第2239話 戦士達の戦い ――それぞれの戦い――
マクダウェル家とハイゼンベルグ家による合同での軍事演習。それに参加する事になったカイトであったが、彼は今回はソラ・瞬という自身が退いた後の冒険部を引っ張っていくだろう人員の教育の為、指揮官として最後方に控えて動く事を選んでいた。
そんな彼は、ひとまずソラと瞬の両名に好きに進ませ最後方から戦場全体の状況を彼らへと伝達していたわけであるが、そこへ飛び込んできたのはクオンから出るという報告であった。そうして、フードを目深に被った女剣士達と<<熾天の剣>>の天将達が交戦を開始したのを見て、カイトは只々驚きに包まれていた。
「クオンと割と互角に戦う剣士だと……? 何者だ」
『わからん……が、どうやら相当余らの想定とは違う筋書きになりそうじゃのう』
「相当違う筋書き、と言いながらさほど焦りはないのな」
『焦っても何もならぬよ。ならば、焦らずじっくりやるしかあるまいて』
カイトの指摘に対して、ティナは一つ笑って首を振る。さすがの彼女もクオンらの行動とそれに対抗する様に現れた猛者達には驚きしかなかったが、かといってその程度をあり得ない、想定外の事態と言うほどでもなかった。想定はしていなかったが、十分にあり得るかもしれない可能性の一つではあったのだ。
「で、それならどうする?」
『構わぬ。好きにさせよ』
「ほぅ?」
『そも、あれらのここでの働きは戦働きではなく、参加したという旗の役割よ。あれらが戦力として使えぬ様になろうと、作戦には一切の影響はない』
「なるほどね……」
言われてみれば尤もだ。カイトはティナの言葉に道理を見て、納得を示す。とはいえ、それで懸案事項がすべて解決した、というわけではない。
「が、それでも奴らという戦力が消えたのは事実。そこのフォローはどうする?」
『別に必要なぞあるまい。そもそも無い戦力が無いとなっただけに過ぎぬ。その通りに伝えれば良い……失った士気の取り戻し方なぞ決まっておるしのう』
「オーライ。伝達は任せる」
『うむ』
確かにそれが一番か。カイトは一見すると一気に劣勢に陥った様に見える現状に対して、手を打つ事にする。そうしてティナの許諾を得たカイトが、前に出る事にする。
「出るんですか?」
「一度押し戻すだけだ。すぐに戻る」
「カイト!」
「来たな」
蒼炎を纏って本陣を後にするカイトであったが、彼がその場を後にすると同時にアルが飛来する。ティナの指示でこちらに来たのだ。
「右翼は任せる。左翼はこちらで受け持つ」
「中央は?」
「自力でなんとかさせる……と、言いたい所だが」
「あれは……」
唐突に立ち込める雷雲に、カイトは薄く笑みを浮かべる。どうやら、予定とは大きく異なる状況になりつつある様子だった。
「今回、八大のエース達は動かない筈だったんじゃなかったかねぇ」
「そうなの?」
「元々の想定だと、単に顔見せと少しの戦いぐらいしか考えてなかった。ここまでがっつりと戦う予定なんて誰もしてなかったんだがなぁ……」
どうやらソレイユ達やクオン達だけでなく、それに触発されアイナディスもやる気になってしまっていたらしい。優雅に動くアイナディスに合わせて、雷雲がゆっくりと広がっていくのが見て取れた。
『カイト……中央は私が突破します』
「聞いてたのね」
『エルフの耳が広いのは、人の話を良く聞く為ですよ』
「さいですか……アル。さっきの通り頼む」
「了解」
空中で、カイトとアルは二手に別れる。そうしてそれに合わせるかの様に、アイナディスが加速。若干苦戦を強いられる形になっていた中央に移動する。
「<<森の小人>>の<<銀雷>>か!」
「三百年前のエースだ! 腕に自信の無い奴は下がれ!」
「八大幹部が勢揃い、か! 流石、マクダウェル家! 派手に揃えてきてるなぁ!」
「押せ! まだまだこっちにゃ大量に腕利きが揃ってる!」
「何だか良くわからん奴らに押し負けてんじゃねぇぞ!」
アイナディスの参戦により、中央で若干押し負けていた戦いは一気に拮抗状態に戻される。が、これはあくまでもアイナディスが参戦しただけでの話だ。彼女はまだ、何もしていない。故に、彼女は細剣を天へと掲げる。
「さぁ……天の裁きを始めましょう」
「「「っ」」」
これが、三百年前に百年もの間エルフの国への侵攻を防ぎ続けた女傑の雷。周囲に降り注ぐ雷を見ながら、ハイゼンベルグ陣営の戦士達が思わず足を止める。少しでも動けば、黒焦げになる未来は避けられない。そんな状態だった。それを横目に、アルは空中を高速で移動しながら氷竜を顕現させる。
「さて……すぅ……」
今回は演習。なるべく派手に立ち回る必要がある。なので氷竜の背に隠れアルは出来る限りの力を込めて、氷竜を巨大化させていく。
「はぁー……」
息を吐くと共に、アルは莫大な魔力を氷竜に注ぎ込んでいく。そうして気付けば、誰もが唖然となるほどの巨大な氷竜が出来上がっていた。
「なんだ、ありゃぁ……」
「でけぇ……数百……いや、下手すりゃキロはねぇか……?」
あまりに巨大な氷竜に、右翼の戦士達は思わず足を止める。そうして先に気を取り直したのは、ハイゼンベルグ陣営側だった。当然である。なにせ氷竜の口には白銀の閃光が蓄積されており、放たれるのを今か今かと待ちわびていたのだ。
「お、おい! やべぇ!」
「撃て撃て撃て! とりあえず撃ちまくれ!」
「聖騎士ルクスの子孫だ! ちっくしょう! 親父の奴! 何が本家の奴らは腕が落ちた、だ! ガチクソやべぇじゃねぇか!」
「上空の飛空艇艦隊にも支援要請! なんとしてもあいつを撃ち落せ!」
こんな巨大な氷竜の一撃を受けてはたまったものではない。しかも大きすぎて、逃げるのもままならない。故に戦士達は慌てて火属性の攻撃を中心とした迎撃を開始する。が、そこにアルの下で戦っていたマクダウェル陣営側の戦士達は盛り返した。
「今だ! 一気に攻め込め!」
「聖騎士のご加護を!」
「「「聖騎士のご加護を!」」」
どうやらマクダウェル軍に所属するアルが一気に旗となった事により、マクダウェル軍に所属する戦士達が奮起したらしい。若干崩れかけていた陣形を整え、兵士ならではの息のあった突撃を繰り広げハイゼンベルグ陣営を斬り裂いていく。それを眼下に、アルは氷竜の背に手を乗せて号令を下した。
「いけっ!」
アルの号令と共に巨大な銀閃が地面へと迸り、逃げ遅れた戦士達を一瞬で飲み込んで氷漬けにする。そうして地面を薙ぐ様に放たれた銀閃は氷竜が首を上げるに従って上へと移動し、上空のハイゼンベルグ公爵軍の飛空艇艦隊の一部を下から突き上げる様に飲み込んだ。が、しかし。これで勝敗が決するほど、どちらも甘くはなかった。
「はぁ……馬鹿野郎。本家のガキが中々やるようになった、って親父が嬉しそうに言ってたただろうが」
「バーンシュタット家の方……ですね?」
「この炎髪見りゃ分かんだろう」
アルの言葉に、飛空艇への直撃を単騎で防いだ赤髪の青年が獰猛に笑う。その言葉の通り、彼は燃えるような赤髪が特徴的だった。<<暁>>でも支部長を任された西部バーンシュタット家の者に他ならなかった。そんな彼は身の丈ほどの巨大な大剣を右手一つで持ち、左手を回して準備運動をしている様子だった。
「フィアンマ・バーンシュタット。ピュリの姉貴と親父から本家の話は聞いてんぜ……来いよ。お前一人でも良いし、そっちの本家の女も一緒でも良いぜ」
「ん?」
「アル……流石に、彼には一人ではまだ勝てないかと。本陣より二人で攻めろ、と指示が」
「りょーかい」
可能なら一人で戦ってみたい所であったが、アルは軍人として今回は参戦している。となれば、本陣からの指示は絶対優先だった。
「良いねぇ……本家の奴らが、肩を並べるに足る奴か測れる。来いっ!」
アルとリィルという猛者を前にしても、フィアンマというハイゼンベルグ領の<<暁>>の支部長は一切迷いがなかった。そうして、アルとリィル、フィアンマの三人による戦いが、始まるのだった。
さて、アルとリィルが戦いを始めた一方で、蒼炎を纏うカイトはというと左翼を率いていたピュリと合流していた。
「よぅ、あんたか……どえらい力だが……良いのか?」
「一度、押し戻します……いえ、失礼しました。一発だけ、です」
「そうかい……あっちもド派手に始めたねぇ」
当然だが、フィアンマがピュリを姉貴、バーンタインを親父と呼んでいる上にバーンシュタットの名を名乗っている以上はピュリもまた彼の事を知っている。可能なら久方ぶりに姉弟喧嘩でもするか、と思っていたが、流石に戦場の正反対では叶いそうになかった。
「良し……おい! 野郎ども! カイトが押し戻したら、速攻でこっちが攻め入るよ!」
「「「おう!」」」
ピュリの号令に、神殿都市の<<暁>>の幹部達が声を揃える。なにせ勇者カイトその人が道を切り開いてくれるというのだ。これに不安なぞ一切なかった。そうしてそれを背に、カイトはゆっくりと歩いていく。
「なんだ……?」
「寒い……」
「っ! 氷属性の魔術に気を付けろ! どこから来るかわからねぇぞ!」
漂う冷気に、戦士達は一斉に警戒を露わにする。そんな最前線を、カイトは一人悠然と歩いていく。
「あいつは……」
「あの日本人か!」
「気を付けろ! 奴は戦闘に関しちゃ天才だ! 何するかわからん!」
天才ねぇ。カイトは内心の僅かな苦笑をお首も見せず、まさしく唯我独尊という有様で戦場の中を闊歩する。そんな姿に、ハイゼンベルグ陣営側の冒険者の一人が斬り掛かった。
「ちっ! 舐めるな!」
「……」
「っ」
あまりに寒々しい視線。それを浴びて、斬り掛かった冒険者は思わず足を止める。それに対してカイトはまるで興味を失ったかの様に視線を逸し、ゆっくりと刀を抜き放った。そして、それと同時に。彼の足元から迸っていた蒼炎が彼を完全に包み込み、刀を身の丈を更に上回る黒鉄の大剣へと変貌させる。
「「「っ」」」
何だ、この圧倒的なまでの存在感と覇気は。ラエリアの内戦を知らないハイゼンベルグ陣営の戦士達は、あまりの威圧感に思わずすくみ上がる。それを前に、カイトはまるで神々しい闘気を纏いながら、ゆっくりと大剣を構える。
「おぉおおおおおおおおおおおおお!」
とてつもない大音声と共に、地面が砕け散るほどの力でカイトが地面を蹴る。そうして、武神さながらの一撃が、左翼陣営を大きく削り取った。
「「「……」」」
迸ったあまりに巨大な一撃に、戦場が沈黙する。一撃で、百人近くが吹き飛ばされたのだ。何人もの名うての戦士が居た。だのに、これだ。間違いなく派手さだけであれば、先のクオン達の戦いを遥かに超えていた。が、これにピュリ達は笑うしかなかった。
「あっはははは……笑うしかないねぇ。何が武張った性格なんだ」
「いやぁ……叔父貴ならあれが当然でしょう」
「だわな……おい、てめぇら! 呆けてる場合じゃないよ! せっかく作ってくれた好機! 一気に攻め込め!」
「「「おぉおおおお!」」」
ピュリの号令に、幹部達は一斉に鬨の声を上げる。そうして、彼らは未だ呆ける神殿都市の<<暁>>に所属する冒険者達へと声を荒げる。
「続け、てめぇら! あっちを本家のガキが切り開いたなら、こっちは俺達が切り開くぞ!」
「もう一つの英雄の血が伊達じゃねぇ所を見せてやれ!」
「あのガキに負けるんじゃねぇぞ!」
「「「お、おぉおおおお!」」」
先の一撃を見ても一切呆けていなかった幹部達の掛け声により、冒険者達が一斉に奮起する。しかもしれに釣られ、周囲の戦士達も一斉に鬨の声を上げて続いていく。そうして横を通り抜けていく戦士達を横目に、カイトは蒼炎を解いて元の姿に戻る。
「はぁ……」
これで、とりあえずは一段落か。カイトは僅かに胸を撫で下ろしながら、次を見据える事にする。
「……さぁ、爺。どうする?」
こちらは手を打ったぞ。獰猛に笑いながら、カイトは遥か遠くのハイゼンベルグ公ジェイクへと問いかける。そうして、彼は再び全体の支援に回るべく、冒険部本陣へと戻るのだった。
お読み頂きありがとうございました。




