第2263話 戦士達の戦い ――数日後――
マクダウェル家とハイゼンベルグ家により行われた合同軍事演習。それに冒険部を率いて参加したカイトであるが、彼は最後にハイゼンベルグ公ジェイクとの直接対決を制する事に成功する。というわけで総大将であるハイゼンベルグ公ジェイクの撃破、即ちハイゼンベルグ陣営の敗北となり、演習はマクダウェル家の一勝一分けで終わる事となる。
そうしてその後皇帝レオンハルトとの間で二人の公爵は今後を含めた話を交わし、後片付けを終わらせてそれぞれの居場所に戻っていた。というわけで、カイトもひとまずは冒険部のギルドホームに戻ると、次の全体での演習の支度を進める傍ら何時もの日々に戻っていた。
「ふーん……まぁ、そうなるかねぇ……」
「なんかあったのか?」
「いや、単に演習の記事を読んでいただけだ」
どこか納得という様子で新聞を読んで頷いていたカイトであるが、ソラの問いかけに特段の感慨もなく首を振る。そんな彼に、ソラが重ねて問いかける。
「演習ってことは……昨日のだよな? どう書かれてるんだ?」
「流石に現状だ。演習を行う事について否定的には書けんよ……その上で言えば、メインはやっぱり叛逆戦争時代の英雄達について、という所だな。現代だと三百年前のエース達が有名だし一般的だから、知られていない事が多いんだ。だからトップもそっちだな」
ソラの問いかけを受けたカイトが、新聞の一面を彼に見える様に提示する。それを受けて、ソラが一面の見出しを口にした。
「建国の英雄達、集う……改めて皇国への忠誠を誓う。え、何その写真」
「演習の後に皇帝陛下が彼らを集めて話をされた。こっちは無関係なんで、呼ばれてないだけだ。そこでの写真だな」
ソンメルや鳳華を筆頭にしたレジスタンスの戦士達が集まって皇帝レオンハルトへと跪いている写真を見て驚きを露わにしたソラに、カイトは演習の後に起きた事を語る。新聞の一面はその写真だった。
「オレが読んでいたのは、三面の英雄達の近況……みたいな記事か。彼らが今どこで何をしていたのか、とかのお話だな。わかってる範囲で、だが」
「へー……」
「興味あるなら読むか? オレは一通り読み終わったからな」
「おう、サンキュ」
カイトの申し出に、ソラはそれを有り難く受け入れる。ここらの情報は今後も考えて手に入れておいて損はない、と思ったようだ。なお、カイトは一応読んではいたが、彼の場合はティナの監視役の側面もあったのでハイゼンベルグ公ジェイクより必要に応じて紹介を受けている。
なのでここに書かれてある以上の事を把握していた為、一読するだけで興味を失ったらしかった。そうしてソラがカイトから受け取った新聞を読み始めたわけであるが、そこに瞬がやって来た。
「ふぅ……なんだ。まだ二人だけか? まぁ、椿さんは居る様子だが……」
「というより、今日はほぼほぼ休みだ。昨日帰りに話したの、忘れたか?」
「ああ、そういえばそう言っていたか」
「かなり大規模な演習の後だからな。ルーとアリスにはこんな感じだから、と休みにさせた。ルーは訓練するか、と出ていったがな」
首を傾げる瞬に、カイトは上層部の今日の予定を語る。そういう事情なのでカイトも率先して依頼を受けるつもりはなく、それでも居るのは万が一に備えての事だ。
が、今日はほぼほぼ冒険部全体が演習の翌日という事で依頼に出るつもりはないのか、小遣い稼ぎ程度の小さい依頼を受ける予定だ、というのが大半だった。
この調子だとカイトは今日一日ここでのんびりくつろぐだけになりそうであったし、実際そうなった。とはいえ、そうなると瞬としてはソラが居る事が気になった。
「で、ソラはなんでここに」
「癖みたいなもんっすね……ひとまず状況確認しとかないとなー、って感じで。まぁ、来てもやる事ないんで、適当に時間潰したらどっかぶらつこうかな、とは思ってますけど。先輩は朝練終わりっすか?」
「ああ。で、朝練が終わって休みだった事を忘れた形だ」
ソラの問いかけに、瞬は僅かに恥ずかしげな様子で笑う。朝の稽古に関しては冒険部も冒険者ギルドである以上、所属員の大半が日課として行っている。その中でも特に武闘派として知られる瞬は比較的長めに朝練を行っており、今日は特に演習の直後とあり殊更二人より遅くになった、というわけなのだろう。そうしてそんな彼がカイトへと問いかける。
「まぁ……せっかく来たんだ。カイト、何かあるか?」
「うん? 何かねぇ……別にオレ自身、この通りだが」
カイトの現状はというと、椿の給仕を受けながら数通の書類にサインをしている程度だ。演習がどうなるかわからなかった為、演習前に来ていた仕事は全て終わらせて演習に臨んでいた。結果、翌日は朝一番という事もあり何もする事がなかった。
「まぁ、何かしたい、というんだったら先輩もソラから新聞を回して貰って叛逆大戦時代の英雄達の事でも読んでおくと良い。今後は、彼らも一線に戻るみたいだしな」
「そうなのか……確かに彼らは強かった。力を貸してくれるのなら、千人力だ」
瞬もソラと共にソンメルと矛を交え、叛逆大戦時代の英雄達が三百年前のエース達と遜色ない領域の猛者である事を理解した。なのでその助力は好意的に捉えられたようだ。そして彼は武人肌の戦士だ。猛者とあって、ソラ以上に興味が湧いている様子だった。そんな彼の言葉に、カイトもまた同意する。
「そうだな……まぁ、おそらくウチが関わらない事はないだろう。知っておいて損はない」
「そうか」
冒険部の中でもカイト以下ソラと瞬はそれぞれ今後起きる戦いの敵側の中心人物に因縁を抱えている。故にそこに関わるだろう彼らの情報は知っておいて損はない。それを理解した瞬もまた新聞を読み込む事にして、この日は一日情報収集や資料整理に費やす事になるのだった。
さて、演習も終わり数日後。カイトは再度ハイゼンベルグ公ジェイクと話を交わしていた。
「はぁ……あのな、ジジイ。流石にレジスタンス時代の仲間引き連れるのはオレもどうかと思うんだがな」
『言うでない。が、それぐらいはせねばお主らに勝利なぞ得られまい……まぁ、結局得られもせなんだが』
「ま、そうなんだがね」
最終的に勝利を得られたとはいえ、それとて賭けに勝利した結果と言っても過言ではない。とはいえ、勝利は勝利。それはそれだ。
「とはいえ、だ。良いネタになってくれたんじゃないか?」
『それが狙いじゃからのう……これで、後はお主の帰還さえあれば、大凡問題はあるまい』
「それが出来ないから面倒なんだよなぁ……」
現状、まだカイトが復帰して大丈夫なだけの体制は整っていない。というわけで、彼は一つため息を吐いたものの、気を取り直す。
「いや、そりゃ良いか。兎にも角にも、これでオレはそちらと渡りが付けられた、と考えて良いだろう」
『それはそうじゃろうて。最後の一幕も、それが目的じゃからのう』
「……あ、そっか」
『お主な……』
どうやらカイトは完全に失念していたらしい。ティナの思惑――彼女がそこを意図に入れていない筈がない――に気付き、思わず呆けていた。
「あっはははは。完全に気付いてなかったわ……ま、それはそれとして。近々一回行っておくべきか」
『それはそうじゃろうて……ま、そこらは機を見計らい、で良いじゃろ』
「あいよ」
こればかりはその時点での必要になる事柄等が複雑に絡んでくる。となると、今言ってなんとかなるものではなかった。というわけで、そこらの話を終わらせたカイトであるが、そこでふとハイゼンベルグ公ジェイクがカイトへと問いかける。
『そういえばカイトよ』
「ん?」
『エンテシアの魔女を探しておるそうじゃな』
「ああ……そもそもユスティーツィアさんはエンテシアの当主だったわけだが、現状あの通り動けないからな。それを見越していたユスティーツィアさんの言葉で、あいつが当主になったわけだが……」
まぁ、必要かどうかは横にして、だが。カイトは内心そう思いながらも、ハイゼンベルグ公ジェイクの問いかけに頷いた。
「そうなると当主が一族の現状を把握していないのはまずくないか、とな」
『それはそうじゃのう……』
「ああ。それで今更ながら探そう、となった。で、探してる」
要約してしまえば、そんな所だ。カイトは手短に理由を語る。これに、ハイゼンベルグ公ジェイクが教えてくれた。
『そうか……それで一つ思うたんじゃが。お主ら、かつてのエンテシア家の本邸については知らんのか?』
「エンテシア家の本邸?」
『やはり聞いておらんか……当たり前であるが、エンテシア家の魔女達とて邸宅は構えよう。前に、ふとした折りに聞いたんじゃが……姫様がご自身の過去の記憶を探られた際、どこかの邸宅を見られたと仰られていたな』
「ああ……あいつが両親の記憶を探ろうとしていた話だな」
当たり前だが孤児と言われたティナとて、いや、孤児であったからこそティナもまた殊更両親の事が気になった過去はある。なので彼女は自身が得意とする魔術を使い、両親の事を知れないか試した事があったらしい。これは流石にイクスフォスの封印等で上手くはいかなかった。が、それでも僅かながらの断片は読み取れていたらしい。
「あれは当時の皇城じゃないのか?」
『いや、それとなく話を伺うに、どうにも違う可能性が非常に高いのではないか、と思うてな。赤い絨毯の敷かれた大きなエントランス、と仰られておったが、今まで皇城にそのような場所は無い。が、こちらはユスティ殿から聞いたが、エンテシア家のご実家には似た構造のエントランスがあったと聞く』
「なるほど……エンテシア家の本邸の可能性が高いのか」
ここら、カイトもハイゼンベルグ公ジェイクもいたずらにティナの記憶を刺激してしまう可能性を鑑みて、今までは詳しい話を聞いた事がなかった。が、今ならもう隠す必要もなく、ティナも封じられた記憶が解かれた事でしっかり記憶を呼び起こす事が出来た。
『うむ……それで儂も古い記憶を呼び起こせば、確かに姫様は幼少期に何度かエンテシア家の本邸に向かわれた事があられた。そこでの事と考えられよう』
「ふむ……確かに、その可能性が高そうだな。当人が居ない以上、推測の域を出んが」
『それはのう……とはいえ、行ってみる価値はあるのではないか?』
「うーん……そうだな。確かに現状、サリアさんに情報屋の情報網で探してもらっちゃいるが……手がかりとなるリストはフィオが提供してくれたリストだけだ。本邸には、詳細がわかる資料があるかもか」
現状、手がかりが少なすぎるのが探索においての足かせになっている。それが少しでも手に入るのであれば、確かに本邸に向かう価値はあると思われた。
「ジジイの方は場所とかわかるのか?」
『わからん』
「は?」
『どこぞのバカが転移して移動していたものじゃから、詳細はそのバカ以外わからんのじゃ』
「……そうでっか」
どこぞのバカことイクスフォス以外知らない、と言われてカイトはがっくりと肩を落とす。とはいえ、そんな彼はすぐに誰に問いかければ良いかを理解していた。
「はぁ……ユスティエルさんに聞くしかなさそうか」
『そういう事じゃな。もしくは、リル殿でも良いやもしれん』
「か……」
元々ユスティーツィアもユスティエルも共にリルの弟子だ。なのでリルが本邸の場所を把握している可能性は非常に高く、彼女に聞くのも手は手だった。というわけで、カイトはそこらについて更に詳しく話を伺い、ハイゼンベルグ公ジェイクからの協力を取り付ける事になるのだった。
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