第2258話 戦士達の戦い ――猛者達の戦い――
マクダウェル家とハイゼンベルグ家とで行われていた合同軍事演習。昼を挟んで開始された第二幕では、カイト達は本陣の指示に従って冒険部を離れ一人の戦士としてハイゼンベルグ陣営に参戦していた叛逆大戦の英雄達、即ちレジスタンスの戦士達との戦いを繰り広げる事になっていた。
というわけで、瞬らにソンメルら前線の戦士達を任せたカイトは、ファロスというソレイユ達の師にしてエルフ最優の弓兵と名高い女弓兵との戦いに臨んでいた。そんな戦いであるが、瞬らがソンメルとの戦いを繰り広げていた間も戦いは続いていた。
「さて……」
どうしたものか。魔術を使えなくされたカイトであるが、それ故にこそ次の一手を決めるまで少しの間ファロスの攻撃を耐え忍ぶ事を選択していた。
(現状、ルーンは使えない。かといって、他の手札となると……)
中々に困難だ。カイトは現状の自身を格下に置いているからこそ、ファロスに勝つには策を凝らすしかないと判断していた。そのためのルーン文字によるトラップだったのだが、結果的に使えない状態だった。というわけで、カイトはその原因となる結界の解析に入る。
(あれは……<<破魔矢>>の類だな。魔術的な攻撃を発動と同時に解除してしまう、という厄介なものだが……原理としては非常に単純。あれは単なる送信機。こちらの魔術が発動した、もしくは発動の兆候が見えた時点で、そこに同程度の魔力の波動をぶち当てる事で擬似的に無効化するもの)
殊更、厄介だな。カイトはそう思う。これが常に発動する事によって相手の魔術の発動を封じる、発動を阻害する、というのであれば使用者の負担が大きくなる。が、これはあくまでも発動と同時に潰すだけのもので、相手が魔術を使わない限りはさほど使用者の負担にならない。
(どうする……一番手っ取り早い対策はあの『送信機』を破壊してしまう事だが……)
それをみすみす見過ごしてくれるファロスではないだろう。カイトは相手を知っていればこそ、そう思う。とはいえ、なんとかしてあれを破壊しない事には罠に嵌めるなぞ夢のまた夢だ。
(上空……50メートルだが……これは……)
おそらく空間も歪めている。カイトは視認出来る空間の歪みを理解して、僅かに顔を歪める。
(厄介だな。これは別だ。何を企んでいる、なんて考えるまでも無いが……)
ファロスは弓兵。距離を取って戦う戦士だ。それに対してカイトは近接戦闘の戦士。距離を取るのは基本中の基本だろう。
(周囲の空間を広げている……ゆっくりと、だが)
「気付きましたか。では、遠慮はいらないでしょう」
「っ」
どうやらこちらが思考している時間や視線の動きを見て、ファロスはカイトが空間をゆっくりと広げている事に気付いた事を察したらしい。今まで隠れてやっていたのを、一気にわかる様に広げてみせる。そうして、両者の距離が一気に10倍にも膨れ上がる。
「ちょっ!」
「あなた相手であれば、この程度は十分でしょう」
「こっち手加減させられてるんだがね……」
こちらに向けて容赦なく弓を構えるファロスに、カイトは盛大にしかめっ面をする。そもそも二人が戦っているのは戦場のど真ん中だ。そこにファロスに有利になるほどの距離なぞ得られようはずがない。
であれば、空間を歪めて距離を取れる様にしてしまうしかなかった。というわけで、両者の距離は一気に500メートルほども開く事になる。
「……ふっ」
「はぁ!」
迸った矢を、カイトは刹那と永遠を偽装してコマ送りの様に認識。流星の如く飛来する矢を正確に切り落とす。そうして彼が一瞬で切り落とした次の瞬間には、第二第三の矢が迸っていた。
「ちぃ! いけっ!」
飛来する無数の矢に、カイトは無数の武器を創造して迎撃する。そうして両手を空けた彼はファロスと同じく弓を編み出し、矢をつがえる。
「……はぁ……」
「……」
良いでしょう。呼吸を整え意識を集中し矢に魔力を収束させるカイトに、ファロスは矢の連射を止めずに応対する事を決める。弓であれば、自分の方が何段も上。それを見せつける気だった。そうして無数の矢を武器で食い止めるカイトが、極光を放つ矢を放った。
「はっ!」
「……」
彗星の如く巨大な閃光を放ち飛翔する矢を、ファロスはしっかりと認識する。そうして、彼女はフロドの師に相応しい技を見せる。
「ふっ」
カイトが蓄積に数秒を要した力を、ファロスはコンマの刹那で一瞬で収束させ矢を放つ。そうして発射された矢はカイトより後に放たれた筈なのに、カイトに近いところで激突した。
「っ」
強大な力の激突で、巨大な閃光が一瞬だけ発生する。それにファロスは僅かに顔を顰める。が、閃光が晴れた瞬間、得たのは驚きだった。
「消えた……? っ」
上か。現状であればカイトが攻撃するべきは真上の『送信機』。ファロスは現状のカイトを正確に認識していればこそ、そう判断する。が、見上げた空に、カイトは居なかった。そのカイトであるが、彼は戦闘でめくれ上がっていた地面の影に寝そべる様に隠れていた。
(はぁ……あっぶねー……ファロスさん相手だと近付こうとしてなんとかなるもんでもないからなぁ……殺気出した状態で肉薄なんて出来るかよ)
普通の相手であれば、カイトも閃光を隠れ蓑にしてファロスに切り込む事をしていただろう。が、相手はフロドとソレイユの師にしてエルフ一の弓兵と名高いファロスだ。
気配を読む事にも長けており、カイト自身自分の有利な点は森でないこと、と言うぐらいには厄介な相手だと言えた。森であればこんなところに隠れても意味がないのだ。
「……」
(どうすっかなー……神陰流で気配を完全に殺しているからなんとか隠れられてるが……)
神陰流の基礎の『転』。それは世界の流れを読む技だ。それを応用し自身を世界の流れの中に溶け込ませてしまえば、気配を見付けられる事はない。宗矩相手に使ったほどでなくとも、この程度であれば常時で展開可能だった。
(とりあえず、まずはあの『送信機』を破壊しない事にはどうにもならん。手持ちの武器で使えそうなのは……無いわね)
どうすっか。カイトは脳裏にリストアップする収蔵された武器のリストを見ながら、僅かに笑う。あの『送信機』を破壊する事は非常に容易い。あれはあくまでも『送信機』。魔力の波動を送る為だけのものだ。
なのでファロスも破壊されない様に注意しているし、彼女自身が鉄壁の防御網だ。遠距離攻撃でやらないとどうにもならない以上、彼女の絶対的な有利は崩れない。というわけで、そんな彼女の防御網を崩せる奇策を探すカイトであるが、そんな彼の中で一つ面白い札が見つかった。
(お……これは……これならなんとかなる……か? やってみないと、だが……てか、これが通用しても二つ賭けに勝たないと、だな……)
少しだけ楽しげに、カイトはこの状況を突き崩せそうな一手を異空間からこっそりと取り出す。それは魔銃に似た形状だが、似て非なるものだった。とどのつまり、地球で開発された火薬を使う拳銃である。
そうして、彼は更に地球で手に入れた米軍製の偵察用のアイテムを取り出して、地面の裏からファロスを確認する。
(……警戒してるな。まぁ、当然だけど。だが、これなら……後半戦の賭けも勝てる……かもしれんか)
ファロスはカイトがこの場を離脱したとは毛ほども思っていないらしい。故に彼女はその場から一歩も動かず、意識を集中しカイトの攻撃を待ち構えていた。
おそらく、現状での大半の攻撃は彼女に迎撃される事になるだろう。もちろん、こんな拳銃で彼女に傷を付けようとして出来るわけもない。なので狙うのは、上空の『送信機』だった。そうして、轟音が鳴り響いて上空の『送信機』に向けてマグナム弾が迸る。
「っ! そこっ!」
迸ったマグナム弾であるが、ファロスはなぜかそれを無視して土嚢の先のカイトを狙い撃つ。それに対して、カイトは狙撃と同時にその場を離れていた。
というわけで、敢えて大々的に動いて自身を囮にしたカイトに第二射の発射を行おうとしたファロスであるが、次の瞬間に上空の『送信機』が砕け散るのを目の当たりにする。
「え?」
「こいつの難点は、音がデカイ事とどうしても硝煙の匂いがしちまう事ですね」
「何が……」
「こいつですよ。地球のマグナム弾、って言うんですけど……象のドタマでもぶち抜ける、グリズリーでも一発で倒せるっていうバカでかい威力の銃弾です」
何があったかわからない。そんな様子のファロスに対して、カイトは笑いながら小さな弾丸――と言っても普通のパラベラム弾よりも大きいが――を見せる。そうして、彼が種明かしをしてあげた。
「これ、一切魔力を使っていないんです。ま、あんな『送信機』でもなければ破壊は出来ませんけどね。ファロスさんに撃っても、常時展開の障壁で普通に防がれちまいますし。瀕死でも通用しないでしょう。現状なら尚更だ」
「っ」
だんっ。轟音と共に発射されたマグナム弾が、ファロスへと一直線に飛翔する。が、カイトの言う通りそれは彼女まで数十センチのところで動きを止めて、地面へと落下した。
本能的な身の危険を察した彼女が展開した障壁により、無力化されたのである。ファロスも発射には気付いてもあまりの魔力の無さに対応する必要無し、と本能的に悟るほどであった。
「こんなもの、こっちの世界じゃ子供が使えば危険程度のおもちゃにしかなりません。冒険者なら護身用にもならないでしょう。そりゃ、ゼロ距離から肉体に直接叩き込めばなんとかなるでしょうが……それなら魔術だろうがなんだろうが通用しますからね。こんな弾数に制限のあるような物を使う意味もない」
「が……魔力を使わないからこそ、私の目も逸らせたと」
「ええ。戦場でこんな小さな弾丸を、それもオレというデカイ標的がある状態で一瞬で理解するというのはあなた方には難しいでしょう。しかも、あんな魔力も無い単なる飛翔体だ。単なるオレが吹き飛ばした土の破片も同然……到底、気付けない」
言うまでもない事であるが、エネフィアの出身であるファロスは拳銃なぞ見た事がない。そうである以上、銃弾もまた見た事がないのだ。
もちろん、こうやって説明されてもどうやってあんな速度で飛翔したかもファロスにはわからない。火薬の知識はあっても、それをどう使えばああなるかわからないのだ。超音速で飛翔する銃弾に気付けるはずがなかった。
「お見事です。そういうやり方もあるとは……相変わらずの手札の多さ、と称賛しておきましょう」
「ありがとうございます」
まさかここまで手札を封じられた状態で『送信機』を破壊してみせるとは。そんな称賛を述べるファロスに、カイトは一つ礼を述べる。そして同時に、二人は戦いの終わりを悟っていた。
「それで、一つ良いですか?」
「ええ、もちろん」
「これも、あなたが地球で学んだ手札の一つですか?」
「ええ……気付けなかったでしょう?」
カイトは笑いながら、ファロスの立つ地面の真下に刻まれていた巨大なルーン文字を自身の物であるとはっきりと認める。『送信機』の破壊と同時にこれを発動させ、彼女の一切の動きを封じた――正確には何時でも発動出来る状態にした事で副次的に動けなくした――のであった。
「ええ……良いでしょう。私の、負けです。やはりあなたと戦うのは面白い」
「あはは……はぁー……あー! オレは二度とやりたかねぇよ!」
自身の敗北を認めた事で外へと出されたファロスを見送って、カイトは盛大に悪態をつく。正直、ああは言ったもののマグナム弾に気付かれないかは完全に賭けだった。
しかもこれは二度も三度も使える手ではない。硝煙の匂いはエルフ達にとって気付かれやすいものだ。次からは、通用しないだろう。無論、そもそもこんな手札を封じられた状態で戦うことなぞ滅多に無いだろうが。
「ったく……とはいえ、これでなんとかか。おい、フロド、ソレイユ。お前らのお師匠様、撃破したぞ」
『うそ!?』
『にぃ、やれたの!?』
「賭けに勝った。それだけだ……後は、任せるぞ」
『りょーかい!』
『はーい!』
ため息を吐きながら、カイトはフロドとソレイユに本格的な攻勢を開始する様に指示を出す。二人が本気になれなかったのはひとえに、師匠の存在だった。
本気も本気。ガチの本気でやらねばファロスには勝てないからだ。が、その彼女が居なくなった今、遠距離であればマクダウェル陣営が圧倒的に有利となった。ここから、一気に押し切るだけであった。そうして、カイトの奇策による勝利により、マクダウェル陣営が僅かに押していく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




