第2246話 戦士達の戦い ――正体――
マクダウェル家とハイゼンベルグ家による合同軍事演習。それに参加していた冒険部であるが、緒戦を終えて両軍一時膠着状態に陥る事になる。それを受けたトリンの献策により、カイトは瞬、セレスティア、イミナ、エルーシャの四名によるアイナディスと交戦していたフードの戦士への強襲を決定。
彼の危惧通り二人のフードの戦士達の増援はありつつも、それにセレスティア、イミナの両名が激突。アイナディスと戦っていたフードの戦士は瞬ら二人だけで交戦する事となったものの、その結果距離を詰められなかったアイナディスが合流。一気に形勢は瞬ら側へと傾く事になっていた。が、その戦いも暫くでフードの戦士が声を上げた事により、アイナディスは彼が何者かを悟るに至っていた。
「な、何をなさってるんですか、こんな所で!」
「……」
アイナディスの問いかけに、フードの戦士は少しだけ肩を震わせる。そうして、彼がフードを下ろした。そうして現れたのは、若干くすんだ金色の長い髪を持つ40代ぐらいのエルフの男性――正確にはハイ・エルフ――だった。
「久しいな、アイナ」
「久しいな、ではありませんよ!? どれぐらいぶりですか!? というか、何をこんな所でなさっているんですか、年甲斐もなく……」
「と、年甲斐もなく……ま、まだこれでも私とて若い!」
「以前腰が、とか言っていたのはどこのどなたですか」
どうやら、このハイ・エルフの男性はアイナディスとかなり親しい間柄らしい。かなり呆れ気味にため息を吐いていた。これに、ハイ・エルフの男性は顔を赤くしつつも声を荒げる。
「そ、それは百年ぐらいも昔の話ではないか!」
「五十年ぐらい前だったと思うのですが……ボケ、始まってませんか?」
「ぐっ……そ、そうだったかもしれんが!」
「「……」」
時間がエルフ基準だ。瞬とエルーシャは珍しくかなり辛辣なアイナディスとそれに翻弄されているようなハイ・エルフの男性に、そんな益体もない事を思う。とはいえ、いつまでも置いてきぼりに話をされても困るので、瞬がおずおずと切り出した。
「あー……アイナさん。誰なんだ?」
「私のお祖父様です」
「アンナイルだ」
「あ、瞬・一条です」
「あ……エルーシャ・フィオーリです」
ハイ・エルフから名を名乗られた以上、瞬もエルーシャも慌てて挨拶を返すしかなかったらしい。戦場ではあったので二人共略式だが、きちんとした礼を返していた。それに、アンナイルなるアイナディスの祖父が頷いた。
「うむ」
「……それで、お祖父様。何をなさっているのですか?」
「……友に呼ばれたので来たのだ。かつての彼風に言えば……俗に言う同窓会という物だ」
「友……? っ!?」
楽しげに、それでいて嬉しそうに告げたアンナイルに、アイナディスが全てを理解したらしく大きく目を見開く。そうして、彼女は明後日の方向を向いた。
「カイト! このフードの者たちは」
『あぁ、わかってる……ちっくしょう! はめられた! やってくれたな、クソジジイ!』
間に合わなかったか。アイナディスは通信機から響くカイトの楽しげな悪態に、マクダウェル陣営が完全にハイゼンベルグ公ジェイクの策に嵌められた事を察する。というわけで、そんなカイトは絶賛完全包囲の真っ只中に居た。
「久しぶりだな、勇者くん」
「さすがのお前も、我らが集まっているとは思わなかったみたいだな」
「ちぃ……大人気ないぜ、あんたら。まぁ、オレも大人なんだが……」
「ふん……たまには、良いだろう?」
「ジジイ……ハイゼンベルグ公ジェイクまでお出ましかよ。しかもよりにもよって本来の姿で」
フードを解いた数十人の戦士達に取り囲まれたカイトであったが、そんな彼の前にハイゼンベルグ公ジェイクが若い姿で現れる。そうして完全包囲の中、カイトはクオンを見る。
「クオン。そっちの女の人……」
『ええ。もうわかってるわ……というより、もうこの人しかあり得なかった。あのクソ親父から聞いた事はあったの。嬉しいわね。一度は、絶対に戦ってみたい相手だった』
「それがこっちに居ないだけマシと考えておくかね……」
クオンが戦っていた女剣士は、かつて彼女の父クランさえ唸らせたとんでもない剣豪だった。それはクオンさえ抑え込めるはずだし、彼女に匹敵せずともそれに追随出来る戦士達だ。天将達だって抑え込めた。が、そういった様々な状況を勘案しつつ、カイトはハイゼンベルグ公ジェイクに苦言を呈する。
「ジジイ……流石に勝利狙いにいかない、ってのはどうよ。オレもティナもてっきり、勝利狙いに来ると思ってたわ」
「それが、狙いだ……姫様なら必ず俺が攻めてくると考えたはずだ。であれば、攻めなければ良い」
「いや、ドアウトだろうが……」
当然だが、攻めない事には勝利は得られない。なのでカイトはこうやって戦場を迂回してハイゼンベルグ陣営を後ろから強襲する――冒険部本陣に居たカイトは分身――作戦を立てていたし、同じ手を取られると困るのでクズハの近辺にはマクダウェル家の中でも参加出来た従者達を残している。
「ははは……お前らの手はわかっている。如何に、お前を敵本陣にぶつけるか。全てそれに尽きる。芸がないと言えば、芸がない」
「それが一番良いからな」
「そう、一番良い。一番良いのだ……が、だからこそ読みやすい。決め手がわかっていればこそ、その決め手がどう来るかを想定すれば良いだけだからだ。だからこうやって最初から背後に控えさせていた。こんな居たとは思っていなかっただろう?」
「……」
カイトを敵本陣に強襲させ、敵のトップを早々に撃破する。それが最も良いかつ確実である事はハイゼンベルグ公ジェイクからして疑いようのない最善の一手だ。被害を最も少なく出来る。
そのためにティナらは幾つもの策を練るし、敵もそれを防ぐべく幾つもの手を打つ。カイトが居る様に見せかけるのだってその一つだし、時には一気に敵陣を突っ切る事もやる。今回は敢えて迂回しただけだ。
「……まぁ、思ってなかったっちゃ、思ってなかったけどなぁ……いや、一個ツッコませてくれ。ちぃったぁ、遠慮しろ。オレも遠慮したわ」
「「「はははは」」」
カイトの指摘に、ハイゼンベルグ公ジェイク以下彼の集めた戦士達が少し恥ずかしげに笑い合う。そうして、カイトが戦士達の正体を口にする。
「まさか、建国大戦の英雄達かよ。しかも揃いも揃ってよくもまぁ、揃ったもんだ」
「「「……」」」
皇国には、二つの大戦がある。一つはカイト達が活躍した百年戦争とも連盟大戦とも言われる魔王ティステニアとの戦い。もう一つが、この建国大戦とも叛逆大戦とも言われるマルス帝国と時の叛乱軍達の戦いだった。カイトの指摘に無言で笑うハイゼンベルグ公ジェイクは、その当時の仲間達を呼び寄せたのである。そんな彼らに、カイトは双剣を取り出す。
「ったく……こりゃ、作戦大失敗か。いや、違うな……ジジイ倒せば良いだけの話か」
「こちらも、勇者くんを倒せば終わりだが?」
「いや? 勘違いしてるな。オレは倒されても一兵卒……今回の総大将はクズハ。エルフ達の国を開放した時とまるっきり同じ状況だ。オレが倒されても問題はない。戦略的な敗北は総大将のクズハの敗北だからな」
「「「……」」」
楽しげなカイトの指摘に、叛逆大戦の英雄達が揃って言葉を失う。とはいえ、それはそうだ。なにせカイトは確かにマクダウェル公爵であるが、その彼は公的には存在していない。故に、この場に居るのは他の誰でも無い単なるカイトという名の戦士だった。が、これにハイゼンベルグ公ジェイクが笑う。
「そんな事わかっている……今回の作戦の意図は一にこの手を使い過ぎている、という指摘と第二に我らの戦闘力を見せておこう、というだけに過ぎん。三百年前は、時の陛下とウィスタリアス殿下のご要望で裏方に回っていたからな」
「で、第三に建国の英雄達が参加する事による士気高揚、と」
「そんな所だ」
カイトの述べた第三の理由もまた、ハイゼンベルグ公ジェイクの理由の一つだった。故に彼もまたその言葉を認め、剣を取る。そんな彼に、カイトが問う。
「……で。どんだけ連れてきた。流石にそろそろ良いだろ」
「さてな……とりあえず、来れる者という形で呼んだ」
「ほぼほぼ生き残り全てかよ……言っとくが、ジジイ。あんたの呼んだ奴ら、全員ウチとまでは言わんでも現代でも上位層に位置するバケモンだからな。こっちも、切り札切って怒ってくれるなよ」
こうなれば仕方がない。そんな顔のカイトが、楽しげにハイゼンベルグ公ジェイクらに告げる。これに、叛逆大戦の英雄達は首を傾げる。
「何の話だ?」
「こちとら、ジジイが何か策を打ってくるだろう、ってのは予想済みなんだよ。なら、この迎撃される可能性ははなっから想定してらぁな」
「ならば、なんとする? 貴様の手札は大凡把握している。お前が率いた<<無冠の部隊>>は今回来ていない事はわかっている」
「おう……だから、それ以外で切り札をな」
楽しげに笑うカイトの言葉に呼応する様に、唐突にカイトの真横に真紅の閃光が現れて停止する。
「……なんだ、それは。いや、彼女は、というべきか」
「マスタァ……彼ら、誰ですか?」
「敵兵」
「なら、殲滅して良いですよねぇ」
「おう……あー……カナン。一応聞いておくけど、コントロールは出来てるんだよ……な?」
何時ものカナンからは想像出来ないほどに妖艶な態度と言葉に、カイトは一応の所を問いかける。数ヶ月前でさえ、ランクS級冒険者に匹敵すると言われたカナンだ。若干のコントロールが出来る様になった今ならどの程度の活躍が出来るのか。丁度良いので試させて貰おう、という判断だった。
「出来てますよぉ? ただ何時もより身体が熱すぎて熱すぎて熱すぎて……ちょっと勢い良すぎるかなー、ってぐらいです」
「ま、それならそれで良いけどな」
「はぁい……で、他の皆さんは?」
『私なら、最初から居るわ』
ずむっ。そんな音を立てて、カイトの影が盛り上がる。そうしてカナンの声に呼応する様に現れたのは、シャルロットだ。そして更にホタルとカナタが舞い降りる。
「ほぅ……月の女神に、古代の少女。それにその少女は……」
やはり流石はハイゼンベルグ公ジェイク、という所だったのだろう。カナンの様子に何か思い当たる節があったらしい。僅かに険しい顔を浮かべる。が、これにカイトは更に笑みを深める。
「増援が三人、だけだと思うか?」
「思わんよ……が、それだけで足りると?」
「いや……流石にキツイとは思うがね」
ハイゼンベルグ公ジェイクの問いかけに、カイトは少しだけ苦笑気味な笑みに色合いを変える。が、ティナは使えない。無論、クズハも使えない。彼らに対抗し得る猛者となるとクオンらとなるが、その彼女らも各々交戦中だ。勿論、カイトも本気は出せない。形勢はかなり不利とカイトも認めるしかなかった。
「ま、キツイだなんだと言うなら誰でも出来る。で、無理を通せば道理ってのは引っ込むもんだ。なら、やってやるしかないだろう」
こちらの手札はこの場に増援として来た三人に加えて、一葉ら三人。カイトを含め計七人。相手の力量を考えれば、十分かどうかは考えものだろう。とはいえ、やるしかない以上、やるしかなかった。そうして、カイトはハイゼンベルグ公ジェイク率いるハイゼンベルグ陣営の切り札と激突する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




