第2228話 戦士達の戦い ――集まり――
皇国の全土で行われる事になった合同軍事演習。それにカイトはマクダウェル公カイトとして、発起人の一人に名を連ねる。そうして演習に向け各方面への支度を行っていた彼であるが、その一方で冒険部というギルド単位での支度にも余念がなかった。
というわけで、会議前日になり各地から集まるギルド同盟の同盟相手達からの挨拶を受けていたカイトは、それに合わせたかの様に現れたアイゼンとの会合の後、エルーシャ、ランテリジャという馴染みの二人との間で同盟での会議に向けた打ち合わせを行う。
そうして、それも終わり更に数時間。カイトは夜になりギルドとしての営業終了と同時に、マクダウェル公爵邸に戻っていた。理由は簡単でアイナディスが来る事と、流石に演習も後数日に迫った為こちらの準備に注力する為だ。
「よし……これで一通りの手配は大丈夫か。軍としての主力はやはりアルとリィルの二人になりそうか」
「かと……まぁ、今なら戦力としては十分なのではないか、と思います」
「かねぇ……」
クズハの言葉に、カイトは椅子に深く腰掛けながら頷いた。とはいえ、決して二人だけで十分と思っているわけではなかった。というわけで、彼の懸念をアウラが指摘する。
「……でも相手はハイゼンベルグ家」
「そうなんだよなぁ……流石にハイゼンベルグ家を舐めて掛かると痛い目に遭う。ウチは確かにウチの奴らを入れれば、世界最強レベルの戦力になるんだが……今回の演習だと軍事演習だから基本軍でお休みになる奴らも多いんだよなぁ……」
「そこら、ウチの歪な所ではあるのう」
ため息混じりのカイトの言葉に、ティナも若干のため息を吐いた。何度か言われている事であるが、マクダウェル家が大陸どころかエネフィアでも最強レベルの貴族と言われている最大の要因は、マクダウェル公爵軍の技術力の高さと同時に、マクダウェル家に仕えている従者達の戦闘力が異常なほどに高いからだ。軍だけで見た場合、そこまで尋常ではないほどの強さとは言い難い。無論、軍の質で見ても十分に高い事は偽りではないが。そんな事実に、クズハが笑う。
「まぁ……誰もがお兄様に追従するのであればそれだけ必要、と言われれば納得するわけですが」
「それのう。実際、こやつについて行こうとすれば生半可な力量ではこやつの足手まといにしかならん。護衛が足手まといでは笑い話にもならん。必然、並以上の腕は求められるからのう」
「化け物ですいませんね」
「褒めとるんじゃ」
「褒めてる様に聞こえねぇよ」
苦笑気味に笑うティナに、カイトは僅かに口を尖らせる。これにティナは肩を竦める。
「しゃーなかろう。実際の所、お主が最強であるが故に起きておる不都合じゃ。軍の必要性はさておいて、本来こういう事はなり得てはあまり良くない事じゃろう」
「前例が無いのが如何ともし難い話だ」
「それは言うでない。そもそも当主その人が最強、その上に大陸数個分の戦闘力に匹敵するなぞどう考えてもおかしい。そういう意味では、マクダウェル家というのはお主からして常識はずれなんじゃ。それを考えれば、常識はずれの家となるのも仕方がないのやもしれん。お主を上回る戦力を保有する、なぞどだい無理な話じゃからのう」
カイトの指摘に対して、ティナは更に苦笑の色を深める。こればかりはそうなのだから仕方がなかった。というわけで、少しの間マクダウェル家の異常性を再認識した一同であるが、そんな所にフィーネがやって来た。
「ご主人様、クズハ様」
「どうしました」
「アイナディス様が来られました。如何しますか?」
どうやら気付けばそこそこの時間が経過していたらしい。当初の予定通りにこちらにやって来たアイナディスへの対応の問いかけに、クズハは一度カイトを見て判断を下す。
「通してください。形ばかりとはいえ、ひとまず報告を受けねばならないでしょう」
「かしこまりました」
クズハの指示を受けたフィーネが一つ頷いて、部屋を後にする。そうして暫く。一同が集まっていた談話室に、アイナディスが入ってきた。
「こんばんは」
「よ、おつかれ。そしてこんばんは」
「はい。みなさんもお疲れ様です」
自身を見るなり手を挙げたカイトの言葉に、アイナディスも一つ微笑んで頷いた。すでに夜でこの場に居るのは全員大人だけだ。なので普通に酒を傾けていた。というわけで、カイトはアイナディスへとグラスを向ける。
「時間が時間だし、そう固い話でもない。飲むか?」
「頂きます……どこのですか?」
「今飲んでるのは、リデル領の物だ。他にも幾つかは用意しているから、飲みたきゃ言ってくれ」
カイトはワインのラベルを見える様にアイナディスへと向けて、更に未開封の酒瓶を指し示す。そうしてアイナディスはカイトから貰ったワインを一口口にして口を湿らせる。
「ふぅ……ありがとうございます」
「おう……それで、話はなんとか纏まりそうか?」
「そちらについては問題無く。明日には問題なく、参加の意向を表明出来るでしょう」
「そうか。それなら安心だ」
やはりどうしても、今回の一件は急に決まったという一点がある。これについてはどう取り繕っても避けられない話だ。故に、<<森の小人>>の参加は様子見しているギルドや冒険者の後押しになってくれると目されており、カイトとしても一安心という具合であった。
と、いうわけで僅かに胸を撫で下ろしたカイトに対して、こちらはソファの上でころころと寝転がっていたソレイユが問いかける。
「ねぇねー。そういえば弓兵ちゃんズは今回来るのー?」
「ええ。今回は規模の大きい演習になりそうですので、本部に詰めている弓兵達を連れてこようとは考えて……ソレイユ?」
「なにー?」
自身の問いかけに答えたアイナディスに対して、ソレイユは相変わらずという具合で小首を傾げる。そんな彼女であるが、ソファの上で寝転がりながら漫画を読み、その上で横の小机にはお菓子が置かれていた。おまけ付きで言えば、飲み物としてワインも置いてある。完全にだらけた様子であった。というわけで少しお小言でも言うのか、と思われたわけであるが、アイナディスはため息一つで流す事にした。
「……はぁ。まぁ、夜の仕事も終わった時間です。言わないでおきましょう」
「? そうー?」
「ええ……で、本部に控えている貴方の弓兵達も今回は参加します。そちらの統率は貴方に任せます」
「はーい」
アイナディスの指令に、ソレイユは漫画から目を離す事なく手を挙げて了承を示す。そんな彼女に、今度はアイナディスの側が問いかける。
「それで、フロドの方は?」
「にぃにぃなら多分女の子の所ー。部屋にはいなかったし、用事が無い限りはこっち来ないしねー」
「それもそうですか」
基本的にカイトとユリィ達が居る所に居着く為、公爵邸には入り浸るソレイユに対して、流石にカイトの所の女の子に手を出すのは拙いと理解しているフロドは必要の無い限り公爵邸に居る事はない。そしてこれはアイナディスもわかった話であり、彼女もフロドが居ない事は特段疑問に思わなかったようだ。
「とはいえ、それなら演習は問題なさそうですね」
「無いよー。にぃにぃも久しぶりに僕も運動しないとねー、とか言ってたから普通に参加すると思うよ」
「なら、良いでしょう」
当人達の性質こそあれであるが、ソレイユとフロドの二人は<<森の小人>>の看板を背負う弓兵の一人だ。故に生真面目なアイナディスとしても参加させるべきと考えている様子で、言うまでもなく参加するという事には安心していたようだ。というわけで、大凡の懸念事項が解決したのか幾分気が楽になった様子で、アイナディスは再度ワインを口にする。
「にしても……ハイゼンベルグ殿と演習ですか。かなり久しぶりです」
「そういえば……お主は元々騎士団に所属しておったのであったか。余がまだ魔王であった頃、演習に参加してくれた事もあったのう」
「あの頃はまだ見習いでしたが……ええ。それも懐かしい」
なにげに経過時間だけで考えた場合、この場で最も年上なのはアイナディスであった。とはいえ、流石にそこまで上になるわけではないらしく、ティナの魔王時代にはまだ無名の小娘という所で、ティナが覚えていたのも王族の一人だという事で挨拶を交わしたからであった。と、そんな話を聞いて、ソレイユがふと問いかける。
「そういえば今回、スーリオンさんは何か人出すの?」
「いえ、そのつもりは無い様子でした。まぁ、流石に全軍を挙げての演習には使者を出して観覧させるおつもりではあるご様子ですが」
「ふむ……流石にそうなるか。基本、ウチもあっちは共同歩調取る事になるだろうしなぁ……」
いざという時、カイトが率いるマクダウェル家が皇国以外で足並みを揃える国は幾つかあり、そのうち一つはエルフ達の国で間違いない。それをスーリオンも勿論わかっている。なので皇国の動きを把握しておく事は彼にとっても必須事項だった。と、それを思い出し、カイトはふとティナに問いかける。
「そういえば魔族領はどう動きそうだ?」
「む? おぉ、魔族達か。それについてはすでに使者を寄越す、と連絡があり、余の方で手配しておるが」
「そうか。なら、良い」
こちらもまたカイトが動く場合には足並みをそろえる事が確定している。そして魔族といえばティナである。更に言えば彼女の差配に不安点なぞ無い為、カイトとしては彼女が動いているのなら一切気にする必要はなかった。と、そんな演習に向けての話を半分、他愛ない雑談半分でワインを一瓶空けた所で。一同の集まる談話室にクオンがやって来た。
「あ、皆居るわね。こんばんはー」
「こんばんは、クオン。お久しぶりです。お先、頂いています」
「お久しぶり……どこの?」
「これは……ハイゼンベルグ領の物ですね」
「そ」
改めて言うまでもないが、<<森の小人>>も<<熾天の剣>>も共に古くからの八大ギルドだ。その付き合いはカイトどころかフロドやソレイユの兄妹より長く、アイナディスもクオンもかなり気兼ねなかった。というわけで一本を空けた事で良い塩梅で全員気持ちよくなっているらしく、カイトが少し上機嫌に問いかけた。
「クオンはグラス、どれにする? 色々とあるぞ」
「本当に色々とあるのねー……じゃあ、その赤茶色の切子で」
「あいよ」
カイトはクオンの求めに応じて、自分が使う物と似た切子のグラスを彼女へと手渡す。そうして彼女が切子のグラスにワインを貰い、数杯傾けた所で本題に入った。
「で、アイナ。貴方の所はやっぱり参加?」
「ええ。明日には表明しようかと」
「そ。じゃあ、私の所も明日ね」
やはりこの話は必要と言えば必要だったらしい。わかりきった話であるが、という感じはあったものの、クオンは手早く本題を終わらせる。そしてこの意図する所を理解しているとわかっていたアイナディスは、別にこのクオンの言葉に特段の興味は見せなかった。というわけで、口にするのはこれだった。
「貴方と共に演習を行うのは……ざっと三百年ぶりですね」
「それぐらいになるわねー。毎度毎度カイトが主催すると参加者が豪華になるわね。今回は違うけど、次の演習じゃ天将全員参加するし」
「まー、顔は広いからな。手当り次第に声かけりゃ、それ相応には派手になる」
「手当り次第、で八大ギルドが三つも参加するのはカイトしか無いと思うけどねー」
あっけらかんとしたカイトの言葉に、これまたソレイユと似た様な格好でだらけているユリィが楽しげに笑う。ちなみに、ランクEXとしてカイトが本気で号令を掛ければ八大ギルドをすべて動員する事も不可能ではないが、流石にそこまでの事は今まで一度もした事はなかった。今回もしていない。
「あはは……とはいえ、それなら少しは運動になりそうですね」
「そうね……少しは、遊べそうかしら」
僅かに冒険者としての荒々しさを滲ませるアイナディスの言葉に、クオンも僅かにだが剣姫としての荒さを滲ませる。そんな二人に、カイトが告げる。
「二人共、夜の酒盛りの最中に血生臭い顔をするなよ」
「そうですね。失礼しました」
「そうねー。流石に不躾だわ」
カイトの指摘に、アイナディスもクオンも先の気配を一瞬で雲散霧消させる。そうして、この後はのんびりとした空気の中、夜遅くまで他愛ない話で盛り上がる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




