第2248話 戦士達の戦い ――苦戦――
マクダウェル公爵家とハイゼンベルグ公爵家の合同で行われる事になった軍事演習。そこに冒険部を率いて戦闘に参加する事になったカイトであったが、彼はティナらの策によりアイナディスと交戦中だったフードの戦士を仕留めるべく瞬らを動かす事となる。
そうして始まった戦いであったが、瞬らの奮闘もありアイナディスが戦線に加わる事に成功。しかしその最中に、フードの戦士達の一人がアイナディスの祖父、アンナイルというハイ・エルフであるが発覚。それに伴い、フードの集団は叛逆大戦の英雄達である事が判明していた。
そんな英雄達に取り囲まれたカイトであったが、彼はシャルロットら万が一の戦力を総動員して、叛逆大戦の英雄達と相対する。そうして、戦いが始まった直後。ハイゼンベルグ公ジェイクが引いた後の場では超高速の戦いが開始されていた。
「各艦艇、照準合わせ。前方の防御艦はそのままを維持。小型艇、及び大型魔導鎧各機は敵前線の侵攻を食い止める事に終始せよ」
「了解。復唱します」
ハイゼンベルグ艦隊旗艦に戻ったハイゼンベルグ公ジェイクは、ここからが本番とばかりに一斉に指揮を開始する。そうして矢継ぎ早に下される指示と、彼への確認が飛び交う事になる。
「閣下。レジスタンスへの支援はどうされますか?」
「全砲門、最大出力で確実に当てる事を重要視しろ……どうせ意味はないが」
かつてのレジスタンスの面々の実力は、他の誰でもなく自分が一番知っている。ハイゼンベルグ公ジェイクはその自負があればこそ、これが単なる舞台演出にしかならない事を理解していた。というわけで、少しだけ緩んだ頬を改めて引き締め、彼はその意図を語る。
「この戦いで重要なのは、建国を支えた英雄、神話において最強と呼ばれた死神、古代からの戦士……そしてかつて二度に渡りこの皇国の礎となった異邦人と同じ異邦人が力を合わせて戦うという姿勢を見せる事が何より重要だ」
実のところ、ハイゼンベルグ公ジェイクはカイトが自分達の対策に対する対策をしっかり行ってくるだろうと想定していた。無論、更に上を行った以上その想定が甘かった、と言うしかないのであるがそれとてカイトが言う通り大人げないといえば大人気ない対応だ。が、その理由があればこその、大人げない対応だった。
「惜しむらくは、<<無冠の部隊>>からの参加者が無い事であるが……それは致し方がない」
なにせ打ち合わせていないのだ。それでカイトがこちらの意図を察せられるわけがない。そして話していれば出来レースになってしまう。それはそれで、良いとは思えなかった。なのでハイゼンベルグ公ジェイクは、これで良しとした。
「さて……せいぜい、頑張れよ」
さすがのカイトも叛逆大戦の英雄達を相手に、即座の勝ちは得られない。特に今回相対戦力比が圧倒的なのだ。なのでこのまま最後まで彼があの場で釘付けになるだろうというのは確定的で、カイトも若干それについては諦めていた。そんな彼を見ながら、ハイゼンベルグ公ジェイクは告げた。
「では、各艦艇……準備ができ次第、砲撃を開始せよ」
「「「はっ!」」」
ハイゼンベルグ公ジェイクのゴーサインが出た事により、一斉に砲撃が開始される。そうして、カイトは横からはハイゼンベルグ艦隊の砲撃を受けながら戦う事になるのだった。
さて、ハイゼンベルグ艦隊からの砲撃が開始された頃のカイトはというと、絶賛<<龍人転化>>を使い龍人と化した戦士達を相手に猛攻を受けていた。
「おぉおおおおおお!」
龍人の一人の口から、巨大な咆哮が迸る。それは地面を大きく抉り、カイトへと肉薄する。これに、カイトは大剣を地面に突き立て壁として防ぐと、大剣の裏で一瞬だけ呼吸を整えた。
「ふぅ……まずいな」
明らかに手練しかいない。カイトは全員が名のある英傑である事を改めて認識する。
「ちっ……こんな事ならユリィも連れてくれば良かった」
現状の苦境に、カイトは思わず声がこぼれたらしい。が、居ないものはいない。故に、彼は腹を括って直後の激突に備える事にする。そうして、数秒。ありとあらゆる物を消し炭にする<<龍の咆哮>>が勢いを緩め、それと同時に今度は<<獣人転化>>で獣化した獣人の戦士がカイトへと襲い掛かる。
「っ」
「あはっ」
一瞬、カイトが身構えた直後。現れた獣人の真横に楽しげなカナンが着地して襲い掛かる。その速度は明らかに尋常ではなく、カイトに襲いかかった獣人も思わずそちらに対応するしか出来なかったほどだ。そうして獣人を吹き飛ばした後、カナンの身体から炎のようなオーラが漂い、目が銀色に輝いた。
「ぐっ……なんっ……だ?」
頭が揺れる。銀色に輝く眼で見据えられ、獣人が揺れる頭を抱える。『月の子』としての第二形態『焔月』による<<月の魔眼>>の行使であった。それに、シャルロットが優雅に笑う。
「月夜が人を惑わせる様に、月の瞳は旅人を迷わせる……最高位の幻惑の魔眼よ。貴方に、振り払えるかしら」
「ぐっ……」
どうやら神話や伝説にしか語られない存在の魔眼は叛逆大戦の英雄達にも通用するらしい。シャルロットの声がどこから聞こえているかさえわからないような様子で、獣化した獣人は虚ろな目で周囲を確認していた。そこに、真紅の閃光と化したカナンが一気に襲いかかった。
「はっ!」
「っ! そこだ!」
「!?」
どんっ。強烈な力と力のぶつかり合いが生じ、カナンが思わず目を見開く。獣人の瞳はまだ虚ろで、しっかりとカナンの姿を目視している様子はない。
だがしかし、しっかりと彼女の居場所は掴んでいた。故に連続するカナンの剣戟を、獣化した獣人は一つ残らず防いでいく。そんな光景を見ながら、カナタが僅かに悦楽の笑みを浮かべる。
「へー……どうやら、皆さんおやりにやる様ね。団長さん。フル装備で良い?」
「ダメです。演習でフル装備なんて使うんじゃありません」
「えー……残念ね。でも、女の子なんだもの。一つぐらい、お道具は持っておかないと」
「それは良いだろう……とびきりの、デカイ得物でお相手してさしあげろ」
「流石、団長さん。それでこそね」
自身の意図を察してくれたカイトに、カナタは少女の様に嬉しそうに笑う。そうして、彼女の真横の次元が裂けて、母の形見である超巨大な刀が出現する。それはカナタの身の丈を超え、それどころかカイト達をも超えるほどの巨大な刀だった。
「「「……」」」
どえらいのが出て来たな。叛逆大戦の英雄達は人が持つにはあまりに不相応な巨大な刀に、思わず苦笑する。こんなものは明らかに中型魔導鎧や魔導殻の装備だ。
それを、生身で持つという。フザケているとしか思えなかった。というわけで、そんな巨大な刀の出現にレジスタンス陣営でも一際大柄な男が呆れ半分に進み出る。
「……俺がやろう」
「あら……これはこれまた大きな殿方ね。一刀両断は出来そう、だけれど」
「まさか俺を一刀両断出来る刀を生身で持つ者を、それも少女を見る事になるとはな」
現れたのは、カナタの倍以上はあるだろう大男だ。種族は鬼。基本大柄な者が多い鬼族であるが、この彼はその中でも一際大きかった。角も含めれば確実に3メートルはあるだろう。
その彼が持っていたのは、こちらもおそらく刀だ。おそらく、なのは彼に合わせたサイズなので巨大かつ幅広なので刀というより大段平と言う方がしっくり来るからだ。それらが、次の瞬間には激突する。そうして吹き飛ばされたのは、なんとカナタであった。
「あら……やっぱり力じゃ勝てないかしら。まぁ、まだ神化もしていないからしょうが無いわね」
「その口ぶり……速度なら勝てると思っている口だな」
「ええ」
「む!?」
一瞬でカナタの背後に回り込んだかの様に思えた鬼族の男であるが、一転して一瞬後にはカナタがその背後に回り込んでいた事に僅かな驚きを浮かべる。そうして、そんな彼にカナタは容赦なく刀を振り抜いた。
「はぁ! っ!?」
「……悪いな。俺の真価は、馬鹿力ではなくこの耐久度だ」
「<<黒鉄>>!?」
「ほぉ……<<黒鉄>>を知っているか。博識だな」
元々若干赤黒い肌であった鬼族の男の肌であるが、カナタの刀が激突する瞬間に完全に若干の照りがある漆黒へと変貌。まるで金属同士がぶつかり合うような音を鳴り響かせ、カナタの刀を防いでいた。そうしてカナタの刀を防いだ鬼族の男性であるが、容赦なくカナタへと拳を振りかぶった。
「ふんっ! っ!」
『カナちゃん! 今のうち撤退!』
「ごめんなさいね!」
今のはマズかった。カナタは通信機から響いた三葉の声に地面を蹴って距離を取る。そんな彼女を追撃する様に、今度は緑色の光条が迸る。そこに、今度はカイトが割って入る。
「はっ!」
「勇者くん! 君に関しては皆で一斉にやる事になっていてね!」
「悪く、思うなよ!」
「っ!」
緑色の光条を斬り裂いた直後に現れた二人の剣士に、カイトは僅かに苦い顔を浮かべる。両方とも、今クオンと戦っている鳳華なる女剣士よりは弱いが、並の冒険者では比較にならないほどの猛者だ。その二人に同時に攻め立てられ、カイトの顔に一瞬の苦味が浮かぶ。が、これに先の返礼とばかりに、マクダウェル公爵軍旗艦甲板の一葉からの支援が入る。
『御主人様!』
「すまん!」
一葉の砲撃に対応するべく片方の剣士がそちらを斬り裂いた事により生まれた挟撃の割れ目から、カイトが<<縮地>>で離脱する。が、そうして離脱した所にも、やはりレジスタンス側の戦士が待ち構えていた。しかしこれはカイトも読めていた。故に、彼はすぐに指示を出す。
「ホタル」
「了解……」
「っ、なんかヤバそう!」
「全員、身を固めろ!」
やはり流石は、カイトが今回万が一の切り札に集めたメンツという所か。レジスタンス軍の戦士達は、ホタルの持つ魔銃に宿る黒い閃光の収束に思わず内心で感心する。
彼女が持っていたのは、威力を極限まで低くはした――それでも通常の射撃でランクC相当の冒険者なら一撃で倒せるが――ものの通常の拳銃サイズの魔銃で搭載可能にした縮退砲だった。
無論、これが何なのかはレジスタンス軍の戦士達にはわからないが、何をやるべきかはわかっている。故に、身を守るしか誰もが出来なかった。それを見て、先に一葉による砲撃で足を止めた結果範囲から外れた剣士がカイトへと肉薄する。
「勇者くん!」
「ちっ! よりにもよってあんたか!」
「そうとも! じゃあ、少しキツめに行くよ!」
相変わらず暑苦しい。カイトは何時ものテンションで斬りかかる剣士にそう思う。が、彼の手はブレる事はない。一瞬で放たれた数十の斬撃を全て切り捨てた。
「うんっ! 腕が鈍っていないようで何よりだ! じゃあ、更に加速しよう!」
「っ」
来るよね。来ますよね。カイトはまるで先の一幕が単なる準備運動に過ぎなかったのだ、と示すかの様に剣士の剣から吹き出した炎にそう思う。そうして、先程を大きく上回る速度と力でカイトへと剣戟が放たれた。しかし、その全てがカイトを突き抜けるだけに留まった。
「む?」
「闇の衣ね……それなら、面白い事をしましょうか」
闇色の衣を纏い攻撃を無力化したカイトを見て、シャルロットは自身の加護により生み出されている力なればこその技を見せる。そうして、彼女の意思を受けた衣が変容し、大鎌にも似た刃が側面から生えてきて、剣士へと襲い掛かる。
「っと! これは厄介だね!」
なにせ接近戦の最中にまるで第三の手の様に刃が襲いかかってくるのだ。剣士も思わず距離を取るしかなかった。と、カイトの闇を操ったシャルロットがさらなる追撃を仕掛けようとした瞬間、ホタルの縮退砲の一撃を防いだ戦士の一人が襲い掛かる。
「あら……」
「女神よ! あまり、お戯れが過ぎると兄君に怒られますよ!」
「さぁ、どうかしらね」
どうやらシャムロックと知り合いらしい。シャルロットは男の身体から漂う神気に、彼が自身の眷属ではないにせよ神に類する者だと理解する。そうして、圧倒的戦力差の中、カイト達の戦いは続く事になるのだった。
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