第2247話 戦士達の戦い ――様子見――
マクダウェル公爵家とハイゼンベルグ公爵家の合同で行われる事になった軍事演習。そこに冒険部を率いて戦闘に参加する事になったカイトであったが、彼はティナらの策によりアイナディスと交戦中だったフードの戦士を仕留めるべく瞬らを動かす事となる。
そうして始まった戦いであったが、瞬らの奮闘もありアイナディスが戦線に加わる事に成功。しかしその最中に、フードの戦士達の一人がアイナディスの祖父、アンナイルというハイ・エルフであるが発覚。それと同時に、彼の発言をきっかけとして、全てのフードの戦士が正体を露わにする。そうして露わになったのは、カイト達と双対を成す建国の英雄達だった。そんな状況に、トリンがぽつりと呟いた。
「うーん……ちょっと具合が悪いかなぁ……」
「え? 何? お前体調悪かったのか?」
「え? あ、あぁ! ごめんごめん。そうじゃなくて……」
ふと呟いた言葉だったのであるが、これは体調という意味ではなく状況が良くない、という意味だったのだろう。とはいえ、そもそもの話としてソラは現状カイトがどうなっているというのはわかっていない。故に何が何だかさっぱりだった。というわけで、彼はソラへと現状を語る。
「へ?」
「正直、僕も割と冗談でしょ、って思ってる……これ、実質マクダウェル公爵家対ハイゼンベルグ公爵家を筆頭にした革命軍……レジスタンスの連合軍だよ」
「レジスタンス?」
あまり聞かない言葉だ。トリンの言葉にソラは首を傾げる。まぁ、皇国も特に治安が良い五公爵領やその近辺を活動基盤にしている冒険部だ。レジスタンスが生まれる意味も必要性もない。なのでレジスタンスという言葉そのものを聞いたのが数カ月ぶりと言え、何が何だかさっぱりだった。
「叛逆戦争当時の人たち……建国大戦、の方が良いかもしれないけどね。皇王イクスフォスを中心にした軍は革命軍、もしくはレジスタンスと呼ばれてたよ。どこかの国を中心とした組織じゃないからね」
「へー……で、強いのか? ハイゼンベルグ公が強かったのは見たからわかってるけど」
基本的に、現代エネフィアで武名を鳴り響かせているのは三百年前の戦争でエースとして活躍し、今なお生きている者たちだ。故に、ソラも彼らが圧倒的な戦闘力を持っている事に疑いはない。
が、あまりに時代として離れている為、現代を生きる多くの者は七百年前の叛逆大戦の戦士達がどの程度だったのか、とわかっていない。そもそも皇帝レオンハルトさえ、吉乃達の襲撃までハイゼンベルグ公ジェイクの腕を知らなかったほどだ。さもありなん、と言うしか無かった。そしてそれは、トリンも同様だった。
「強い……と思うよ。圧倒的にね」
「圧倒的、か……なる。納得」
ソラは上を見て、クオンとほぼほぼ互角の戦いを繰り広げる女剣士を見る。こちらもどうやらハイゼンベルグ公ジェイクの許可が出たからか視界を阻害するフードは投げ捨てた様子で、顔が露わになっていた。その顔を見ながら、トリンは僅かに驚いた声を漏らす。
「剣聖・鳳華……まさか、まだ存命だったなんて」
「有名なのか?」
「噂だと、レジスタンスでも最強格の一角だよ。詳しくは僕も知らないけど……三百年前の戦争でも名前を聞かなかったから、てっきり死んだものだと思ってた」
どうやらそれほど来歴が語られていなかったらしい。トリンは後にブロンザイトさえ死んだものと思っていた、と語っていた。
「多分、カイトさんは今そんなかつての英雄達に完全包囲されてると思う」
「へ? カイトならあっち居るだろ?」
「ああ、多分あれは分身だよ。あっちに居ると思わせる為のね……多分、カイトさんが少数精鋭を率いて敵本陣を強襲する作戦を立てていたと思うよ……完全にハメられたみたいだけど」
やはりトリンは賢者の弟子だけの事があり、ティナ達の本来の策を理解していたらしい。実際、彼の策を採用された最大の理由は、ソラや瞬が戦場で巨大な花となる事で彼から目を逸してくれる事を期待しての事であった。
「そ、そうなのか……いつ入れ替わったんだ?」
「多分、左翼陣営へ向かった際……だね。あの瞬間、カイトさんが蒼炎に包まれたの覚えてる?」
「ああ……あ、あれが隠れ蓑だったのか」
「そういう事だね」
相変わらず何を手札に持っているかわからない奴。ソラはカイトに感心する様に、そして同時に呆れる様に笑う。そんな彼は、トリンに自身の次の一手を問いかける。
「で、俺はどうするんだ?」
「作戦はそのまま継続で良いよ。兎にも角にも、こっちの作戦は変わらない」
「りょーかい……でも先輩達、それなら大丈夫なのか?」
「そこは……アイナディスさんに頼むしかないよ。僕らは、僕らの出来る事をするしかない」
流石にトリンとしても相手がアンナイルである事は想定していなかった。なので勝てるかどうかは本当に賭けになってしまうとのことで、勝てれば撤退出来るが負ける可能性も十二分にあり得たそうだ。
「なら、俺はとりあえずこのまま待機するしかない、か」
「うん……勝った後、撤退出来ないと意味がないからね」
「ちっ……こういう時、カイトみたいな手札が幾つも欲しいもんだな」
「言っても詮無きこと、だよ」
兎にも角にも、ソラの役目は瞬達を信じて待つ事だ。そうして、彼はまだ暫くの間じれったい気持ちを抱えながら、時を過ごす事になるのだった。
さて、一方その頃。ハイゼンベルグ公ジェイクを筆頭にしたレジスタンスの猛者達に取り囲まれたカイトは、この場合に備えて用意しておいた面々と共にお互い様子見を交えていた。
「ねぇ、団長さん。この中で一番強いのは誰?」
「さてなぁ……オレも実のところ、この場の全員は知らないんだ」
「あら、意外」
自身の返答に少し困ったような顔を見せるカイトに、カナタは驚きを得る。無論、彼が勇者くんだのと言われている様に、何人かは旧知の仲だ。ハイゼンベルグ公ジェイクの伝手で会った相手も少なくない。他にも以前のティナとイクスフォスの再会の折りに知り合った者も居る。が、それでも全員を知っているわけではなかった。
「しゃーないだろ。全員を知るには幾らなんでも時代が離れていた……実際、あの当時何やってたかわからん、って奴はジジイでさえ多いらしいしな」
「さて、な」
カイトの言葉に、ハイゼンベルグ公ジェイクは僅かに笑う。とまぁ、そういうわけでカイトとブロンザイトの叛逆大戦の猛者達の状況把握はさほど変わらないらしい。そしてこれが、カイトにあまり攻めの手を打たせない要因になっていた。
(ちっ……わかっちゃいたが、全員が全員ランクS級の冒険者に匹敵するか)
そんなものを相手にまともにやっていられるわけがない。カイトは現状を鑑み、すでに奇襲作戦が失敗している以上は二つの手しかないと考えていた。
(現状、取れる手は二つ。速攻でケリを付けて勝利をもぎ取る。もう一つは、奇襲作戦が失敗している以上、撤退するべきという所だな……ジジイの性格を考えれば、ここに居るジジイが偽物の可能性は大いにある。撤退が上策か……かといって、逃げ切れるのか。そこが問題だ)
相手は実戦経験も豊富な猛者だ。先にはハイゼンベルグ公ジェイクさえ倒せば良いだろう、と言ったカイトであったが、その実ここで仕留めきれるとは思っていなかった。
相手はティナをして優れた軍略家と認めさせる男で、同時にマルス帝国崩壊の立役者だ。それが前に出て来る以上、何かを仕掛けてきている筈だった。
(思い出せ。ジジイの手札はなんだ。今、革命軍の戦士達を切った。ジジイ自体は一見本物に見えるが……)
『三葉。現状、敵に増援等の可能性は?』
『はーい。観測結果出しまーす』
カイトの指示を受けて、三葉が遠くマクダウェル艦隊旗艦の甲板から見える光景を報告する。取り囲まれた時点で、活路を開く手札を手に入れるべく、三葉には周囲の確認を命じていたのである。
『ハイゼンベルグ公……本物だよ。確率は九割以上』
『ちっ……まぁ、偽物なんぞという安い手は使ってはこんか』
これが偽物ならいっそやりやすいんだが。カイトは本物なればこそ、何か別の手を打ってきていると理解して苦い顔を浮かべる。その手が何か、とわからない事には動きようがない。が、無くとも動くしかない。なので彼は決断する。
『ホタル。オレが仕掛けると同時に、何か仕掛けが作動した場合は即座に破壊してくれ』
『何か、考えられる迎撃はありますか?』
『一個だけ。ジジイの嫁さんが居るか否か、という所だ』
『ハイゼンベルグ公の奥方……ドローンには見えませんが』
『とどのつまり、ここには居ない、と』
そういう事です。カイトの言葉にアイギスは頷いた。これに、カイトは大凡推測が正しいのだろう、と判断した。
『シャル、カナン、カナタ。三人は通常の迎撃で良い』
『何か、方針はある? 一応、それに沿って動いてあげるわ』
『とりあえず、ジジイの出方次第ではここから脱出。作戦の練り直しだな』
現状、こうなっている以上ハイゼンベルグ公ジェイクを仕留める事は難しい事を前提として話を行う。そして三百年前も七百年前も生きていたシャルロットだ。カイトの返答に彼女は異論を挟まなかった。
『そう……下僕。武器は一応、私が持っておくわ』
『オーライ。まぁ、流石にこの面々相手だと刀にしないと痛い目じゃ済まんだろう。使わない……まぁ、使えない、かもしれないが』
僅かに呼吸を整えながら、カイトは最初の一撃を放つタイミングを見定める。両陣営共に、今の所動きは見せていない。が、ハイゼンベルグ公ジェイクはすでに策を打っている。故に若干の焦りと荒々しい猛者の笑みが浮かぶカイトに対して、彼の方は余裕が見えていた。そうして、そんな彼に向けてカイトが地面を蹴る。
「っ」
やはり世界最強クラスの戦闘力を有するカイトだ。その速度は猛者揃いのこの場の面々をして見切れるものではなく、特に軍師として一番弱いハイゼンベルグ公ジェイクは何が起きていたかさっぱりだった。が、それでも問題はなかった。次の瞬間、彼の姿がかき消えたからだ。
「っ! やっぱり玲音さんか!」
来るだろうと思っていた。カイトはハイゼンベルグ公ジェイクを革命家時代から支え続けた女性の事を思い出し、僅かに苦笑気味に笑う。彼女はアウラほどまでとは言わないものの、次元に関する知識を持っているらしい。なので転移術も普通に行使出来た。その才覚を利用し、ハイゼンベルグ公ジェイクを回収したのである。そしてそんな彼の撤退と共に、両陣営の戦いが本格的にスタートする事になるのだった。
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