第2240話 戦士達の戦い ――停滞――
皇帝レオンハルトが音頭を取り行われていたマクダウェル家とハイゼンベルグ家による合同演習。それは当初の予定とは大きく異なる形で進んでいたが、カイト、アル、アイナディスの三名により、一瞬押し返された戦場を押し戻す事に成功していた。
そうして中央をアイナディスが、左翼をカイトが、右翼をアルとリィルの二人が押し戻していたが、この内右翼を受け持ったアルとリィルの二人はハイゼンベルグ陣営に招かれていたハイゼンベルグ領に拠点を置く<<暁>>支部の支部長であるフィアンマ・バーンシュタットとの交戦を行う事になっていた。そんな光景を、ハイゼンベルグ公ジェイクは楽しげに見守っていた。
「さて……作戦の進捗はどの程度だ?」
『作戦も何も無いだろう。こんな野戦の奇襲にも等しい戦いで』
「あははは……が、時には驕ったガキ共に痛い目を見せるのも良いだろう?」
『あっははは。確かにな……では、そろそろ私も動こう。たまさか、孫娘の顔を見るのも良い』
「あまり、はしゃぎすぎるなよ」
『それは保証しかねるな』
ハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に、これまたフードを目深に被った男は楽しげに笑う。そうして、数分。演習場中央で轟いていた無数の雷が、地面から超高速で発射される無数の岩石により貫かれていく。
「はてさて……まだまだ手札はあるぞ」
ハイゼンベルグ公ジェイクは巨大な卓上に配置した幾つものカードを見ながら、自身の前に置かれた何枚ものカードを改めて確認する。彼のやり方は基本的に視覚的に見てわかりやすい様に、というのが重要視されていた。
「……何時も思うんですが、父さん……それ、わかりやすいのは良いですが、同時に場所を取りませんか?」
「……こうしなければ理解を放棄する奴が居るんだ」
「……そうですか」
誰なのか。それを今更問うのは野暮というものだろう。ハイゼンベルグ公ジェイクは公爵として歴代の皇王と皇帝に仕えたが、戦士として共に戦ったのはイクスフォス唯一人。これは彼の為だった。と、そんな彼に、息子が問いかける。
「……父さん」
「なんだ?」
「……まさか、と思うんですが……出る、おつもりですか?」
若干色々な意味で引いた様子で、ハイゼンベルグ公ジェイクの息子は彼へ向けて問いかける。が、これに彼は即座に笑った。
「さて……どうしたものかな」
「やめてくださいよ……父さん、基本的には卓上で考える人なんですから……」
「まだ、腕は落ちていないさ」
事実、ハイゼンベルグ公ジェイクの腕は衰えていない。今なお剣は振るえる。特に、今のこの身体であれば、だ。
「……そろそろ、か」
そろそろ、自分は公爵としての第一線を退く時が来たのだろうな。ハイゼンベルグ公ジェイクはそう思う。が、それは決してすべてを終わらせるつもりである、と決死の覚悟を持つわけではない。
「まぁ……今暫くは動きを待つ事にしよう」
ハイゼンベルグ公ジェイクは再度、戦況を見守る事にする。そうして、彼は再度全体の総指揮を行うべく各所への伝達を行う事にするのだった。
さて、カイト達が押し戻した挙げ句に一気に押し込んだ事により戦況が随分とマクダウェル陣営側に傾いていた戦場。それをひとまず前線の者たちに任せたカイトは、一人冒険部本陣に戻っていた。
「これでなんとか、全体的に押し戻せたか」
「何者……なんでしょうか、あれは」
「わからん……が、少なくとも並以上の使い手だろうな」
まさか剣姫クオンと単騎で相応に戦える剣士がまだ居たとはな。カイトは上空数百メートルの所でクオンと無数の剣戟を交える女剣士を見る。あれほどの剣士がまだ隠れていた事にびっくりだったし、自身が知らないという事も信じられなかった。
「一体、どこから見付けてきたのやら……あの領域、戦争時代なら間違いなくエース級だろうに」
「大丈夫……でしょうか」
「ん? いや……それは問題無い。あの女剣士。確かに腕は確かなものだが、それでもクオンには劣る。これは見たらわかる」
「……」
いえ、多分それを見たらわかる、と笑いながら言えるのはカイトくんだけだと思います。桜は笑いながら首を振るカイトにそう思う。とはいえ、実際カイトには女剣士とクオンの腕の差が如実に見て取れており、不安は無かった。
「持久力、というかな……あの領域であの出力で放つとなると、些か全体的な魔力が足りていない。こればっかりはな……それでも、クラン殿並はあるだろうが……まぁ、この演習の間は堪えきれるだろうが、それ以降は難しいだろう」
「それ……どちらにせよこの演習の間クオンさんは動けない、という事では?」
「どっちかっていうと、<<熾天の剣>>は全員動けんだろう」
カイトはユウナの周囲で戦う冒険者達に混じり動くフードを被った戦士達を見て、僅かに顔を険しくする。なぜ顔を隠すか、というのは相変わらずわかっていないが、少なくとも彼らこそが今回のハイゼンベルグ陣営の切り札にして隠し札と考えられた。そしてそれを示すかの様に、中央で雷撃を降り注がせるアイナディスの雷撃が、地面から打ち上げられる無数の岩石により相殺されていく。
「……ほぅ」
『くっ……どうやら、流石はハイゼンベルグ公という所じゃのう。まだまだ、札を持っている様子じゃ』
「流石爺か……」
それでこそ、皇国を七百年もり立てた皇国の大黒柱だろう。カイトはおそらく自分と同等かそれ以上に広いパイプを持っているだろう彼を思い出し、それを遺憾なくここで投入してくる彼に笑みを浮かべる。そうして戦場の中央で雷撃が岩石を打ち砕き、無数の閃光が舞い踊った。
「……ティナ。そろそろ良い塩梅に中央での戦いが進行していると思うんだが。アイナも、ソレイユ達もな」
『うむ……もう一段、派手さを上げて良いじゃろうな』
「オーライオーライ……魔導機隊、出撃許可」
『了解じゃ……魔導機隊、全機発進せよ。作戦はパターンB』
『魔導機全機出撃! 作戦はパターンB! 各機へプランに合わせて兵装の変更を忘れるな!』
カイトの許可にティナが指示を出し、それをオペレーターが各所へと伝達する。そうして暫くすると、最後方の飛空艇艦隊の数隻から、魔導機が発進。雷撃と岩石の合間を縫って、中央を一気に突貫していく。が、それも長くは続かない。
『ハイゼンベルグ陣営より大型発進。中央にて交戦を開始。合わせ、ハイゼンベルグ陣営の小型艇も進軍を開始』
「良し。こちらも小型艇にて迎撃させろ……そうするしかないのだから、そうなるか」
『それを読んだ上で、動いておるからのう』
「ああ……瑞樹。そろそろ発進準備頼む」
『わかりました』
ティナと共にオペレーター達の報告を聞きながら、カイトは僅かにほくそ笑む。幾つかの想定外の事態はあったものの、総じて作戦通りに進めていた。そうしてそんな彼の上を、瑞樹達が飛竜に乗って通り過ぎていく。ソラ率いる一団の支援をするべく動いたのだ。
『ハイゼンベルグ陣営、竜騎士部隊に向けて砲撃を開始。如何なさいますか?』
「問題はない。飛空艇の砲撃を掻い潜る訓練と直撃を避ける訓練はさせている」
『了解』
エルロン・ロールのような曲芸的な軌道を繰り広げながら進む瑞樹達を遠目に見ながら、カイトは一つ頷く。飛空艇と竜騎士の最大の差は、成長しきった後の機動性にこそある。
特に最高位の竜騎士ともなれば、戦闘機や小型の飛空艇の追随を許さない機動性を有していた。まぁ、日向を見ればわかるが、それこそ空間転移等の魔術さえ使うのだ。ある程度強くなった竜騎士にとって、直進しかしない魔導砲なぞ造作もなく避ける事の出来るものに過ぎなかった。
「トリン。そちらに瑞樹達が向かう」
『わかりました。信号、打ち上げます』
「そうしてやってくれ」
トリンの返答に、カイトは一つ頷く。すると戦場の中央より僅かに外れた所で、数個の信号弾が打ち上がる。そこに、瑞樹率いる竜騎士部隊が移動を開始した。と、それを見守るカイトへと、今度はソレイユから連絡が入る。
『にぃー。にぃにぃ、準備完了って。次どこ狙うー?』
「んー……お前が今やってる奴、どこ?」
『まだ真正面に居るー。でも流石に相手も私一人で余裕ないっぽいねー』
「なら、狙い撃ってやれ」
『りょうかーい』
カイトの指示に、ソレイユが笑いながらそれを受け入れる。せっかく自分一人に釘付けになってくれているのだ。容赦なく、狙撃させてもらうだけであった。とはいえ、これが成功するとは思っていない。
「さて……次は、誰だ……?」
おそらくこれは防がれるだろう。カイトはまだチラホラと見えるフードを被る戦士達を目ざとく見付けながら、そう判断する。
(兎にも角にもあのフードの奴らをあぶり出さん事には動くに動けん。あれは割とヤバい奴らだ)
こちらが作戦の最終段階に入る為にも、このフードの集団は確実に相殺しておきたい所ではあった。
(たーぶん、オレ対策もきっちり用意してるんだろうなぁ……どいつが、その対策なのやら)
それを見切りそれにこちらの札を一枚でもぶつければ、こちらの勝利。カイトはそう考える。が、それは当然今見えるわけではなかった。
「……もう暫くは、待ちになりそうか」
『それしかあるまい。戦場は基本カードの切り合いじゃ。最終的に自分の手札がすべてのうなってしまえば負け、カードは事前に自分で準備しておかねばならぬ、という特別ルールのカードゲームじゃ』
「戦争は始める前が重要、と説いた奴は正しいな」
『うむ……さて、これで両陣営共に基本的な手札はすべて切ったかのう』
飛空艇の艦隊。魔導機。冒険者と軍の兵士達。これが国家が関わる場合の集団戦における基本的な手札だ。ここからその時々の状況に応じて、冒険者が二つ名持ちだったりと幾つかの特殊な手札が加わる。
現状、カイト達もハイゼンベルグ陣営側も二つ名持ちの幾つかと、基本的な手札をすべてぶつけあっていた。残すのは、有力な冒険者達とお互いに秘密裏に用意してきた手札だった。というわけで、カイトは自身の出番まで待つ事にして、ひとまずは冒険部の状況確認に戻る。
「……ソラ。先輩。状況は?」
『こっちは中央で交戦中。横、ユウナ……さん? がものすごい事になってるけど』
「そっちは問題ない。天将は伊達じゃないからな」
カイトは冒険部ソラ隊のすぐ近くで舞い踊る様に無数の魔術が幾重にも発動する一角を見ながら、僅かに笑う。ユウナの舞に合わせ、まさしく嵐の様に怒涛の如く魔法陣が展開されていた。飲まれれば、ひとたまりもないだろう。
「先輩は?」
『こっちはかなり進んでいる……カイト。一応、突出してはいないか?』
「まだ大丈夫だ……そのまま一気に進んで良いだろう。が、進みすぎると確実に向こうさんの腕利きが出て来る。気を付けろよ」
『わかっている。そうなったら、俺も出るさ』
「そうしろ。その上で、そこを崩されない様に注意しろ」
基本的に瞬の部隊に望んでいるのは、部隊として敵陣営を切り裂く事だ。であれば、このまま一気に先陣を斬り裂いて中央にまで突き進んでくれるのは作戦目標通りであった。というわけで、カイトは瞬とソラの戦いを見守りながら、今暫くの時間を潰す事にするのだった。
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