っているリルの姿であった。
「これは……リル殿?」
『はい……ユスティーナ様がここに来られた理由の一つは、ここでリル様からご指南を受ける為でもあったのですよ』
「なんと……であれば、世が世なら余はリーシャの姉弟子となっておったのか」
そもそもリルとティナの母ユスティーツィアは師弟関係。そしてリルが去った最大の理由はマルス帝国の横暴から逃げたからだ。帝国の崩壊後、密かに戻っていても無理はない。そしてここであれば、ひと目を避けて会う事は容易い。あまり目立ちたくないリルにとって、どこよりも良い場所だっただろう。
「なるほど……父上も一応、父としての顔をしようとはしておったか」
『あははは。そうでございますな……一応、家庭教師を務めて頂いている以上、自分が挨拶に出向くのが筋だろう、と一緒に来られていたのですよ』
「はぁ……」
色々な筋が通った。ティナは得心を得たかの様に嘆息する。そうして一通り記憶を頼りに話した彼女が、扉を開く。
「ここは……子供部屋……にしては些かゴシックが過ぎるかのう」
『ここは敢えて言えば学習部屋のような物とお考えください。ユスティーナ様の私室はまた別にございます』
「うーむ……これで学習部屋。無駄に豪勢じゃのう」
この様子なら自分の部屋は幾つもあるらしい。ティナはシェロウの言葉に苦笑を隠せなかった。が、そんな彼女はふと何かに気が付いた。
「いや、これは……ほぉ……? ほぉ……ほぉ! 面白いのう!」
「ほぉほぉほぉほぉ妙な鳴き声あげんで、何がなんだか教えてくれ」
「ああ、いや、すまん……妙に豪勢な部屋じゃのう、と思うたわけじゃが……なるほど。こりゃ面白い。豪勢なのは色々と隠しておるからじゃのう。影に隠れて色々な魔術が隠されておる。どれもこれも、今の余にとっては子供騙しじゃが」
「む?」
齢数百を超えた今の自分からすればもはや児戯としか思えない光景であるが、それでも齢一桁の少女であれば気付くのに時間が掛かってしまうだろう。
この部屋全てを理解しようとすれば、そこそこ良い時間が経過している可能性は高かった。そんな魔女らしい『学習部屋』に感心するティナに、シェロウが笑う。
『ええ……まぁ、ついぞこの部屋の全てを解き明かせたわけではありませんでしたが……』
「ま、そこはしゃーないのう……余にもそんな幼少期があった、というわけじゃ」
『はい……まぁ、それは良いでしょう。一応、ここは目的の部屋ではございませんが……見られていきますか?』
「良いよ、別に。今は思い出に浸る時ではないからのう」
「別に良いだろ。どれだけ時間が掛かるかわかってなかったから、終日空けてるし。オレもどうせなら一回外に出て帰還予定やら伝えときたいし」
「む?」
どこか恥ずかしげなティナに、カイトは僅かに苦笑する。言うまでもなく、気を利かせたという所であった。というわけで、首を傾げるティナにカイトが背を向ける。
「ま、適当に時間潰しておいてくれ。場所はわかったし、お前がこっちに居る限りオレも出入りは出来るだろう」
まぁ、可能だろう。そもそも居なくても場所さえわかっていればなんとでもなるし。カイトの言葉にティナはそう思いつつ、せっかく気を利かせてくれた以上、それを有り難く受け入れる事にする。そうして、カイトは一旦は外に出る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




