第2242話 戦士達の戦い ――それぞれの戦い――
マクダウェル家とハイゼンベルグ家が行う合同軍事演習。その演習に冒険者の一人として参加する事にしていた冒険部の面々。彼らはカイト率いる本隊、ソラと瞬が率いる別働隊二つで動いていた。
そんな中、瞬率いる別働隊は最前線も最前線で押し込んだ戦況の維持に努めていた。その一方、その僅かに後方のソラ率いるもう一つの別働隊はというと、押し込まれた形となっているハイゼンベルグ陣営の押し返しに押され、若干の停滞を余儀なくされていた。
「やっぱ先輩みたいな突破力ねぇよな、こっち……」
「しょうがないよ。瞬さんの突破力、多分冒険者として見てもかなり上位層に位置しているだろうからね」
一時ミニエーラ公国での一件で大きく水を開けられた形となったソラと瞬の力量差であったが、その後瞬の酒呑童子の目覚め、それに伴う鬼の血の覚醒があり一時瞬が上となる。
その後鬼の血の封印があり、今ではほぼ同程度だ。が、これはあくまでも総合的な話であり、突破力等の一部要素に関してはどちらも差が開いている形となっていた。
「にしても……結構予想より押されてるな」
「そうじゃないよ……ソラが実戦を経験していなかっただけだね。これがデフォルトと考えても良いよ」
「そか」
やはりここで一度実戦を経験しておけて良かった。ソラはトリンの語る話を聞いて、内心そう思う。が、そんな感慨を抱いてばかりもいられない。故に彼は少し気を引き締める。
「とはいえ……そろそろ突破しないとヤバそうだな。先輩の方がキツそうだ」
「だろうね……さて、ソラ。そろそろ、タイミングだよ」
「おう。十分、引き付けられたかな」
実のところ、二人は敢えて足を止めていた。このまま進んでも後々キツイ事がわかっていたからだ。そうして、ソラはブロンザイトから教えられた事を口ずさんだ。
「敵陣に深く切り込む事ができたら、必ず敵は必死で押し返そうとしてくる……もしかすると、そのまま一気に突き進めるかもしれない。が、その時は進んではならない……包囲され殲滅されてしまう」
このまま進めばおそらく包囲され瞬達もう一つの別働隊と共に殲滅されるだけだ。ソラは中央全体を見通して、僅かにハイゼンベルグ陣営前線が前に伸びていた事に気付いていた。瞬らは奥まで侵攻していないつもりだったが、逆に相手が前に出た事により意図せず奥にまで誘い込まれていたのである。
「で、そうなるなら……包囲しようとしてる所を切り崩す必要がある」
「その後は、わかってるね?」
「おう。先輩達を救出して、速攻後ろに戻らないとな」
このままやっても同じ事を繰り返すだけ。ソラはそれを理解していた。故に、彼は瞬らを救出後に一度撤退するつもりだった。ここらは、やはり彼の方が大局的な視点が養われていたと言って良いだろう。というわけで、この後までしっかり打ち合わせたソラは、作戦を一つ進める事にする。
「カイト。先輩達の方の状況は?」
『若干、厳しい状態が続いている。そちらの申し出通り、後方支援は請け負った』
「頼む……で、こっちのまとまった奴ら、なんとかできね?」
『おいおい……オレにやってくれ、ってことか?』
「お前ぐらいしか出来る奴、現状居ないだろ」
大分、戦力の動きがわかってきたな。カイトは楽しげなソラの指摘にそう思う。実際、現在冒険部の本隊は何もしていない様に思うが、ここからソラの動きに合わせ撤退する彼らの支援に本隊が動くし、瞬らが壊滅しない様に遠距離支援も続行中だ。手は足りなかった。
『わかったよ……が、こっちも疎かにするわけにいかんから、遠距離からの支援だけな』
「それで十分」
兎にも角にも必要なのは、今自分達が引き付けた敵を一掃してくれる事だ。それが成せるのであれば、ソラは何でも良かった。というわけで、カイトは若干笑いながら立ち上がる。
「はぁ……まったく。人使いの荒い事だ」
「あはは……どうしますか? 本陣に詰めてる魔術師部隊を若干ソラくんの支援に回しますか?」
「いや、そっちは瑞樹達に向けられる対空砲火への支援に割きたい。オレがやるよ」
通信を介して話をしていた為、本陣に詰めていた桜にも話は聞こえていた。故に彼女の問いかけにカイトは笑いながら、本陣最後方にある冒険部の司令室――簡易テントだが――を後にする。
「さて……ソレイユ。そっち、まだ苦戦してるのか?」
『うーん……これ、だめっぽいかも』
「だめ? お前らがだめってのは中々に珍しいな」
『さっきのにぃにぃの第二射、見たでしょ? 直援にかなり腕利きの剣士が数人居るっぽい。出来ればにぃの支援欲しいかも』
どうやら、数度に渡る交戦の末にソレイユはかなり本気で戦いに臨んでいるらしい。かなり冷静に敵の分析を行っている様子だった。が、これにカイトはため息を吐いた。
「流石に厳しいな……さて、久しぶりに魔術師として動いてみるか」
気を取り直したカイトであるが、そんな彼は何時もの魔導書二冊を取り出す。今回は幸いな事に時間はたっぷり掛けられる。遠慮なく、撃ち込めるだろう。と、そんな支度を開始したカイトに、ソラが慌てて問いかける。
『っとぉ! カイト! 一応撃ち込む前に説明プリーズ! お前の事だから、下手すっとド派手にやりそうだから!』
「ああ、派手にやってやるつもりだったんだが……上級最上位魔術の<<創造破壊>>だな。展開まで一分ほどお待ち下さい」
『本気一番上の無属性魔術使う気だったんだな!?』
聞いておいて良かったぁ。ソラは声を荒げながらも、胸を撫で下ろす。しかも無属性を使うあたり、一切の容赦が無かった。
「当たり前よ。せっかく遠距離から派手に叩き込めるんだ。それぐらいはやってやらんとな」
『被害、こっちにまで及ばない様にしてくれよ……』
「わかってる……ソレイユ。そういうわけだから、一度仕切り直しをしろ」
『はーい』
カイトの言葉に、ソレイユは周囲の弓兵達と一度頷きを交わす。ちょうどソラ達が停滞している所の真上でソレイユ達が盛大な狙撃合戦を行っており、攻撃の手を止めればその時点で多大な被害が両陣営に訪れる事になる。なのでソレイユも仕切り直しが図れなかったのだ。というわけで、カイトは支援砲撃を敢えて派手にする事で彼女らの仕切り直しも図っていた。
「さてと……色々と偽装が必要なのは面倒だな」
ソラの支援要請からおよそ一分。カイトは自身の周囲に巨大な魔法陣を生み出していた。まぁ、ここまで派手にやれば敵陣からも目視できていたので完全に気付かれていた。が、狙いがどこかわからなければ防ぎようがない。なのでハイゼンベルグ陣営から無数の魔術が発射される事になる。
「ま、そうなるよね……が、何のために魔導書を二冊も出していると思っているのやら」
『維持問題無い』
「オーライオーライ。まぁ、この魔方陣は単なる見せかけ、というか敢えてやってるだけだからな。適当に苦戦している風を出してるだけだ」
ナコトの返答に、カイトは魔法陣の維持を彼女に任せながら自身は盾を生み出して発射された魔術を迎撃する。といっても、これも単なる苦戦している風を装っているだけだ。
「ちぃ! 魔導書二冊もだと!?」
「聞いた事があるな! 日本人のトップ、武器やらのかなりの蒐集家だって話だ!」
「だめだ! 魔導書が自動で構築してやがる!」
「おい、解析! まだか!」
「魔導書の解析なんて遠距離で出来ると思う!?」
「違う! 魔術の解析やれっつってんだろ!」
「無茶! 魔導書が自動構築してる魔術なの! 魔導書読み取ってどの文章が起動してるか見切らなきゃできない!」
てんやわんやしてるなぁ。カイトは声を荒げるハイゼンベルグ陣営の冒険者達や兵士達に対して内心で笑う。
「さてと……じゃあ、そろそろやりますかね」
そろそろ良いかな。カイトは適当に時間を掛けた風を装い、魔法陣を起動させる。
「冒険部ギルドマスターよりマクダウェル陣営本陣へ。各所へ指定ポイントからの退避を要請する。ポイントはA-2」
『要請を受諾。タイミングはそちらに預けます』
「了解」
これで、全部の支度が整った。カイトはオペレーターからの返答――ティナらとは別の所――に後はタイミングを見計らうだけとする。すでに要請も送っている以上、これで逃げ遅れて文句は言われない。というわけで、カイトはソラへと最終確認を送る。
「ソラ。こちらの手配は全て整った。後は、お前の要請一つで派手にぶちかませる」
『オッケ……俺<<創造破壊>>って見た事無いんだけど、どんなの?』
「単に派手に爆発するだけだ。<<魔素爆発>>と似た感じだ」
『なるほど……っと、良いぞ。やってくれ。こっちの最前線は俺がなんとかする』
「気張れよ。割と、威力はデカイからな」
『りょーかい』
カイトの助言に、ソラは一つ腹に力を込める。そうして、直後。ソラ達を攻め立てていたハイゼンベルグ陣営の戦士達の中心で、大爆発が起きた。
「「「……」」」
マジかよ。ソラ率いる別働隊の面々――とハイゼンベルグ陣営の付近の面々――は、カイトが引き起こした<<創造破壊>>の威力に思わず言葉を失った。無論、予兆があった上にソラ達と戦っていたのが自分達だとわかっている者も多く、ここに来るのではと想像していた者は少なくない。
故に攻撃前に撤退をしていた者も少なくなく、被害は軽微と言えるだろう。が、それでも十分だ。ソラ達の目的は瞬達を救出するに十分なだけ敵を引かせる事と、引ききれなかった奴らを一網打尽にすること。これで、目的は達成されていた。それ故、トリンがソラへと促す。
「ソラ」
「お、おう! 全員、今のうちに一条隊の救助を行って撤退するぞ!」
「「「お、おぉおおおおお!」」」
兎にも角にも、これで目的は達成されている。自分達ごと取り込もうとしていたハイゼンベルグ陣営の前線は大きくかき乱され、即座に包囲網を構築するのはかなり困難な状態だ。
今なら、瞬らを救出して陣形を再構築する事ができそうだった。というわけで、ソラ率いる別働隊は空いた隙間を利用して一度隊列を整えると、即座に瞬らもう一つの別働隊と合流する。
「先輩! 無事っすね!」
「ソラか! すまん! 攻撃がキツくてこれ以上進めそうになかった!」
「いや、しょうがないっす!」
どうやらやはり瞬は自分達が取り込まれつつあった事に気付いていなかったらしい。まだ進むつもりで居た様子だった。そんな彼に、ソラは今起きつつある状態を説明する。
「そうなのか」
「うっす。おそらく敵の攻撃がきつくなったのは、ここに先輩方を足止めして孤立させる事が目的だったんじゃないか、と」
「なるほど……危なかったか。すまん」
それで進めなかったのか。ソラの言葉に、瞬は一つ納得を得た。そしてそれ故、彼は僅かに苦笑した。
「ということは……微妙に攻めれそうに思わされていたのか」
「そうなんっすか?」
「ああ……撤退するかどうか、悩んでたんだ。が、このままやれば進めそうではあったからな」
「……」
どうしようか。ソラはトリンと一瞬だけ、視線を交えて相談する。が、トリンは即座に首を振る。
「そか……先輩。一回引いて陣形を立て直した方が良いかと。このまま進んだら、逆に取り込まれかねませんし」
「そうか……後少し、だったが……」
「引き際が肝心かと」
「か」
瞬は今までの手応えから、少し進みたくはあったらしい。実際、このまま後少し、数百メートル進めば敵の本陣だ。が、敢えて引き込まれている可能性が高い以上、これ以上進むのは危険過ぎた。
「ソラ。一度俺の隊の指揮も頼む。俺が殿で敵を一瞬抑え込む」
「うっす。即座に戻ってくださいね」
「わかってる」
ソラの言葉に、瞬は一つ笑う。撤退と決まった以上、追撃を阻止する必要があった。そしてこんな時に最適な手札を、彼は酒呑童子の手札から手に入れていた。それを横目に、ソラが声を張り上げる。
「全員、撤退! 殿は先輩がやる! 一旦、全員こっちと合流してくれ!」
「一条だけで大丈夫か!?」
「問題ない! さぁ、やるか……」
綾崎の言葉に一つ笑って答えた瞬であるが、彼は一つ深呼吸して大きく息を吸い込む。
「<<鬼の咆哮>>! おぉおおおおおおおお!」
「ぐっ」
「あっ」
どんっ。口決と共に真紅の輝きを纏った瞬が、大音声を放つ。それはもはや魔力の乗った衝撃波にも等しく、地面は大きくひび割れ冒険部別働隊の追撃する冒険者達を吹き飛ばし、放たれた魔術を一切合切消し飛ばしていく。
「ふぅ……<<鬼の咆哮>>。中々便利か……っと、俺も撤退だ」
<<鬼の咆哮>>と<<戦吼>>の違い。それは放たれる力の差と言っても良い。<<鬼の咆哮>>の方が遥かに破壊力が高く、やろうとすれば敵さえ破壊する事が出来るらしかった。
今はまだ瞬ではそこまでの力は出せないが、瞬が見た酒呑童子はこれで魔物や時の朝廷の侍達を破壊していた。そうして、<<鬼の咆哮>>で敵の追撃を阻止した瞬もまた撤退するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




