第2238話 戦士達の戦い ――兆し――
ついに始まったカイト率いるマクダウェル公爵家とハイゼンベルグ公ジェイク率いるハイゼンベルグ公爵家による演習。初手は両家の弓兵達による壮絶な撃ち合いという形でスタートしたわけであるが、なんとハイゼンベルグ陣営側に凄腕の弓兵が居た事により、ソレイユの矢が無効化されてしまっていた。
が、相手はハイゼンベルグ公ジェイクとあり、カイトもティナもこの程度はしてくるだろう、と特段驚く事なく作戦を進めさせていた。というわけで、マクダウェル陣営最後方。クズハの乗る旗艦に控えるティナは、各所の状況を聞きながら優雅なものだった。
「ふむ……まぁ、あの爺様であれば、この程度の伝手は普通にあろうな」
「ではまだ様子見、と」
「それで良い。この程度の影響は想定内。初手で決めきれんのは、ハイゼンベルグ公という男を知るのであれば当然として捉えられよう」
楽しげながらもどこか荒々しい戦士の笑みを浮かべるソレイユを遠目に見ながら、ティナはクズハの確認に紅茶を飲みながら頷いた。とはいえ、だからと油断しているのは話が別だ。故に、彼女はこの戦場全域に忍ばせる予定で放っていた簡易型の使い魔の一体をソレイユと壮絶な撃ち合いを行う弓兵へと向かわせる事にする。
「どれ……一つ、どのような弓兵か見てやろうかのう」
気付くだろうが。ティナは楽しげに笑いながら、使い魔を移動させていく。そうして見えたのは、フードを目深に被った一人の弓兵だった。その周囲には同じ様にフードを目深に被った者たちが何人も居て、薄っすらと見える口元には笑みが浮かんでいた。
「ほぉ……? やりおる。相手はソレイユ。エネフィア随一の速射の名人じゃというに……モニターに出す。記録と要注意のマークにチェックせよ」
「はっ」
この弓兵は今後、有事の際の特記戦力としてリストアップして良いだろう。ティナはまだまだ余裕が見て取れるハイゼンベルグ陣営の弓兵に対してそう評価する。
少なくとも現状のソレイユに追随出来るほどの腕前ではあるらしい。というわけで、ティナは自身の視界を飛空艇のモニターにリンク――普通はできないが――させて、それを記録させておく。
「ふむ……この体格と背丈。おそらく頭部の形状から見てエルフの流れじゃな。見える手首の色から……ダークエルフはあり得まい。クズハ。お主、何かわからぬか」
「流石にこれだけでは、なんとも。エルフには優れた弓使いは多いですし……」
「かのう……ま、あとで爺様に何者か聞いておくかのう」
ハイゼンベルグ陣営が招いたということは、ハイゼンベルグ公ジェイクがその人物を知っているという事だ。そしてここで出してくるという事は特別隠す必要のない人物という事なのだろう。
ならばなぜ顔を隠しているかは気になる所であったが、今は気にしても仕方がない。と、そんな風に考えていると、どこからともなく飛来した魔術により使い魔が消し飛ばされた。
「っと……まぁ、この程度の腕前の持ち主じゃ。この程度の使い魔ならば、到底敵うまいて」
「どうしますか?」
「さて……まだ、本気でやるには早いのう」
クズハの問いかけに、ティナは優雅さを崩さない。この程度は、まだ焦る必要もないのだ。ならば暫くは泳がせて、適当にボロを出さないか、と期待するだけであった。そうして、ティナは今暫くは戦場の流れを見守る事にするのだった。
さて、その一方のカイト。彼はというと、ティナと同じく全体を見極めながらも出来る事の差から動きを見せ始めていた。
「ふむ……ソラ。大丈夫か? そちらの塩梅はどうだ?」
『おう。一旦引いてる。今は藤堂先輩方が前線で交戦中。なんかあったか?』
「いや、そちらに変な雰囲気とかは無いか、って思ってな」
『それは……うん。無いよ。基本はランクCの冒険者が主体ってところ』
冒険者として一人前、と言われるのがランクCだ。大抵は数年以内にランクCに到達している。そしてユニオンに所属する冒険者の数としては一番ここが多く、今回の演習においてもマクダウェル家、ハイゼンベルグ家共に集めた冒険者で一番多かった。故に、ソラ達が戦うハイゼンベルグ家の最前線もこのランクC級冒険者が大半で、そこを見極めてソラも引いたらしかった。
「そうか。なら、問題無いだろう……トリン。ソラの手綱は握ってやれ。必要とあらば援軍要請を」
『わかりました……支援要請のパターンは皇国軍に準じる形の方が良いですか?』
「頼む。それが一番、通じるからな」
やはり把握しているか。カイトはトリンが述べた返答に感心する様に笑いながら、一つ頷いた。これに、トリンも頷く。
『わかりました……現状、まだ必要ではないかと』
「そうか……が」
『わかっています。切り札を切るより、ですね』
「そういう事だな」
まだ、ソラの存在を露わにする必要はない。自身の意図を察していたトリンの返答にカイトも笑う。必要とあらば切らせるのは悪くない手だったが、まだそこまでする必要は認められなかった。そうしてそんな彼に、トリンが告げる。
『十分後に支援攻撃の準備をさせてください。それで十分かと』
「了解した。十分後に飛び立たせる」
『お願いします』
「ああ……流石、というべきかな……?」
現状、両陣営の最前線は若干の膠着状態にある。まだ両陣営共に様子見で、ラエリア内紛とは違い両陣営の距離がかなり近かった事で乱戦状態になるのが早く、上空からの飛空艇の砲撃もない。
この状態が続くのはあまり良くなく、どこかで切り崩す必要があった。それのタイムリミットが、十分後だとトリンは判断したのである。というわけで、彼の要請を受けたカイトが即座に指示を出す。
「瑞樹。十分ぴったり後に空挺隊の出撃を頼む。方角等は皇国軍の支援要請に準ずる」
『十分後ですか?』
「ああ……それで、信号が打ち上がるはずだ」
『はぁ……ですがなぜ十分後に?』
「まだ敵の最前線が完全に整っておらず、航空支援を行うにしても効果は完全には得られん。ここから整うのは、十分後だ。その頃には、最前線に出た奴らは竜騎士部隊に注意を向ける余裕が無くなっている事だろう」
『なるほど……』
カイトの解説に、瑞樹はなるほど、と納得する。やはり彼女らにとって一番怖いのは、地対空ミサイルよろしく地上からの迎撃だ。となるとそれを何とかする必要があるのであるが、ハイゼンベルグ陣営の展開速度からその余裕がかなり無くなってくるのが十分後だとトリンは読んだのであった。
『では、その時間に』
「頼む……さて、後はどうするかね」
『カイト。少し良い?』
「クオンか? どうした」
どうやらクオンからこのタイミングで連絡が入るとは思っていなかったらしい。カイトの顔に少しだけ驚きが浮かぶ。そんな彼に、クオンが告げる。
『測るわ』
「は!? ちょ、待て! っ!」
ずんっ。戦場のどこにいようとも感じられるほどに濃密な闘気が、冒険部の更に後方。この演習において切り札と言われる者たちが居るマクダウェル陣営中央から迸る。そうして、その闘気の発生源が一瞬で最前線へと移動する。
「……剣姫……クオン」
「うそ……だろ……」
単独で一つの大陸にも匹敵すると言われる<<死魔将>>の中でも特に武闘派と言われる男と唯一互角に戦える剣姫の出現に、ハイゼンベルグ陣営の最前線が硬直する。が、硬直したのは彼らだけではない。あまりの闘気に、マクダウェル陣営側最前線さえ、凍りついていた。
「これが……剣姫」
「っ……聞いてはいたが……」
ソラはほぼほぼ初めて垣間見るクオンの闘気に思わず身震いし、一方の瞬はかつての一件から何度か手合わせ――と言っても当然訓練の類だが――させて貰ったアイシャから聞いていたのか、思わず武者震いしていたらしい。が、どちらも等しくこの世界最強クラスの剣姫の闘気に動きを止めるしかなかった。
「散りなさい」
完全に砲撃さえ止まった戦場の中心で、クオンがまるで王者が裁きを下す様に傲然と告げる。そうして、誰もが見えぬ内に刀が抜き放たれ、次元に亀裂が生み出された。が、しかし。次の瞬間、その亀裂が十文字に斬り裂かれた。が、クオンはそれに驚かなかった。
「……やはり、居たわね。何者?」
「……答える言葉は無し。敢えて言うのであれば、臣と答えましょう」
クオンの問いかけに、完全に沈黙した戦場の中でこれまたフードを目深に被った一人の女がクオンの前に歩み出る。これに、クオンは嘘とは思わない。この女は明らかに、周囲の者たちと風格が違っていた。
「良いでしょう。興味はあるけれど、意味のある事でもなし」
この場で意味がある事は、ただ一つ。自身の、剣姫クオンと言われる自身の剣戟を斬り裂けるほどの使い手だという事だ。何者か、なぞ倒した後にフードを剥いでやればやれば良いだけの話であった。
「然り……せ……私も、貴方を抑えられれば良いだけの話です故」
「……抜かすわね。良いでしょう。貴方をこの私の……剣姫クオンの敵と見定めましょう」
ぞくり。周囲の者が凍え死ぬ未来さえ幻視するほどに寒々しい鋭敏な気配が、クオンから漂う。しかしこれに、フードを被る女は一切揺らがない。故に、彼女は自身の成すべき事をする。
「総員、進め! この女は拙が引き受けた!」
「「「っ! おぉおおおおおおお!」」」
今の一幕を見て、ハイゼンベルグ陣営の誰しもが無理とは思わなかった。故に女剣士の声掛けに奮い立ち、一気に勢いを増す。これに、クオンは即座に戦略的な手を打つ。
「……アイゼン、ユウナ」
「はいはい」
「……」
クオンの言葉に応じ、ユウナとアイゼンの二人が彼女の真横に並ぶ。が、これに。即座に女剣士の横に同じくフードを被った戦士達が数名現れた。これに、アイゼンは僅かに笑う。
「ほぅ……まさか、この人数で俺達を抑えると」
「その、つもりだが」
「ほぉ……?」
大言壮語も良い所だ。アイゼンは珍しく、荒々しい闘気を見せる。彼は無数の戦士達と戦ってきたのだ。それ故に自身の力量がエネフィア全体で見てどの程度か、というのは理解しており、その自身に単独で相手に出来るのはバルフレア一人。複数人であれば何人か居るが、それでもその誰しもと違う闘気を纏う戦士達に思わず笑ってしまったのだ。あまりに安く見られている、と。が、これに。クオンが剣姫の姿で告げる。
「油断はするな……この者たち、明らかに相応の腕を持っている」
「わかっている。今更、敵の力量を見誤るほどではない……が、俺にも最強の拳闘士の誇りがあるのでな」
「……ならば結構。ユウナ」
「はぁ……はいはい。私が、他の相手をすれば良いわけね」
どうやら必然というか流れで、雑魚の掃討を引き受ける事になってしまったらしい。ユウナは少しだけ呆れる様に笑う。そうして、クオンと女剣士。アイゼンと現れたフードの戦士達が一斉に消える。
「さて……クズハちゃーん! ダンスミュージックよろしく!」
『あ、はい!』
「「「は?」」」
楽しげに笑いながら告げた言葉に、周囲の戦士達が思わず驚愕する。が、その彼女の言葉に違わず、マクダウェル家の旗艦からアップテンポの音楽が流れ始める。
「さぁ……死ぬまで、舞い踊りましょう!」
たんたんたんっ、とリズムを刻みながら、ユウナが笑う。そうして、戦場の中心に最強のギルドの中でも更に最強の三人が、戦いを開始する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




