第2245話 戦士達の戦い ――強襲・2――
マクダウェル家とハイゼンベルグ家による合同軍事演習。それにマクダウェル陣営側の冒険者として参加する事になった冒険部一同。そこで今回は指揮官としての勉強を兼ねて、カイト、ソラ、瞬の三名がそれぞれ部隊を率いて動く事になっていた。
そうして緒戦を終えて膠着状態に陥った戦場であったが、トリンの献策を受けて瞬は一路セレスティア、イミナ、エルーシャの三名と共に瑞樹達に送られ戦場のど真ん中より少し後ろに舞い降りる。そこは、アイナディスと戦うフードの戦士の真横であった。
「はぁ!」
「む」
落下の勢いを上乗せし放たれる槍の一突きに、フードを被った戦士の一人が思わず驚きを露わにする。それはまるで自分が狙われるとは思っていなかった様であった。が、彼はやはり腕利きだ。即座に応対してのけた。
「はっ!」
放たれた瞬の槍に対して、フードの戦士は腰に帯びていたらしい細剣を抜き放って一息に切り払う。それを利用して、瞬は距離を取って着地する。そしてその頃には他の三人はすでに着地し、攻撃の支度まで整えていた。というわけで、先手を取ったのは身軽さであれば有数のエルーシャであった。
「はぁああああ!」
「っ!」
速い。フードの戦士は炎を纏い放たれる拳打に、僅かに目を見開く。が、これに彼は小さく口決を呟いた。
「<<風よ>>」
「っ! 加護持ち!」
「セレスティア様! 追撃を!」
「はい!」
風の加護を使い急速に距離を取ったフードの戦士に対して、イミナが更に追撃を仕掛ける。その更に後ろには長年の付き合いがあればこその息の合った連携を見せるセレスティアの姿があった。
彼女はここ暫く愛用していた大剣こそ兄のレクトールに返却していたが、腕そのものが落ちたわけではない。それどころか大剣への遠慮が無くなった為、腕はより一層冴え渡っていた。そうして一瞬で動きを確定させたイミナが、地面に着地したフードの戦士へと襲い掛かる。
「はっ!」
「くっ!」
イミナから放たれた拳打であるが、やはりフードの戦士の腕も相まって直撃はさせられなかった。が、それでもタイミングの関係で防御させる事には成功しており、彼を大きく吹き飛ばす事になる。そうして地面を滑るフードの戦士であったが、そこにセレスティアが切り込んだ。
「参ります!」
「ちっ!」
「っ!」
「姫様!」
どうやら流石にこの状態から追撃を食らうのは拙い、と判断したらしい。今までアイナディスの雷撃を迎撃していた岩石の一部の軌道を変え、セレスティアへ向けて投ずる。これに、セレスティアはフードの戦士に向けて放とうとしていた剣戟を岩石に切り替える。
「はっ! っ!?」
「甘い! っ!?」
岩石を隠れ蓑に一瞬で姿勢を整えこちらに切り返したフードの戦士に一瞬驚きを浮かべたセレスティアであったが、一方のフードの戦士も次の一歩を踏み込もうとした瞬間、慌てて地面を踏みしめて急停止。横合いから放たれる槍を細剣で薙ぎ払った。
「ふっ!」
「はっ! ちっ、ダメか!」
どうやら奇襲に成功してバランスを崩させた上、瞬らの力量も一筋縄ではいかない領域――しかもここにアンジェリカの支援もある――だ。このままでは押し負ける事を察したらしい。そしてそれを見て、流石にアイナディスを相手には手が出せない、となっていた周囲の冒険者達が慌てて彼の支援に入る。が、ここにカイトが攻撃を開始した。
「っ! またあのガキか!」
「どんだけ手札持ってやがる、あの小僧!」
「化け物か!」
飛来する無数の武具の雨に、周囲の冒険者達は苦い顔でその迎撃に入るしか出来なかった。が、それで問題はない。なにせそこまでは読み通りだし、カイトもそれを織り込んで動いている。
これはあくまでも、次の動きを促す為のものだった。そうしてトリン達の読み通り、冒険者達も無理になった事を受けて別のフードの戦士が動いた。
「はぁ……そんなのだからロートルだの良い年なんだから引っ込んでください、だのと言われるんだ」
「五月蝿い」
「っ」
一瞬で自身に肉薄していた新たなフードの戦士に、瞬が思わず目を見開く。近接戦闘であれば、アイナディスと戦っていたフードの戦士以上であった。そんな新たなフードの戦士に対し、瞬は一瞬驚くも即座に槍を突き出す。
「はっ!」
「この程度なら読める」
きぃん、という音を立てて三度交わる剣と槍であるが、どうやら新たに現れたフードの戦士は両手剣使いらしい。一瞬の均衡の後、瞬が押し返される。そうして追撃を仕掛けようとする新たなフードの戦士であるが、そこにセレスティアが割って入った。
「させません!」
「俺は、だがな」
「そちらも、想定内です!」
「なに!?」
どうやら新たなフードの戦士は自身を隠れ蓑にして、更にもう一人の援軍を隠していたらしい。にも関わらず瞬に向けて行われた追撃を完全に防ぎきったイミナに思わず目を丸くしていた。
というわけで、彼女ら二人に増援二人を相手にしてもらう一方、姿勢を整えた瞬が改めて先にアイナディスと戦っていたフードの戦士へと強襲を仕掛ける。
「おぉ!」
「甘い! こちらももう姿勢を戻したぞ!」
今なら攻め切れる。そんな気概で攻め込んできた瞬に対して、フードの戦士は少しだけ声を荒げて細剣を振るう。その言葉通り、彼の剣戟の冴えは先程を遥かに上回っており、近接戦闘だけでも瞬以上だと察せられた。
間違いなく、総合力では瞬より数段上の猛者だろう。が、そんなものはわかっていた。故に、こうなった場合でも大丈夫な様に、もう一人用意していたのである。
「っ」
「私も、忘れてもらっちゃ困るわ!」
「っ!」
放たれる拳打に、フードの戦士は僅かに苦い顔――と同時に笑みも浮かんでいたが――を浮かべ直撃を覚悟する。どうやらこれ以上の増援は無いらしい。そうして、彼が受け身を取りつつも少しだけ地面を滑る様に吹き飛ばされる。
「くっ……やる」
口では称賛を浮かべながらも、フードの戦士の顔には余裕の笑みが浮かんでいた。どうやら、この程度では些かも苦になっていないらしい。というわけで、彼はこのまま距離を取っている状況は良くないと判断したのか、風の加護を再展開する。
「<<風よ>>」
「参式!」
この男に加護を使われて、まともに堪えきれる自信は瞬にも無かった。故に彼は即座に炎雷を纏うと、周囲にセンサーの様に電磁波を伸ばしてフードの戦士の姿を確認する。が、何ら反応の無い状況に、瞬は自分狙いではないと即座に理解した。そしてそれと同時だ。エルーシャが裏拳を放っていた。
「……はっ!」
「っ! 流石はアイゼンの弟子か!」
ぶんっ、という風切り音が鳴り響き、次いでぎぃん、という鈍い金属同士の衝突音が鳴り響く。エルーシャの篭手とフードの戦士の細剣が激突したのだ。彼女は彼女で気配を読んで、フードの戦士の接近を察知したのである。そうして一撃の衝突をきっかけとして、幾重もの拳打と細剣の剣戟が入り乱れる。そこに、瞬が横合いから襲い掛かった。
「おぉおおおお!」
「っ……良いだろう。遊んでやろう」
「「っ」」
どうやら、ここからが本番という所らしい。今までとは明らかに違う圧を纏うフードの戦士が、僅かに距離を取る。が、そこに。特大の雷鳴が轟いた。
「それは、ありがたいですね。では、私も遊んで頂きましょう」
「……」
後ろから響いた声に、フードの戦士の垣間見える口元が僅かに楽しげに歪む。今まで雷撃と岩石の応酬で近寄る事が出来なかったが、フードの戦士の意識が僅かに瞬達に向いたおかげでアイナディスが肉薄する事が出来たのである。そうして、そんな彼女が瞬らへと告げる。
「瞬。それと……貴方がエルーシャですね。カイトから話は聞いています。良くやってくれました。ここからは、私も参戦しましょう」
「……<<風よ>>」
「<<風よ>>!」
「は!?」
フードの戦士に呼応する様にアイナディスもまた風の加護を展開する。これに驚いたのは瞬だ。彼はアイナディスが雷の契約者である事を知っており、それと共に雷の加護も持っている事を聞いていた。
が、そこに風の加護まで持っているとは聞いていなかったのである。そんな彼を尻目に、超高速で移動した二人が激突した。
「っ……この剣技! やはりハイ・エルフ! 何者です!」
数合刃を交え、アイナディスは即座にこのフードの男がハイ・エルフだと看破する。まぁ、それはそうだ。自分が使うものとまるっきり同じ剣技であれば、わからないはずがなかった。が、これにフードの戦士はただ口元に笑みを浮かべるだけだ。
「……だんまりですか。良いでしょう! ならば、喋って頂くだけです! <<雷>>よ!」
「くっ!」
雷と風の加護の二重起動。アイナディスほどの戦士だからこそ出来る超高等技術を使用されては、流石にフードの戦士も堪えきれなかったらしい。そうして風雷を纏ったアイナディスであったが、一転怒声を上げた。
「驚いている場合ですか! 攻めなさい!」
「っ!」
風雷を纏うアイナディスの怒声に、瞬もまた急いで炎雷を纏いそれに追随する。そうして、吹き飛ばされたフードの戦士へと瞬が槍を突き出した。
「っ、遅い!」
が、やはり瞬では力量不足は否めない。フードの戦士は即座に立て直し、瞬の槍を上へと振り払う。そうして彼は距離が取った。しかしそこに、左右の拳に雷と風を纏わせたエルーシャもまた続く。
「はぁ!」
「っ、くっ!?」
エルーシャの拳をムーンサルトで回避したフードの戦士であったが、丁度天地逆さまになった所で襲い掛かったアイナディスの剣戟は防ぐしかなかった。それでも間に合わせたのは流石という所であったが、威力の軽減は完璧とは言わず大きく吹き飛ばされ、着地には成功したものの姿勢を崩し地面を滑っていく。
「っ!」
ここだ。中腰に近い形で減速しながらも地面を滑っていくフードの戦士に、瞬は一瞬で好機と悟る。故に彼は地面を踏みしめて、まるでレールガンのように射出されるが如く距離を詰める。
が、その距離が僅かとなった所で、唐突に地面が割れて黄金色の閃光が吹き出した。仕方がなく中腰になって滑ったのではなく、彼は地面に手を着く為に敢えてあの姿勢を選んでいたのである。
「危ない!」
「ごっ! ぐっ、すまん!」
黄金色の閃光に飲まれる一瞬手前、咄嗟に瞬へと気弾を放ったエルーシャの基点により瞬は思いっきり吹き飛ばされ地面を転げる。流石に咄嗟の事だったので受け身も取れていなかったが、ブレイクダンスの様に肩で地面を回転し即座に立ち上がり槍を構える。そうして彼がフードの戦士を見ると、丁度黄金色の閃光をまるで地面に押し込む様に降り注ぐアイナディスの雷撃が迫っていた。
「ちっ」
迫りくる雷撃に、フードの戦士は自身の不利を悟ったらしい。黄金色の閃光が一瞬更に輝度を増したかと思うと、唐突に地面が吹き飛んで雷撃を弾け飛ばす。その岩石の破片をかき分けて、風雷を纏うアイナディスが肉薄する。
「「はっ!」」
二つの細剣が激突し、白銀と黄金の閃光が迸る。そうして数十の剣戟が交わった所で、アイナディスが距離を取る。そこに、瞬とエルーシャが同時にフードの戦士へと襲い掛かった。
「「はぁ!」」
「っ」
だんっ。迫りくる瞬とエルーシャに対して、フードの戦士は地面に手を着いて何かしらの魔術を行使する。そうして、彼の左右の地面が隆起して即席の壁となった。が、これに瞬は敢えて槍を突き立てる。無論、巨大な岩盤の壁を貫く事なぞ出来ようはずもない。それでも、彼は問題なかった。
「何!?」
岩壁を突き抜けて現れた何かしらの文字に、フードの戦士が思わず目を見開いた。そうして、次の瞬間。現れた文字から、雷撃が迸った。先のフードの戦士の魔術で、瞬は咄嗟にルーン文字を壁に刻む事を思いついたのだ。慣れていない事もあって威力はからっきしだが、牽制ぐらいにはなると思ったのである。
「っぅ!」
「上出来です!」
力量差から大したダメージは与えられなかったものの、僅かに動きを鈍らせるだけの働きは出来たらしい。僅かな苦悶の声にアイナディスが称賛を告げながら、空いた隙間からフードの戦士へと襲い掛かる。しかしこれに、フードの戦士は力技で迎撃した。
「おぉおお!」
「っ!」
今までの技ではなく力での迎撃に、アイナディスも思わず足を止めてそれを受け止めるしか出来なかったようだ。彼女が大きく地面を滑り、そこへフードの戦士が肉薄する。
「はぁ!」
「させん!」
「こっちも遠距離出来るっての!」
「!」
アイナディスへと肉薄せんとしていたフードの戦士に対して、瞬は無数の槍を生み出し、エルーシャが気弾を連射する。これに、フードの戦士はその場に即座に足を止めて細剣で薙ぎ払った。
「容赦の無い奴らめ!」
「……へ?」
流石に堪えきれなかったのか悪態をついたフードの戦士に対して、アイナディスは絶好の好機である筈なのにどうしてか間抜け面を晒す。そうして、彼女は思わず声を大にした。
「な、何をなさってるんですか、こんな所で!」
「「は?」」
「……」
どうやら、アイナディスはこのフードの戦士が何者かわかったらしい。しかもかなり親しい相手の様子で、かなり困惑している様子だった。そうして、彼女がフードの戦士の正体に気付いた事により、戦いは一時中座する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




