第2264話 過去を求めて ――エンテシア家――
マクダウェル家とハイゼンベルグ家による合同軍事演習も終わり数日。演習の件でハイゼンベルグ公ジェイクと話をしていたカイトであるが、そこでハイゼンベルグ公ジェイクより魔女の一族としてのエンテシア家の本邸の存在を知らされる。というわけで、その話を受けたカイトは今回の演習の総括を行っていたティナへとその話を行っていた。
「なるほど……それは余としても納得じゃ」
「そうなのか?」
「うむ……まぁ、これは物の道理として当然の話であるが、余は六百年前の皇城に来た事があってのう。当時の皇城のエントランスも当然見ておる」
「そりゃ、お前王様だったからな」
今更な話だ。カイトはティナの言葉にそう思う。そしてティナもそこがあったからこそ、自分が皇族だと気付かなかった。
「うむ。間違いなく余の記憶にあったエントランスと皇城のエントランスは別物じゃった。そもそも手すり等が木造じゃったからのう。大凡皇城等の城ではなく、邸宅と考えて良いし、実際余はそう考えておった。実際、そうであるみたいじゃしのう」
「さてなぁ……ジジイもそこははっきりとはわからん、と言う事だったし」
「それはしょうがあるまいな」
なにせハイゼンベルグ公ジェイクはエンテシア家の本邸に立ち入った事がないのだ。別に立ち入りが許可されなかったわけではないそうで、単に暇がなかったし行く必要もなかったので行かなかっただけだそうだ。
「とはいえ、余はてっきりエンテシア家の本邸はかつての戦乱で失われたと思うておったんじゃが」
「そこらは、実際に行ってみないとわからないそうだ。ユスティエルさんもここ数百年は放置してた、って話だしな」
「維持や管理は……まぁ、余らの事を考えればさほど疑問もないか」
なにせエンテシア家は魔女の一族である。使い魔からゴーレムまで自動化は自由自在だ。それこそそこを動員しないでも、魔術で時を歪めてしまって、というのも可能だろう。ティナも放置されていても問題無いだろう自分の知らない実家が理解出来てしまったらしく、少し楽しげに笑っていた。
「まな……で、どうする? 行ってみるか?」
「そりゃ……まぁ、行くしかあるまい。依頼の方もあるからのう」
依頼。それは言うまでもなくフィオからの依頼だ。一応、カイト達は名目上は彼女からの依頼で一族であるエンテシアの魔女たちを探している事になっており、そうである以上冒険者としては手がかりが見つかれば動くしかなかった。
「そうか。じゃあ、なるはやで動くか」
「うむ。別にのんびりする必要も無いからのう」
「まな……で、そうなると場所なんだが……」
「あぁ、良い良い。そういう事であれば確実にわかっておろう奴が一匹おるからのう……シェロウ」
こういう事であれば、マルス帝国最初期の頃からエンテシア家に仕えてきたシェロウしかいない。そう判断したティナが、白猫を呼び出した。
『お呼びですか?』
「うむ。今これとの話し合いでエンテシア家の本邸に向かうか、と言う話が出ておってのう」
『エンテシア家の本邸……と申しますと本家の事でございますか?』
「そこらは余はわからぬが……大凡それで一致しておろうな」
本邸、というのはあくまでもハイゼンベルグ公ジェイクの言い方だ。これでユスティエルは理解していたが、当時の者たちが別の呼び方を使っていたりシェロウが本家という呼び方を使っているだけかはわからない。が、大凡同じに思われた。故のティナの言葉に、シェロウは逆に問いかける。
『ふむ……一応の確認ですが、エンテシア家の当主筋が継承している家の事でよろしいですか?』
「だからそれはわからぬ、と言っておろう……が、一つわかっておると言えば、余がおそらく訪れた事はある、という所であろうな」
『であれば、本家で相違ありませんでしょう。ユスティーナ様がご幼少のみぎり、先代であらせられるお母上様に連れられて本家に入られましたのを、私も覚えております』
そもそもシェロウはユスティーツィアの使い魔である以前に、歴代当主の使い魔でもあった。故に本邸へ向かった際に同行していたとて不思議はなく、これでほぼほぼ確定と言って良いような状況だった。
『ですがなぜ今更本家に?』
「以前、余らがエンテシアの魔女達を探索する話はしたであろう? その関係で本邸に何か情報が無いか、と思うてな」
『ふむ……どうでありましょうな』
「何じゃ。妙に歯切れが悪いのう」
そもそも情報があるのでは、というのはあくまでもハイゼンベルグ公ジェイクの推測だ。が、その彼が実情を知らない、というのは彼自身も認めており、実情を知るシェロウの返答次第では行く必要が無くなる可能性は無いではなかった。
『ああ、いえ……確かに、本家……本邸にはエンテシアの魔女と呼ばれる者たちの情報は収蔵されておりましょう。基本、一族で集会を行う場合は本邸で行っておりました故……ですが、本邸はあくまでも本家筋の者たちの住処。分家筋の者は一時的な宿泊は行えど、定住していたわけではありません』
「ふむ……確かに、それはそうやもしれんか」
『はい……そしてユスティーナ様のご幼少のみぎり、本邸は基本的にはその役目を終えた形となります。マルス帝国も崩壊致しておりましたし……何より、崩壊後はお母上様の家は今で言う所の皇城となりました。それに伴い、集会等も皇室が保有する施設となりました』
「ふむ……」
確かに、そう考えればそれは尤もか。ティナはシェロウの指摘に僅かに眉を顰める。そうして、彼女が一つ疑問を呈する。
「であれば、なぜ余はエンテシア家の本邸に行ったのじゃ。よう考えれば、大抵の事は皇国の持つ施設でなんとかなろうし、余の生まれは皇城であろう。そして本邸も使う意味はさほど無いと来る……まさか母上も思い出に浸りたいから、と余を連れて行くわけもなかろう」
『なぜ、ですか。そうですね……一言で言えば、必要であったから、と』
「必要?」
『はい……ふむ……そうですね。ここらは論より証拠、とも百聞は一見にしかず、とも言います。実際に見て頂いた方が早いやもしれません』
ここで延々と話をするより、いっそ見た方が早い。ティナの重ねての疑問に、シェロウはそう判断したようだ。そして元々ティナとしてもカイトとしても本邸に向かうか、という話をしていた所である。なら、色々と悩むより見た方が良い可能性は高かった。
「そうじゃのう……敢えてここで話をする必要もあるまいか。それに本邸があるのであれば、当主の座を継承した余が知っておらぬのはいささか具合が悪かろう。どうにせよ、一度は向かうべきじゃろうて」
『ふむ……そういう事でしたら、確かにそうですね。行っておかねばならぬのは、ならぬでしょう』
「話は決まったか?」
「うむ。とりあえずそういった諸々を片付ける為にも、一度本邸に向かう方が良かろう」
どういう理由であれ、一度はエンテシア家の本邸に向かわねばならない。そんな合意を見たカイトの問いかけに、ティナははっきりと頷いた。というわけで、エンテシア家の本邸に向かう事になるのであるが、そうなると問題になるのはこれであった。
「で、場所は? そもそもシェロウを呼び出したのはそれを聞く為だろう」
「っと……そうじゃな。シェロウ。スマヌが、場所を教えてはくれんか? 余が場所を知っておれば良いが、流石にそれは望めんじゃろう?」
『ですね……まぁ、これは至極当然の事でありますが、本邸は物理的に歩いて行こうとして行けるものではありません。なにせエンテシア家の魔女の本邸ですからね』
「侵入者対策の仕掛けは盛りだくさん、と」
『はい』
ティナの言葉に、シェロウは笑いながら頷いた。エンテシア家はマルス帝国に古くから仕える一族だ。であれば、何かと狙われる事もあっただろう。そういった対策を行う一貫として、様々な仕掛けが施されているだろうというのはティナにも即座にわかったらしい。そんな彼女に、シェロウが一つ問いかけた。
『そも、ユスティーナ様はどの程度本邸について覚えていらっしゃいますか?』
「何も覚えとらんよ。母上は父上に連れられて移動しておった、とは叔母上に聞いたが。その叔母上も場所は少し調べるので待って欲しい、との事であったが」
『そうですか……では、少しだけ本邸の事を語る事にしましょう』
これはほぼほぼ何も知らないも同然と見て良さそうだ。ティナの返答にシェロウはそう判断する。そうして、ティナへと語り始める。
『エンテシア家の本邸……それはおそらくユスティーナ様がご想像されていらっしゃいます通り、この実空間には存在致しません。位相のズレた空間に存在しております』
「ふむ……まぁ、先に歩いて行ける場所ではない、と言っておったからのう」
『はい。初代エンテシア様のお屋敷を魔術により異空間へと移動させた物となります』
「ほぅ……初代様のか」
初代エンテシアの頃から存在する建物。そう言われ、ティナは色々な側面から興味を抱いたらしい。そんな彼女に、シェロウは続けた。
『はい……それで行き方ですが……これは特殊な魔術により『転移門』を拵えて移動する事になります』
「特殊な魔術か」
『はい……エンテシア家に属する、当主の認めた者のみが使える魔術です』
「なるほど……それで痕跡があるかどうかが微妙、と言う反応であったのか」
そもそもエンテシア家の当主はユスティーツィアの逝去後、空席となった。一応立場上はティナが継承はしていた事になるのであるが、その彼女とてつい最近まで自身が当主を後継する身である事を知らなかった。なのでその間は当主の認めた者というのが存在しなくなった為、誰も訪れる事が出来なかったのである。
『そうですね。ユスティーナ様が当主となりますまで、件の魔術は使えても使えない物となっておりましたでしょう。残念ながら私はお母上様の命により眠りにつき、正確な所はわかりかねますが』
「その認めた者というのは、余が当主の座に就いたと同時に継承されておるのか?」
『基本、継承されるとお考えください……が、現状ユスティーナ様が継承された事をご存知なのはティエルン様のご息女であらせられるフィオルン様のみ。この数ヶ月で数百年使えなかった魔術を使った方がどれだけいらっしゃる事やら、という所ですね』
「なるほど……」
数百年訪れていない場所に、いきなりこの数ヶ月で行かねばならない用事が出来る。確かに個々人の事情はそれぞれなのであり得るかもしれないが、そう都合よく事が起きるとも思えなかった。となると、シェロウの言う通り何か現状の手がかりとなる情報があるとは思い難かった。
「まぁ、それでも何か情報はあろう。そちらについては手がかりがあれば良し、無くてもしょうがないで諦める」
『それなら、良いでしょう……で、話を戻しますと、『転移門』の術式はお母上様より私が教える様に申し付けを頂いております。本邸も好きにする様に、と』
「なんじゃ。それなら最初に言えば良かろう。なぜ今まで言わなんだ」
『言われなかったから、ですが』
「お主な……そこはせめて言っておくのが筋であろう」
確かにエンテシア家の事について一切興味を持たなかったのは自分であるが、それでも知っているのなら最初から教えてくれれば良かった。ティナはシェロウの返答にそう呆れ返る。とはいえ、そんな彼女にシェロウは告げる。
『そうは仰られましても、どうにせよお時間もなかったかと思われますが』
「まぁ……それもそうじゃが」
実際、先のクシポスの一件以降、『天覇繚乱祭』を始まりとしてカイトもティナも色々とありすぎて言われた所で対応は出来なかっただろう。実際、ティナもシェロウには大半初代エンテシアの魔術についての話や先に見つかっているエンテシア家の遺跡に関する話ばかりで、本邸等の施設の話は聞けていなかった。そこをしていればこの話が出ていたやもしれないが、大本の話が出ていなかった以上仕方がなかっただろう。
「……まぁ、良かろう。カイト。何時行く?」
「別にオレは今日今からでも良いが。幸い、依頼を受けているわけでもないからな」
「まぁ、余の方が今は都合が悪いが……ふむ。少しカレンダーを見て確認するとしよう」
基本的に現在のカイトは皇帝レオンハルトが主導する演習の関連で、大規模な依頼は受けられない。ある程度の用意が整うまでは何時お呼びが掛かっても不思議でないからだ。
が、絶対に時間を空けておかねばならないわけではなく、どこかで一日程度なら予定を空ける事は十分可能だった。というわけで、そんなカイトと共にティナは予定を調整し、本邸へ向かう段取りを整える事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




