第2234話 戦士達の戦い ――演習・到着――
皇国で行われる事になった全軍での合同軍事演習。それに向けて各地で地域ごとに別れた演習が行われる事になり、カイトは表では冒険部のギルドマスターとして。裏では主催者の片方であるマクダウェル公カイトとして、せわしなく動いていた。
とはいえ、その支度も終わりを迎え、後は人員の移動を行い実施を残すのみとなっていた。というわけで、カイトは後は人員を飛空艇に乗せるだけにすると、自身は再度公爵邸に入ってハイゼンベルグ公ジェイクと最終確認を行っていた。
「こっちの支度は完全に完了だ。そっちは?」
『こちらも、もう終わっておるよ。そちらの先遣隊もすでに到着し、場所の準備も行っておる』
「そうか」
実施直前である以上、すでに演習場所の確保などは終わっていた。今回は演習に向けた演習とは言われているし、それに比べれば参加者数は天と地ほどの差があるが、それでも通常の演習に比べれば大規模なものだ。なので先遣隊を出してハイゼンベルグ家の用意に協力させており、つい先日出発していたのであった。
「で、一応聞いておくけど……爺もあまり羽目を外してくれるなよ?」
『わかっておるよ……それで言えばお主もじゃろうて』
「今回は、流石に羽目を外すつもりはないさ。ソラとか先輩とかの手前、指揮官としての在り方を見せていこうと思う。今まで、そんな事はあまりしていなかったからな」
『本来、お主は裏に控えるより表に出て敵を倒す方が得意じゃからのう』
「切り込み隊長だからな」
少し呆れるようなハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に、カイトは一つ笑う。とはいえ、そういうわけなので今回はカイト自身あまり表に出るつもりはない。ソラ達の手本となる事。それが今回の演習での目的だった。とはいえ、それはあくまでも今回の演習に限った話だった。
「ま、それでも次の全体演習じゃオレも前線に出るつもりだがね」
『流石にあちらは、お主という戦力を欠いてなんとかなるような話を想定してはおらんからのう。無論、お主が前線に出て良いわけでもないが……』
「そこらは、なんとか色々と考えるしかない。ま、それも含めての演習か」
少しだけため息を吐いたハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に、カイトもまた少しだけため息を吐いて首を振る。流石に皇国もカイト抜きでの対邪神と対<<死魔将>>は考えられなかったらしい。あちらの演習ではどうやって彼を動かすべきか。動かすならどの様に偽装するか、というのを考えており、それの試験運用も兼ねていたらしかった。
「ま、そりゃ良いか……とりあえず、爺の方は人員の手配は出来てるのか?」
『まぁ、お主のおかげでそこそこ粒ぞろいは集められておろうな』
「おいおい……その顔で粒ぞろい、というかよ」
明らかに何か楽しげな事を企んでいます、というような顔のハイゼンベルグ公ジェイクに、カイトもまた笑う。こういう時、何かとんでもない事をしてくれる事をカイトも学んでいた。が、これにハイゼンベルグ公ジェイクはうそぶいた。
『まさかまさか。お主らほど、どえらい事は企んではおらんよ』
「オレらがまるで常識はずれの事をしてきたみたいな風に言うな」
『そりゃ、そうじゃろうて。なにせお主だけでも歴史上正気を疑われるような作戦を幾つも立案しておるわ。それを考えれば、儂の小細工なぞ子供のお遊びじゃろうて』
「小細工言うとるがな」
『おっと……』
これは失言だった。ハイゼンベルグ公ジェイクはカイトのツッコミに笑う。とはいえ、そうなると後は、やるだけやるというだけである。
「はぁ……オレも人のことを言えた義理じゃないが、あまり羽目を外し過ぎない様にな」
『わかっておるよ……では、次は当日じゃな』
「ああ……じゃあ、その時に」
『うむ』
ハイゼンベルグ公ジェイクの頷きを見て、カイトは通信機を終了させる。そうして通信機を置いた後に、彼は一つ問いかけた。
「アウラ。現状は?」
「大体終わってるー」
「よろしい……ま、今回は急場だ。下手に取り繕うより、若干の粗を見せた方が良いか」
なにせ勅令が出てから半月も経っていないのだ。その間にここまで用意が出来ている事がおかしいのであって、この素早さは五公爵の名に恥じぬ腕前と言えた。
が、逆に完璧過ぎると、これが予め予定されていた物である印象を与えかねない。今回は予定はしていたが、そこまで明白に予定を決めていたわけでもない。なので敢えて粗を出しておく事で、ある程度はこちらも急に受けた感を演出するつもりであった。
「おー……で、カイトー」
「んー」
「今回はクズハだけで良いの?」
「あー、それな。今回はクズハだけで良いよ。今回、アイナディスが来るからクズハの方が良いし、次の全軍での演習だとお前も参加だ。総指揮官の片割れとしてな……となると、初手でどっちも出す必要もない」
アウラの問いかけに対し、カイトは僅かに考えながら言葉を紡ぐ。ここらはやはり考える時間が彼にも足りていなかった、という所なのだろう。改めて大丈夫か確認しながら、という所もあった。そうして、そんな彼が続ける。
「それに、まぁ……誰かしらは残る必要がある。まだな」
「りょーかーい」
とりあえずアウラとしても確認をしただけ、という所だったのだろう。カイトの返答に納得したのか、彼の胸にもたれ掛かる。
「はぁ……いい加減、自分で座ろうという気は無いかね。姉なら」
「無い」
「さいですか」
まぁ、あまり時間は取ってやれないのだ。なら、少しぐらいこの義理の姉に奉公してやっても良いか。カイトはそう考え、暫くの間アウラに好きにさせる事にするのだった。
さて、カイトがハイゼンベルグ公ジェイクと最後の打ち合わせを交わしてから明けて翌日。演習の前日だ。カイトは冒険部の飛空艇を出させると、自身はティナと共に打ち合わせ名目でクズハの乗っているマクダウェル家の旗艦に乗り込んでいた。理由は一つで、『リーナイト』で被害を負った旗艦の状況をティナから確認する為だった。
「旗艦、修理間に合ったのか。新型と遜色ないぐらいには破損してたと思うんだがね」
「こちらの修理はいの一番に行ったからのう。旗艦とは頭にある様に旗じゃ。旗が傷付いたままでは格好が付かぬ。それが喩え、やむにやまれずであろうとものう。ま、これぐらいは技術においてはエネフィア随一と言われるマクダウェル家の本気を見せねばなるまいよ」
「あまり下に見られるのも、か」
「そういう事じゃな」
今回、マクダウェル公爵家は幾つかの粗を見せる事にしているわけであるが、その粗についてもしっかりとこういう事情があり仕方がないのだ、と言い切れる形にはしている。
まぁ、それも今のマクダウェル家なら本気でやろうと思えば十分に間に合わせる事が出来たが、それを見せる必要はない、という判断だった。
「にしても……オレがあんまり乗ってない旗艦ってなんなんだろうな」
「仕方があるまい。この旗艦は元々のマクダウェル家の旗艦じゃ。余とお主が帰る前の物を余が手直しした、というだけでベースがベースよ」
「新型、完成まだ掛かりそうなのか?」
カイトはティナの言葉に中津国で見た新型の旗艦を思い出す。あの後あちらについてはカイト達が『リーナイト』に行っている間に修理されており、一応壊れた部分の修理は終わっている、という報告を受けていた。が、あくまでも壊れた部分の修理であって、完成などの報告は来ていない。
「まだまだじゃのう……使ってみて見える部分もある。ベース部分については良いんじゃが……それ以外が如何せん新技術の搭載をしまくっておるから、完成の目処も立たん」
「ベースだけ先に竣工させちまう、ってのは?」
「やりたかないのう」
カイトの問いかけに、ティナは一つ顔を顰める。が、彼女は一転、ため息混じりに首を振った。
「まぁ、これは余らのやり方に問題があるので強くは言えんのじゃが……今回開発しておる新型のベースは技術に合わせて修正しておるからのう。これは如何せん乗っけておる技術がまだまだ未完成である事もあり、最適なベースが確立しておらんのじゃ」
「有り合わせなら作る必要も、か」
「有り合わせでやるのなら、現状のこれがそうじゃからな」
カイトの言葉にティナは一つ頷くと、自身の帰還後大幅に手を加えられている旗艦の壁面に手を這わせる。この壁の裏一つとっても、術式が刻まれていた。
「正直、<<死魔将>>の復活を考えておらんかったのが痛いといえば痛い。本来はあれらに対応した物ではないからのう」
「考えるもなにも、こっちに戻った当初でわかるわけもない」
「ま、そうじゃのう。しかもタラレバに意味はないからのう……話を戻すとしよう」
少しばかりカイトに問われたので新型の話を繰り広げたティナであったが、一転して気を取り直す。そうして彼女は今回の演習に参加する自陣営の旗艦艦隊を改めて見る。
「今回の演習に参加するのは、ヴァイスリッター家・バーンシュタット家を筆頭にした特殊部隊と各軍のエリート達じゃな。加え、魔導機の部隊とその母艦となる空母型。総勢三十隻という所かのう。これに一人用の小型艇が幾つか、という所なので総数としては百前後という所か」
「実際にゃハイゼンベルグ家の飛空艇も来るだろうから、更に倍は見積もって良いか。規模としちゃそこそこか」
「ま、お主であればそう感じようか」
実際には演習としてはかなり多いのだが。カイトの意識にあるのがラエリアの内紛であるだろう事を考え、ティナは少しだけ笑う。今回の演習は陸上部隊もありきでの演習だ。なのでそこそこ大規模な艦隊戦を行えるほどの飛空艇を動員する必要はなかった。とはいえ、出している以上は理由があり、その理由をティナが口にする。
「とはいえ、よ。今回の演習の目的は大規模な戦闘に慣らす事じゃ。ハッタリに近かろうと数は出しておく事が重要じゃろうて」
「そこに質まで求められるのが、公爵家の厄介な所かね」
「それはそうとしか言えぬのう……っと。言っておると演習場が見えてきたぞ」
どうやら旗艦の状況を確認し、それ以外の種々の確認をして、としているとかなり時間が経過していたらしい。実際、表向きの打ち合わせも行っていたし、半日程度の時間が経過していても不思議はなかった。
「さって……ティナ。相手は皇国でも有数の軍略家にして、お前の親父さんにとっての韓信だが……勝算は?」
「さてのう……無ければこんな所には来ぬといえば来ぬであろうな。勝ち目のない戦いを避けるのは、戦略の基本であるが故な」
獰猛に笑うカイトの問いかけに、ティナはどこか楽しげに、それでいてどこか酷薄さを感じさせる軍師特有の笑みで笑う。とはいえ、そんな彼女は一転して僅かに真剣な顔になる。
「とはいえ……油断はして勝てる相手でもなし。まぁ、此度は勝ち負けを競うものではなく、どちらかというと開いたという実施した事に意味がある演習ではあるが……」
「本番は、次だからな。爺にとってもお前にとっても」
「そうじゃのう……」
今回は何度か言われている様に、重要なのはこれだけの速度でこれだけの規模の演習をこれだけの精度で開ける、という事を示す事に意味があった。故に演習は最も基本となる平地での戦闘になる。演習そのものも一両日で終わる内容だ。なので軍師達の出番はさほどなかった。
「此度の演習には攻め手も守り手も無い。そこを作る事が出来るという事であるが……次の全体での演習は攻め手も守り手もある戦いじゃな」
「正確には、都市防衛戦と都市攻略戦だな」
「うむ……<<死魔将>>相手を考えた時、最もあり得るのがそれじゃからな」
自身の言葉を補足したカイトの言葉に、ティナは一つはっきりと頷いた。やはり二週間ほども経過していれば皇帝レオンハルトも演習の中身を決められていたらしく、最近ではあったが全貴族とユニオンにこういう形での演習である、と通達が出ていた。と、そんな事を思い出すティナに、カイトが笑う。
「ま、それは後にしようぜ。今は目の前の戦いだ」
「それは忘れておらぬよ……伊達に魔術師はやっておらん」
「そか」
魔術師が良く使う思考の分割を利用していたか。カイトは少し胸を張るティナに笑う。そうして、二人を乗せた旗艦が緩やかに降下を始め、二人は着陸と共に冒険部に合流。翌日の演習に備えるのだった。
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