第2235話 戦士達の戦い ――観察――
皇国全土で行われる事になった各地での合同軍事演習。それの一番手を務める事になったカイトと彼の率いるマクダウェル家は、同じく一番手を務める事になったハイゼンベルグ公ジェイクと彼が率いるハイゼンベルグ家が率いる艦隊と合流。カイトは最後の打ち合わせを終わらせると、夜になり周囲を一望出来る場所に立っていた。
「ふむ……」
「おーい、カイト!」
「ん?」
周囲を一望出来る丘の上に立っていたカイトであるが、そこで響いたソラの声に冒険部の野営地がある方向を見る。そこにはソラと共にトリンがこちらに歩いてくる姿があった。そうして、彼らがカイトの所にたどり着く。
「うっおー……すっげ。ものすごい広い草原……はるか彼方まで緑色だ」
「まぁな……皇国でも有数の平原地帯だ」
薄暗い夜闇の中であったが、視力を強化した冒険者にはさほど影響はない。地平線の彼方まで生い茂る緑色が見て取れた。そうして彼方まで見通して、ソラが口を開く。
「んー……結構、奇策は使えそうにないな」
「だね……流石にこの状況だと真正面からの戦闘になると思う。後は、飛空艇やらに特殊な装備を積んで先手を取る方法も無くはないけど……」
「前にラエリア内紛で北部軍ってか俺達がやった方法だな」
どうやらソラとトリンは明日からの演習に備えて、演習の現場の視察にやってきたらしい。かくいうカイトもそうだし、ちらほらと同じ様な思惑でこちらに来ては立ち去る者たちを何人もカイトは見ていた。と、そんな彼にソラが問いかける。
「カイト。一応聞いておくんだけど、何か変なの持ってきてるとかは、無いんだよな?」
「今回は基本的な演習の延長線上に存在しているものだからな。初っ端から何か特殊な策を打つことは想定していない」
「てことは、純粋に現地で判断して現地で戦う、って感じか」
基本的には相手もこちらも想像も出来ないような奇策は無いと考えて良さそうか。ソラはカイトの返答にそう判断する。そしてこれにトリンもまた頷いた。
「それが中心になると思うよ……幸い、どうやらここらは雨が降ってないみたいだから地面もしっかりしてそう。これなら真正面からの戦いになるかな」
「りょーかい……で、カイト。お前ここで何やってんの?」
「何、ねぇ……観察だが」
ソラの問いかけにカイトは見たままを答える。が、これにソラが肩をすくめた。
「それで一時間以上もここにぼさっと突っ立ってるかよ。こんなほとんど何もない草原の観察にんな時間掛けるとも思わねぇよ」
「まぁな……見てるのは、誰が来てるか、だ。こっち陣営はわかっているが、あっち陣営がわからん。ここからなら、向こうが見える」
ソラの言葉に、カイトは少し遠くのハイゼンベルグ家が用意した一角を確認する。別に野営地を分けている意味はさほど無いのだが、通達などの兼ね合いで少しだけ距離を空けていた。当然、ハイゼンベルグ家の冒険者達はそちらから出て来て、近くの丘の上に立っていた。そんな彼の言葉に、ソラが僅かに真剣な顔で問いかける。
「……誰か居たか?」
「先輩なら居たが」
「ふぁ?」
楽しげなカイトの言葉に、ソラが素っ頓狂な声を上げる。そんな彼に、カイトが教えた。
「少し前に先輩が来て、偶然ハイゼンベルグ領の<<暁>>の支部長を見付けたんだと。挨拶に行ってくる、と言って向かってった」
「な、なるほど……そういや、先輩冒険者の伝手だと部内で一番広いもんなぁ……」
やはりエネフィア最大ギルドである<<暁>>と関わりが深いからだろう。必然としてウルカに居た頃に何人かの各地の<<暁>>の支部長達とは話をしていたし、<<暁>>傘下のギルドとも話をした事があり実は顔がかなり広いのであった。そんな事に気付いたソラに、カイトも一つ頷いた。
「ああ……さて……八大もいい塩梅に揃ってくれたかな」
「何か注意しておくべきギルドはありました?」
「そうだなぁ……まぁ、当然八大は警戒しておくべき相手だな。今回だと、<<暁>>と<<天翔る冒険者>>、<<土小人の大鎚>>の三つか」
「そんなに八大ギルドの支部があるのか?」
マクダウェル領でさえ、<<暁>>と<<熾天の剣>>の二つだけ。しかも後者は飛空艇が拠点となっている為、実質<<暁>>のみと言っても過言ではない。エネフィア最大の領土でさえこれなのだ。ハイゼンベルグ領に三つもあった事がソラには驚きでならなかったらしい。が、これにカイトは笑う。
「ああ、いや……支部があるのは<<暁>>と<<土小人の大鎚>>だけだ。更に言えば<<土小人の大鎚>>に関しては鍛冶師達が兼業で参加しているから、寄り合い所がギルドの支部になっている事もちらほらある。だからウチにも支部はあるにはある。寄り合い所を兼ねてる所、だけどな」
「へー……あれ? でも今回こっちには無いよな?」
「あっちは正規の支部だからな……こっちは先の通り寄り合い所だ」
「ふーん……ん?」
それでギルドとして参加してないのか。ソラはカイトの言葉に納得し、そこでふと気が付いた。
「あれ? じゃあ<<天翔る冒険者>>は?」
「前の会議の時にバルフレアに言ったろ? もう少し本気度を上げるべきだ、って。その一環で、<<天翔る冒険者>>が率先して動いている所を見せる為に参加している。まぁ、流石にあいつは来ていないけどな」
「次の全体の演習だと預言者さんも来るからね。そちらでユニオンとしても総力を挙げて協力している所を示すつもりなんだよ」
「なるほどな……」
トリンの補足説明に、ソラはなるほどと納得する。と、そうして各所を見ながら話をしていると、ふとカイトが身を固め、ソラがトリンの一歩前に出た。
「え?」
「後ろ、隠れとけ」
「どうやら、『牽制球』を投げてきたらしい」
困惑気味なトリンに対して、ソラが少しかばうような姿勢を見せ、一方のカイトは笑いながら『牽制球』を受け止める。やはり冒険者。荒々しい所がある者は多かった。そうして牽制球を受け止めたカイトが、ソラへと告げる。
「ソラ、トリン……もう一歩下がれ。『牽制球』を打ち返してやる」
「りょーかい」
「あ、はっ、はい」
カイトの言葉にソラが笑いながら、トリンは少しだけ慌てながら一歩下がる。そうして、カイトは僅かに腹に力を込めた。
「っ」
どくんっ。僅かに、カイトの圧力が増大する。それを受けて、ハイゼンベルグ陣営側から放たれていた『牽制球』は雲散霧消した。そんな様子に、ソラが笑う。
「慣れてるなー」
「この一時間だけで両手の指じゃ足りないぐらいには、投げつけられてるからな。この程度で引かせられると思ってもらっちゃ困る……何人かは、それを承知の上で測りに来ているみたいだが……」
「良いのか?」
「オレ一人の情報一つで、オレは測りに来た奴ら全員の情報を手に入れられる。お釣りが来るな」
ソラの問いかけに、カイトは一つ笑う。どうせここで彼が出せる力は限られているのだ。その上限値なぞ明かした所で彼の今後の活動には何ら影響はない。と、そんな僅かな応酬が終わった所で唐突に声が響いた。
「私もしたいー。暇ー」
「「ふぇ!?」」
唐突に響いた声に、ソラもトリンも思わず飛び跳ねる。そうして丘の丁度影になっている所から、クオンが上体を起こした。
「あまり驚かせてやるなよ。それに、上体を起こすなよ。バレるだろ」
「はーい」
「い、居たんっすか?」
「最初からねー」
心臓を押さえるソラの言葉に、クオンは何時も通りの様子で答える。さすがはこのエネフィアでカイト達以外唯一<<死魔将>>と戦える彼女だろう。ここに来てハイゼンベルグ陣営側に気付いた時点で気配を読んでいたソラであったが、一切気付けなかった。そうして、再度草むらに横になり姿を隠したクオンが教えてくれた。
「ほら、私武名鳴り響いちゃってるでしょ? 私だ、って思うと即座に引く奴が多いから……カイトに引っ込んでろって」
「お前に居られると敵陣視察が出来ないからだろ。今回は指揮官として動くってのにお前が居ちゃ意味ねぇんだよ」
「……見なくても出来る癖に」
「ま、出来るがな……流石に顔と名前まではわからん。見た目、というのも重要な情報だ」
自分が戦うだけなら、それでも良いんだが。カイトはクオンの言葉に同意しながらも、今回はあくまでも指揮官として動く事を改めて言明する。
「そー……でも、何か妙な感じがするんだけど」
「それな……なーんかみょーな感じがする」
「何の話だ?」
どこか訝しげなクオンの言葉に同意するカイトに、ソラが困惑気味に問いかける。これに、カイトもまた少し困惑気味に答えた。
「なんかみょーに強いような弱いような、よくわからん奴らがちらほら居るんだよ。決して多くはないんだが……同時に少なくもない」
「腕利きね、これは……でも不思議。こんな腕を持ってるなら、私知っててもおかしくないのに……」
「ああ……おそらく腕としては相当だ。ちっ……ハイゼンベルグの爺。何かどえらい隠し玉を用意してきやがったな……」
少しだけ楽しげに笑いながら、カイトはハイゼンベルグ公ジェイクが自身の養父であるヘルメス翁と並び皇国の知の双璧と呼ばれた男であると再認識する。これに、ソラが驚きを露わにした。
「お、お前さっき隠し玉は無いとか言ってなかったか?」
「初手の隠し玉は無い、であって隠し玉が無いとは言ってねぇよ……相手は、ハイゼンベルグ公ジェイク。甘く見ると、痛い目に遭う」
「今では内政のヘルメス、外政のハイゼンベルグなんかと言われているけど……かつては内政のヘルメス、軍略のハイゼンベルグなんか言われてたらしいよ」
「……」
それが、明日戦う相手なのか。ソラは先に武勇で驚かされたばかりの老雄を思い出す。
「油断するなよ……あの爺は人に何をするかわからん、とか言いながら自分も何するかわからん正真正銘の『英雄』だぞ」
「……おう」
そうだった。カイトの言葉にソラは頷き、一つ気を引き締め明日に備える事にするのだった。
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