第2237話 戦士達の戦い ――演習・初手――
皇帝レオンハルトを招き行われる事になったマクダウェル家とハイゼンベルグ家による合同軍事演習。その片割れであるカイトは、朝一番に精神鍛錬を終わらせるとそのまま皇帝レオンハルトへの作業の進捗報告やクズハ達への指示の確認等を行いながら、冒険部の用意に勤しんでいた。と、そんな彼の真上。演習場全域が見回せる位置に飛空艇を置いていた皇帝レオンハルトは非常に楽しげだった。
「初手は、どちらも奇策は弄せぬな」
あくまでもこれは演習。相手方を撃破する事が目的ではない。故にカイトもハイゼンベルグ公ジェイクも共に初手は、不思議な動きを見せていない。
「……だが、しかし……」
どちらもおそらく、何か腹に一物を抱えているだろう。皇帝レオンハルトは両陣営から漂う普通ではない雰囲気を嗅ぎ取っていた。見た目は皇国における実戦的な演習で使われる横陣。中央に主力を配置し、左右にそれより少し少ない数の戦力を配置。上空に一列から三列に飛空艇の艦隊を配置する陣形だ。が、その中にちらほら、普通ではないだろう何かしらの影がちらついていた。
「……どちらも、何かしらの隠し玉は用意しておるか。くくく……これが演習というのに」
これはあくまでも演習。何かしらの切り札なぞ用意しなくても良いはずなのだ。というより、演習で切り札を晒すなぞ愚挙も良い所だ。が、この切り札はここで晒して良いと二人の公爵は判断しているのだろう。皇帝レオンハルトは二人の手札の多さに思わず笑いがこみ上げた。
「伊達に、皇国において最高の英雄と呼ばれるわけではない、か……どのような戦いを見せてくれるのか。楽しみにさせて貰おうか」
皇帝レオンハルトは一見すると普通の陣形を選んでいる様に見えるカイト達に向けて、優雅に足を組んで観戦させて貰う事にする。そうして、彼の見守る前で演習開始のカウントダウンが始まる事になるのだった。
さて、皇帝レオンハルトの見守る前でカウントダウンが始まる数分前。カイトは中央の主力部隊の内、若干右翼よりに位置する場所に冒険部を布陣。衝突に備えて支度をさせながら、同時にクズハ達からの報告を受けていた。
『お兄様。マクダウェル軍、冒険者共に完全に準備完了。ハイゼンベルグ公爵軍、共に準備完了の報告が入りました』
「そうか……皇帝陛下はなんと?」
『すべて公らに任せる、と』
「りょーかい」
どうやら、今回の戦いでは皇帝レオンハルトは本当に傍観者に徹するらしい。カイトは天高くに位置する近衛兵団の旗艦を見ながら、そう思う。
「まぁ、何か言われても困るし、軍事に長けた陛下が言うわけもないか……爺に繋いでくれ……こちらは準備完了だ」
『こちらも、整っておるよ』
「良し……」
ハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に、カイトは一度だけ懐中時計に視線を向ける。時刻は朝の9時少し前。開始まで後少しだった。
「定刻通りに始められそうだな」
『うむ……では、陛下にお言葉を頂戴するとしよう』
「ああ」
今回の演習はカイトとハイゼンベルグ公ジェイクの献策となっているが、命じたのは皇帝レオンハルトだ。その第一弾となる以上、彼も何かを言っておく必要があった。というわけで、彼らの報告を受けた皇帝レオンハルトの姿が、旗艦の上に浮かび上がる。
『……両軍、聞こえているか。すでに開始まで秒読みのこの状況下において、余は長々話すつもりは一切無い。故に、手短に済ませよう』
やはりここら、皇帝レオンハルトは武人としての性質を持っている者という所だったのだろう。戦いの開始前に兵士達を鼓舞する事の重要性を理解していると同時に、猛者達にとってのこの戦いが始まる直前の僅かな時間の重要性を理解していたようだ。
『余は公らが二度の大戦の英雄達の血を、理念を引き継ぐ者であると知っている。その名に恥じぬ各員の奮闘に……この演習をどこかで見ているだろう邪教徒共が、かつての敗北者達が攻め込むのをやめるほどの奮闘に期待する』
「「「おぉおおおおおおお!」」」
手短に、されどその言葉の力強さを以って、皇帝レオンハルトは僅かな演説を行う。それを受けて、兵士達が各所で鬨の声を上げる。それを横目に、カイトは小さく息を吐いた。
「ふぅ……」
「良いんですか、やらなくて」
「誰かに鼓舞される段階は過ぎ去ったさ……オレに望まれているものでもなし」
少しだけ茶化すような桜の指摘に、カイトは笑って首を振る。彼に求められているのは大将首を取ってくる事。そして勇者として兵士達を鼓舞する事。演技として鬨の声をあげようと、そこは求められていなかった。そうして、皇帝レオンハルトが、カイト達が見守る前で用意されていた演習場中央に滞空する飛空艇からカウントダウンの映像が浮かび上がる。
「桜。初手はよほどが起きない限りは動かん。基本、本隊はソラ隊、一条隊の補佐に回らせる」
「はい」
基本的な陣形としては横陣であるが、冒険部単独に焦点を合わせた場合、隊列としてはカイト率いる本隊が後衛。ソラと瞬が率いる部隊が前線に位置していた。二人に自由にやらせる為だ。
「瑞樹。そちらは?」
『何時でも、いけますわ』
「よし……わかっていると思うがそちらのメインはこちら本陣に攻め込もうとする飛行部隊の迎撃と支援だ。あまり遠くに向かいすぎない様に注意してくれ」
『はい』
これで、ひとまず本陣付近の指示は良いだろう。後は適時ティナからの連絡を受けつつ、必要な所に部隊を動かしていくだけだ。
「さて……」
残り十秒。カイトはついに一桁となった残り時間を見ながら、僅かに刀の柄に手を置いた。数秒後には、何が起きても不思議でない戦いが始まるのだ。演習だから、と侮れば痛い目に遭う。が、それが楽しくてならなかった。故に、カイトは一瞬だけマクダウェル公カイトとして口を開く。
「ソレイユ……弓兵ちゃんズの調子は?」
『べりぐー』
「おーけい。フロドの調子は?」
『僕なら問題ないよ……なんだったら、デカイ花火でも打ち上げようか?』
「頼む……デカイ花火の一つや二つぐらい打ち上げないと、せっかく陛下が来てくださってるのに失礼ってもんだ」
『りょーかい』
カイトの指示を聞いて、フロドが楽しげに笑う。そうして、その会話が終わると同時にカウントがゼロとなった。
「「「おぉおおおおおおおお!」」」
始まった演習に、そこかしこで戦士達が鬨の声を響かせて敵陣に向けて一気に地面を蹴っていく。そしてそんな戦士達を貫く様に無数の矢が、ハイゼンベルグ陣営から迸った。それに、フロドが楽しげに笑みを浮かべる。
「さぁ……エネフィア一の強弓。見せてあげるよ」
ぎりぎりぎりっ、とフロドの持つ弓が引き絞られる。そうして、まるでハーフリングの小柄な体躯には見合わぬほどの強大な力が宿った矢が、顕現する。
「……」
見据えるのは、無数の矢。音速なぞ遥かに超過した矢だが、それがフロドにはコマ送りで見えていた。
「ふっ」
すべてを吹き飛ばすにはどこに矢を放てば良いか。それを一瞬で見抜いたフロドが、強大な力を宿す矢を放つ。それは超音速の矢を更に上回る亜光速で飛翔し、周囲の空間を歪め巻き込みながら直進。無数の矢を軒並み飲み込んで吹き飛ばし、一条の流星となりハイゼンベルグ陣営から地面を蹴った戦士達へと肉薄する。が、それはハイゼンベルグ陣営に到達するより前に、何者かの剣戟により斬り裂かれ、巨大な閃光を放ち消えた。
「ちぇ、だめか」
『景気付けにゃなった。それにこれで済むなら、オレ達はいらんからな……というかさも行けると思いました、風を出すなよ』
「あはは。まぁね。僕が居る、ってことは見せないとね」
行けるとも思ってなかっただろ。そんなカイトの指摘にフロドは笑う。が、彼は一転気を引き締めると、即座に地面を蹴る。
「じゃあ、二発目撃つ準備するよ」
『任せる。必要なら支援する。言ってくれ』
「うん……ソレイユ」
『はーい! お仕事の時間でーす!』
兄の言葉を受けて、ソレイユは周囲に位置するエルフ、ハーフリングの弓兵達に視線を送る。そうして、彼女もまた弓を引き絞る。
「全員、にぃにぃが撃つまでの時間稼ぐよー」
「総員、構え! 兄君様第二射までの時間を稼ぐ!」
「「「はっ!」」」
一撃と飛距離に長けるフロドと、連射と精密性に長けるソレイユ。この兄妹の戦場での在り方もまた、正反対だった。というわけで、数十人の部下と共に今度は無数の矢がマクダウェル陣営から放たれてハイゼンベルグ陣営へと肉薄する。が、これに今度はハイゼンベルグ陣営から無数の矢が放たれて、お互いの矢を撃ち落としていく。それを見て、カイトが感心した様に僅かに眉を上げる。
「ほぉ……? どうやら中々の弓兵を連れてきたみたいだな……」
「何がですか?」
「ソレイユの矢だけを正確に叩き落としている奴が居る……ソラ、先輩。進むなら気を付けろ。凄腕の狙撃手がいる」
『『了解!』』
後備としてその場に控えるカイトであるが、彼は基本的に後ろに控えて戦場全体を把握してソラや瞬に部隊としての注意点を伝達する事をメインとしていた。
そんな彼の言葉に、すでにハイゼンベルグ陣営の最前線と切り結んでいたソラと瞬が声を返した。流石に二人も戦いながらここらの事を見れるほど、場馴れはしていなかった。そしてここは慣らす為の場なのだから、それでも問題はない。と、いうわけで僅かに周囲への注意を強くした二人を遠くで見守るカイトに、桜が問いかける。
「ソレイユちゃんの矢って……この一番強くて多いこれ……ですよね?」
「ああ……それだけを正確に叩き落としている」
「大丈夫なんですか?」
「だーいじょうぶ大丈夫。あいつもまだ本気じゃないし……これやられるとあいつ本気になるんだ」
僅かに心配する桜に向けて、カイトは獰猛な笑みを見せて問題が無い事を明言する。そしてそれに応ずるかの様に、ソレイユの矢の輝きと数が更に増して放たれる。が、それに相対する様に、ハイゼンベルグ陣営側から放たれる矢もまた力を増して、彼女の矢だけを正確に撃ち落としていく。
「おー……やるねぇ。これでも防いでくるか……む」
楽しげに相手方の弓兵の腕を称賛するカイトであったが、一転して何かを察したのか消える。そうして、次の瞬間。彼は本隊の最前列の斜め前に居た。
「天音!?」
「はっ! おいおい……まさかソレイユの矢を防ぎながら、こっちまで狙ってくるか」
どうやら、そこそこヤバい弓兵らしい。カイトは冒険部本隊に向けて放たれる無数の矢を一息に切り裂いて、僅かに目を見開く。そこに、ソレイユから連絡が入った。
『にぃ! ちょっとこいつ強いかも!』
「みたいだな……どうやら、一筋縄ではいかなそうか」
どうやらソレイユも自身のかなり本気の矢を完璧に近いかたちで迎撃されている事で若干力が入っている状態らしい。それにカイトもハイゼンベルグ公ジェイクがかなり名うての戦士を揃えたのだろう、と理解する。
「ティナ」
『見えとるよ。が、この程度焦る必要も無し。まだまだ、序盤じゃ』
「オーライ」
この程度、カイトにとってもティナにとっても想定内であったらしい。二人の声にはまだまだ余裕が滲んでいた。こうして、演習は本格的な開始となるのだった。
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