第2256話 戦士達の戦い ――対弓兵――
皇帝レオンハルトの見守る中で行われていたマクダウェル家とハイゼンベルグ家による合同軍事演習。昼休憩も終わり間際に、皇帝レオンハルトはハイゼンベルグ公ジェイクがあくまでも第一線に居続ける理由を推測する。そんな彼の推測が終わる頃合いに、演習は第二幕が開始される事になっていた。
「「「……」」」
点滅するカウントダウンを、戦場の全員が確認する。流石に誰も何も言わず、まさしく嵐の前の静けさという言葉が正しい状態だった。そうして、数秒後。カウントダウンがゼロとなると同時に、両陣営から一気に砲撃が開始された。そんな砲撃の雨を前に、ソラが雄叫びを上げる。
「おぉおおおお!」
「先輩! 一気に突破する! ここからは、一兵卒としての戦いだ! 遠慮なくいけ!」
「おう!」
ソラが砲撃全てを防ぐと同時に、カイトは瞬に指示を下す。そうして両陣営の斉射が終わったと同時に、両陣営の前線が激突する。
「っ」
一瞬先の衝突を理解し、瞬が一瞬だけ気を引き締める。が、その真横を、カイトが抜けた。
「やはり、君が前線を行くか!」
「それが、切り込み隊長の役割ですから!」
昼を経た事で復活したソンメルの言葉に、カイトが笑う。そうして誰しもが一瞬先の激突を意識した次の瞬間だ。カイトが唐突に飛んだ。
「!?」
一瞬先の激突を意識していたのは、周囲の戦士達だけではない。ソンメルもまた激突を意識しており、それ故に彼は唐突に居なくなったカイトに思わず目を見開く。そうして誰もが上を見上げる事になるわけであるが、そこにカイトの声が響いた。
「あんたと真正面からやりあってられるかっての! 先輩!」
「おう! おぉおおおおお!」
「っ!」
肩透かしを食らって一瞬の驚きを得ていたソンメルに、瞬が一気呵成に切り込んでいく。それにソンメルも慌てて迎撃の体勢を整えるのであるが、やはり外された格好だ。若干反応が遅れ、大きく姿勢を崩す事になる。その一方のカイトであったが、即座に防ごうと次の戦士が現れ空中に躍り出る。
「まさか、ソンメルとの戦いを避けるか!」
「何をするかわからない奴!」
今の流れなら普通はソンメルと戦うだろう。そんな流れだったが、それ故に外したカイトにレジスタンスの戦士達は楽しげだった。無論、彼らもソンメルほどではないが腕利きの戦士だ。手加減させられている状態のカイトであれば、十分に食い止められる。その筈だった。そこに、遥か彼方から一条の光が無数の流星を伴って飛来した。
「「「!?」」」
「おちびさん達の矢か!」
「だが、この狙いは!?」
明らかにカイト目掛けて飛翔する一条の光に、レジスタンスの戦士達が目を見開く。そうして、見る見るうちにフロドの矢がカイトへと肉薄していく。
「ふっ」
「「「!?」」」
自身に接近してきたフロドの矢を足掛かりに空中で加速したカイトに、レジスタンスの戦士達が思わず目を見開く。そうして音速を更に超えた速度で、カイトはレジスタンスの前線を抜ける事に成功する。そんな彼が移動したのは、フロドとソレイユの師の前であった。
「……私の前に来ますか」
「お久しぶりでっす、ファロスさん。たまにはオレも遊んで頂きたいなー、なんて」
「……なるほど」
ファロス。それは先にティナが言及していたが、フロドとソレイユの師の名だ。その腕前はエルフ随一の弓兵とさえ言われるほどで、兄妹ほどの特化は無いがその強弓とその精密射撃のどちらにも追随出来るだけの腕を持っていた。そんな彼女は長年の経験から、カイトが自分の前に躍り出た理由を察する。
「今のあなたでも、私になら近接戦闘を挑んで勝ち目はあると思いましたか」
「流石に戦場のど真ん中でソンメルさんとかとはやりあえませんよ。あの人、容赦無いし……何より、ねぇ? あの人……うっかり何時もの癖で勇者くん、とか言いかねませんし」
「ふふ……そうですね」
カイトの指摘に、ファロスは物静かに少しだけ笑う。どうやら彼女の性格は何かと騒々しい弟子二人と比べ非常に物静かで落ち着いた印象があった。おしとやか、と言っても良いかもしれない。
「とはいえ……それだけで私に勝てると思うのなら、思い上がりでしょう」
「勝つ必要はありませんよ。オレはあくまでも、フロドとソレイユを自由にする為の抑えですから」
弓に矢をつがえるファロスに、カイトは無数の武器を創造しながら応対する。そうしてファロスの弓から矢と、カイトが生み出した無数の武器が同時に発射される。
「「……」」
ただ無言で放たれた矢は一瞬一条の光となるも、次の瞬間には無数に分裂し複雑奇怪な軌道を描きカイトの武器を迎撃。更にはそのいくらかがカイト本人を狙い飛翔する。
が、これにカイトもまた生み出した武器を操って迎撃し、またたく間に無数の閃光が虹のように舞い散った。その中を、カイトが駆け抜ける。
「はっ!」
「ふっ」
一瞬で距離を詰めたカイトに対して、ファロスは地面を蹴り天地逆さまに空中に躍り出る。そうして天地逆さまのまま、彼女は敢えて地面に向けて矢を放った。
「っ」
地面に矢が直撃すると同時に地面から漏れ出た光に、カイトは敢えて前に出る。そうして彼が移動した先の更に一歩手前に、ファロスが降り立った。
「は」
「遅い」
「!」
ファロスの着地と同時に剣戟を放とうとしたカイトに向けて、着地とほぼ同時。タイムラグゼロでファロスが矢を放つ。移動距離や敵の攻撃範囲を完璧に見極め移動したカイトもカイトなら、着地した直後という不安定な姿勢にも関わらず一瞬でカイトを狙い矢を放てるファロスもファロスだった。
そうして放たれた矢に、カイトは一瞬だけ目を見開くも即座に手にしていた刀をナイフへと変化させて、それを放り投げて敢えて自爆させる。
「っ!」
直近で生まれた閃光に、思わずファロスが顔を顰める。これは彼女のみならず全ての弓兵に言える事であるが、弓兵は他のどのような専門職より目が良い。それが戦闘中になれば尚更だ。
なので少しの閃光でも致命的、というのは少なくなく、直近の閃光はカイト以上のダメージだった。無論、ファロスほどにもなるとだからなんだ、で一瞬の足止めにしかならないが。が、それでも。一瞬の足止めが出来るのなら、カイトには十分だった。
「はぁ!」
「<<風よ>>」
流石に閃光を斬り裂いて現れたカイトに、ファロスはまともに戦おうとは思わなかったらしい。風の加護を展開してその場を離脱する。そうして距離を取った彼女は移動した先で即座にカイトに照準を合わせて矢を放つ。
「ふっ」
放たれた矢であるが、やはりこれはカイトにとっては十分に対応可能な程度でしかなかった。故に彼は即座に手にしていた刀を翻し、矢を斬り裂く。そうしてファロスの矢を斬り裂いた彼は、次いで槍を取り出して一気呵成に切り込んだ。
「はぁ!」
「<<風よ>>」
そもそも当然な話なのであるが、ファロスは弓兵。本来は距離を取って戦う者だ。なので彼女はカイトの接近を察するや即座に加護を展開し距離を取っていた。というわけで、槍を突き出し肉薄したカイトに対して、再度加護を展開して距離を取る。そうして距離を取ればその場で即座に矢を放った。
「っと」
「狙い目……ですね」
槍を地面に突き立て天地逆さまになり矢をやり過ごしたカイトに、ファロスは片手で逆立ちしている状態のカイトへと矢を引き絞る。そうしてここ数度の矢を遥かに上回る力を込めた矢が、カイトへと放たれた。
「おっと!」
自身目掛けて超音速で飛翔する矢を気配で認識し、カイトは腕の筋力のみで上へと飛び上がる。そうして空中で姿勢を正した彼に向けて、ファロスは再度照準を合わせた。が、そうして真正面を向いたカイトが持っていたのは、なんと弓と矢であった。
「ふっ」
「む」
一瞬だけ早く、カイトがファロスへ向けて矢を放つ。これに僅かにファロスは驚きを得た。
(私より早く照準を合わせましたか……随分と成長したものです)
まぁ、だからなんなんだ、という話でもありますが。ファロスは放たれた矢を空中へ飛び出し回避しながら、そう思う。確かに、今の速射は天才的な速度で行われており、手加減している彼女に舌を巻かせるだけの正確性と速度を有していた。
が、それでもそれはソレイユの速射には遠く及ばない。ソレイユの師でもある彼女が避けるには十分過ぎるほどに、遅かった。というわけで、空中へ躍り出る事で回避した彼女はそのまま空中でカイトへと再度の照準を合わせて矢を放つ。
「っと」
着地した瞬間を狙い定めて放たれた矢に、カイトは即座に地面を蹴ってムーンサルトの様に天地逆さまに空中に躍り出る。そうして、天地逆さまなカイトとファロスの視線が交差する。
「見事です」
「そりゃどう……も!」
何かはわからないが、カイトの弓術の腕は上がっている。それをファロスは称賛し、それに対してカイトはやはり先と同じく即座の照準合わせによりファロスへと矢を放つ。が、それをファロスは空中で叩き落として見せた挙げ句、第二の矢でカイトを狙い撃つ。これに、カイトもまた矢を放って迎撃した。
(ふむ……流石に目で見てから照準を合わせるのではカイトでは難しい……こちらを確認するより前にどこに、私がどこに居るか把握している?)
三百年前のカイトの弓術の腕を知ればこそ、ファロスはその腕が飛躍的に上昇していた事に若干訝しみを得ていたようだ。それ故にこそ彼女は何が原因だろうか、と僅かな推測を行っていた。
そして彼女が見通した事は正解だった。カイトは神陰流の<<転>>を使い、気配一つで彼女の位置を見ることもなく把握。後は流れに沿って矢の先端を合わせるだけだ。ただ一直線に飛翔する矢を放つだけで良いのなら、これで十分だった。
「……」
「ふぅ」
空中で数本の矢を交えたカイトとファロスは、ほぼほぼ同時に地面へと舞い降りる。そうして僅かな間が生まれた。そこで、ファロスが告げた。
「なるほど……弓の腕が上がっていますね」
「別に地球で隠遁していたわけじゃないですからね。といっても、これは弓の練習をした結果養われたものではありませんが」
「ふむ……」
自身の称賛に笑ったカイトに、ファロスはおそらく、と一つの危惧を得る。ここで一つカイトの失策があるとすれば、やはりファロスとは旧知の仲だというところだっただろう。
しかも種族やソレイユ達の事も相まって、レジスタンスの戦士の中では割と懇意にしている方だ。うっかり弓の練習をした結果手に入れた技能ではない事を口にしてしまっていた。故に、彼女は即座にその懸念を解消するべく天高く矢を放つ。
「……うん?」
「あなたに魔術を使わせるべきではない、と判断しました。私も使えなくなりますが……それより非常に良いかと」
「あー……まぁ、出来ますね。見ないでも攻撃は」
別にそれを狙っていたわけではないが。カイトはファロスが張った結界を受けて、僅かに喋りすぎたと苦笑する。ファロスが危惧したのは、カイトが完全にこちらを捉えていない様に見えても、実際には捉えている事によって魔術による奇襲を受ける事だった。
これもまた神陰流を使えば造作もない事で、今の彼ならば三百六十度全方位への即座の攻撃が可能だった。とはいえ、実はこの結界がカイトにとって無意味だったかというと、そうではなかった。
(あっちゃぁ……ルーンも厳しいかなぁ、これ……)
カイトが狙っていたのは、実はファロスが回避する事を見越した上でのルーン文字によるトラップでの撃破だ。そのために敢えて彼女が動ける様に動いていた。
が、意図せず弓術の腕が上がっている事を晒した所為で、魔術の腕の上達も認識された。その結果、その策が図らずも失敗してしまったようだった。こればかりは、若干のカイトの失策だった。
「……まぁ、良いか」
本来取りたかった手が意図せず潰されたとはいえ、カイトからしてみれば手の一つが潰されただけだ。無数の手札を持っているカイトからすれば、特別痛いわけではなかった。そうして、カイトはファロスとの戦いを続けていく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




