第2249話 戦士達の戦い ――苦戦――
マクダウェル公爵家とハイゼンベルグ公爵家の合同で行われる事になった軍事演習。そこに冒険部を率いて戦闘に参加する事になったカイトであったが、彼は瞬らの戦いを隠れ蓑にしてハイゼンベルグ陣営の最後方にあるハイゼンベルグ艦隊旗艦を狙って移動していた。
が、移動した所にはすでにハイゼンベルグ公ジェイクの手勢という名目で叛逆大戦の英雄達を配置しており、カイトは万が一で集めていたシャルロットやホタルらを呼び寄せ、それとの交戦を余儀なくされていた。そうして繰り広げられる戦いの中、やはり人数差とカイトが本気になれない、という兼ね合いからジリジリと押される事になっていた。が、押している筈のレジスタンス勢側はというと、盛大に呆れ返っていた。
「……今更なんだが」
「……言うな。今更過ぎる」
三百年前、向こう見ずな少年達だった頃からわかっていた事だろう。一人の言葉にまた別の一人が呆れ返る。そんな彼らが見ていたのは、カイトではあったが、正確には彼だけではなくカイトが連れてきた全員だ。
「俺達も大概わけのわからない奴が揃っているとは思う……が、あいつはもっと大概だ」
「「「はぁ……」」」
誰かの一言に、それ以外の話を聞いていた全員が一斉にため息を吐いた。なぜこうもこうも異世界から来た奴は変人ばかり集めるのだろうか。自分達もその仲間と理解しつつも、それ故にこそため息しか出なかった。と、そんな所に黒光りする鬼が地面を削りながら押し出されてきた。
「ぐぅうううううう! ふぅ」
「ぶった切られてないな?」
「なんの、まだまだだ」
ぐっぐっ、と拳を握り、鬼族の男は自らがまだまだ戦える事をはっきりと自覚する。どうやら、彼は彼自身がはっきりと明言した通り防御力が非常に高いようだ。生身で何度となくカナタの一撃を受けた筈であるが、まだまだ余裕そうだった。が、それでも。カナタの攻撃が全て無意味だったわけでは、なかった。故に、彼は笑う。
「が……些かダメージはある」
「はぁ……まったく。我々相手によくもまぁ、全力も出せない状態でここまで頑張れるものだ」
黒い身体に幾重にも渡り刻まれている赤い筋を見て、誰かが呆れた様に首を振る。無論、彼らだって本気は出していない。本気で殺す気なら一斉に掛かっている。
が、決して数の利を活かしていないわけではない。カイト達には一切の休みを与えていない。彼らは実質常に連戦させられているような状態だ。にもかかわらず、ここまで戦い抜いていた。
「……どうする?」
「そろそろ、もう少し遊びの度合いを上げてやっても良いだろう」
「だな……俺も行こう」
鬼族の男を吹き飛ばしたカナタであったが、彼女は間合いを取った一瞬を利用して呼吸を整えていた。幾ら彼女でも叛逆大戦の英雄達を相手にしては生半可な技術と力では応対出来ない。息を吐く間も無い連戦に、出来る所で呼吸を整えるしかなかった。が、まだ余裕は見えた。
「あら……遂に二人になるのね」
「「……」」
カナタの言葉に、鬼族の男ともう一人が無言で笑う。そうして、カナタへと二人の英雄が一斉に襲い掛かる事になるのだった。
さて、カナタが二人がかりで攻め立てられていた一方、その頃。カイトはカイトで複数人で攻め立てられていた。とはいえ、その複数人は全て同じ顔かつ同じ体格、同じ剣を持っていた。まぁ、早い話が分身である。
「さぁ、勇者くん! 更に倍だ!」
「もう良いだろ! どこまで増やす!」
「なんのなんの! 君が数千の影を操ったからね! 僕も万を目標に頑張ったんだよ!」
「冗談きついぜ!」
すでに切り捨てた分身は数十を超え、更に増える分身にカイトは思わず悪態をつく。それでいて、この分身は生半可ではない戦闘力を持っているのだ。自身の特徴とも言える『影』を生み出せないカイトにとって、これ以上無い厄介な相手だった。なので彼は距離を取ろうとするわけであるが、距離を取ったら取ったで別の英雄の攻めにあう。
「それは見え透いているわね」
「っ!」
「支援、ありがとう!」
囲まれるのは拙い。そう思いバックステップで距離を離そうとしたカイトの背後に生まれた魔法陣にカイトは苦い顔を浮かべ、炎を宿す剣を振るう剣士は何時もの溌剌とした様子で礼を述べる。
そうして僅かに輝きを増す魔法陣に対して、カイトは即座に虚空を蹴ってサマーソルトキックの様に半回転。即座に跳躍の軌道を変えて更に上に上がり、真上から魔法陣を真っ二つに切り裂く。が、これさえ、敵の想定内。予定調和だ。故に、その次の瞬間には全周囲から剣士の分身が現れて襲い掛かる。
「ちぃ!」
「ほぉ! 斬撃で上に飛ぶのか! やるね! でも、まだまだ!」
下から迫りくる分身達を上下逆さまの状態からの斬撃で斬り裂いて、更にその反動を利用して更に上に飛ぶカイトに対して、剣士は脇構えで肉薄。炎を宿した剣で弧を描く様にして切り上げた。これに対して、カイトは即座に刀で防ぐ。が、そうして起きた激突にはカイトは僅かに苦い顔を浮かべるしかなかった。
「っぅ! だが、これで!」
「そう! これが目的さ!」
「わかってるさ!」
剣士の剣戟を利用して更に上に飛んだカイトであったが、そうして舞い上がった所には無数の剣士の分身が待ち構えていた。先程まで剣士と分身のといえば剣士の本体の剣には炎が宿っているのに対して分身達は宿っていない程度だった。が、上空でカイトを待ち構えていた無数の分身達は、その全てに炎を宿していた。そうして、分身達が一斉に剣先から火炎放射の様に火炎を迸らせる。
「ふっ」
放たれる無数の火炎放射に対して、カイトは一息に全てをなで斬りにする。そうして一息に切り裂くと彼はそのまま刀から左手を放し異空間へと突っ込んで即座に魔銃を取り出すと、そのまま回転する様に魔銃を取り出して一気に乱射する。
「ほぉ! 魔銃とは相変わらずおもしろい手を使うね! 前よりもずっと威力が上がっている!」
「来ると思ってたさ!」
楽しげな笑みを浮かべながら魔弾の雨の中を無防備に突っ込んだ剣士に対して、カイトは右手の刀で彼の剣を迎撃する。そこに、分身達が襲い掛かる。
「ちっ」
「そう苛立たないで欲しいな!」
「あのなぁ! 分身まで完璧に操ってみせながら言う言葉か!」
流石に右手一つで剣士の相手をしながら、分身達を魔銃一つでいなす事は難しいようだ。カイトは舌打ち一つ、距離を取ろうとする。が、そこに剣士は更に踏み込み決して距離を離さない。
それでいて、彼は分身を操り魔弾を斬り裂かせているのだ。容赦のない行動にカイトも流石に悪態をつくしかなかった。というわけで、カイトは仕方がなしに力技に出る事にした。
「おぉおおおおおおおおおお!」
「ぐっ!」
びりびりびり、と迸る魔力の放出に、剣士も流石に慄いて吹き飛ばされる。そして本体が怯めば当然、分身も動きを鈍らせる。しかも今回は魔力の放出、否、カイトを中心とした魔力の爆発だ。その全てが一瞬だが消し飛んでいた。そうして、彼は分身達の包囲網を抜けて距離を取る。
(はぁ……冗談じゃねぇっての……幾らなんでもレジスタンスでも最高クラスの暑っ苦しさと最高クラスの戦士を相手に手加減しながら戦えるかよ。てか、あの人これが演習ってわかってねぇだろ……)
基本的に、カイトはある程度はグライアからイクスフォスの仲間の事を聞いている。そして彼女やイクスフォスから紹介を受ける事もあり、三百年前から付き合いのある戦士も少なくない。この戦士はその中でも有数の腕を持つ戦士だった。
(<<炎術師>>、ないしは<<炎剣>>ソンメル。火属性を得意とし、自身も火の様に暑っ苦しい男……翻訳の自動効果で炎って訳されるあたり、多分他の言語でも似たりよったりのミーニングがされてるんだろうなぁ)
その昔、火が二つ重なったような男だとソンメルを誰かが紹介していた事を思い出す。その彼であるが、やはりこんな性格だ。三百年前も一線で活躍はしていたらしい。
が、終戦間際にはやはり百年分の無理――逆に言えば百年間戦い抜いたわけだが――が祟ったのか、カイトが出会った当初は大怪我をして療養中だった。そんなソンメルであるが、こちらも呼吸を整えると笑みを浮かべカイトへと称賛を口にする。
「うむ! 良い大音声だった! が、この程度でなんとかなると思って貰ってもな!」
「思わねぇよ……それと、流石にあんたとこれ以上まともにやり合いたくない」
「うん?」
いつの間にやら自身の周囲に浮かんでいた無数の文字に、ソンメルは僅かに首を傾げる。そうして次の瞬間だ。無数の文字が白銀に光り輝き、ソンメルを氷漬けにした。
「はぁ……これで離脱しないのかよ……」
完全に氷漬けになったにも関わらずその場に留め置かれたソンメル入りの氷の柱に、カイトは心底嫌そうに肩を落とす。どうやらこの程度では動きを止める程度にしかならなかったようだ。
一応一瞬で溶かされないように魔術を操っているので即座に溶かされる事にはならないが、現状を考えればいつまで保つ事やら、という所であった。と、そうして一息ついたカイトであったが、その彼の前に今度はまた別の戦士達が立ちふさがる。
「……まだやんの……?」
「来た以上、仕方がない」
「諦めなさいな。私達だって、甘くはない」
「はぁ……」
そろそろ逃げたいんですが。カイトはこのまま戦っても自身が不利になるだけを理解していたが故に、蛇腹剣を構える女剣士とグローブをしっかりと手に装着する二人の戦士に肩を落とす。それに対する戦士二人は楽しげに笑っていた。そうして、拳闘士が一瞬で距離を詰める。
「ふっ!」
「ちぃ!」
とてつもない速度で肉薄し放たれた拳に、カイトは即座にバックステップで回避する。が、そこに蛇腹剣が分裂し、カイトへと縦横無尽に襲い掛かる。
「きっついな、おい!」
「なら、ソンメルの拘束を解くのだな」
「冗談!」
ソンメルの拘束を解いた瞬間、待ち構えるのは三対一という今より圧倒的に不利な状況だけだ。彼は演習という状況なぞ一切斟酌してくれない事は、三人ともわかっていた。だからこそ、カイトはある程度の処理能力を割かれようと拘束を解くつもりはなかった。それに何より、嫌な点がもう一つあった。
「それに、スーマルさん! あんたとソンメルさんを組ませたら厄介この上ないんでな!」
「おぉおおおおお!」
雄叫びと共に、その勢いによる大気との摩擦で拳が灼熱を宿すほどに加速した拳打を、スーマルと呼ばれた男が放つ。そんな彼の二つ名は、<<炎拳>>。<<炎剣>>ソンメルと<<炎拳>>スーマルの二人の兄弟であった。その拳を、カイトは刀から持ち替えた大剣の腹で受け止める。
「ぐっ! っ、最悪!」
「ふふ」
スーマルの拳の爆発で吹き飛ばされたカイトであったが、そんな彼が目にしたのは進路上に無数に待ち構える蛇腹剣の欠片だ。それに、蛇腹剣を扱う女剣士が楽しげに笑っていた。
このまま突っ込めば膾切りの未来は避けられない。故に、カイトは半回転して縦横無尽に飛び交う蛇腹剣の一帯に向けて両手を突き出し、魔力の光条を放つと共に、その反動で急減速する。が、その背に向けて、スーマルが拳打を叩き込まんと肉薄した。
「ぬ!」
拳を振り抜く瞬間、スーマルが見たのはカイトの背に現れた大剣の腹だ。流石にあの状況からでは如何な防御も間に合わない、と踏んだカイトは大剣を生み出したのである。そうして、大剣の腹にスーマルの拳が激突し、急減速した筈のカイトが押し出される様に加速する。
「はぁ……なんとか、距離は取れたか」
自身の魔力の光条で蛇腹剣の欠片が行き交う一帯を抜けて、カイトは一息吐く。そろそろ撤退したい所であるが、現状では如何ともし難い所であった。そうして、カイトは再度気合を入れて、今暫くの間は防戦に回る事になるのだった。
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