題2260話 戦士達の戦い ――突破――
マクダウェル家とハイゼンベルグ家の合同軍事演習。その中で冒険部を率いて参戦していたカイトは、ファロスというフロド・ソレイユ兄妹の師である弓兵を撃破すると前線の近接戦闘を行う戦士達の層の厚さを受けて、後方に引いて支援に徹する事としていた。そんな彼であるが、その判断は至って自然なものであるものの、同時にティナからの指示を含んでのものだった。
『現状じゃ。どうやっても、一気に攻め込むぐらいしか手が無い。そして切り込み役として誰が適切かというと……まぁ、お主しかおるまいな。色々とお主には出力無しでも適性があり過ぎる』
「有り難いお話どーも」
オレとしちゃやりたくないんだがね。ティナの言葉を聞きながら、ファロス撃破と同時に後ろへの撤退の指示を一切の説明を受けず受け入れたカイトは後方支援を行いながらそう告げる。
「だが、決めきれんかったら終わりだぞ?」
『わかっておる……それ故にこの策を打った』
「なんの話だ」
イマイチわからない話の流れに、カイトは小首を傾げる。そうして、ティナはこの作戦の妙を告げる。
『そも、お主がここから退けば確実に爺様は何かを企んでおる、と思うじゃろう。現状でさえ、そう思うておろうがな』
「そりゃそうだろう。こっちが勝ちを取りに行く事が無い、ってのはあり得ない話だからな。てなると、現状を覆せる札が必要だ」
『うむ。やるからには勝利を目指す。当たり前の話じゃ』
何を当たり前な。カイトの言葉にティナははっきりと同意を示す。やはり覇王の性質を持つカイトと、王様であったティナだろう。勝負事に関してはやはり勝利をどうしても目指したくなるらしく、勝利を目指す事は前提であった。
『で……そうなると、必然としてお主を動かす必要がある。お主はエックス。対応が難しい変数じゃ。敵としてのお主は実際、余は軍師としても戦士としても戦いたくない究極のジョーカーじゃ』
「褒められてはいるんだろうな」
『褒めとるよ。お主は余も何をしてくるか理解出来ん札じゃ。爺様も同じく、理解出来まい』
何をしてくるかわからない。大抵それは悪い状況にしかならないが、カイトほど戦場で褒め言葉になる戦士はいなかった。
『お主はそこから動かんで良い。迎えはこちらから出すゆえな』
「どーやってよ」
『一応、持ってきておる札があるんじゃ。今回は出さぬか、もしくは固定砲台として使うかのー、とか思っておったんじゃが……』
「何さ」
『お主の専用機じゃ』
「持ってきてたのか?」
今回、カイトはあくまでも冒険部の冒険者としての参戦だ。流石に彼も軍属と冒険者の二足わらじをするつもりはなく、必然として彼の魔導機の出番は無いと思われて持ってきているとは思わなかったのだ。
『うむ……アイギスもおるぞ』
「それは知ってるよ。あいつほど優れたオペレーターは居ないからな」
『うむ。旗艦の全システムをあの子一人で動かせる。情報処理速度は他の追随を許すまい……ま、こんなもん連れてきておる時点で余らも大概じゃが』
「言うなよ」
レジスタンスの面々を総動員した事を無茶苦茶だ、と憤ったカイトであったが、その実彼ら自身も無茶苦茶な奴らだ。
『ま、そういうわけで……お主の所にまで魔導機を出す』
「どう言い訳するつもりだ?」
『言い訳なぞ必要あるまい。実験機の公的スペックの時点で複座機じゃ。戦闘を行うメインパイロットと、火器管制装置等の計器類を観測するサブパイロット。戦闘を行うのであればメインパイロット単独で問題無い、とな』
「あー……」
そういえばそうだったか。カイトはティナの解説に納得する。そして故にこそ、流れもわかった。
「で、オレ一人戻れなのか。戻っている中でこいつが一番適任、と」
『そういうことじゃ。お主が最適とする状態を作り出すこの上ない理由、というわけじゃ』
「なーる……了解した。後は?」
『アルらが押し込みを終えて、前線に全戦力が集中したタイミングで動け』
「あいよ……出るかね」
『出るじゃろ』
カイトとティナは、自分達の動きに対応するハイゼンベルグ公ジェイクの手札を察していた。故に二人は楽しげに笑う。これしかない。そう思える札があったのだ。そうして暫くの間カイトは支援を行いながら、その時を待つ。そしてその時は存外、早かった。
『カイト……良いな?』
「ああ……今なら、突破出来そうだ」
アル達は頑張ってくれている。カイトは自分に仕える騎士達にそう称賛を内心で口にする。本来、あの二人でもレジスタンスの戦士達は倒せない。レジスタンスの戦士達は格上の戦士が多いのだ。魔導機という札を与える事でなんとか互角に落とし込めているが、そこまでだった。
「桜、瑞樹。本陣はこのまま引き続き前線の別働隊を全力で支援し続けろ。後は考えなくて良い。後30分以内に決着が着かなければアウト。こっちの敗北だ」
『さ、三十分……そんな時間が掛かるんですの?』
「ああ……ま、今回の演習の最後を飾るには良い戦いになる。時間があるなら、見ておいてくれや」
『はぁ……』
ここから先、何が起きるかは誰もわかっていない。それこそこのタイミングではまだハイゼンベルグ公ジェイクさえわかっていないのだ。わかっているのは自陣営の次の一手を理解しているカイトとティナ達だけであった。そうして、そんな冒険部本陣の最後方にカイトの専用機がかなり強引に着地した。
『マスター!』
「おうさ! フルブースト準備は!?」
『イエス! 搭乗と同時に可能です!』
「良し! って、来るな!」
当然であるが、専用機が発進した時点でハイゼンベルグ陣営もこちらの次の一手には気付いた事だろう。であれば必然、カイトの進軍を阻止するべく猛攻撃を仕掛ける事は明白だ。
なので無数の魔導砲の一撃が飛来しており、カイト無しの魔導機であれば何発耐えられるか、という所であった。が、問題はない。彼は、すぐに搭乗する。
「マスター! 操縦系、移動中にフィッティングします! ひとまずは足だけで!」
「あいよ! 順番は足、腕、その他でいけ!」
「イエス!」
迫りくる砲弾をそのままにしておけば、被害は後ろに及ぶ。それを理解しているカイトはコクピットに入ると同時に足を踏みしめて地面を蹴り、魔導機を盾にする様に前に出る。そうして飛来する魔弾の雨に突っ込んで、下半身を捻った。
「アイギス! ウィング展開!」
「イエス!」
「おぉおおおお!」
展開された外装に魔力を通し、バックパックに接続されている二つの大剣に魔刃を宿す。そうして下半身を捻る動きで一回転し、それが終わる頃にアイギスが告げた。
「腕のコネクト完了!」
「良し! アル、リィル! 避けろよ!」
腕のコントロールが出来る様になった事を受けて、カイトは二度目の回転を行いながら両肩に接続されている大剣の柄を掴む。そうして二度目の回転が終わる頃には、両手に大剣を構えていた。
「おぉおおおお!」
『あ、あぶないなぁ!』
『ちょっと!?』
飛翔する巨大な二つの魔刃に、アルとリィルが大慌てで上に飛んで回避する。が、それはクオンと鳳華の交戦の最中に近づくと、簡単に細切れにされた。とはいえ、それそのものはどうでも良く、重要なのは魔刃により出来た道だった。
「アイギス! 出力全開! 押し通る!」
「イエス! 合わせて大剣に魔力を回します!」
「上出来だ!」
アルとリィルが大きく飛んで退いた様に、二人と戦っていたレジスタンスの戦士達もその場から大きく離れていた。故にその隙間をカイトは強引に押し広げる様に突破を図る。が、これにレジスタンスの戦士達はすぐに立て直すと、追撃を図る。
「ちっ! まさかの真正面からの正面突破!」
「相変わらず無茶苦茶だ!」
『させるかぁあああああ!』
『食い止めさせて頂きます!』
正面突破を図るカイトへの追撃を防ぐ様に、上に飛んでいたアルとリィルの二機が間に割り込む。そうして、二人が全力を解き放つ。
「すごいね、これ……まさか僕の全力にも対応してるなんて」
『ええ……』
先にハイゼンベルグ公ジェイクも言及していたが、アルとリィルの乗る専用機は二人専用にフルカスタマイズされた物だ。故に二人の全力にも耐えきれる様に設計されており、アルの魔導機には巨大な氷の鎧が。リィルの魔導機の背にはまるで巨大な蝶のような炎の翼が生えていた。
そんな二機に追撃を任せたカイトは、双刃に宿した魔力を盾代わりにして一気に直進。ハイゼンベルグ艦隊まで肉薄していた。が、その彼の侵攻は、あと一歩で食い止められていた。
「……まさか、こうなるか」
『面白いだろう? 皇帝陛下は今頃大笑いされてるぜ』
「だろうな」
伝説の勇者カイトと、革命家ジェイク。その二人は皇国の歴史を語る上で絶対に欠かせない二人だ。その二人が、戦場で直接相まみえるのだ。皇帝レオンハルトほどの猛者がこの一戦をどう考えるか、と言われればわかろうものであった。そうして、ハイゼンベルグ公ジェイクは少し前に軍の専門家が語った論文を思い出す。
「魔導機の対巡洋艦級以上の飛空艇に対する有用性は大型魔導鎧の以上に語られていたが……」
『この一戦で実証されたな』
「将来的には、だ。お前ほどの猛者が、そして開発から関わり続けた者たちだからこそ出来た事だ。まだまだ飛空艇の優位性は抜けん」
今回、最前線を強引に突破出来たのはカイトの専用機だから、という一点が大きい。彼の専用機ほどの攻撃力と防御力、更にはアイギスという優れたサブパイロットが常に障壁を操るからこそ、最低限の消耗で魔導砲の雨を真正面から抜ける事が出来た。
「これが量産機と一般兵であれば、ダメコンがそこまで上手くはいくまい。今の突破……確かアイギスであったか。そんな少女が障壁を完璧に操作しダメージを操作たから出来た事だ。普通なら砲撃による減速で左右の飛空艇のどちらかに食い付かれて止められる。この結果は、お前達だから出来た事だ」
『そりゃどーも……で、どうする?』
「……なんの為に、この姿になっていると?」
『そりゃ……オレと戦う為でしょーが』
楽しげに、そしてどこか懐かしげにカイトは笑って指摘する。そうして、そんな彼は少しだけ距離を離しながら問いかける。
『……何時ぶりだ? ジジイに稽古を付けてもらうなんて』
「……まだ、ヘルメス殿がご存命であられた頃だ。あの時代が今に続いてくれれば、良かったのだが」
叶わぬ夢である事はわかっている。すでに老賢人ヘルメスは皇国の命令により出征し、カイトとユリィの二人を守る為に散った。が、それでも。現状を理解していればこそ、彼と共にティナを守り立てて行ければ、とハイゼンベルグ公ジェイクは思わずにはいられなかった。その願いを理解すればこそ、カイトは穏やかに口を開く。
『……この世界にイフは存在しないさ。もし存在している様に見えても、それは別の世界の別の誰かだ。イフではなく、オレ達でもない……ただ、似ただけの別の誰かだ』
「わかっている……だから、俺はここで精一杯生きるしかないというのもな」
カイトの言葉に、ハイゼンベルグ公ジェイクは意を決した様にぐっと拳を握る。そうして、彼の姿が龍族の本来の姿。巨大な龍の姿へと変貌する。
『龍人には、ならないのか?』
『まだ、その時ではない。ここは演習。あれを晒す必要もない』
『そうか……ま、丁度良いか』
どうにせよカイトは魔導機に乗っている。であれば、ハイゼンベルグ公ジェイクも本気でなくて良いだろう。というわけで、カイトとハイゼンベルグ公ジェイク。二つの時代の二つの英雄が相まみえる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




